イナイレというテレビドラマに彼らが出演する事になりました、というお話でございます。僅かとはいえ年齢操作、性別逆転がございます。ご注意下さい。
「修也、悪いけどママ、急用が入っちゃったの。悪いけど、今日の夕香のオーディションの送り迎えを頼めるかしら」
「何時に、どこまで?」
「13時にファイブTV。これ、許可証ね」
豪炎寺夕香は、主にローティーンに人気の少女モデルだった。
芸名はそのまま本名で、幼年誌や少女誌のモデルとしての活動が中心だったが、家庭用商品のCMでブレイクしたばかりだった。ドラマ出演を考えてみないか、という事務所からの打診があり、今日はそのオーディションの日、というわけだ。
豪炎寺修也は夕香の実の兄だ。父親が医者で、豪炎寺もいずれは自分も医者になるんだろう、というぼんやりとした将来像を描いている程度の中学生だった。部活に所属しているわけでもなく、学校から帰ると塾に通うぐらいで、妹がモデルだという事を知る友人知人からサインを頼まれる事が増えた、というぐらいしか、特に日常生活に変化はなかった。肩あたりまで伸ばしっぱなしで癖の強い髪は豪炎寺の顔を隠して表情がわかりづらく、元々無口なせいもあって、なんとなくオタクっぽい暗い奴、といった印象を周囲に持たせていたが、豪炎寺自身はそれを特にどう、とも思っていなかった。
自分より年下なのに社会の中で働く妹を、豪炎寺は凄いと思っていたし、歳が離れている事と無口な事から聞き役に回る事の多い豪炎寺に夕香は色々と話せば懐いてもいたし、なんとなくの将来像の割りには真面目に勉強をしている兄を凄いと思っていたし、仲の良い兄妹だった。
「豪炎寺夕香さんのお兄さんは、いらっしゃいますか?!」
「…はい、お…僕ですが」
「こちらへいらして下さい!」
控え室で夕香のオーディションが終わるのを待っていた豪炎寺に、慌しく駆け込んで来た大人から声が掛けられ、通されたのはオーディション会場だった。
入ってすぐに、穏やかならぬ雰囲気がした。
正面に会議で使うような机が据えられ、パイプ椅子が並んでいる。本来ならそこに、プロデューサーや監督、脚本家といったオーディションの審査員が並んでいるところだろう。
しかしそれらの席は空いたままで、そこに座っている筈の大人達が会場の片隅で座り込んだり、立ったままその様子を遠巻きに眺めながら、慌しく携帯で会話をしていた。
「あ、夕香ちゃんのお兄さんですか?!」
「はい」
「夕香ちゃんが、急に倒れて…!」
「…っ!」
豪炎寺は倒れた夕香を囲んでいる大人を、無我夢中で掻き分けた。
「夕香っ!大丈夫か?!夕香…っ!」
仰向けに寝かされ目を閉じた夕香の顔は青ざめ、苦しそうな息づかいでぐったりとしている。
豪炎寺がその手を握り呼びかけると、うっすらと目を開いた。
「夕香っ?!お兄ちゃんが、わかるか?」
「……お兄、ちゃん…?」
「ああ。どこか、痛いか?苦しいのか?」
「……だい、じょぶ…お兄ちゃん、来た、から…」
苦しげな息を吐きながら笑おうとする夕香を見て、豪炎寺は自分のしなければいけない事を思い出した。
自分を認識し、会話が出来る。意識レベルは大丈夫だ。しかし顔色や呼吸がいつもとは違う。携帯を取り出し、時間を見ながら脈拍と呼吸をカウントする。その程度の事は、父を見ていて覚えていた。
正常範囲の脈拍数と目視でカウントした呼吸数に開きがある。手を握っただけで痛み刺激を与えなくても開眼して覚醒し、会話が出来る意識レベルの割りに顔色が悪い。しかし体熱感はなく発汗もない。さすがにここに用意はされていないから、体温や血圧、体内酸素を計る事は出来ない。
とりあえず、この場より少し休める場所へ移す程度に動かすなら、大丈夫だろう。保健室…救護室…そういった場所で様子を見ながら父か母に連絡を入れておけば…。
「…救護室はどちらで」
「はい、カーット!」
とりあえず今、自分が判断出来る状況から口を開いた豪炎寺の言葉が終わらないうちに、場違いな声が響いた。
「夕香ちゃん、お疲れ様!」
「ありがとうございました!」
苦しそうに横たわっていた筈の夕香がぴょこん、と立ち上がり、声を掛けた大人に礼をしている。
「…夕香…?」
「ごめんね、お兄ちゃん。これもお芝居だったの」
事態が飲み込めずに唖然としていた豪炎寺に、夕香が頭を下げた。
「…心配、したんだ…無事なら、いい」
夕香の悪戯ならともかく、オーディション会場で求められて芝居をした、という事なのだから、夕香を叱るわけにもいかない。とにかく無事である事は間違いないのだし、騙されたという怒りよりも安心の方が大きかった。
「…でも夕香、それにしては顔色が悪くないか。本当に、大丈夫なのか?」
「心配ないよ。これ、メイクだから」
元気な割りには元に戻らない顔色を見て問うた豪炎寺の疑問は、夕香の答えですぐに解けた。
「悪かったね、君。ところで君の名前は?」
兄妹の会話に突然入り込んで来たのは、スーツを身にまとった男だった。
「ああ、失礼。私は雷門総一郎と言います。今回の企画のプロデュースを担当している者です。夕香ちゃんのお兄さん、君の名前を教えて貰っても良いかな?」
男が差し出す名刺を受け取りながら、豪炎寺は挨拶を返した。
「…豪炎寺修也です。今日は夕…妹が、お世話になりました」
「修也君か。……うん…さっきといい、今といい…対応がしっかりしているね。夕香ちゃんの付き添いは、いつも君が?」
「いえ…いつもは母が。今日は急用が入ったとかで、お…僕が代わりに」
「そう。こういうのは、初めてかい?」
「こういうの…?」
付き添いの事を言っているのか、お芝居に巻き込まれた事なのか判断がつきかねた豪炎寺が、問い返す。
「ああ、言い方が悪かったね。オーディションの見学とか、付き添いとかの事だよ」
「はい」
「ドラマとか、興味ない?」
「あまり見た事がなくて…その…すみません…」
豪炎寺は普段から、あまりテレビを見る方ではなかった。クラスメイトが連続ドラマやアニメの話で盛り上がっていても、入れない事も多い。だからと言って無理して話題になっているものを見ようとも思えなかったし、周囲もそれでどうこう言うわけでもなかった。夕香が出るなら見てみよう、とは思っていたが。
しかしドラマのプロデュースをしている人物を相手に興味がない、と言うのも失礼ではないだろうか。そんな事を思いながら返した豪炎寺の言葉に、雷門と名乗った人物は思いもかけない事を返した。
「ああ、違う違う、見る方じゃなくて、君はドラマに出てみようと思った事はないかな?」
「……は…?」
「あーもーまどろっこしいのう!お前さんはワシのオーディションに合格して、ドラマ出演が決定したんじゃ!」
赤いキャップを乗せた頭に、サングラスをかけた顔には豊かな髭を蓄えている。Tシャツの上にジャンパーを羽織ったラフな格好をした男の髪や髭の色からして、年配の男だという事は見てとれた。
しかしオーディションに合格とは、どういう事なのか。
(…言い間違い…だろうな…夕香が合格した、って事かな)
「夕…妹が、このドラマに出られる、って事ですか?」
「何を言っておるか!お前さんじゃ!」
「……は…?」
「夕香ちゃんの出演は既に決定しているんだ、修也君」
「……え…?」
赤いキャップの男に言われた言葉の意味が解らず戸惑う豪炎寺は、雷門がフォローのつもりで入れたらしい言葉に余計に混乱した。
「なんじゃ、総一郎、説明しとらんかったのか?」
「この流れのどこに、説明する時間があったと言うんですか、監督」
「…監督…?」
「紹介が遅れてすまないね。こちらは、円堂大介監督。夕香ちゃんが出演するドラマの監督さんだ。で、君にも一緒に出演して貰いたいんだが、どうかな?」
「………は…?」
全くわけの解らない話に、豪炎寺はそう返すのが精一杯だった。
その後に続いた擬音が多く解りづらい円堂大介の話に、混乱を深めるばかりの豪炎寺を見かねた雷門が、説明を代わった。
円堂大介と言えば、特撮業界の重鎮と言われる人物だ。
豪炎寺も幼い頃、毎週わくわくしながら見て、必殺技を真似て遊んでいたテレビヒーロー物も多数、手がけている。近年は第一線を離れ、後進の育成に力を注いでいる。
特撮ヒーロー物、と言えば数年前から顔立ちの良い若手役者を起用し、子供向けだった番組が子供と一緒に見る事の多い父親や母親といった年齢層が若手役者目当てに見るようになった事で視聴率が上昇し、起用された役者もブレイク、その後の仕事を広げる事で注目されている。その流れを作ったのも、円堂大介らしい。
その円堂大介が、新しくテレビで連続ドラマを手がける事になり、その為のオーディションが連日、行われているという事だった。
ベテラン・若手・子役といった役者にとどまらず、広く一般からも出演者を募集をしている事は知られている。内容は明かされていないが、特撮物である、という事は確かだという。豪炎寺も、特撮好きのクラスメイトが監督に会えるなら記念に受けてみようか、等と言って騒いでいたから、その話を耳にした事はあった。
そして夕香は既にそのオーディションに合格していて、妹役という事だけは決定していた。夕香に実の兄がいる、という話を聞いたスタッフが円堂大介に何気なくその話をしたところ、どうせなら実の兄妹の方が話題にもなるし、一度テストしてみたい、と言い出した。今回の騙し討ちのような(と、いうより、まんま、騙し討ちだと思うが)芝居は、豪炎寺の反応を見て出演を決めるかどうかのものだった、というのがオチなのだった。
「そんな…妹はともかく、俺はっ…」
年上を相手に『僕』という一人称を使っていた事も頭から飛んで、素の言葉で返した事にも、豪炎寺は気付いていなかった。
「今回の事は妹さんからも、ご両親からも、承諾は得ているよ。後は、君の気持ちひとつだ」
つまり、何も知らなかったのは豪炎寺だけで、家族ぐるみで仕組まれていた、という事らしい。母親の急用、とやらも、豪炎寺をこの会場に来させる為の嘘だったというわけだ。
「だって円堂監督よ?ママね、監督の番組、大好きだったんだもの!修也だって小さい時は一緒に見てたじゃない。夕香が出られるだけでも奇跡みたいなものなのに、修也も一緒に、ってお話だったのよ?もちろん、修也に演技の経験なんてないけど、そんなの夕香も似たようなものだし、円堂監督は素人を育てる手腕も有名だもの、お願いしてみたいな、って思ったのよ。だいたい、修也の名前だってママの好きな特撮俳優の二階堂修吾さんから一文字貰って付けたんだもの〜!って、あら修也、どうしたの?知らなかった?」
「子供向けだと思っていた特撮物を、大人が観賞出来る映画に作り変えたのは、円堂監督だ。父さんは、円堂監督の作品は映画館で見る、と決めている。修也は覚えていないか?父さんと一緒に見に行ったウミガメラ。あの映画での二階堂さんの演技は父さんも凄いと思う。修也っていうのは母さんだけが突っ走って決めた名前じゃないぞ。それに、私の跡を継ごうと思ってくれるのは嬉しいが、それもはっきりと決めたわけでは、ないのだろう?向こうから声を掛けられるなんて、そうある機会じゃない。色々な世界を見ておくのも、良い経験だと思うぞ」
「夕香はお兄ちゃんと一緒に出られたら嬉しいし、お兄ちゃんの格好良いところ、皆で見てみたいし、お友達にも見せたいもん」
帰宅して騙し討ちを愚痴った豪炎寺に向けられた家族の言葉は、豪炎寺を脱力させるのに十分だった。
(父さんと母さんが特撮オタクなんて聞いてない…っ)
計らずも自分の命名の由来を知った豪炎寺が思った事は、そんな事だった。
「特撮イレブン・2」に続きます。