「…これは何だ、豪炎寺」
浮かれた気持ちで手渡された包みを開いた鬼道の声は、低くなった。
タイムジャンプだミキシマックスだと非現実的な戦いを経て天馬らが帰って来た現実の世界では、サッカー管理組織フィフスセクターも解体し、フィフスセクター設立以前から存在したサッカー協会が中心となって様々な活動を行っている。
フィフスセクターの聖帝として君臨していた豪炎寺に対する反発等も予想されたが、豪炎寺にとってそれは当初から覚悟していた事であったし、豪炎寺を聖帝に仕立てあげた千宮寺の働きもあり、本来のサッカーを取り戻すべく内部改革を指揮した人物として落ち着いた。元々、どんな境遇・事情の子供達であってもサッカーが出来るように、という部分ではふたりの理想は共通していた事から、豪炎寺が新たに立ち上げた基金関連の組織・施設の運営にあたり、今ではお互いに良き理解者であり、同僚だ。
豪炎寺は今では選手として復帰するつもりもなく、選手のサポートとしての仕事に徹している。鬼道もまた、父の財閥経営を補佐する傍ら、帝国学園の総帥、そして帝国学園サッカー部の監督として就任していた。鬼道財閥はサッカー協会の運営資金のスポンサーのひとつでもあった。
敵チームとして対峙した初対面からチームメイトへ、離れ離れの選手時代から現在まで幾星霜。お互いの容姿やバックボーン、選手としての活躍ぶりからしても不思議なぐらいに浮いた噂ひとつなかったふたりは、お互いに長い長い片思いを抱えていた、という事が10年経った今になって解り、この10年は何だったんだ…と思いながらもそれを埋めるべく今は幸せな恋人どうし、というやつだった。
全日本代表であるイナズマジャパンの監督として、名を変えて現れた影山が選出された。選手の選考は影山に一任され、発表の場でエキシビジョンマッチを行う事も決定した。その相手に選ばれたのが、鬼道が監督する帝国学園だった。
影山の真意は不明だが、豪炎寺や今では同じく後進の指導にあたっている円堂も協力している事から、悪い話ではないのだろう、と思えたし、巻き込まれるとしても恋人や親友と一連托生なら悪くない、等という思いが鬼道にあったのは事実だ。
メンバー発表を数日後に控え、久しぶりに仕事のオフが重なったふたりが一人暮らしをしている豪炎寺の自宅で過ごしていた時に「プレゼントだ」と何の記念日でもないのに手渡された包みを開いた鬼道の漏らした言葉が、冒頭のものだった。
「見てのとおりだ」
豪炎寺の返事は、素気ない。
「…確かに、見れば解る」
包みの中から現れたのは、赤い布。広げてみれば、マントだった。
「だったら、何故聞く」
「どういうつもりだ、と聞いているんだ」
中学時代、帝国学園に在籍していた時の鬼道のトレードマークは、ゴーグルと赤いマントだった。制服だろうがユニフォームだろうが、その背には必ず赤いマントがあった。雷門に転入してからは色こそ青くなり制服にはなかったが、ユニフォームの背には必ず、あった。そんなものを着けて試合が出来るのか、と突っ込んだところで、それで試合をこなして来たのだから今更だ。流石にプロ選手として活動中はなかったが、鬼道を古くから知る選手やファンにとっては、鬼道=ゴーグルマントが王道イメージとして定着しており、10年経った今となっても懐かしの映像なんかで流出していたりする為、サングラスにスーツの鬼道に違和感を覚える者も少なくない、という事を鬼道は知らない。
しかし、豪炎寺は知っていたのだ。
何故なら豪炎寺自身が、鬼道にマントのオプションがないと何か物足りないような感じがするからだ。それでも一般常識として、一般組織に身を置く社会人がスーツにマントを着用する、等という行為は奇異なものである事ぐらいは弁えていたし、マントがあろうがなかろうが、鬼道は格好良い、という欲目もあった。(一般的に見ても、鬼道は格好良い、と言われている事ぐらい、豪炎寺も知ってはいる。)
「エキシビジョンマッチで、着て欲しいと思ったんだ。…気に入らなかったか?」
「…っ…そういう…」
問題ではない、と続けたかった鬼道の言葉は、豪炎寺を見て途切れた。
中学時代は豪炎寺の方が少しばかり高かった身長も、今ではほぼ、変わらない。しかも、聖帝なんてものをやっている間に選手時代の肉は削げ、元々筋骨たくましいわけでもなかった身体は全体的に線が細くなっている。逆立てて攻撃的なイメージを作り出していた色素の薄い髪は下ろされ、伸ばしっぱなしな所為で長くなっている。凛々しい、という印象を持っていた思い人の印象が、何時の間にやら綺麗、なんてものになっている事を鬼道は自覚していて、その綺麗な恋人が、言葉よりも饒舌、と本人は気付いていないが周囲に評される表情を曇らせているとなれば、言葉に詰まる。
「………気に入るとか入らないとか以前に…何故、これなんだ…」
鬼道がやっとの思いで口にした言葉は、本心だった。
黒歴史とまでは言わないが、いくら当時心酔していた影山の指示とはいえ、鬼道にとって、ゴーグルマントはあまり思い出したくないものだ。日常的にコスプレをカマしていたようなもので、それを疑問に思う事もなかったのだから。周囲がもっとツッコミを入れてくれていたなら…!と思わないでもない。豪炎寺にすら言った事がないが、取引先で過去を知る人物に「今はもうマントはしないんですか?」等と真顔で言われ、からかわれているのか何なのか真意を測りかねて戸惑う事だって一度や二度ではないのだ。サングラスはゴーグルではないというのにサングラスをしている所為かと思ったが、視力が落ちた今では外せないから、妥協しているだけだ。コンタクトは不規則になりがちな生活では管理や手入れが面倒、という理由もあった。
「…その………格好、良い、から」
「………は…?」
鬼道らしからぬ間抜けな声が発せられた事に焦った豪炎寺は、つっかえながらも畳み掛けるように言葉を連ねた。
「だ、だって…その、小さい頃に見た、ヒーローとかみたいで…っ…!…ほら、俺達が初めて会った時、鬼道はその格好だったし…!…雷門に来てからもずっと…おかしいとか変だとか思わなかったし…その…今でも格好良いけど、何か物足りないっていうのか…?何か、そんな感じがして…あ、でも、流石にこの歳で、会社とかでマントとか変だって思われるのは解ってる、から…でも、エキシビジョンマッチならお祭りみたいなものだから…鬼道は帝国の総帥として出るんだし、鬼道のファンがそういう格好好きだ、っていうのも、聞くし…俺も、その…見たい、から……駄目、か…?」
勢い良く喋る豪炎寺、というレアなものを見た鬼道が固まっていると、それを自分が鬼道を怒らせてしまったのだと思った豪炎寺が、俯いた。
「……すまない…鬼道の事も考えないで、我侭を言った…忘れてくれていい…」
謝罪を口にしながら鬼道の手にした包みを取ろうとした豪炎寺の手を、鬼道が押し留める。
「…いいだろう」
「鬼道…?」
「着てやろう…お前が、見たいと言うのなら、な」
世間で言う所のドヤ顔で笑う鬼道に、豪炎寺の表情が明るくなる。
「すまない…その…本当に、いいのか…?」
「お前が、喜ぶなら、な」
そう言って笑った鬼道は、手にしたマントを羽織る。
「…何も今、しなくても…」
「お前が見たいと言ったんだろう?一番に、見せたいじゃないか」
仕事柄スーツが多くそれに慣れている鬼道の私服は、カジュアルダウンしたスーツやYシャツにスラックス、といった格好が多かった。今日もそういった格好の上に、豪炎寺からプレゼントされた赤いマントを羽織っている。
「……ありがとう、鬼道」
鬼道の懐かしい姿に、豪炎寺の鼓動は早まる。世間的に奇天烈に見える格好だとて、何より愛しい恋人の思い出の姿で、自分が望むからと躊躇なくその姿を晒してくれる鬼道に、豪炎寺の胸には嬉しさと愛しさしか募らない。豪炎寺にとっては、幼い頃に憧れたヒーローが目の前に居るような気分だ。
「…怪盗赤マント、ってところかな」
他人が聞けばバカにしているような事をくすくすと笑いながら口にする豪炎寺に悪気はない事は、鬼道にはわかっている。憧れのヒーローが怪盗だか何だか、と言ったところなのだろう、と思うだけだ。
「…修也の心を盗みに参上、ってところか?」
くすくす笑う豪炎寺に微苦笑しながら、鬼道は羽織ったマントで豪炎寺を包み込む。
「物足りなかった、と言っていたな…これで、満足か…?」
「…もっと…欲しい…と言ったら…駄目、か…?」
包み込んだマントの中から聞えたくぐもった声に鬼道が否やを唱える筈もなく、お互いのくすくす笑いが消えてねばい水音が部屋を満たすまで、長い時間は必要なかった。
「動詞30題」より『13.さらう』です。修也さんの心をさらった憎いヤツ、その名は怪盗赤マント!ってオチでひとつ。いや、あの赤マントであの台詞を口にする鬼道さんに何があったの?!修也さんの所為なら素敵!と滾った結果でございます。いちゃいちゃが書きたかったんだ…。