
医療に対する万能感
以前から感じていることですが、クリニックを開設して改めて思うところ
があります
一言で言うと、医療に対する万能感が、患者・家族だけではなく、周囲の関
係者にもあることです
以前の地域医療は、病院と患者・家族が中心で、せいぜい保健所が関与する
という極狭い世界でしたが、最近は障害者も街中で暮らすのが当然という風
潮ができつつあります
統合失調症を始めとする精神病に関わる施設、機関が増えて喜ばしいことで
す
しかしまだ敷居が高く、むしろ精神病ではないかたが患者になった時から地
域の関わりは薄らぎます あとは医療の役割であるとばかりです
精神病ではないかたの方が周囲は関わりやすいはずなのに何故?と思います
医療の限界
しかしうつ病まで行かないうつ状態のかたの中には、生活相談が大事なかた
が多いのです その点では医療の限界があります
例えば子供の世話の大変さに専念することに抵抗がある母親が結構来ていま
す
夫婦関係で悩み体調を崩しているかたも来ます
感情が不安定で、リストカットをしたり、大量服薬するかたも二桁は居ます
※注1
しかし医療が充分な相談にのれているでしょうか 短時間の診察と大して効
かない薬物療法で済まされているかたが多いのではないでしょうか
※注2
診察がいい加減であるという不満をよく聞きます しかし医師には限界があ
ります 医師は皆大勢の患者さんを診ています
しかも新患も診ます 社会的な役割もあって、診療だけには専念できません
そうした中で増加する正常と異常の境界が無いボーダレスのかたに取る時間
は限られます 何人か居ると他の患者さんの待ち時間が増えて診療時間を取
れなくなります どこかに皺寄せが行きます
その援助には精神医療の専門性は少なく、むしろ家族、夫婦、親子、家計、
地域の関係等々の日常的な相談が殆どです
それを全て医療が背負うのは無理です しかし患者・家族も周囲の関係者も
医療に任せておけば良いと勘違いしています なのに医師がそうした要求を
満たしてくれない
医師はそこまで背負えないと思うが、だからどうしようという方法が無いま
ま診察を終える
薬物療法で良くなるとは医師はもちろんのこと、患者さんも考えていません
ボーダレス社会
こうした正常と異常の境界の無いかたはこれからも増えていくでしょう
その象徴が人格障害の増加です
ボーダーレス社会は各人が孤立化する社会です
精神療法が生き方の修正に役立つかたはごく一部です 本来は医療が一部を
担うという構図が適切でしょう
精神病の社会参加がうまく行くのは、こうした方たちが支えられる社会、地
域という器ができる時でしょう
そうとすると、精神病中心の社会復帰構想と、一方で正常な市民の豊かな地
域生活構想が対極にあるのではなく、その境界に生きるかたの支えを保証し
ていくネットワークと、それを促す行政の施策が望まれます
しかし同時に今関わる方々が、正常な市民と精神科の患者という対極的な発
想を超えたボーダーレス社会に応じた発想を持つことが必要でしょう
医療側の問題
しかし家族患者が医療が全てを担ってくれると思うには、医療の側にも問題
がありそうです それは周囲が期待すると、その期待に応えて担いすぎるこ
とです
それは医療の側から垣根を作ることです 専門性という垣根を
私は何でも背負う医師の悪い癖も改める必要があると思います 背負うから
周囲は任せる しかし背負いきれないから患者と家族は孤立するという文化
を作ってしまう
できることとできないことを分けて、それを伝えることも現在の医療の役割
の一つではないでしょうか
それは周囲の幻想を幻滅させることです 脱幻想化という恰好の良いことで
はありません しかし当たり前のことを分かってもらうことが患者・家族の
孤立化を減らせるとしたら良いことではないでしょうか
しかしこれだけだと単なる放置になりそうです
私は単に治療対象ではないと拒否することをよしとするわけではありません
両極に分かれるのも問題です
社会資源の活用
各ネットワークを越えた総合窓口が地域にあると良いですね これは理想で
すが、社会資源を有効に効率的に生かす良い方法だと思います
医療スタッフがやれることはごく一部です どうぞ県でも市町村でも第3セ
クターでもいいから結び目を作ってください 神頼みです
そうすると私のように人格障害の治療にそれ程熱心ではない医師でも、もっ
と患者に肯定的に関わるゆとりが生まれるでしょう
人材・社会資源を有効に生かすことができる人材の居る窓口が必要です
※注3
ここで扱う問題は簡単にはまとめられないので、注釈で補います
注1 リストカットと大量服薬は自傷行為という意味では同じですが、薬が治療 のため
に処方した物であれば違います
後者は責任を感じますし憤慨します 防ぐ方法が無いかたは、病によっては処方
を止めて診ています
注2 神経症性うつ病、神経症の抑うつ状態、人格障害等々色々な診断名がつくでしょ
う
ここでは極論にしていますが、中には精神療法が大きな影響を与える場合があり
ます 一律には言えません
注3 最近では医療が専門化して来て高度になったのは良いのですが、受診するかたに
とっては、自分の症状を的確に診療してくれる科がどこなのかが分からないこと
が多くなっています そこで病院によっては総合案内に看護師を配置したり、総
合心療科を作って対処しています
地域の社会資源の活用に関しても同じです 地域は広いだけに、もっと分かりに
くいのです
社会資源をマネージする社会福祉士、保健師などの専門家が窓口になると、市民
がもっと色々な資源を有効に使えます 私達も助かります
