扱いに微妙に困る行事…というか、イベントというものがあるな、と思う。
自分がさほど興味がなくとも、周囲の認知度や盛り上がりによって知らない振りをするのも…と思ったりもするし、かといって興味津々の振りも出来ない。例えばそれはハロウィンやクリスマス、ヴァレンタインといったものだ。最近は節分もそれに入るのかもしれない。大半は企業によって張られる販売戦略の一環だと解っているから馬鹿らしく思えてしらけてしまう、といったタイプと、解ってはいてもお祭りなのだから楽しんでしまう方が良い、といったタイプと、何となく周囲に流されてその時々で乗ったり乗らなかったり、といったタイプに分かれるように思う。
よく解らないし、面倒くさい。
ヴァレンタインに対して豪炎寺が思うのは、それだけだった。ハロウィンは妹が幼稚園の行事でやったものを、家でもやりたいと言うから家族でやった事があるが、それだけだ。町全体で盛り上がるようなものではなかったし、それ以来、縁はない。クリスマスや正月は家族で祝うのと、サッカー部でパーティ、初詣といった程度のものだった。妹の楽しそうな様子を見ているのは幸せだったし、友人達と過ごすのも楽しかった。恋人がいたなら別なのかもしれないが、それも人それぞれなのだから、好きに過ごせば良いだけの話であって、他人の事情にそこまで興味はない。それでとやかく言われる事などなかったから、特にどう、という事もなかった。
問題は、ヴァレンタインだ。
豪炎寺がどう思っていようが、それとは関係なく周囲が騒がしいのが常だった。
豪炎寺はモテる。
周囲はそう思っているようで、誰から貰った、いくつ貰った、告白されたのかそれにどう答えたのか好みの子がいたかいないか…さして親しいとは思えない相手にまで、色々と聞かれるのだ。それが何より、わずらわしかった。
豪炎寺自身は、自分がモテるとは思っていない。愛想が良いとも、人付き合い良いとも思えない。普通に学校に来て、授業を受けたら、残りの時間はサッカーだ。休み時間は次の授業の準備をしているか、同じ部で同じクラスの円堂や木野ととりとめのない話をしている程度だ。サッカー部以外に特に親しい友人がいるわけでもなく、交友範囲が広いとは思えない。自分から積極的に交友範囲を広げようと思わないから、用もないのに話しかける事はなかったが、話しかけられれば普通に答える。その程度の付き合いだ。サッカー部が注目されるようになったからといって、部員やギャラリーが急増したわけでもない。サッカー部以外の人間をあまり知らないから同じ部で考えると、モテる、というなら親しみやすくて快活な円堂や人当たりが良くて優しい風丸、色々な意味で目立つ鬼道だろうと思う。思うだけで、だからどうしよう、というわけでは、なかったけれども。
豪炎寺が帰宅すると、玄関まで甘い香りが漂っていた。
キッチンに顔を出すと、妹がお手伝いさんと一緒に何かを作っているところだった。
「ただいま、夕香、フクさん。何か作ってるなら、手伝おうか?」
「おかえりなさい、お兄ちゃん!お兄ちゃんも一緒にしよ!チョコレート、作ってるんだよ」
妹の言葉にお手伝いさんが、あらあら…と微笑ましい表情を浮かべて妹を見た後、豪炎寺へ声をかけた。
「おかえりなさい、修也さん。夕香さんもそうおっしゃってますから、手伝っていただけますか?」
「荷物を置いたら、すぐに来ます」
「お兄ちゃん、早くねー!」
妹の声を聞きながら自室へ向かい、私服へ着替えた。視界の端に入ったカレンダーを見て、そういえばヴァレンタインが近いのだな、と思う。
「…だからか」
妹に誰か好きな人が出来たのだろう。それを伝えたくて、チョコレートを作ることにしたのだろう。妹はまだ小学生だ。けれど、自分の小学生の頃を思い出しても、この時期の学校内では女子生徒の中で誰にあげるかとか、どこの店が良いとか、自分で作るために図書室へ本を探しに行くとか、情報交換している姿がそこここにあったのだし、当日は自分も手渡されたり郵送されたり家族に言付けられたりして、貰ったことがある。
豪炎寺は何とはなしに寂しさのようなものを感じながらも、一所懸命な妹を思うと、微笑ましさが勝った気持ちでキッチンへ向かった。
マーブルチョコレート、キスチョコ、クッキー、チョコスプレー、チョコペン、アラザン、キャラクターもの、ハートや星や可愛らしい、様々な形の色とりどりの市販の菓子類がずらり、と並べられたカウンター。それらを使って、板チョコをデコレーションするらしい。
「お絵描きみたいに、するんだよ。盛りデコっていうんだって。お友達のお母さんがね、教えてくれたの」
妹が今作っているのは、どうやら”大好きなくまさん”らしい。クッキーを重ねて耳を作ったところに、カラフルなチョコペンで顔を描いているところだった。
「それで、俺は何を手伝えば良い?」
「サッカーボール、作って」
「…え?」
「だから、サッカーボール」
「そんなもの、どう…」
戸惑う豪炎寺に、お手伝いさんが笑いながら声をかける。
「修也さん、その丸いクッキーがあるでしょう。それにサッカーボールの模様を描いて下されば、良いんですよ。夕香さんも試されたのですけれども、どうも難しいみたいで」
「もお!フクさんたら、内緒にしてよ、そういうのー」
「あら、ごめんなさいねぇ」
ふたりの会話を聞いている豪炎寺は、カウンターの隅に置かれた皿の中にデコレーションに失敗したと思しきクッキー数枚を見つけて、苦笑した。
「夕香、あまりフクさんを困らせるんじゃない。お兄ちゃん、上手く出来るかは解らないけど、やってみるから」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
嬉しそうに笑う妹を見て、豪炎寺はふと、疑問を口にした。
「夕香の好きな奴も、サッカー、好きなのか?」
「うん!サッカーが大好きでね、かっこいいの!いっぱい練習して疲れるけど、甘いもの食べたら元気になるでしょ?大好きなサッカーボールが飾ってあったら、そうしたら、もっと元気が出るでしょ?大好きなもの、いっぱいいっぱい、飾るの。いっぱい頑張って欲しいから、いっぱい応援するの」
「…そうか」
豪炎寺は妹の言葉と、お喋りしながらも手を止めることなく作り続ける姿を見ながら、今まで自分が面倒だとしか思ったことのなかったヴァレンタインを特別に思い、一喜一憂する周囲の気持ちを理解出来た気がした。
憧れ、好意、下心、駆け引き、義理、応援、友情、感謝。
様々な思いを伝える機会を、術を、完全なまでに持ち合わせ活用出来る奴など、そう、いないだろう。だから、こういったイベントをきっかけにするのだ。お祭り騒ぎの中での本気を見抜くことなど、難しい。けれど、何かを伝えたくて、伝わらなくてもお祭りの余韻と共に忘れることが出来て、傷も負担も後を引くことが少ないから。
そこには、相手にとっても自分の気持ちが重荷にならないように、という気持ちも込められているのではないだろうか。たとえ後味の悪い思いをさせてしまっても、周囲の盛り上がりと共になくなる程度のものであって欲しい、と。
…夕香の好きな奴が、受け取ってくれると良いんだが。
「わあすごーい!上手だね。お兄ちゃん、いっぱい作ってくれたんだね!」
思いつめたような表情で考え込みながら手を動かしていた豪炎寺は、妹の声に我に返った。
手元には、ずらりとサッカーボールのデコレーションをほどこされたクッキーが並んでいる。
「作りすぎた、か…?」
気付けば用意してあった箱の中身は空になっていて、妹が使う分がなくなってしまったのではないかと、焦る。
「ううん、大丈夫。夕香、これだけ貰うから、あとはお兄ちゃんが使ってね」
「ああ…え…使う、って…」
妹が自分用に確保した後に残された物を前に、どうしたら良いのか迷う豪炎寺に、妹が言う。
「失敗した時にすぐにやりなおせるように、板チョコいっぱい、買って貰ったの。お兄ちゃんも、作ればいいよ。それでね、いっぱい作ったら、ひとつ、夕香にもちょうだい?」
「…わかった」
妹の喜びそうなものを考えながら、飾り付け、絵を描いていく。
…こんな気持ちで、作ったり、選んだりしていても、渡せる奴ばかりじゃ、ないんだろうな。
考え出すと、痛いような気持ちになる。
大切で、恋しくて、愛しい、他人。
痛みが痛みだけではなくて、愛しくて憎い、苦しくて好き、寂しいのに離れたい、傷ついて傷つける、幸せな筈なのに一緒に居ることの孤独、甘いコーティングが溶け出すことで味わうことになる、柔らかで脆くて強い、家族や仲間以外へのそういった感情を、むせ返るようなチョコレートの甘い甘い香りに包まれている豪炎寺はまだ、知らない。
無事に作り終えたチョコレートは、ヴァレンタイン当日の朝、妹から豪炎寺とその父親へと手渡された。
妹曰く”いっぱい買って貰った”板チョコ全てにデコレーションが出来てしまい、残りは妹の提案もあってサッカー部への差し入れに持って行くことになった。
”豪炎寺が(妹と)作った”というチョコレートを前に動悸を速める者も居たが、それに気付くこともない豪炎寺は、部のメンバーにマネージャーから差し入れされたものと自分が持って来たチョコレートを前にはしゃぐ部員達を目にしながら、あの時の、痛いような気持ちを、ぼんやりと思い出していた。
「動詞30題」より『15.まどろむ』です。甘い香りの中でまどろんでいて、恋なんてぼんやりとしたものでしかない豪炎寺、という事で。しようと思ってするものじゃないでしょうし、どんな時に自覚するのかしらーと思うとによによしてしまいます。鈍くて周囲にはバレバレなのに自覚していない(円豪あたり?)とか、聡いから隠し通そうとして苦しい(二豪勝豪あたり?)とか、自覚した途端に直球勝負(風豪不豪土豪染豪バン豪あたり?)とか、駆け引きにならない駆け引きを試みてみる(鬼豪虎豪照豪あたり?)とか、何でも良いですよ豪炎寺なら。それを書けるとは思いませんが、読むなら何でもでぃやぁッ!と来い、と思っております。