そうして迎えた合宿は、撮影開始も間近に迫った時だった。どうやら何とか円堂監督が期待したレベルに達していたらしく、配役の変更はなかった。元々スポーツをしていたメンバーは飲み込みが早く、それなりの形にはなっていた。そうでないメンバーでも、専門のコーチやアドバイザーまで付いての半年近くで、どうにもなりませんでした、で出演が取り止めになるのは嫌だ、という意地があった。大雑把に見えて実際に大雑把な円堂監督と、こまめなフォローをする雷門プロデューサーとのコンビが、出演者それぞれの保護者まで含めて気を配り、何かと相談に乗ったり助言をしたりしていた効果もある。しかしそれだけではすまないのが、天才プレイヤーという呼称が付く役を振られた、鬼道、一之瀬、豪炎寺だった。
鬼道はサッカーの技術に加えて、戦略的な知識や解説までを求められた。しかしそれを苦も無くこなしているように見える。それを見たメンバー達が本当に天才、っているもんなんだな、と誰ともなく言い出し、それが配役上なのか実際なのか、解らないぐらいだった。
一之瀬はスポーツ全般が趣味らしく、運動神経も良い。元々のレベルがそこそこに高い為、課題はクリア出来たようだ。それでも他の撮影を抱えて、なのだから、相当なものだろう。
豪炎寺はと言えば、スポーツは嫌いではないが、得意でもなかった。良くも悪くも平均のライン上に位置していて、それ以上に上手くなりたいという欲もなければ、出来ずに落ち込む、という事もなかった。なんとなくの将来像に向かって律儀に地道にしている勉強と同じく、淡々とトレーニングをこなしていた。鬼道や一之瀬を見ていて素直に凄い、と思ったし、ふたりにアドバイスを乞う事もあれば、ふたりがヒントをくれる事もあった。比べたところで仕方がない、というのが豪炎寺の基本姿勢で、黙々とトレーニングをこなす豪炎寺の姿に、初対面で悪態をついた染岡の態度も軟化した。それはそのまま、その過程を見ていたスタッフによって脚本へと反映される事となるのは後の話だ。そんな風に、少しずつ、メンバー同士の会話や交流も増えていった。
初対面で皆にあまりにも気弱な印象を与えた円堂は、やはり、気弱なままだった。しかし、そういう円堂が扮するキャプテンを、他の部員が盛り立てるような形の話になるのだろう、と予想された。
長期休暇を利用した合宿が終わりに近付く頃、ようやく第1話の台本が配布された。
「……なあ、大丈夫なのか、これ…」
「いや、でも円堂監督が考えたんだろ?だったら…」
『頼れるキャプテン、円堂守。明朗快活、元気がとりえの14歳。サッカーへの情熱と不屈の闘志でメンバーを引っ張り、敵すらその情熱に巻き込んでいく。”サッカーやろうぜ!”何かにつけて、この言葉を口にする。』
主要キャストの説明に、そう記されている。そして台本も、全編に渡って元気この上ない円堂が描かれているのだ。
確かに、円堂はサッカーが上手かった。しかし、普段の人との関わりにおいては、大人しく、気弱さを隠しもせず、自分から人に話しかけようともしない、内気な少年だったのだ。ひと月近い合宿の間、円堂の声を聞いたのは数えるぐらいだ。監督の孫、という事でどことなく遠慮が抜けないメンバーと、自分から積極的に関わろうとしない円堂との間は、開く事もなかったが縮まる事もなく、微妙な距離感を保っている。
翌日、ここに居るメンバーでトレーニング後に一度、本読みをしよう、という事になった。普段、メンバーが見ている円堂と、台本に描かれた円堂に差があり過ぎて、戸惑う者が多かったからだ。円堂の演技を見てからなら、文句を受け付ける、と言ったのは円堂監督だ。今更文句をつけようとは思わないが、あの内気な円堂が、どこまで台本通りに出来るのか、見てみたい、というのが大半の者の本音だった。本読みをする事を円堂にそれを伝えた時も頷くだけで、円堂の声を聞く事は、なかった。
そして行われた本読みにおいて、円堂の演技に圧倒される事になる。
普段の内気さが嘘のように、活き活きとした”円堂守”が、そこに居た。
円堂の発する台詞に釣られるように、皆が口にする台詞に熱がこもる。配られたばかりの台本で、覚えきれていない者も多い為、途切れたり間違えたりする部分もあったが、全ての台詞が入っているらしい円堂がアドリブでフォローを入れる、という事までやってのけた。
本読みが終わると、何とも言えない高揚感が場を包む。
「…凄いな、円堂!」
「台本、全部覚えてるんだね。それに、元々の円堂も、こんな感じじゃないかと思ったよ」
「今まで大人しくしてただけかよー」
口々に円堂に投げかけられる言葉。
『ありがとな!皆!』”円堂守”という役なら歯を見せた笑顔で、そんな言葉が返ってきそうだ。
しかし、現実の円堂は、黙ったままだった。
「何とか言えよ、円堂」
「………あ、ありがと…う」
ようやく聞き取れる程度の声で、円堂はそれだけを口にすると、ぺこり、と頭を下げて部屋を出て行った。
「…よく解らない奴だなあ…なんか、今の大人しいのが演技だ、って言われた方が、納得出来るけどなあ」
「あ、やっぱそう思う?すげぇ自然だったよな?あいつ」
「キャプテン!って感じだったよな。すげぇ頼れる、っていうか、引き込まれる?」
「どっちが演技にしても、何で今まで表に出てこなかったんだろうな?」
「……やっぱあれか、内気なのがホントで、内気過ぎて出る機会がなかった、とか…?」
「…まあ、これで皆も円堂が主役だという事に納得出来ただろうし、撮影期間は1年だと聞いている。そのうち、円堂の事も解ってくるだろう。俺達にしたって、そう何もかも解っているとは言い難いしな。今日のところは、これで良いんじゃないか?」
「綺麗にまとめたなあ…流石、鬼道」
「じゃあ、今日のところはこれで解散。明日も早いから、気を抜くなよ」
「…ほんっと、鬼道って役なのか地なのか、解んねぇな」
口々に円堂を話題にしている中で、豪炎寺は黙っていた。演技がどう、などと、初めての自分がどうすれば良いのかなんて解らないままだ。だが、先ほどの円堂の演技は、何も考えなくても自然に台詞を返す事が出来たし、他のメンバーとも違和感がなかった。本当の円堂がどちらか、というよりも、自分に与えられた役の事で一杯で、その結果、黙ったままになっていたのだ。話が終わった事にも、気付かなかった。
「豪炎寺?どうかしたのか?」
「え…?鬼道さん…?あ…終わって、る…?あれ…?」
役柄上は同年齢でも、実際は鬼道の方が年上だという事を知った為、豪炎寺は鬼道を呼び捨てにするのに抵抗があり、敬称付きになっている。
「…お前のそれは、素なのか?」
「…それ?」
「いや、何でもない」
皆が帰り、自分達が最後になってしまっている事に気付いた豪炎寺は、鬼道に謝罪をして部屋へ戻った。
最終日はトレーニングは午前中で切り上げ、午後からはビジュアル設定の詰めに入る事になっていた。衣装である制服やユニフォームは出来ている。しかし監督は円堂大介だ。それをそのまま着せるだけで満足する筈がなかった。見た目と必殺技で、あり得ないものを取り入れたい、と顔合わせの時に言われている。特殊メイクとまではいかずとも、それなりにインパクトのある、解り易さを見た目に出したい、という意向だった。
等身大、自然体が売りの半田はそのまま、目金や染岡もそのままだった。一之瀬も下手にいじると爽やかさが出ない、という事でそのまま。風丸は前髪を流して片目を隠す事になった。少林寺は辮髪の進化系のような髪にしてみないかと言われ、地毛を正面に少し残した前髪に、刈り上げた後ろにウィッグを使う事になった。松野は私物の帽子を見た監督がそれで行こう、と決定。影野、宍戸は前髪で目を隠す。壁山は丸い身体に揃えるかのようにヘルメットを被ったような髪に、栗松は栗をイメージしたとんがり具合に、土門も面長の顔とひょろりとした身体を強調するかのように前髪を上げる。どれも、(少林寺以外は)奇抜という印象にはならずにまとまっているように見える。衣装であるユニフォームを身に付け、髪をセットされたメンバーが姿を見せる度、室内が賑わう。豪炎寺はためらいつつ、部屋に入った。
「あれ?…もしかして、豪炎寺?」
「イメージ変わるなー!」
「いやあ、なんか、まさにあれだ、炎!って形の髪だな!」
肩あたりまで伸びっぱなしで癖の強い髪は、全て上に立ち上げられた。『名前も炎だし、必殺技は炎系で、なんかこう、見た目にも炎、ってのが解る要素が欲しいな』という円堂監督の言葉によって、スタッフが『こう、髪が逆立つような感じですかね?吹き上がる炎、みたいなイメージで』と手際良く立ち上げたのが、そのまま採用された形だ。色素の薄い豪炎寺の髪では、炎というイメージにはならなかったが、それはそれで特殊効果の炎の色が解り易くなるので良い、との事だった。衣装のユニフォームそのままだと全体的にぼんやりと白いので、靴下が赤になったのと、どうせ髪も立てるのだったら、常に襟も立ててしまうか、というアバウトな提案が決定になった。
「…何か…おでこと首が…すかすかして変な、感じだ…」
「おでことか言うんだ、豪炎寺」
「…っ…夕…その、……」
「夕香ちゃんと話す時の癖なんだろ?歳が離れてるもんな、豪炎寺のとこ」
「へぇ…お兄ちゃんしてるんだなー。俺んとこなんかさ…」
「って…なあ、あれ、誰だよ?!」
「……え?でもあれ、敵チームのユニフォームだよな?」
「って、事は…鬼道かよ?!」
「あり得ねぇー!」
ドレッドを高い位置でまとめた髪もインパクトがあるが、緑を基調にしたユニフォームに赤いマントを羽織ってる。マントの紐はユニフォームに合わせて緑という凝りようだ。そして目にはサングラスならぬ、ゴーグルを装着している。
「おお、良いな!見るからに悪役!という感じがするな!マントがあると、動きにも幅が出る。制服も、マント付きでいいだろ!鬼道のチームは、そういう方向で行くか!解り易く悪くて、しかも強い感じで、何かのオプションをつけよう。その方が味方になった時も、インパクトがあるだろう」
真面目に喜んでいるのは円堂監督だけで、メンバー達は笑いを堪え切れていない。
「…笑いすぎだ、お前達」
「だってさあ…!」
「…笑った事を後悔させてやるからな。覚悟しておけよ…豪炎寺を、除いてな」
「こわー。何か、既に入っちゃってるよ、この人!」
「何で豪炎寺だけ贔屓してんだよ」
「豪炎寺だけだ、笑っていないのは」
「何だよ、豪炎寺。お前、これ、平気なのかよ?」
「え…?あ…悪い。聞いてなかった。何の話だ?」
慣れない髪形で落ち着かないまま、他を見る余裕がなかった豪炎寺は、急に話を振られて戸惑ったまま、聞いてなかった事を謝った。
「鬼道だよ!ほら!」
「鬼道さん…?」
じっ…と指された方向に立つ人物を見つめる。
「……どこに?」
「豪炎寺ぃ〜…マジかよ!」
「何それ天然?」
「……え?…だって鬼道さん、どこにも…」
「…目の前に居るだろう。解らないのか、豪炎寺?」
「鬼道…さん…?」
緩くウェーブのかかった長い栗色の髪は見る影もなく、理知的な顔立ちはゴーグルで隠れ、マントまで纏ったユニフォーム姿。どこをどう取っても、豪炎寺の見てきた鬼道とは違い過ぎたが、その声は確かに、鬼道のものだった。
「…その…今までの鬼道さんとイメージが違い過ぎて、わかりませんでした。すみません」
「豪炎寺こそ、髪を上げただけで、随分とイメージが変わるな」
「つか、何でそこで謝るかな、豪炎寺は!笑うとこだろ、ここ!」
「いや、だって俺の方が…変だと思うし…」
「どこがだよ。むしろ今までのお前より、格好良くなってんじゃん!」
「そうだよ。似合ってるって!もう、その髪型、デフォにしちゃえば良いんじゃね?別に普通に逆立ててるだけだし、普段でもおかしくないしさ」
「…そう、なのか…?…よく、解らない」
「似合ってるぞ、それ」
「…ありがとうございます…?」
俯きがちのままの所為で若干上目遣いになりながら真面目な顔で、褒めてくれたらしい周囲に礼の言葉を口にした豪炎寺だった。
「何で疑問形なんだ」
「…よく、わからない、から」
「俺はそんな豪炎寺がよくわからない」
「…同感」
(わからないものはわからないのに、どうしろって言うんだ…?)
慣れない周囲の反応に、豪炎寺は戸惑う。そんな豪炎寺を見た鬼道が、小さく微笑むような顔で、言った。
「…訂正する。案外、解り易いかもしれん」
「どのへんがだよ!」
「…そのうち、解るんじゃないか?…ああ、あれは、円堂だな」
即座のツッコミをものともせず受け流した鬼道の視線の先に、他とは少し色目の異なるユニフォームを着た円堂が、居た。
額の明るい色のバンダナに視線が集まりやすい所為か、大きな瞳が印象に残る。バンダナから角のような形に両サイドがぴょこりと立ち上がり、中央は大きくおじぎをするように折れた形の、変わった髪型になっている。バンダナと同じ色のアンダーシャツに、長袖のユニフォーム。気弱な印象はそのままだったが、演技に入るとそうではなくなる事は、少なくとも、この場に居るメンバーはもう、知っている。
「…何か、楽しくなりそうだね」
一之瀬が呟いた言葉に、皆がそれぞれに、頷いた。
超次元サッカー、と銘打ち、今までになかった特殊効果やCGを駆使した必殺技が話題となるこのドラマのタイトルは『イナズマイレブン』と言う。
反響の大きさは半端ではなく、子供達がこぞって必殺技を真似して遊び、アーケードから家庭用、カードまでの各種ゲーム、映画、DVDにとどまらず、キャラクターソングまでリリースし、出演者それぞれに熱狂的なファンが付き、二次創作にまで影響を与える事となったのだった。
「名詞30題」より『12.絵葉書』です。映画のクランクアップ風のスナップを見てからというもの、もしこれが撮影だったら、彼らは一体どんな感じなのかしら…と夢見ていたりしたわけですが、今更書くとは思わなかった…。<こんなんばっかりか、自分。そしてスナップまで行き着くどころか、始まりの部分で終わっているというオチでございます。続きは脳内で完結済みで、脳内完結済み、ってことは書かずに他の話に手を出してしまういつものパターンになりがちなわけで、まあでもこんな話は既にもうどこかにありそうな気もするのでそれで良いような気が致します。こっそり続いたら、それはそれで。