グラウンドを駆け回っている時は夢中で感じる暇もない暑さが、脚を止めた途端に襲ってくる。
それでも休憩時間が終われば、暑さを忘れたかのように日没近くまで駆けるのだ。
がむしゃらに、根性だけでこなすような練習は、成長期の身体を壊してしまう事もある。そんな事は解ってはいても、雷門では当たり前のようにそれをこなす男が居て、皆がそれに引き摺られるように、いつしか夢中になってボールを追いかけ続ける。
弱音を吐きながらも、強くなりたい、上手くなりたい、何よりもそうしている事が楽しくて、今では全員、当たり前のように。
暑くて熱い夏は、冬よりも日没が遅い。それだけ、練習時間も長くなる。
疲れ果てている筈なのに、どこか清々しささえ感じられる身体をシャワーで流して、いつもより少しだけ、ゆったりしたペースで、豪炎寺は家までの道を歩く。
……今頃、どうしているだろうか。
思い出すのは、もっと暑い場所。
世界の舞台で会おう、と伝言をしたことを思い出す。
土方の弟、雷雲。
”豪炎寺にいちゃん!”…そう呼んで、慕ってくれていた、小さなストライカー。
まるで自分を見ているようだった。ストライカーの厳しさも、嬉しさも、悔しさも、その小さな身体で全部を受け止めようとして、上手くできずに涙を流しながら、それでも必死に立ち上がって前を向いていた。
自分がストライカーというポジションを好きなのだと、素直に伝えることの出来たのは、そういった想いを全力で自分にぶつけてきたからだろうと思う。
才能がある。(だから出来て当然だ)あいつなら出来る。(あいつなら出来て当然だ)やってくれる。
期待も嫉妬も、気にならないといえば、嘘になる。それが気にならないほどに、たとえ気になったとしても乗り越えて自分の役割を果たせるように、何よりも好きなことをやり遂げることが出来るように、日々の練習があるのだと思う。
圧倒的な才能、というものが、あるのだろう。
けれども、それだけでは駄目なのだとも思う。
好きなことを、楽しむのは良い。けれど、楽しいだけでは、ないとも思う。
ただ、楽しい。その先、なのだ。自分が欲しいのは。
仲間と楽しく好きなことをする。それだけでは、駄目なのだ。
勝つことの楽しさを、知っている。
ただ、楽しくて飽きることなくボールを追いかけるだけではなくて、その先。
自分よりも強くて、上手くて、とてつもない才能というものを見た、と感じることがある。可能であれば、自分も同じ場所に行きたい、と思う。その場所から見えるものを見たい、と思う。
やればやるほど、追いつけなさに愕然とする事もある。
だけど、やらずにはいられない。
たぶん、サッカーに限ったことでは、ないのだろう。
上を、もっと上を、と目指してみても、その果てなんて見えるとも思えない。
けれど、もっと上の何かを掴みたい。自分を違った環境に置けば、違ったものが見えてくるかもしれない。新しい技を、完成させたい。
フットボールフロンティア終了後、そんな思いだけで沖縄へ向かった豪炎寺を、土方は快く迎え入れてくれた。
そんな思いで一杯になっていた自分に、ストライカーというポジションが好きなのだ、と改めて思い出させてくれたのは、雷雲だ。
残り時間わずかの試合でFWの雷雲に渡ったボールは、相手チームのディフェンスに阻まれ、地面に倒れた雷雲の足元から離れた。それでも諦めずに食らい付いた雷雲の打ったシュートは大きく軌道を外れ、そこで試合終了のホイッスルが鳴った。
「おまえがヘタクソで助かったぜ」
「チャンスつぶしー」
にやにやと笑いながら雷雲に投げられた、相手チームの言葉に重ねるように、チームメイトが腹立ちまぎれに言った言葉に、雷雲は固まった。
「あーあ、うちのストライカーは、たよりになんないなー」
「なんだとッ!?」
「だって決定的なチャンスだったぞ!!」
お互いに手が出る。止めようとする者もいたが止めきれないまま、おろおろとするばかりだ。
「せっかく苦労してボールをつないだのに、おまえそれでもストライカーかよ!?」
「ぐッ…」
言葉に詰まった雷雲に、決定的な一言がぶつけられる。
「このチャンスつぶし!!!」
「ふん!行こうぜ、みんな!!」
固まったままの雷雲を残して、チームメイトは去っていった。
一部始終を見ていた豪炎寺は、何も言わなかった。
しばらくして、無言のままずんずん歩き始めた雷雲の後を付いていく。
雷雲が足を止めたのは、いつもふたりが練習をしている場所だった。
「なんだよ、みんなして言いたいこと言いやがって…」
怒りがぶり返してきたのか、強い口調で雷雲が言うのを、豪炎寺は黙って聞いていた。
「オレだって…オレだってゴールのために全力でがんばったのにさ…」
全力でがんばったのは皆同じで、雷雲がそうだったことぐらい、チームメイトにも解っている筈だ。
しかし、ストライカーというポジションは、ゴールを決めたという結果でしか、評価されないのも事実だ。
全力でがんばった。それでも点が取れなかった。何故か。次は、どうすれば取れるのか。たとえ試合に負けたとしても、勝った時でも、何かしら課題が見つかる。それを次にどう繋げていくのか。自分や他人に文句を言って落ち込む事があっても、いつまでもそのままでは、先へ進む事は出来ない。
負けた悔しさ、勝った喜び、全ての事は、次へ進む為のものだと、豪炎寺は思う。
雷雲はまだ幼いけれども、今まで経験してきた中で様々な喜びや悔しさを感じて来ただろうと思う。そしてそれは、これから何度も経験していく事でも、あるのだ。
自分だってその大半をサッカーに費やして来たとはいえ、たかだか14年生きてきただけだ。それでも今の雷雲のような経験を何度も重ねて来たし、そのひとつひとつは自分にとっては、重いものだった。
だからと言って、それを特別なものだとは思わない。
誰だって、そういった経験を重ねて今があるのだと思う。
「もう知らないや、あんなやつら。釣りでも行こうかな♪それともゲームでもやろうかな!」
吹っ切ったかのように明るい声で言う雷雲の声が、次第に小さくなっていく。
「……それとも…。えーと……それとも…。う…。うう…」
声は嗚咽へと変わり、豪炎寺の方に振り向いた雷雲の顔は、涙で濡れていた。
「チビ…」
「うわあーん。うわぁああぁあっ!!」
堰を切ったように声を上げて泣きながら、雷雲は豪炎寺にぶつかるように、しがみついた。
まるで幼い頃の自分を見ているようで、黙ったままそれを受け止めた豪炎寺は、それでもストライカーとしてサッカーを続けている自分の事を、話してみようと思った。
思い切り声を上げて泣いて、少し落ち着いた様子を見せた雷雲に目線を合わせるようにしゃがみ込み、頭を撫でながら少しずつ、話した。
ゴール出来る確率が少なくても、点を取る事でしかむくわれない厳しいポジションである事。はずすかもしれないプレッシャーに負けずに点を取らなければ批判される事も、普通にある事。それが悔しいと思う事。点を取った時の仲間の喜び。話しているうちに、何故自分はそんなポジションを選んでサッカーを続けているのか、と考えた時、好きだから、という結論しか出せなかった。何をどう考えたところで、サッカーが好きで、その中でもストライカーである事が好きで、それだけで、ここまで来た事を実感する。
単純な、話だ。
始まりは、そんなものかもしれない。続ける理由も。
「だから…。豪炎寺にいちゃんは、ストライカーをしているの?」
豪炎寺の話を聞いていた雷雲の言葉に、豪炎寺は思ったままを口にした。
「いや…、何よりもただ……、俺はこのポジション(ストライカー)が好きなんだよ」
「ご…豪炎寺にいちゃん…」
無意識に、今まで見せた事のないような全開の笑顔を向けた豪炎寺に、雷雲もつられるように笑顔になる。
「だけど…オレにはきっとストライカーは向いてない…」
ようやく笑顔を見せた雷雲が、すぐに俯いて泣きそうな顔になった。
向き不向きというものがあり、好き嫌いだけでは続けられない事も多いだろう。自分はそれが好きで、幸運な事にそれが向いているようだ。そして雷雲の試合を見て、雷雲にも自分と通じるものを感じていた。
「いや俺はおまえには、ストライカーの才能があると思うぜ!」
「え!?」
才能、なんてものは正直なところ、豪炎寺にもよく解らない。
それでも、フィールドで、どんなに困難でも、プレッシャーが大きくても、逃げずにシュートを打つという事は、ストライカーにとって必要な事だと、知っている。それをストライカーの魂だと思っている。雷雲には、それがある。
試合中に見せた雷雲の行動。悔しさを爆発させた今。それでもサッカーを辞める事など考えもせずに、自分のポジションの事を考えて落ち込む姿。
どれもこれも、豪炎寺自身が経験して来た事だ。
ポジションの向き不向きは、性格的なものもあるだろう。目指すものはチームの勝利という同じものであっても、最前線に立ちゴールを狙うのか、中盤でゲームを組み立てるのか、自陣を守るのか、最後にゴールを守るのか、それを見極めるのは監督の仕事だ。自分に出来る事をやる為に、技術が未熟ならば練習するしかない。自分が求めるものと、周囲から求められるものが違って苦しむ事があっても、それはその時に受け止めるだけの事だ。
雷雲は、ストライカーとして期待されている。だからこそ、その期待が外れた反動でああいった騒動が起きたのだろう。先の事は先の事として、今、雷雲に求められているのは”頼りになるストライカー”であって、それに応えられなかったからこそ、悔し涙を流したのだ。
「ストライカーの、魂がオレに…?」
思いもよらない豪炎寺の言葉に、涙が引っ込んでしまった様子の雷雲が豪炎寺を見上げる。
「ああ!!!あとは練習あるのみ。だからチビ…。同じストライカーとして、いっしょにがんばろうぜ!!」
「豪炎寺にいちゃん……!!!」
視線を合わせて言う豪炎寺に、ようやく雷雲が全開の笑顔を見せた。
雷雲にしてみれば、自分の兄の友人である全日本代表のエースストライカーが、自分を同じストライカーとして認めてくれたのだ。嬉しくないわけがない。
豪炎寺の差し出した拳に自分の小さな拳を合わせて、俺達はストライカーだ、と誓い合った。
部活帰りの豪炎寺は、沖縄で小さなストライカーと合わせた拳を思い出す。
違ったポジションだからこそ見え、解ることもあるだろう。それと同じように、同じポジションだからこそ、わかることもある。同年代だから解ることもあれば、違っていても、違っているからこそ、ということも。
……どうしているだろう。
不意に思い出してしまえば何となく落ち着かなくて、久しぶりにチビの声が聞けると良い…と、携帯を取り出した豪炎寺だった。
「動詞30題」より『17.なでる』です。初のやぶてん豪炎寺でございます。口調が…やぶてん豪炎寺とTVシリーズの口調が…違い過ぎる。(笑)チビちゃんを慰める時に、ナチュラルに頭をなでなでしている豪炎寺と、その後の全開笑顔にやられました…きっと夕香ちゃんは生まれた時からこんな豪炎寺を独り占めしているのね…羨ましい事です。クール設定のせいか、妙なところで表情は良く動くくせに全開笑顔がとてもレアな気がするのよ豪炎寺…。「なによりもただ……、オレはおまえが好きなんだよ」(ニコッ)とかね、ないですか。無邪気で幸せ全開な笑顔でこう、さ…。はにかんだり照れたりクールぶってるのも好きですけれども!やぶてん豪炎寺はTVシリーズより漢前度が大きいのに、そんな笑顔はずるいと思います!惚れるやろ!チビが!…チビ×豪でも全然問題ない。「豪炎寺にいちゃん!にいちゃんの伝言通り、世界の舞台に来たよ、オレ!」とか言っちゃってさ、こう、虎丸あたりとライバルになれば良いじゃない。