「 でも、それは嬉しい悩み 」

 12月に入るか入らないか、という時期から、街はどこもかしこもクリスマス一色になる。
 稲妻町も例外ではなく、街を歩けば赤と緑をメインに飾り付けられたショウウィンドウが目に入り、朝から晩まで懐かしいものから定番のもの最新のものまで、クリスマスソングがこれでもか、とばかりに流れてくる。
 母が居た頃はお手伝いさんも交えて準備にいそしみ、イヴには何もない限り定時に帰宅する父も揃って、母とお手伝いさんの作ってくれた食事を楽しんだ。母が居なくなってから、父がその日に帰宅する事がなくなった。
 それでも、その日を楽しみにしている妹と一緒に部屋を飾りつけながら当日を待つのは楽しかった。当日は、お手伝いさんがクリスマスディナーを仕立て上げ、自分と妹ふたりの為に自宅に帰らず、一緒に食事をしてくれていた。自分はもう、クリスマスに浮かれる気持ちもさほどなかったけれど、嬉しそうに準備したりサンタさんからのプレゼントを楽しみにしている妹の為に、妹に気付かれないようにプレゼントを買って隠しておくのが、豪炎寺にとってのクリスマスのメインイベントだった。
 サンタの役目をしていたであろう父は、母を亡くした年に妹の枕元にプレゼントを置く事を忘れていたらしい。わくわくとした顔で目を覚ましたであろう妹が、何も置かれていない枕元を見て、自分が悪い子だったからだと目元に涙を浮かべている姿を見た時は、胸が締め付けられた。父を責める気持ちなどないが、妹が悲しむ姿は痛々しいものだった。"遅れてしまって、ごめんね。”と書いたカードと、その時に自分が買う事のできたものを置いておいたら、妹は喜んでいた。
 それ以来、豪炎寺が妹のサンタさんになっている。
 妹も小学生ともなれば、それなりに好みというものにうるさいのでは、ないだろうか。期待外れのものをプレゼントしてしまって、悲しませたくなかった。だから、今年は何をお願いするのか?が妹の周りで話題になり始めた頃に、お願いしたものを聞くのが常だった。幸い、今まで豪炎寺が買えないほど高価なものをお願いされた事はない。
 周囲が親がサンタだ、サンタなんて居ないのだ、と言いはじめても、妹はまだ信じている様子だった。どうせいつかは解ってしまうのなら、それまではサンタでいよう。豪炎寺はそう、思っていた。
 事故に遭った妹が病院のベッドで眠り続け、目覚めないままに迎えたクリスマスは、味気ないものだった。妹が目覚めた時に、と枕元にプレゼントを置いておいたけれども、ラッピングもそのままに床頭台へ置かれているのを見た時の気持ちは、何と言っていいのか、今でも解らない。
 今は目覚めた妹が回復し、退院し、自宅でクリスマスを迎える事が出来る。
 豪炎寺にとっては、それが何よりのプレゼントだった。けれど妹は、そうではないだろう。まだ、夢の中に居ても許される齢だ。



「お兄ちゃん…お勉強してるの?」
 豪炎寺が自室で冬休みの宿題を片付けていると、妹が入り口から声をかけた。
「夕香?どうかしたのか?」
 聞き分けの良い妹は、父や兄である自分が自室に居る時に来る事は、滅多にない。自室に居るという事は、邪魔されたくない事や、片付けなければいけない事がある時だ。そういった時に邪魔をしてはいけない、と躾られているのは、豪炎寺も同じだった。そうでなければ、リビングで妹と一緒に過ごすのが豪炎寺の常だった。だから、自分以外の者がこうして自室へ来る時は、何かある。
 豪炎寺は、邪魔しているわけではない事、咎める気持ちはない事が幼い妹にも解るように、自分の思う限り穏やかな声で妹に声をかけ、入る事を促した。
 ベッドの端に並んで座り、妹が話すのを待つ。自分から話す事は、あまり得意とは言えない豪炎寺は、待つ事が苦痛では、ない。けれど、妹が言いあぐねているのを見て、言葉を発した。
「……何か、困った事でも、あるのか?」
「…あのね…うん、とね…困ってる、のかな…わかんない…事が、あって。お兄ちゃんなら、解るかな、って、思ったの」
「夕香が話してくれないと、お兄ちゃんにだって、解らない。ゆっくりで、いいから。話せるか?」
 頭を撫でて、微笑みながら言う豪炎寺に安心したのだろう、妹は"わかんない事"を話し始めた。
「あのね、サンタさんの事なの…サンタさんにお願いしたら、プレゼントは、クリスマスの日の朝に届くでしょ?でもね、それね、クリスマスイヴに届けて貰えないのかな、って、思ったの」
 つまり、プレゼント受け取りの前倒しだ。無理というか、何というか…どう答えれば良いのか、豪炎寺には、解らなかった。
「どうしても、お願いしたい事があるの。でも、イヴの日じゃないと、だめなの。サンタさん、遅れてもプレゼント、持って来てくれた事があったでしょ?お兄ちゃん、覚えてる?」
 その時の事を、豪炎寺が忘れる筈が、なかった。
「…うん。覚えてるよ。夕香が凄く、嬉しそうだったから」
 妹が覚えていてくれた事が嬉しくて、知らず、豪炎寺の口元が緩む。
「だからね、遅れてもお願いを聞いてくれるんだったら、1日だけ早く来てくれないかな、って。だめ、なのかな?お兄ちゃん、知ってる?」
 豪炎寺には、答えようがなかった。だが、妹がここまで言うという事は、何かしらの事情がある筈だ。
「…何をお願いしたいのか、お兄ちゃんに教えてくれないかな?お兄ちゃんには解らなくても、解る人がいるかもしれないから、聞いてみるよ」
(……無闇に詳しそうな奴がいるからな)
 豪炎寺の脳裏を、鬼道の顔が過ぎっていた。



「ああ、それなら直接手紙を出してみたらどうだ?フィンランドのロヴァンミニエにあるサンタ村が、サンタクロースからの手紙を受け付けているぞ。しかしそれはサンタクロース"から"だから、届くのはイヴか当日だろうな。国内だと……確か小田原に、サンタクロースへの手紙を受け付けている協会があった筈だ。だが、受け取ったという事と、挨拶以外に個別の質問には答えられない、という事だったと思う。インターネットで検索してみれば、詳しい事が解る筈だ」
 無闇に詳しそうだ、と豪炎寺が思った通りに、鬼道は豪炎寺の問いに方向が違うような気がしないでもない答えを、すらすらと口にした。
「……詳しいな。出した事が、あるのか?」
 思わず口にした豪炎寺に、鬼道が苦笑混じりに答える。
「昔……春奈に…何か、出来ないかと思って、な」
「…そう、か。……ありがとう、鬼道」
「いや、たいした事じゃ、ない。妹さんが喜んでくれると、良いな」
「…ああ」
 お互い、妹が居て、その妹を溺愛している(当人達はそうは思っていないが)という共通点がある。お互いの事情を知っているだけに、それ以上の言葉は必要なかった。
 帰宅した豪炎寺は、妹にサンタクロースへ手紙を書く事を提案した。返事が曖昧なものであっても、当日に間に合わなくても、結局、先日話してはくれなかった"お願い"さえ解れば、自分が何か出来る事が見つかるかもしれない。騙すようで心苦しい気持ちはあるが、妹の望みを叶えてやりたい一心だった。
 リビングで一緒に手紙を書き終えた豪炎寺は、父の帰りを待った。
 自分とは確執じみたものがあっても、妹に対しては違うように感じていた。性差なのか、年齢差なのか、他の要素なのか、それは、解らない。けれど、妹への父の態度は自分に対するそれとは違う事だけは、解っていた。



 "サンタさんへ。
 1日だけ早く、来て下さい。
 おねがいは、お父さんと、お兄ちゃんと、3人でクリスマスのおいわいをすることです。
 いっぱいがんばって、いい子にします。
 やくそくします。
 1回だけでいいです。お父さんのおしごとが早くおわりますように。
 前みたいに、かぞくみんなで、おいわいしたいです。
 ごうえんじ 夕香"



「ただいま」
「…っ!お帰りなさい!お父さん!……ねぇ、お兄ちゃん、サンタさん、お願い聞いてくれたよ!」
 12月24日、クリスマスイヴ。豪炎寺は妹のはしゃいだ明るい声を聞きながら、お願いを聞いてもらえなかった時の為に別に用意したプレゼントを、枕元に置いて良いものかどうか、悩む事になった。

END 初出2010.12.24.覚書 更新2012.01.30.

「動詞30題」より『18.わらう』です。笑う・嗤う・哂う等ございますし、笑うにしたってカプ的なラヴいものを書けば良いのにクリスマスネタだったら…と思わないでもない。でもそういうラヴいものは他の方のを読みたいんだ…!オノレで書いてもな…萌えられないじゃないですか。シスコンビが妹の為に何か出来ないかと、ふたりで話したりしていたら可愛いな、と思いながら書いてみました。