「決めかねているのなら、オーディションに合格した皆で一度顔合わせをするから、来てみてくれないか?」
プロデューサーの雷門から連絡が来たのは、例の騙し討ちからそう、日は経っていなかった。
信じられない事に、だいたいのストーリーを元に脚本のラフが決まっているだけで、配役は未定のままオーディションが行われたらしい。そんなふざけた企画を通してしまうあたり、雷門総一郎というプロデューサーはよほどの凄腕なのだろう。円堂監督なら、と協賛を申し出る企業や個人もそれなりにあるらしく、その事からも円堂監督のネームバリューと実績が解るというものだ。
『円堂大介監督作品・出演者控え室』
顔合わせに指定されたのは、ファイブテレビのスタジオだった。
貼り紙をしてある扉を開く。
「失礼します」
一瞬、ざわついていた室内が、静かになった。
「……初めまして。よろしくお願いします」
礼をして、顔を上げる。
それなりに広い室内には、ざっと見て男女合わせて20人程度が既に来ていた。いくつかの輪が出来ていて、それぞれで話していたらしい。見たところ、同年代が多いように見える。
「こちらこそ、初めまして。俺は風丸一郎太。君は?」
挨拶をしたはいいものの、どこに居れば良いのか解らずに扉付近で立ったままの豪炎寺に近付き、笑顔で声を掛けたのは、長い水色の髪をポニーテールにした男だった。
「…豪炎寺修也、です」
静まっていた空気が、ざわつく。
「あ、じゃあ夕香ちゃんのお兄さん、って君の事なんだ?」
「…はい」
「豪炎寺君は普段でもそんな風に喋るの?多分俺、豪炎寺君と歳、変わんないから、もっとくだけても良いよ?」
「…はい」
「ねぇ、僕、夕香ちゃんのサインが欲しいんだけど、君に頼めば貰えたりする?あ、僕は松野。松野空介!よろしくね、豪炎寺君!」
「あ、ああ…よろしく、お願いします。…その、サインとかは…夕…妹に、聞いてみないと解らないので、聞いておきます」
「サンキュ!駄目モトだから、駄目でも気にしなくて良いからね」
「ずるいです!それなら僕だって欲しいです!夕香ちゃんのサイン!」
風丸との会話に割って入って来た松野に続いて来たのは、眼鏡を掛けた小柄な少年だった。
「ファン歴なら、誰にも負けません!初登場の雑誌から全部、集められるものは全部、集めてます!僕が応援する子は皆、ブレイクするんですよ!夕香ちゃんだってそうです!夕香ちゃんが出るかも、って聞いてこのオーディションを受けたんです!」
「……妹に、伝えておきます。ありがとう…ございます…その…名前を教えて貰っても…?」
「失敬。申し送れました、僕は目金欠流と申します!」
「…ケ…ッ。妹の七光りで決まったのかよ。情けねぇな」
夕香がらみで何だかんだと数人に囲まれた形の豪炎寺の耳に、悪態が届いた。
声のした方に顔を向けると、ピンクの髪を刈り込んだ、体格の良い男がこちらに目を向けている。細い眉と目尻の釣り上がった目が、迫力を倍増させていた。
「染岡。大人げないぞ」
「知るかよ。役者の世界、ナメてんじゃねぇぞ」
風丸に、染岡と呼ばれた男は、それきり視線を逸らせて黙りこくった。
「…驚かせてごめんね、豪炎寺君。…彼は、染岡竜吾っていう舞台役者。俺も普段は劇団の舞台に立ってるから、たまに共演する事もあってね。知ってると言えば知ってるけど、そんなに親しいわけじゃないかな」
こそり、と耳元でささやくように風丸が話すのは、染岡に聞えないように、という事なのだろう。
「失礼します。……何かあったのか?こんなところで固まっていては、後から来る奴の邪魔になるだろう。移動した方が、良くはないか?」
そう言って入って来たのは、緩くウェーブのかかった、長い栗色の髪に、理知的な顔立ちを持った少年だった。顔立ちだけではなく頭も良いらしく、クイズ系のバラエティ番組で高得点を叩き出す事でも有名な、鬼道有人だ。学生の本業である学業を優先させるべく、出演番組は彼なりの基準で選んでいるらしい。その名前から、同じ名字を持つ財閥の御曹司である、という噂があるが本当のところは誰も知らない。どこかミステリアスな雰囲気と、しょっちゅうメディアに出る事もない割りには妙に存在感がある事から、知る人ぞ知る、という扱いを受けている。
「挨拶が遅れてすまない。初めまして。鬼道有人だ」
え?あの鬼道さん?!何でまたこんなところに?本物?といった囁き声が、室内のあちこちから起こる。
「…豪炎寺修也です。よろしくお願いします。…すみません、すぐに、移動します」
「…豪炎寺…?本名か?」
「…はい」
「豪炎寺夕香の兄、というのは…」
「俺です」
その事でまた何か言われるのではないか、と知らず、身構えた豪炎寺を気にかける事もなく、鬼道はごく普通の調子で言葉を返しただけだった。
「そうか。よろしく」
流れでそのまま鬼道や風丸達と部屋の空いたスペースへ移動し、とりとめもない話を交わす。こんなところでどして良いのか解らない自分と違い、皆、場慣れしているように見える。自分が知らないだけで、風丸や染岡のように舞台に立っていたり、何らかの事で人前に出る事に慣れているのだろう、と豪炎寺は思った。大半が素人だと知ったのは、撮影が始まってからの話だ。
「皆、集まっとるかー!」
ばん!と大きな音と大きな声で入って来たのは、円堂大介だった。背後に雷門の姿も見える。予定されている時間にまではまだ、10分程度の空きがあった。
「あと何人か、スケジュールの都合でまだ到着しておりませんが、予定時刻には間に合うと連絡を受けています」
「そうか。ああこら、守。何を隠れておるんじゃ。出て来なさい」
円堂大介と雷門総一郎の間に、小さな影が動いていた。その影が円堂大介の後ろからちょこん、と顔を出す。
「…円堂守です…よろしく…お願い…します…」
ぺたん、とした茶色の髪と大きな瞳を持つ少年は、意志の強そうな眉で気弱なハの字を作り、消え入りそうな声で挨拶をした。
「円堂…?」
「…円堂監督の親戚か何かなのか…?」
円堂守、と名乗った少年を遠巻きに眺めながら、室内がざわめく。
「守はワシの孫だ!こいつが今度のドラマの主役だ!皆、よろしくな!」
その言葉に、様々な思惑を持った目が、円堂守に集中した。
当の本人はその視線に耐えれない、というように、すぐに監督の影に隠れてしまった。
「まあ皆、色々と言いたい事もあるだろうが、そいつは全部、守の芝居を見てから受け付ける!…ところでな」
ニヤリ、と笑った円堂監督は、とんでもない事を言った。
「この部屋には隠しカメラが設置してあってな。皆がここに来てからの様子は、別室のモニターで全部、見せて貰った」
その言葉に、しまった…という顔をする者、態度を変えない者、と反応が別れた。前者の筆頭は染岡で、目金もそれに加わる。後者は風丸と鬼道だ。豪炎寺を始め、おおかたはわけがわからず、呆然とするだけだった。
「それというのもな、キャスト決定の為の布石、とでも言っておこうか。おおまかなストーリーは決まっておるんじゃが、大半は素人だ。普段の様子を見ようにも、何せ人数も多いからな。カメラを意識せんところでは、素の部分が出やすいだろう。そういったところも、脚本に入れていきたいと思ってな」
納得出来るような出来ないような話を円堂監督が始めたところに、残りの出演者が続々と入って来た。スケジュールの都合、というのも納得のメンバーだ。
一部ではウザい、とまで言われる爽やかさで人気の子役、一之瀬一哉。小柄な身体から繰り出す意外なアクションで人気のアクション俳優、少林寺歩。等身大の自然な演技に定評があり、手の届きそうな感じが受けている子役、半田真一と木野秋。女性ばかりのジュエル歌劇団の男役で圧倒的人気を誇る、亜風炉照美。ハイティーン誌で人気の少女モデル、夏朱。豪炎寺ですら、名前ぐらいは聞いた事のある者ばかりだった。誰もがドラマや映画で、主役を張れると言ってもいい。これだけのキャストを脇役に回して、孫を主役に連続ドラマを作ろうと言うのだから、円堂大介という監督も相当なものだ。
(でもこれなら…仮に俺が出演したとしても出番は少なくて済むだろうし、夕香の迷惑にもならないか)
そうそうたる顔ぶれを見て、少しぐらいなら大丈夫かもしれない、と豪炎寺は思った。この面子でそんな風に思えるところが、度胸がある、と言えなくもないのだが。
「これで揃ったかな?まあ、まだ他にも色々と出てくれる者もいるんだが、今日のところはこんなところか」
「そうですね。では監督、おおまかな説明をして頂けますか。それで話を進めていきましょう」
雷門の言葉に、円堂監督が皆に向き直る。
「今回の話はな、サッカーで戦隊モノ、ってやつだ!ばばーん!と必殺技が出て、どばーん!と敵をやっつける!どかーん!と因縁もあってな、ずばーん!とドラマもある!そういう話だ!」
そんな説明だけで、何が解るというのか。納得した顔をしているのは、孫だという円堂守だけだった。
「監督、確認したいのですが、よろしいですか?」
皆が唖然としている中で口を開いたのは、鬼道だ。
「おお、何だ?」
「戦隊モノ、というのは今も放映されていますね。ああいう、何人かでチームを組んで、変身して敵と戦う、そういう話をサッカーをモチーフにしたチームでやる、という事で良いですか?」
「まあ、だいたいそんなもんだ。ただな、今回はノリが戦隊モノ、というだけでな、軸になるのはサッカーだ。サッカー漫画なんかで、あるだろう?あり得ないような必殺技の応酬が。あれをな、特撮でやろうと思っておる。主役チームだけで11人、敵チームで11人、毎回、敵が違ってくるから、とにかく人数が多いがな」
「なるほど。軸になるのはあくまでもサッカーを中心とした話で、それぞれの選手の必殺技が特撮ヒーロー並の映像で作られる、というわけですか」
「流石に話が早いな、鬼道は。もうお前さんの配役は決まったようなもんだ。天才ゲームメーカーで、最初は敵として出て来るがいずれ頼もしい味方になる、てなやつだ。説明的で長い台詞も多くなるだろうが、お前さんなら大丈夫だろう。それで良いか?」
「わかりました。よろしくお願いします」
鬼道は、あっさりと引き受けた。
「いいか。これは子供向けの娯楽作品だ。だがな、子供向けと子供騙しは、全く違うものだ。どれだけバカバカしい設定でもな、伝えたい事を真剣に演技に込めれば、子供達は応えてくれるんだ。大人から見てどんなにバカらしいもんでもな、子供にとっては大事なものがある。子供だけじゃあ、ないかもしれん。ワシはな、子供相手だからこそ、手は抜きたくないんじゃ。どんな小さい役でも、ワシが求めるのは、そこだ。遊び半分でオーディションに来て合格した者もいれば、何が何でも出たい、と思って来てくれた者もいるだろう。わけもわからんと巻き込まれた者もな。しかしな、どの子もワシが撮ってみたい、と思ったから、こうして来て貰ったんだ。迷っているのなら、残念だが、ここで帰って貰っても構わん。だがな…ワシと居ると、面白い目にあえるぞ?」
わけの解らないストーリーの説明とは打って変わって、作品への思いを熱く語る円堂監督を前に、部屋から去る者は、居なかった。もちろん豪炎寺も、だ。何より、思いを語る円堂監督が楽しそうで、本当に何か、面白い目に合えるような気がした。
「じゃあ、配役の続きをしようかの。まず守はおんぼろチームを引っ張るキャプテンだ。で、風丸、お前は守の幼馴染でチームメイトだ。守の支えになるような役だ。チーム全体に目配りが出来て、頼れる先輩、といったところだな。次に染岡。お前は守のチームのストライカーで、新しく入った来たストライカーに敵意を持って反発する。反発はするが、努力を惜しまない。そしてその努力は報われる。報われるまでが、長いがな。目金と言ったかな?お前はエースストライカーに憧れるが口だけで技術がなく、いいところがないように見える。しかし、情報収集に力を発揮する、といったところだ。オタクというのか?色々薀蓄を口にするのは得意そうだからな。そういう面白さも出していきたいから、後で色々と話を聞かせてくれ。次に少林寺…」
次々と配役を決めていく円堂監督の言葉に、集まったメンバーが返事を返すのを聞いていた豪炎寺は自分の名前を呼ばれ、どんな役が与えられるのかを待った。
「お前さんはドラマでも、夕香ちゃんと兄妹役だ。天才ストライカーとして名を馳せていたが、妹が原因で一度サッカーを辞める。守と関わることで再びサッカーを始める。そうだな…得点力に欠けていたチームに入る、絶対的エースストライカー、ってところだ。染岡に反発される役どころだな。まああれだ、準主役、ってところか?」
「…俺が、ですか…?」
思わず口から出た豪炎寺の言葉など、聞かなかったかのように円堂監督は次の配役の説明に移った。
「…以上!それからな、撮影まで半年を掛けて、皆にはサッカーの練習をして貰う。何もプロになるわけではないが、出来る限りのアクションは、自分でして貰いたいからな。全てを特撮やらCGやらで作るのは、それなりに出来てしまうが、ある程度は嘘のない動きが欲しいし、部活でスポーツをしている事が嘘くさくならない程度の身体を作って欲しい。大きな嘘をつく為に、小さな本当の事を積み重ねる事でリアリティが出る、という部分もあるからな。見た目と必殺技であり得ないものを取り入れたいから、日常的な部分は出来るだけ地道に訓練を重ねた結果が欲しいと思っている。もちろん、素人が殆どだからコーチやアドバイザーはこちらで手配しよう。ある程度のところまでそれぞれにトレーニングが出来たら、撮影前に合宿をしようと考えている。そこでの成果を見て、変えねばならん部分は変えていく。配役も含めて、だ。良いな?」
「特撮イレブン・3」に続きます。