ドプラ心エコー法による

心不全患者の左室拡張機能の評価

 

済生会滋賀県病院 循環器科   中村隆志 

同    生理検査部  松井清明

 

はじめに

カラ−ドプラ法の登場により、ドプラ心エコ−図は弁逆流・狭窄、心内シャントの診断法として簡便で必要十分な検査法として確立されて久しい。心機能を定量的に評価するための研究成果も数多く発表されてきたが、拡張機能については簡便に計測できる反面多くの問題点をかかえ、臨床的有用性を疑問視する声もあった。しかし最近、心不全患者の予後の判定に左室流入血流の拘束性変化が極めて重要な所見であることが証明された。また、いくつかのユニークな指標が加わって、左心機能不全を多角的にとらえることができるようになった。例えば、肺静脈血流速度、左室内血流伝播速度、組織ドプラ法による僧帽弁輪後退速度などである。心不全患者や高齢者においては侵襲的な心機能検査には限界があり、ドプラ法により代用できれば臨床に益すること大である。

このテキストのテーマとしては左心機能の評価、とりわけ拡張機能の評価が中心となる。対象となる読者として想定したのは、心エコー検査に携わっている臨床検査技師および心エコー検査があまり得意でない循環器科医師である。すでに心機能について知識を持っておられる循環器専門医の方々には第3章からご覧いただきたい。知識の整理に役立つことがあるかもしれない。

テキスト中の図表は平成111127日の研修会に使用したものを用いた。心不全患者では従来から三尖弁逆流の最高流速による右室収縮期圧の推定、下大静脈径からの中心静脈圧推定が行われており、すでに十分ご承知のことと思うので割愛した。もちろんドプラ法の基礎についてはある程度の予備知識があるを前提としている。

最後に、このテキスト作成をご要望いただき、ご援助いただいた滋賀県臨床衛生検査技師会の皆様に深謝いたします。

    

平成122月  中村隆志

   

<目 次> 

                                

 

1.弁逆流から心機能へ

1. 心不全の収縮と弛緩 どちらの心臓が元気?

図2.MRから左室圧最大増加速度(dP/dt)を求める

図3.左室圧の最大勾配を推定 MRの初速度から計算

図4.ARから左室拡張末期圧(LVEDP)を推定

 

2.心周期と左室圧・容積変化についての基礎知識

図5.心周期と心内圧の変化

図6.心周期と左室容積変化

図7.左室弛緩・充満の遅延 心機能障害の早期診断の指標

 

3.ドプラ法で何を調べるか?

8.ドプラ法で心機能の何がわかる?

図9.ドプラ法の対象となる左心系の場所

 

4.僧帽弁レベルの左室流入血流速波形

10.左室・左房圧曲線と僧帽弁血流速度

11.弛緩障害と拘束性変化

12.僧帽弁血流速波形の偽正常化pseudonormalization

13.重症度と僧帽弁血流速波形のパターン

14.左室拡張期圧―容積関係

15.拡張型心筋症患者の運動耐容能 

左室収縮機能より左室流入障害が関係?

16.拘束性流入パターンを呈する患者の予後(拡張型心筋症)

17.拘束性流入パターンを呈する患者の予後(急性心筋梗塞)

 

5.技術的な問題

18.パルスドプラ波形記録時の注意

19.サンプリング部位のずれ

20.ドプラゲインの調整 計測誤差を小さくするには

 

 

6.系統的な左室拡張機能評価

21.ドプラ検査による系統的な左室拡張機能評価は

いつ必要か?

22.左室拡張機能評価の意義                                

23.偽正常化をどう見分けるか?

 

7.肺静脈血流波形

24.肺静脈血流シグナル 左心腔への本当の入り口?

25.肺静脈血流波形 左房圧増大による変化

26.肺静脈血流波形と左室流入血流波形との対比

27AMI患者のPCWP推定

28.心房細動患者におけるPCWP推定

29.心不全のある心房細動患者では僧帽弁血流速度が

PCWP推定に有用

 

8.左室流入伝播速度

30.左室流入伝播速度の記録と計測

31.左室流入伝播速度 僧帽弁血流速度との対比

32.心房細動例の左室流入障害の評価例 

Lone Af  OMI 三枝病変例)

33.症例呈示:84歳女性(心房細動)

VVIペーシングの左室流入への影響

34.左室内血流伝播速度 正常、左室弛緩障害、

偽正常化例の比較

35.左室内血流伝播速度 僧帽弁血流速度により

補正した場合

36.僧帽弁E波の最高流速によるPCWPの推定

37.左室流入伝播速度によるPCWPの推定

僧帽弁E波で補正

 

9.組織ドプラ法

38.組織ドプラ法ではある点からみた組織の運動速度がわかる

     肥大型心筋症における心室中隔と左室自由壁の比較

39.僧帽弁輪後退速度 左室長軸方向の伸び縮みがわかる

     組織ドプラ法とMモード法との比較

40.組織ドプラ法(僧帽弁輪後退速度)と僧帽弁決流速波形

      容量負荷時の変化

41.組織ドプラ法(僧帽弁輪後退速度) ニトログリセリン

舌下時の変化

42.組織ドプラ法(僧帽弁輪後退速度) 

偽正常化の簡便な見分け方

43.僧帽弁輪後退速度と僧帽弁血流速度パターンとの比較

44.僧帽弁輪後退速度とPCWPとの相関

 

10.症例検討

45.症例1 56歳女性 労作時胸部圧迫感と求心性左室肥大

46.症例2 63歳男性 VSAP 昨晩、2回発作があった

47.症例3 56歳男性 慢性心不全の急性増悪 CCUにて

1週間の治療前後

48.症例4 76歳女性 陳旧性心筋梗塞、心尖部心室瘤

 

11.まとめ

49.左室流入障害の進展と各ドプラ指標の変化(1)

      偽正常化する指標

50.左室流入障害の進展と各ドプラ指標の変化(2)

      偽正常化しない指標

 

補足: TEITotal Ejection Isovolumicindex

(図515253.)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<図1>

. 弁逆流から心機能へ

図1の上段に正常(A)と心不全(B)の左室圧波形を示す。左室が収縮・拡張不全を生じると、圧波形の上昇速度・下降速度が緩やかとなる。Bの波形はAに比べて波形の立ち上がりも下降脚も、ともに緩やかであり、収縮性、弛緩性ともに低下している。そのため圧の時間微分波形をみると(図の中段)、最大・最小値も低下する。このように元気のない心室の圧波形は一目でわかるのである。左室内圧の変化が心腔内の血流速度に反映される端的な例として僧帽弁逆流がある。図の最下段は連続波ドプラで記録した僧帽弁逆流の流速波形である。左は左室収縮不全のない症例、右は収縮不全のある症例である。右の症例では左室圧波形と同様に流速の上昇と下降がゆるやかとなっており、僧帽弁逆流の血流速波形が左室圧波形を反映している。僧帽弁逆流を見たら左室圧波形を思い出してほしい。

僧帽弁逆流の流速は左室―左房間の圧較差を正確に反映する。臨床においても連続波ドプラ法で得られた最高流速(V)に簡易ベルヌイ式(P4V)を適用してその圧較差Pを計測できるが、これを利用して左室圧の上昇速度、下降速度(左室圧の時間微分値)を推定できる。狭窄部の血流速度:PVの2乗に比例MRの流速波形をみても

 

 

<図2>

左室圧の立ち上がり方を見ると収縮不全かどうかがわかると述べたが、定量的に評価するには左室圧の一次微分(dP/dt)の最大値を計測する必要がある。そのためにはカテ先マノメーターを用いた左心カテーテル法による左室圧の記録が必要であった。しかし、僧帽弁逆流を利用して連続波ドプラ法で簡単に推定できる方法がある。dP/dt≒凾o/凾狽ニすると凾oは簡易ベルヌイ式により求められる。凾狽ノついては、逆流速度が1.0m/s から3.0m/sまで加速するのに要した時間を計測に用いる。われわれが使用している心エコー装置の計測プログラムでは凾狽自動計測してdP/dtを算出している(図2)。正しくはMRの流速は左室圧のみではなく左室と左房の収縮期圧較差に依存するが、左房圧の変化は左室圧に比べて無視できるほど小さい。

図2の症例では僧帽弁逆流の記録時に心室性期外収縮が発生している。逆流シグナルの波形をみると、洞調律心拍に比べて、期外収縮心拍で流速の立ち上がりが緩やかで最高流速も低値である。実際計測してみると、洞調律時には1280mmHg/sであったのが、期外収縮時には640mmHg/sに低下している。一般に心室性期外収縮時は左室圧発生の低下がみられるが、この症例では僧帽弁逆流の連続波ドプラ波形が左室圧の質的な違いを鋭敏に反映している。

<図3>

 

図3では左心不全の有無による僧帽弁逆流の流速波形を比較している。図2で説明した方法を用いると、左の左心不全例ではdP/dt=800mmHg/s、右の左心機能正常の僧帽弁閉鎖不全患者では1067mmHg/sであった。左心不全の患者では軽度の逆流も含めればたいていの症例で僧帽弁逆流がみられる。この方法は、軽微な僧帽弁逆流で収縮早期のシグナルしか得られない場合であっても適用できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<図4>

 

大動脈弁逆流の流速は拡張期の大動脈・左室間の圧較差に依存する。拡張末期には、左室拡張末期圧=拡張期血圧 ―(大動脈・左室間圧較差)の関係が成り立つ。もし大動脈弁逆流シグナルが連続波ドプラ法で記録できれば大動脈・左室間の圧較差が計測できる。図4の症例では良好な大動脈弁逆流シグナルが記録されており、検査中の血圧実測値(50mmHg)から簡易ベルヌイ式により求めた圧較差32mmHgを差し引くことにより、本例の左室拡張末期圧は18mmHgと推定される。

 補足であるが、ドプラ検査において検査時の血圧をあわせて記録しておいたほうがよい場合がある。MR,ARとも逆流速度、ひいては逆流量は明らかに血圧に左右されるが、ドプラ法の種々のパラメータも血行動態を反映して極めて鋭敏に変化するので、外来受診時と検査時の心拍数、血圧、投薬内容などが異なれば正確な結果の解釈ができないこともある。

 

 

<図5>

2.心周期と左室圧・容積変化についての基礎知識

心周期における心内圧の変化と左室容積の変化については詳しく理解する必要がある。図5は左室、左房、大動脈の圧波形を示す。収縮期(Systole)は等容収縮期と駆出期からなる。等容収縮期は左室圧が左房圧を超えて僧帽弁が閉鎖し、大動脈圧に等しくなって大動脈弁が開放するまでの短い時相である(図6;ICT)。駆出期は大動脈弁開放から左室圧が下降して大動脈弁が閉鎖するまでの時相である。

拡張期は上図のように等容弛緩期(IVR)、急速流入期(RF)、緩徐流入期(SF)心房収縮期(AC)からなる。拡張期の左室と左房の圧較差は極めて小さい。

図5を見ると、収縮期(Systole)から等容弛緩期(IVR)にかけての左室圧と左房圧で囲まれた部分は僧帽弁逆流波形に類似し、拡張期の左室圧と大動脈圧で囲まれた部分は大動脈弁逆流波形に類似していることがわかる。ドプラ波形は心尖部アプローチのため圧波形を上下逆さまにした形になっている。

 

<図6>

次に心周期における左室容積の変化について理解しよう。図6の上段のグラフは正常心の一心拍の左室容積変化を示す。これを時間微分して容積が変化する速度(dV/dt)を示すと下段のようになる。これらの曲線は臨床的には心プールシンチグラフィにより得られる。

等容収縮期(図中のICT)および等容弛緩期(IRT、図5ではIVR)には容積の変化はゼロであるが、圧の変化は大きく心室筋はエネルギーを最も使う。例えれば、荷車を押すときに動き出すまでに力が必要で、動き出すと軽くなるのと同じである。心筋の収縮力が低下するとICTが延長する。 

 拡張期には正常心では急速流入期に容積の増加速度が最大のピークとなり、心房収縮期にも第二のピークを認める(図6下段)。心筋障害による左室ポンプ機能の最初の変化は弛緩障害である。弛緩障害がおこるとIRTが延長するとともに、急速流入のピークが低下し代わって第二のピークが増高する(図7参照)。

 

 

 

<図7>

<左室弛緩・充満の障害とは>

図7の上の曲線は心機能正常者、下の曲線は駆出機能が保たれているのに左室弛緩能が低下した患者の左室容積変化と変化速度の代表的パターンである。上下を見くらべると、下の弛緩能低下状態では、(1)等容弛緩期の延長、(2)拡張早期急速流入速度の低下、(3)心房収縮期流入速度の増大が生じている。すなわち、拡張期前半での流入が低下し、その分が拡張期後半にずれこみ、心房収縮により代償される。このような状態で心拍数が増大すると収縮期にくらべて拡張期がより短縮するので、頻脈時には拡張期に十分に左室流入できず、左房圧さらには肺静脈圧上昇が上昇してくる。左室拡張障害の最初の臨床症状である労作時の息切れはこのような左室弛緩障害による頻拍予備能の低下による。これは臨床的なうっ血性心不全の重要な発症機序のひとつである。逆に左室の拡張が素早いほど予備力があることになり、より高い心拍数に耐えられる。高齢者では健常人でも左室弛緩能が低下して下のようなパターンになり、頻拍予備能が低下する。運動による最大予測心拍数が年齢とともに低下するのは刺激伝導系や自律神経系の変化によるのであろうが、左室弛緩能が低下することを考えると、頻脈になりにくいほうが合理的である。

<図8>

3.ドプラ法でなにを調べるか?

左室の圧と容積変化の記録は、正確には心臓カテーテル法とRI法がスタンダードとなるが、実際の臨床では繰り返し実施できない。特に心不全患者では短期間に症状が変化するので、心機能、血行動態の評価を経時的に行い、その結果に基ずいて治療薬の種類の変更や投与量の調節をこまめに行う。このような理由から弁膜疾患の患者とならんでドプラ法の恩恵を受けるのは、さまざまな原因による心不全患者であろうと思われる。今日、心不全の重症度判定のためにさまざまなドプラ検査の指標が提唱されているが、その意味を理解して使いこなすのは大変である。

ドプラ法によって得られる左心機能指標を図9に列記したが、この他にも肺動脈圧、右室収縮期圧などの推定が心不全患者では重要である。基本的にはすべてのドプラ指標は血流速度と血流の持続時間およびその組み合わせであるが、最近では心筋組織の運動速度もドプラ法で計測ができる(図3945参照)。

 

<図9>

 

9に左心系におけるドプラ検査の5つの対象部位を図示した。心不全患者ではこのすべてが対象となりうるが、このうち最も早くから研究されているのは僧帽弁口の左室流入波形である。

 

以下、各部位でのドプラ波形と臨床的意義について解説する。

 

 

 

 

 

<図10

 

4.僧帽弁レベルの左室流入血流速波形

僧帽弁口の左室流入血流の速度波形は左室心尖部からパルスドプラ法により記録できる。図10は正常の左室流入血流波形である。この波形は図6,7で示した左室容積曲線の時間微分波形に似ており、同じような生理的意義がある。すなわち図10のような拡張早期のE波(Early diastolic filling wave, A波(Atrial filling wave)の2つの鮮明なピークを有する波形である。この図中のE波、A波の最高流速、その比(E/A)、E波の減衰時間(DT)、A波の持続時間(Adur)が臨床的に重要な指標となる。

この図では左室圧・左房圧も同時記録されているが、圧波形からは左室と左房の圧較差は数mmHg以下で、その変化の解析は容易ではなく、しかも左心カテーテル法という侵襲的な検査が必要となるため、心不全患者の治療効果判定や経過観察には用いられない。心不全の特に重症患者の心機能モニタリングはこれまでスワンガンツカテーテル法が用いられてきたが、侵襲的で長期間用いられないし、間接的な左房圧(肺動脈楔入圧:PCWP)以外の左心機能の指標がない。

 

<図11

 

近年、ドプラ法による左室拡張機能の評価が詳しく研究され、運動耐容能の予測や予後の推定、治療効果の評価に有用であることがわかってきた。図11は代表的な2つの左室流入障害パターンを示しているので図10とも見比べてもらいたい。図11の左は心不全を発症していない左室弛緩障害の時期の左室流入波形であり、E波のピークの低下と減衰時間(DT)の延長、A波の増高を特徴とし、E/A<1となっている。これは高齢健常者、求心性左室肥大心、軽度の心筋障害、心不全治療後によく見られ、左室拡張早期の弛緩障害による。図11の右は、高度の左心不全症例で左の症例とは逆に、E波の増高と減衰時間の短縮、A波の減高を認め、E/A>2となっている。左房圧の高度の上昇によりE波が増高するが、左室の拡張が限界に近づくと流入開始後すぐに左室拡張期圧が上昇してE波の減衰が早くなる。心房の収縮時にはさらに左室圧は上昇して左室壁の伸展性も限界に近づくので、心房収縮による左室流入は正常よりも低下する。

同一の症例でも、心不全の重症度の変化により、このようなまったく逆のパターンを呈することがある。図10に示した正常パターンがこの両者の中間に位置することが、鑑別上の問題となる。

 

 

<図12

 

12は心不全症例の左室流入波形であるが、2>E/A>1となっており、この一回の僧帽弁口のパルスドプラ波形のみからは正常パターンと区別できない。実際、この症例は拡張型心筋症による心不全の治療中であり、左室壁運動は高度に障害されている。この症例の左室流入障害の重症度は図11の2症例の中間にある。このように、一見、正常の左室流入血流波形を呈することを偽正常化(pseudonormalization)と呼んでいる。偽正常化と正常波形を区別するためには、まず臨床所見を参考にする。心不全特有の臨床症状や身体所見、心電図の左房負荷、胸部X線の心拡大や肺うっ血、断層心エコー図での左房拡大、広範囲の左室壁運動低下、高度の左室肥大などがあるにもかかわらずE/A>1であれば偽正常化が疑われる。年齢はとくに重要な因子であり、高齢健常者では明らかな心疾患がなくてもE/A<1であり、老化による左室弛緩の低下が見られるのが一般的である。むしろ、高齢者で若年者のようなパターン(E/A>1)をみれば、偽正常化の可能性があり、重大な心疾患を疑ってかかるほうがよい。

ドプラ検査中に鑑別する方法としては、後に述べる肺静脈血流波形やカラーMモード法による左室流入伝播速度の観察が有用である。

<図13>

 

心不全が進行につれて起こる左室流入血流波形の変化を模式化したのが図13である(Nishimura RA et al. JACC 1997;30:8-18.より引用改変)。E波は弛緩障害期に一旦減高してE/A比は1未満となる。このとき等容弛緩時間(IRT)、E波の減衰時間(DT)は延長する。心不全期にはE波は増高して、偽正常化を経て正常以上に増高するが、その際E/A比は1を超え、IRTおよびDTは短縮する。A波は逆に弛緩障害期に増高して心不全期には減高するが、やがてA波の持続時間も短縮する。心不全時にE波の増高とDTの短縮(IRT短縮やA波の減高と持続時間の短縮も同時に見られる)する場合、左房圧と左室拡張末期圧が高度に上昇して左室の拡張が限界に近いことを意味し、拘束パターン(restrictive pattern)と呼ばれる(図11右の症例)。進行するとE/Aは2を超えDTは極端に短縮し150ms以下となる。拘束パターンを呈する症例は運動耐容能が低く、しばしば肺うっ血を認め、治療後も拘束パターンが持続する場合は長期予後が不良である。鑑別上、収縮性心膜炎や拘束型心筋症でも左室流入波形は拘束パターンを呈する。

左房圧の推定については、多くの文献がある(図272936参照)。DTから左房圧を推定する試みが多いが、今日では左室流入波形単独より、他のドプラ指標を組み合わせて精度を上げている。これについては後述する。

<図14>

 

14により、拘束パターン(E波の減衰時間の短縮およびA波の減高)の出現機序を説明する。図14はゴム風船を呼気で膨らますのに例えるとわかりやすい。容積を横軸に、内圧を横軸にとると右上がりの曲線となる。厚手のゴム風船(肥大心)や弾性の乏しいゴム風船(拡大心、病的心)は次第に送気が困難になる。

一定の容積増加に対する圧の増加度はこの曲線の接線の傾きで示され、左室の硬さ(ステイフネス)をあらわす。容量負荷により心室が大きくなるとき(曲線の右方)、正常心に比べて、肥大心、拡大心では心室内圧の上昇度(傾き)がより大きい。すなわちステイフネスが増大している。そのため左室流入時の急激な内圧上昇がおこって、拡張期の後半にはさらに流入が障害されることになる。

私見ではあるが、慢性左心不全患者が心不全死に至るまでには必ず拘束パターンを呈する時期があると思われる。

 

 

 

<図15

 

<ドプラ検査の臨床的意義>

左室流入血流パターンの生理的意義を述べたが、臨床上どのような有用性があるのか? この疑問を明らかにするために、臨床所見との対比が行われている。近年、運動耐容能の予測や予後の推定、治療効果の評価に有用であることがわかってきた。

15は拡張型心筋症患者の運動負荷試験(トレッドミル症例、エルゴメータ症例)と左室流入血流のE/Aを対比している。この研究では、左に示すように左室流入波形のE/Aは左室最大酸素摂取量と相関したが、右に示すように臨床的にもっとも汎用される心機能指標である左室駆出率は最大酸素摂取量と相関しなかった。したがってE/Aが増大するほど運動耐容能は低下するが、左室駆出率(LVEF)は、拡張型心筋症患者の心肺機能の予備力を必ずしもよく反映していないことがわかる。

 

 

<図16>

 

16は、心不全を発症した拡張型心筋症患者を3ケ月間治療した後、左室流入血流波形の重症度から3群に分けて生存率を調べた結果である。左室流入障害が最も高度な拘束パターン(図11-14 参照)を呈した患者では、極めて予後が悪く2年生存率は50%であるのに対し、拘束パターンを認めなかったかまたは治療により消失した患者では生存率が100%に近い。この研究からは、拘束パターンが消失すれば患者を心臓移植リストからはずしてよいと考えられる。

 

 

 

 

 

<図17

 

17では急性心筋梗塞患者を拘束パターンの有無で2群にわけて生存率を比較している。この研究でも拘束パターンの有無で予後が明確になっている。

これら2つの研究からいえることは、慢性心不全から不可逆的な心不全状態あるいは心不全死に至る過程において、拘束パターンが必発するということである。このことは図14からもある程度は予測できる。

 

なお、拘束パターンの診断基準であるが、前者の研究ではE波の減衰時間(DT)<115ms、後者の研究ではE/2あるいは2>E/1かつDT140msとしている。DTに関しては130ms前後の値をcut off 値として用いることが多い。

 

 

 

 

 

<図18

 

5.記録と計測の技術的な問題

ドプラ検査の指標を参考にしない心臓病専門医が未だに多いという背景には、計測値の信頼性の問題がある。術者はドプラ血流速波形の誤差が生じる要因について熟知する必要がある。図18に再現性の高いデータを採取するためのドプラ波形記録時のポイントを列記した。ここでは僧帽弁の左室流入血流速度の計測について述べるが、多くはドプラ検査に共通した項目であると思われる。

 

<サンプリング部位>

サンプル部位のわずかなずれは波形に大きく影響する。 図19に実例をあげたが、わずか数ミリの違いで流速パターンが大きく異なることがわかる。左室流入血流に関しては、僧帽弁尖が収縮期閉鎖する位置(僧帽弁接合部)にサンプルポイントを設定すべきであろう。わかりやすいだけでなく、偽正常化の検出率は僧帽弁の左房圧側で計測するよりも高い。

<図19

19をみると僧帽弁接合部(上)で記録された波形のほうがE波のピークが高く、しかもE波の下降脚に2つめの小さなピークが見られる。この症例は高齢で、心尖部心室瘤を合併しており、左房が著しく拡大し、臨床的には偽正常化が疑われる症例である。2つめの小さなピークは心室瘤のせいで左室の拡張が一様に起こらず同時性が障害(asynchrony)されているためであると解釈される。つまり心室瘤の部分は収縮期に大きくなった後、拡張早期に一旦むしろ小さくなり、健常部よりも遅れて拡張(流入)が生じる。

このような流入の時相のずれが拡張早期の2つめのピークが出現した理由である。E波の減衰がこのように2相性になる場合、DTの測定は2つめのピークを無視してE波のピークから第一相の減衰の傾きを流速ゼロまで外挿する(図49参照)。僧帽弁解放直後から左房圧は急速に低下するので、高い左房圧が左室流入波形に反映されるとすればE波下降脚の後半よりも前半の部分であると考えられるからである。図19の下(僧帽弁下部)の記録ではE波のピークも、2つめのピークもともに不明瞭となり、急速流入は低下して緩徐流入が代償的に亢進していることがわかる。すなわち左房圧の上昇も拡張・流入動態の非同時性も表現されていない代わりに左室全体の容積増加の時間変化を反映していると考えられる。これは僧帽弁下の左房内では僧帽弁口に比べて、流路断面積が広くしかも比較的一定であるためで、RI検査(心プールシンチ)に近いデータが得られると考えられる。その点ではこの僧帽弁下の記録もまた真実であり、有用性がないわけではない。しかし、ドプラ検査でないと得られ難い繊細かつ有力な情報を引き出せていない。

<図20

<ドプラゲインの調整>

20にゲインを変えたときの影響を示す。カラードプラではノイズが入らない最大の出力を用いるが、パルスドプラでは微少な逆流シグナルを検出したいわけではないのでゲインを最大にする必要はない。ゲインが高いと波形の幅が広くなるので、計測しずらい。シャープな波形を得たければむしろゲインを落とし気味にするほうがよい。サンプルボリュームの大きさを変えたときの影響もこれに似ており、サンプルボリュームが大きいとそれだけ様々な流速成分が含まれるため、流速波形の幅が広くなる。

<フィルタによる低周波カットの影響>

フィルタを用いることによりノイズが除去されると同時に最低流速の部分がカットされる。狭窄血流などの高流速を記録する場合とは異なり、対象となる血流の速度は、1.0/sec以下の低流速であることが多い。フィルタ周波数が高すぎると波形の立ち上がりの部分が不明となり、波形の持続時間などの計測には不向きとなる。Sweep速度は持続時間の計測や減衰時間など時間のパラメータを計測する場合、最高速度(通常10cm/秒)とする。