「 HEERING CHERRY 」

「鬼道、突然ですまないが、会えないか。話したい事がある」
 豪炎寺から鬼道のもとに連絡が入ったのは、円堂の葬儀が済んで、少し落ち着いた頃だった。
 突然の、不幸な事故による、円堂の死。
 鬼道は当初その事実を受け止めきれず、夢現のままに葬儀に出た。
 棺を前にしても、最後の顔を見ても、到底信じる事が出来ずに、それでもその死が事実である事をどこかで別の自分が冷静に受け止めているような、何とも言えない状態のまま葬儀を終え、帰途についた。迎えの車を呼ぶ気にもなれず、歩いて帰ったのを覚えているけれども、どこをどう辿っていつ自宅に着いたのか、覚えていない。
 弔辞は幼馴染で親友でもある風丸が読んでいたのは覚えている。
 元雷門サッカー部の連中や対戦相手、円堂がこれまでに関わってきた誰もが、突然の死を受け止めきれない様子で、それでも彼の妻が気丈に振舞うのを見て、醜態を見せないように必死だったように思う。
 円堂に関わった誰もが、信じられなくてもここに来なければこれきり、円堂に会う事もないのだという事だけは解っていて、来てみたはいいものの、感情の表わし方が解らずに持て余しているような、やりきれなさが漂っていた。
 焼き場へ行き、骨を拾い、精進落としの席で、誰ともなく、ぽつり、ぽつり、と円堂の思い出を語っていた。その時になってようやく、一緒に笑う円堂がその場にいない事を実感したのか、こらえきれずに涙を落とす者が出た。そして同時に、その時に初めて、その場に居て当然と思っていた人物が居ない事に、気付いたのだ。
 円堂の親友として周囲に認識されているのは、風丸だけではない。鬼道もそうだった。
 そして、もうひとり。
「おまえが蹴って、俺が守る」円堂が常にそう言って、共にサッカーをする事を望んでいた、ストライカー。
 豪炎寺が、居なかった。
 だが、豪炎寺を不義理だと責める者は、なかった。
 葬儀にも出られない程のショックを受けているのだろう、というのが、その場に居た者の共通認識だった。
 一度はサッカーを辞めた豪炎寺が、再びサッカーを始めたきっかけが円堂である事は、古い付き合いの者ならば誰もが知っている。
 それも含め、雷門で過ごした日々が豪炎寺の核になっていて、それが近年のフィフスセクターの管理サッカーを元に戻す為に組織に入り、聖帝として君臨し、革命を起こす基となった事も。
 自分でも受け止めきれない円堂の死に関して、軽々しく豪炎寺に聞く事も出来ず、また、誰に対しても豪炎寺からの連絡もなく、慌しい日常に戻ったまま、時間だけが過ぎていった。
「…大丈夫なのか、豪炎寺」
 久しぶりの豪炎寺からの連絡に、鬼道がそう返したのは、そういう経緯があったからだ。
「大丈夫、とは…?どうか、したのか…?」
 電話越しの豪炎寺の声音は、記憶にあるものと変わらない。
「……円堂の、事だ。…葬儀に、来なかっただろう。皆、心配していた」
 豪炎寺が、ひとりで抱え込みがちな性格だ、という事は、それなりに付き合いがある者は知っている。円堂を失った今、姿を見せない豪炎寺がどういった状態に居るのか、少し落ち着いた今になっても何のアクションもない彼にどう接したものか、自分の感情も整理できずにいる中で考えられる者はまだ、いなかった。鬼道にしても、それは同じだった。
「…そうか…すまない。…話したいというのは他でもない、円堂の事なんだ」
「…今では、駄目なのか」
 思い出話のひとつでもして、気持ちや感情を吐き出すだけなら、顔を見る事もない電話の方が良いのかもしれない。そう、考えての事だった。自分なら、見られたくはない。いや、見て欲しいのかも、しれない。整理のつかない、けれど整理しなければいけない、と思うものがまだ、混乱している。それ程に、鬼道にとって円堂の存在は大きいものだった。電話の向こうの相手も同じだろうと、鬼道は思う。
「会って、話がしたい。…たぶん…会わなければ、駄目なんだ」
「解った。日時と場所は?」
 指定されたのは鉄塔広場だった。
 円堂と、豪炎寺と、自分と。
 他にも、何かあると円堂が向かう場所だった。
 円堂に近しい者ならば、特別だと認識している、思い出の場所、だ。
 日時は鬼道の都合に合わせる、と言ったのは、鬼道財閥総帥であり帝国学園の総帥も兼ねる自分のスケジュールへの配慮なのだろう。しかしモノは円堂の話で、相手は豪炎寺だ。鬼道は早々にスケジュールを調整する事に決め、翌日には鉄塔広場へと赴いた。
 そこで豪炎寺から聞かされた話は、到底、すぐに信じられるものでは、なかった。
 円堂が生きている。
 未来からの歴史介入により、円堂がとある時空に封印されている。その辻褄合わせの為に、現在は死んだ事にされているが、救う術がある。サッカー禁止令が施行された現在の歴史そのものが本来のものとは異なり、それを元に戻す為に、円堂を救う為に、現在の雷門サッカー部員の一部が、歴史介入を行っている未来の組織と戦っている最中だ。それに、協力して欲しい。
「…本気で言っているのか」
「…本気で言っているのか」
 普通に聞けば、円堂の死を認めたくないばかりに、豪炎寺が狂った、と思われても仕方のない話だった。
「…どうすれば、誰になら、信じて貰えるのか、俺にも解らない。だが、雷門サッカー部には、音無が関わっている。彼女は、サッカー部の彼らを信じて、今、戦っているんだ。だから、鬼道に話してみようと思った」
「春奈が…?」
「ああ。彼女は、円堂の死以前に、歴史介入の場に居合わせている。だから、介入後の…円堂の死を体験した後でも、未来から来たという者の存在や、円堂を取り戻そうとしている部員達の話を受け入れ、戦う事を受け入れる事が出来た。そういう彼らの姿を、俺はこれで、知る事が出来たんだ」
 そう言って、豪炎寺は腕のブレスレットを鬼道に見せ、操作した。
 そこに現れた光景は、現在の技術で再現出来るものではない事が鬼道にはわかった。何よりこんな映像をこんな技術を使って再現したところで、豪炎寺に何らメリットがあるとも、思えなかった。
「俺はこのブレスレットを、フィフスセクターの聖帝だった頃に、支援者Xを名乗る人物から、直接送り付けられた。その人物が何を考えているのか、どういう目的でこれを俺に送って来たのか、それは、今も解らない。誰にも、話せなかった…円堂が、こんな事になるまでは」
 豪炎寺が話せなかったのも、当然だ。誰が、信じるというのか。未来から送られて来たという物とメッセージを信じている、などと荒唐無稽としか思えない話を。取り戻したいものの為に、それにすら縋るように、信じる事を決めた豪炎寺の決意を。嘲笑されるのが、落ちだ。あるいは、狂ったと憐れまれるのが。
 聖帝として組織の矢面に立ちながら、その裏で到底信じては貰えないようなものまでを抱えていたのだ、この男は。
 鬼道は、豪炎寺の聖帝としての苦悩を知ったつもりでいた自分が、何も見えていなかったように思えて仕方がなかった。
「他に、誰が知っているんだ」
「今の雷門の…天馬を中心に、残っているメンバーと、音無だ。…俺も最初は半信半疑だった。だが、サッカー禁止令が施行された後、音無を通じて雷門サッカー部のメンバーを呼び出した。これ以上の歴史介入を許すわけにはいかない。円堂を取り戻したい。俺が直接動けないなら、せめてその手助けがしたい。…この映像が本物なら、それだけで通じると思った。…実際、通じたんだ」
 豪炎寺が冗談を言っているようには、思えなかった。
 何より、春奈が既にこの事に関わっている、という事が、鬼道にとっては、大きかった。
「…今の状況では、音無や天馬達、何よりも俺が…おかしくなっている、と思われるだろう。…鬼道が、そう思っても、無理はない、と思う。…だが、信じて欲しい気持ちも本当だ。俺はもう一度、サッカーを取り戻したい。円堂を、取り戻したい。…卑怯だと思ってくれてもいい。音無が…お前の妹が既にこの事に関わっている、と聞けば、お前は動いてくれるんじゃないか、と思った。他に、誰に、何を言えば、どうすれば、信じて貰えるかなんて、思いつかなかった…だから、お前に一番に連絡した。鬼道を頼ると言えば聞こえはいいが、利用しようとしたと言ってもいい。…すまない…」
 一息に喋った豪炎寺は鬼道に向かって頭を下げ、それきり、黙った。
「…解った」
 鬼道の声に、豪炎寺が顔を上げる。
「とにかくまずは、雷門へ行くとしよう。それで良いな?」
「…信じてくれる、のか…?」
 豪炎寺は自分で話しておきながら、驚いた顔をしていた。こうもあっさりと、信じて貰えるとは思っていなかったのだろう。
「信じない方が、良かったか?」
「…それは…だが…」
「円堂のひ孫」
「…え…?」
 戸惑う豪炎寺に、鬼道が言う。
「雷門中に居た頃、未来から来たという円堂のひ孫と戦った事が、あっただろう。…覚えているか?」
「…ああ。…王牙学園との、試合だったな。…鬼道も、覚えていたのか…」
 あの時も、歴史介入が行われ、それを正す為に円堂カノンを名乗る円堂のひ孫が、近い将来にチームメイトとして、ライバルとして戦う事になる連中を連れて未来から来た、というのを信じて、共に戦ったのだ。
 豪炎寺はそれを覚えていたからこそ、聖帝である自分宛に支援者Xを名乗る人物から送り付けられた物とメッセージを、信じてみようという気になったのだ。けれどそんな過去は、今では誰とも語り合う事もなかったし、自分以外に覚えている者が居るのかどうか、確かめた事もなく、もしかしたらそれは、自分だけが違う記憶を持っているのかもしれない、自分だけがおかしくなっているのかもしれない、という恐怖と隣り合わせだった。
 まして、エルドラドによる歴史介入の影響があやふやな今のような状況で、誰と、どこまで、円堂の記憶を共有しているのか、死んだ筈の円堂が生きていると言って信じて貰えるのか、何も解らないまま動けずにいたところに、音無がそれを信じて天馬達と共に戦っている事を知り、ようやく動く事が出来たのだ。
「円堂に、ひ孫が生まれるまで長生きすれば、あれが本当かどうか確かめられる、と言った覚えがある。…子供も生まれないうちにいなくなるなんて、あいつに限ってあり得ないと思わないか?」
 円堂の死が実感できないままなのは、円堂が生きているからだ。それを知らなかったからだ。
 鬼道の感じていた円堂の葬儀から今日までの違和感のようなものも、そう考えれば納得出来た。
「…ありがとう、鬼道。…すまない」
「謝る事はない。俺も、円堂を取り戻したい。お前や円堂や天馬達…俺達皆で、取り戻した筈のサッカーが、このまま奪われていくなら、それも、取り戻す。今ならまだ、間に合うんだろう?」
 礼と謝罪を口にする豪炎寺に、鬼道は微笑(わら)う。
「お前に頼られるのは、悪い気はしない。…利用されたのだとしても、構わないさ。つまりそれは、お前にとって、俺はそれだけの価値がある、という事だろう?豪炎寺」
「…ああ、そうだな。助かる。ありがとう、鬼道」
「このまま雷門の連中の所へ行ってみる。まあ、せいぜい俺が役に立つ事を祈っててくれ」
 言いざま、利用料だ、と言った鬼道が掠めていった唇に、豪炎寺が思った事はといえば「相変わらずだな」という事ぐらいで、その変わらなさが、嬉しかった。

END 初出2012.06.29覚書 2031.09.22UP

「動詞30題」より『20.たくす』です。天馬達に未来を託す、てな感じで。UP時点でギャラクシーが始まり佳境に入ろうかという状況で、CSのとっかかりじみたものをUPしている周回遅れは仕様でございます。聖帝補完とか、未だにメモのまま漬かってますしねぇ…そういうペースが性分なのでしょう。お付き合いしているふたりなのに、もだもだしているのも仕様ですよ。タイトルはリキュールの名前でございます。とても綺麗な色をしていて、鬼道さんの瞳を重ねてしまったから、という単純な理由からです…これだから腐れはよ…呑んだ事はまだ、ないんですけれども、アイスにかけると美味らしいよ。やや黄味がかった白と赤に近いピンク色、で鬼×豪アイス リキュール添えの完成です。そら美味いやろ。<ワタクシ的に。