星が、綺麗だ。
考えてみれば、空を見上げた事なんて、何時からか思い出せない遠い昔のような気がする。
豪炎寺は、視界に広がる満天の星空を見つめながら、そんな事を思った。
ここは、沖縄だ。
瞳子と鬼瓦の計らいによって、キャラバンから離れてひとり、鬼瓦の知り合いだという土方の家に身を寄せている。そうなってからもしばらくは、足元しか見ていなかった。同年代の土方は、数多い弟や妹の面倒を見ながら、それでも自分の事を気に掛けてくれているというのに、自分の…夕香の事や、キャラバンの事しか考える事が出来ずに、顔を上げる事もないまま(それすらも出来ないまま)に、過ごしていたのだと思う。
土方は気の良い奴で、そんな自分に何も言わなかったけれども、自分がまだ子供でひとりで出来る事には多くの制限がある事や、過去からのしがらみが断ち切れないままの事、自分を気遣ってくれる土方やその弟妹に心配を掛けるばかりの自分を思うと落ち込むばかりで、どうする事も出来なかった。
食事も碌に取れずにいた自分を心配したのだろう、土方が、ボールを蹴る事を…サッカーをする事を、申し出てくれた。何かしていれば、それが好きな、大切なものならば、それに集中する事で気が紛れる。そう、思ったのだろう。土方のその気遣いを、素直にありがたい、と思った。
自分ひとりぐらい居なくても、宇宙人との試合は何とかなるだろう。何とかしようと、するだろう。
円堂ならば。
瞳子監督も、自分が居なくても、どうにか出来る算段があるからこそ、自分をチームから離脱させたのだろうと思う。
今の自分が抱える事情を考えると、瞳子監督の離脱通達は、ありがたいとさえ、言えるものだった。
だからと言って、平気なわけでは、ない。
何を言えばいいのか解らず、それでも、最後に精一杯の言葉を、円堂に告げた。
円堂は、どう受け止めただろう。
……そして、鬼道は。
キャラバンが今、どこを旅しているのか。鬼瓦から土方への連絡も、頻繁だと気付かれてしまう可能性が高い。だから、余程の事がない限り、皆の試合の様子はTV中継でしか、知る事が出来ない。自分の携帯は、ここへ向かう時からずっと、電源を落としたままだ。妹へ危害が及ぶような事は、少しでも避けたい。どんなに些細なものであっても。
敵として対峙したのが、始まりだった。
そんな出逢い方をした鬼道と互いの想いを通じ合ったのは、フットボール・フロンティアの全国大会の最中だっ
た。少しずつで良い、もっと、互いの事を知る事が出来たら。そんな事を思っていた矢先の事だったのだ、今回の自分の離脱は。
別れ際に告げた言葉を、円堂は他のメンバーに告げただろうか。
『おまえ達とは、戦えない』
言葉通りに取られたとしたら、伝わらない。
どこで、あの男達に聞かれているか解らないから、意図的に言葉を省いた。
円堂は、気付いてくれるだろうか。
気付く事が出来なくて、相談するとしたらたぶん、鬼道だろう。鬼道であって欲しい。鬼道ならば、自分が省いた言葉に気付く事が、出来る。そんな気がする、というだけの危うい可能性に、賭けた。たとえ、届く事がなくとも、それは仕方がない。自分勝手な思いなのは、承知している。
円堂は、強い。笑顔の印象が、強い。色んな表情を見ている筈で、その中には絶望も泣き顔もあったと思うのに、いつも前を向いて笑っている、そんな印象が、強くて。自分には、眩しかった。その強さに惹かれた。背中を預けようと思えた。だから、自分の持つ影のような、意識…そんな事で、それを失いたくは、なかった。自分はいつ
も、円堂にとっての理想的な存在でありたい、という願いも捨てきれない。勝手な理想を、重ねているのだろうという自覚は、あった。だからだろうか、無条件に信頼しながらも、一方的にどこか後ろめたい気持ちが、拭い去れない。
鬼道は、違った。出逢いが出逢いだったとはいえ、背後に抱えている何か、に似たようなものを感じた。その大きさは、比べ物にならないかも、しれない。けれど、揺れ動く様が我が事のように、見えた。円堂によって、救われる様までが、自分のそれと、重なった。傷を舐めあって、依存し合っている。それだけかも、しれない。それでも、鬼道と居ると呼吸が楽になるような気がして、居心地が良かった。勘違いなのだとしても、それに名前を付けるとすれば、恋情としか、思えなかった。
愛している、なんて言葉は、今は遠いものにしか、思えなかったけれど。
それでも、好きだ、という気持ちは、確かだった。
身内に…夕香に対するようなそれでも、友情と呼ばれるそれでも、ない。
それだけが、確かだった。
今、どこに居るのかも、解らない。日本国内に居る事は、確かだ。それでも、遠いと感じる。
見上げている空は、鬼道の居る場所にも繋がっている。今、同じ空を見上げている、などという奇跡を期待しているわけでは、ない。そうであれば、嬉しい。それだけの、気持ちだった。
学校で合宿した時に、疲れているのに眠る事が出来ず、寝場所であった体育館を抜け出した。校庭でぼんやりと、今のように空を見上げていた事を思い出す。同じように眠れなかった鬼道が来て視線を夜空へ向けながら、とりとめもなく星座を見つけながら会話をした事を思い出す。
沖縄の…ここから見上げる夜空は、稲妻町よりも闇が深い。その深さは、身の処しどころが解らず、先が見えない自分と重なるようで、怖かった。それでも、あの時鬼道と見た夜空を思い出すと、逢いたい気持ちしかないのが、不思議だった。
なんでもない、あのひと時が、無性に愛しいものに思える。何も、なかったというのに、ひどく、幸せな記憶。
曇りの無い夜空は、見上げているうちに、泣きたいような気持ちにさせる。
自分は何も変わらないように思えるのに、自分を取り巻く状況だけが、急速な変化を見せて、翻弄される。
少し…ほんの少し、であって欲しいと思う…離れているだけで、求めれば傍らに居る事の出来た日々の幸せを思い知らされる。
傍らに居られる事の幸福と、苦痛。それは、夕香に対して抱き続けた、馴染んだものだった筈なのに。違う意味を持つ存在が、出来てしまった。
流れ星をいくつか見て、咄嗟に口にした願いは『逢いたい』というものだったけれど、その時思い浮かべたのが何よりも大切な筈の妹ではなかった自分に、苦笑するしか、なかった。
キャラバンでの旅の途中、鬼道が夜空を見上げる事が、あるだろうか。
今の自分と同じように、自分を想ってくれる事が。
随分とセンチメンタルな事を考えている、と思う。
行きたい、と思う。傍らに。言葉すら、なくても、ただそこに居るだけで、安心出来る場所。
互いの想いを伝え合ったばかりで、今も互いの想いがその時のままだなんて確証は、ないけれど。
微かな星明かりの闇の中、泣きたいような気持ちになるのに、泣けずにいる。泣いたところで、状況が変わるとは思えない。泣いたところで、ひとり、こんなところで星にすら祈る、自分の想いが届くとは、思えない。
胸を張って、皆のところに戻れる自分になっていなければ、傍らに立つ事すら、叶わないと思う。
苦しいのは、自分だけでは、ない。ない筈だ。
愛しいと言ってもいい、好きだと思える相手が苦しんでいる事を願うわけなどないが、今の状況でキャラバンの連中が楽しいばかりだとは、思えない。逢えなくても、その程度の事は想像がつく。
それでも。そんな中でも……そんな中だからこそ、かもしれない……記憶を辿った時に、幸せを見る事は出来るだろう。その風景の中に、自分が居る事を、豪炎寺は願った。
星が、綺麗だ。
考えてみれば、キャラバンに参加してから、空を見上げる事が多くなった気がする。
鬼道は、視界に広がる満天の星空を見つめながら、そんな事を思った。
奈良県で起きた事件を追って来たキャラバン一行は、破壊された式典会場で見つけた手掛かりが元で、自分達を宇宙人だと疑う財前塔子率いるSPフィクサーズと試合をする事になった。試合後、自分が財前総理の娘である事や雷門の力を試す為だった事とその理由を明かした塔子が、キャラバンに加わる事となった。
サッカーによって地球を支配すると宣言する宇宙人を名乗るチーム、ジェミニストームとの試合をしたのは、そのすぐ後だった。
豪炎寺の様子が、おかしかった。
自身の必殺技や、合体技を、ことごとく、外した。
いくらエースストライカーと言えども、人間だ。調子の悪い時だって、あるだろう。
しかし豪炎寺がフリーの状態で、シュートを止められる事はあっても、軌道を外す事など、なかったのだ。
体調が悪いのか、それとも別の何かか。
帝国学園に身を置き、影山に従っていた自分が知らなかった事を、雷門へ来た事によって知る事となった。そのうちのひとつが、豪炎寺の妹の事故、だった。
影山が仕組んだ、事故。それは豪炎寺がまだ、木戸川清州に在籍しており、帝国学園との決勝戦当日の事だった。それを機に一度はサッカーを封印した豪炎寺の事を知ったのは、雷門と世宇子の決勝戦を間近に控えた時だった。
どんな気持ちで、自分を雷門へと誘ったのか。
思うようにサッカーを出来ない辛さを知っているから。雷門に強力な司令塔が必要だから。全国レベルを知る人物が必要だったから。推測でしかないそれらの、どこに豪炎寺の真意があったのか、確認した事はない。けれど、それで鬼道が救われたのは、確かだった。豪炎寺は自分を救おうなどと思っては、いなかっただろうけれども。
試合終了後、皆が口々に瞳子の采配について話をしている時も、豪炎寺はひとり、皆と距離を置いていた。話に興味がないのではなく、他の事に気を取られているような様子だった。そんな豪炎寺が気にはなったものの、キャラバンで旅する事になった時点で響木が任命した瞳子の監督としての采配に納得出来ないチームのメンバーが、監督を代えて貰うという話の流れを止めずにも、いられなかった。瞳子監督の考えを知る事も、大切だろうと思ったからだ。
話題の中心である瞳子が姿を現した。
「豪炎寺君。あなたには、チームを離れてもらいます」
前置きも何も、なかった。
突然の言葉に納得出来ないメンバーが口々に抗議の言葉を口にする中、当の豪炎寺は黙ったままだった。戸惑ったようにも、怒ったようにも、泣きそうにも、見える。
瞬間、そんな表情の変化を、見せた事を本人は気付いているだろうか。
自分の作ろうとしているチームに、豪炎寺は必要ない。そう口にする瞳子の言葉に詰め寄るチームメイトを余所に、それ以上表情を変えないまま、豪炎寺は黙って去って行った。
円堂が、それを追う。
それを見た鬼道は、追う事を止めた。自分にも、他のメンバーにも。
恐らく、誰が追っても何ひとつ、聞けない。
瞳子の言葉に黙って従ったのは、今日見せていた様子のおかしさと関係している筈だ。言える事ならば、既に話しているだろう。豪炎寺を見てきた印象でしかなかったが、鬼道はそう、判断した。
だが、円堂なら。
サッカーを一度辞めた豪炎寺に、再びボールを蹴らせた円堂なら。自分が帝国学園として対峙した、あの時から戦って来たふたりなら。何かを、聞ける、言えるのでは、ないだろうか。
鬼道がそんな風に思うのは、あの時の試合が初めてなのにも関わらず、豪炎寺が円堂に対して見せた信頼、だ。バカみたいな点差で、立っているのが円堂ひとりで、それでも次は帝国のシュートを止めた円堂が、最前線に走る自分へパスを送るという…どうしてそれが信じられるのか、不思議なほどの…信頼としか、呼ぶほかないもの。
鬼道は、自分が雷門へ来てから様々な事を経て、チーム内でそれなりに信頼を得た事を実感している。円堂の強さの本質を、知ったと思う。それは、あまりにも眩しいものだった。信頼し、羨ましく思うと同時に、自分の抱えているものの暗さを思わずには、いられない。圧倒される、と言ってもよかった。
豪炎寺に対しても、ブレる事のない強さを見て来たと思う。しかしそれは、フィールドの中の話だ。それ以外の場面で触れる表情、知る事になった家庭事情や環境、そんなものに、親近感を覚えた。
最初は親近感だったそれが、好きだ、という気持ちになるまでにそう、時間はかからなかった。
妹である春奈に対するそれでも、友情と呼ばれるそれでも、ない。
そんな互いの想いを伝え合ってから、そう日は経っていない。
…だから、俺では何も聞けないし、言えないんだ。
なりふり構わず追いかけて、問い詰めたい気持ちを持て余しながら、鬼道は円堂の帰りを待った。
キャラバンへ戻って来た円堂は、待ち構えていたチームメイトに「絶対帰って来い、って言っといたから、きっと豪炎寺は帰ってくるさ!」と笑顔で言った。それ以上は、誰も、声をかけられなかった。
「……あ、鬼道だったのか」
キャラバンの屋根で空を眺めていると、昇って来たのは円堂だった。
あんな事があった後だ。いつも人に囲まれている円堂にも、ひとりになりたい時もあるだろう。そう思った鬼道が車内へ戻ろうと腰を浮かしかけた隣に、円堂が腰をおろした。
「ごめんな、邪魔だったか?」
「いや…俺は、ここに居てもいいのかと思ってな」
「うん。…っていうか、ひとりになりたいのに誰か居て欲しいみたいな、変なカンジなんだ、俺」
「そうか…」
胸の奥に溜まった、何かよくわからないもの。
ひとりになって考えたい、でも直視するのは怖い。或いは、掴みどころが解らずに、戸惑うばかりの、何か。他人に知られるのは嫌で、でもひとりになるのも嫌で、薄い膜が折り重なっていくような、不安。そんな時にひとりでそれと向き合うしか術を持たずに来た鬼道には、それを口に出せる円堂が羨ましく思え、そんな円堂の隣に自分が居る事が、不思議な気持ちだった。
「……戻って来てくれるかな」
こんな時、即座に「大丈夫だ」と言えない自分を、鬼道はもどかしく思う。けれど、確証もなく断定する事がその場限りの慰めになってしまう事の方を、鬼道は恐れた。何か、確信出来るものがあるなら、言い切る事も出来るけれども、瞳子監督や豪炎寺の真意は、何ひとつとして解らないのだ。
「……すまない、って。いっつもさ、そうなんだ。何か解らないけど、自分が悪くなくてもさ、悪いんだ、って思っちゃったり、するんだ。サッカー辞めた時とか、木戸川との試合の時とか、いっつも、自分が悪い、って」
円堂は、故意に豪炎寺の名を避けるように、話す。
「…何で、何にも言ってくれないんだ、って思うんだ。でもさ…あいつが言えないとか、言っちゃダメだ、って思ってるから言わないのも、解ってるんだ。迷惑かけたらダメだ、何かに巻き込んだらダメだ、って…そりゃそうだけどさ、俺達…俺じゃ、ダメかもしれないけどさ…でも、一緒に戦って来た仲間じゃないか。少しぐらい迷惑とかでもさ、言って欲しいって、思うんだ…。なのにさ…」
円堂の声が、震えた気がした。
「……言ったんだ…俺達とは戦えない、って」
隣で円堂が俯く気配が、した。
「………俺達とは戦えないから、すまない、って」
顔を見てはいけない気がした鬼道は、黙って空を見上げた。
「…なあ、鬼道……もう、一緒に戦えないのかな…帰って、来ないのかな…」
泣いている事が解る小さな声で、円堂が呟く。
「…俺、俺さ…あいつらに負けたままで行くのか、って。悔しくないのか、って。言ったんだ。そんなのさ、言わなくても解ってる筈なのに。……だから、ダメだったのかな…こんなんだから、一緒に戦えない、って言われちゃったのかな…」
円堂の言葉の何かが、先ほどから引っかかっていた鬼道は、酷な事を思い出させるとは知りながら、確かめずにはいられなかった。
「円堂。確認の為に聞くが、俺達とは戦えない、と言われたんだな?」
「……うん…『すまない円堂。俺はお前達とは戦えない』って。そう、言ってた」
これで、鬼道は確信した。豪炎寺は、帰ってくる。
様子のおかしかった豪炎寺。瞳子の離脱宣言。それに従った豪炎寺。円堂に告げた言葉。
豪炎寺の様子がおかしかった原因を、瞳子が知っていたとしたら?
瞳子がその原因を知っていて、知られているとは思わなかった豪炎寺が、瞳子の意図に気付いて離脱宣言に従ったのだとしたら?
自分がチームに居る事が、チームに何らかの害を与えるのではないか、と思う出来事があった為に様子がおかしかった。その理由を話す事は出来ないが、何らかの理由でチームを離れた方が良いのではないかと考えていた。だが、今すぐにチームを抜けるのは不自然で、何らかの理由が必要だった。監督やチームメイトを納得させるだけの理由がない中で、どう動けば良いのかが解らずにいた。そこに、瞳子から離脱宣言を与えられたとしたら?
唐突に思えた瞳子の宣言が、豪炎寺にとっては救いですら、なかったか?
豪炎寺の言動は、誰かや何かを守ろうとするが故のものであっても、本人の中で整理されていないのか、されてしまったからなのか、説明が足りない事が多い。けれど、意図的にそれを省いたとしたら?
円堂の受け止めた言葉の意味が、違ってくる。
「円堂。安心していい。あいつは、帰ってくる」
「……なんでだよ…なんでそんな事が、言えるんだ…?…だって鬼道は、見てなかっただろ…あいつが、どんなだったか…」
鬼道が何を根拠にそう言い切るのかが解らない円堂は、俯いたままだった。鬼道も、敢えて円堂を見る事なく、言葉を続ける。
「これはあくまで俺の推測だ。信じようが信じまいが、構わない。だから、言わせて貰う。円堂、お前も言っていたように、あいつは俺達に迷惑がかかるのではないか、と思う事が何かあったのだと思う。だが、その理由を話す事が出来ない状況だった。話す事すら、俺達にとって迷惑がかかると思ったのかもしれない。…影山の時のように、話す事が言い訳にしかならないと思ったのか、考えたくはないが…話した時点であいつ自身、或いは家族に危害を加える、と脅された可能性も考えられる」
「そんな…っ…!だったら尚更、ほっとけないじゃないか!」
思わず顔を上げ腰を浮かした円堂が、鬼道に詰め寄る。
「…落ち着いてくれ、円堂」
「だってさ…!」
「俺達は気付く事が出来なかった。だが、瞳子監督は気付いていた、としたら?」
「瞳子監督が…?」
「そうだ。何かがきっかけで、瞳子監督がそれに気付いた。理由は解らないのかもしれない。しかし、このままあいつをチームに置いておくのは、チームだけではなく、あいつ自身も危険だと判断した。あいつが何も話せなかったのと同じく、監督もそれを直接あいつには聞けない。皆にも話せない。だからと言って、危険だと解っていてこのままにしておく事は出来ない。そう考えて、あいつをチームから外した。…そうは、考えられないか?監督が選手を守る為に不可解とも思える采配をしていた事は、お前自身がよく知っているだろう?」
瞳子の采配の意図が、自分達を守る為のものであった事を知り、不信感が信頼へと変わったと思えた直後の、離脱宣言だったのだ。
「皆を守る為に、憎まれる事でも平気な顔をしてやれる程度に、監督は大人だ。あいつの事も、守ろうとしてくれている、とは考えられないか?」
「…そう、なのか…?そう、かも…でも、でも、さ…あいつが、俺達と戦うのが嫌になっちゃったりとかさ…」
去り際の豪炎寺の言葉が、円堂にとっては強い衝撃だったのだろう。不安そうに続けられた言葉は、語尾が消え入りそうだった。
「俺達に理由を何ひとつ話せないあいつが、精一杯伝えようとした、とは考えられないか?俺達とは一緒に戦えない、ではなく、俺達とは戦えない、と言ったんだろう?…俺には、あいつは俺達と敵対する事はできない、と言ったように、思える」
「…え…?」
「……こんな話を今、するのもどうかとは思うが、俺の推測の根拠だ。…少し、我慢して聞いてくれ…俺が帝国に居た時の、おまえ達との練習試合。あれは、あいつを試合に出させるのが目的だった。突然、サッカー界から姿を消した木戸川のエースストライカーが雷門へ転入したという情報を手にした影山が、その時のあいつの実力がどれだけのものかを確かめ、帝国に獲得する、出来なければ潰す為に、申し込んだものだった」
円堂が、呆然としている。
鬼道は罪悪感を募らせながらも、言葉を続けた。
「…その時の影山のように、今度はあの、宇宙人を名乗る奴らがあいつと接触したのだとしたら?何らかの理由でチームへ入る事を強要された。断ると家族や俺達に危害を加えられる可能性があった。自分以外を危険に晒すわけにはいかない。だが、俺達の敵として戦う事も出来ない。誰にも話せず、どちらも選べない…そうだったとしたら?チームを離れる事で、俺達に危害が及ぶ事はない。だからと言って、あいつが守ろうとしているものを破壊してきたチームの選手となって、俺達と戦う事は出来ない。でも今は、帰って来るという約束が出来ない。…影山の時の妹さんの事故のように、あいつにとって守りたい何かを盾に脅されているなら、俺達と戦わないといけない状況になる可能性も、ある。だが、それは出来ない、と伝えたかった。お前の話を聞いて、俺が考えた事は、そういう事だ。だから、それが解決すれば…あいつは、帰って来る」
それが、いつになるかは、解らない。それでも、帰って来る。
あくまで推測でしかないそれを、確信するなど、どうかしている。そんな事は解っていても、何故だか確信したのだ。無茶苦茶だと解っても、言葉にしたかった。円堂に対してではなく、自分の中でその確信したものを強める為に言葉にする事が、鬼道には必要だった。泣きたいのは、円堂だけではない。けれど、円堂の前で泣くわけにはいかない、と思った。
「……そっか…いつになるか解んなくても、帰って来るんなら、いいんだ」
呆然としていた円堂が、ぽつりと言った。
「…俺、もう寝るな。……ごめんな、鬼道」
どういう顔をして良いのか解らない鬼道の前で、微かに笑顔を浮かべた円堂が、小さな声で「…ありがとな」と付け加えて車内へと戻って行った。
あの日から、何日経ったのだろう。
キャラバンは新たな土地に行き、新たなメンバーが加わって行った。加わったメンバーも交えた会話の中で、豪炎寺の名前が出て来る事も普通になった。
キャラバンの屋根は星空に近い特等席で、誰とはなしにそこに居る事が多かった。不思議と大人数で昇ってはしゃぐような事もなく、大抵はひとりで、居ても互いの邪魔をしないという不文律があるかのように、静かに過ごせる場所だった。(屋根の下では皆が眠っているので、起こさないように、という事もある)
豪炎寺もどこかで、夜空を見上げる事が、あるだろうか。
学校で合宿した時に、眠れずに体育館を抜け出して校庭へ行くと、夜空を見上げてぼんやりとしている豪炎寺を見つけた事があった。こうして夜空を眺めながら不意に思い出すのは、そんな些細な事だった。
傍らに居られる事の幸福は、雷門で春奈と過ごせる事で得られた。同じ家に居る事は出来なくても、同じ空間で同じ時間を過ごす事が長い間叶わなかった自分には、大きな喜びだった。身内に対するそれとは別の意味を持つ存在が出来てしまった自分は、あの日から、春奈と離ればなれになった時と似て非なる痛みを抱えたままだ。
どうか、無事であって欲しい。
出来れば、早くここへ帰って来て欲しい。
願うのは、その事ばかりだ。
願い事は尽きないというのに、流れ星ひとつ見る事が出来ない。
今、どこに居るのだろうか。苦しんでは、いないだろうか。ぼんやりとしながら考える事はいつも暗い方向でループしてしまう。帰って来る事を確信しても、それまでの事が気になってしまう。きっと大丈夫だ、と思いたいのにそんな事ばかり考えてしまう自分は、豪炎寺の事を信じていないかのように思えて口の中が苦くなる。
お前の大切に思う人達を、キャラバンの皆を、お前の好きなサッカーを、守ろうとして苦しんでいるのだろう、と思う。豪炎寺が意識していなくてもそうやって、一方的に守られているばかりでは、傍らに立ち続ける事は出来ない。
記憶を辿った時に見える風景だけではなく、これから重ねて行く記憶の中に、その姿がある事。そして豪炎寺がこれから見る風景の中に、自分が居る事を、鬼道は願った。
「動詞30題」より『21.かける』です。賭ける、ですね。賭ける・欠ける・駆ける・架ける・翔るのどれを選ぼうかと思いましたが、ワタクシ的重要語句「おまえ達とは、戦えない」の意味が通じる事に賭ける、という事で「賭ける」でございます。お題連載みたいになっております「その気持ちを〜」にブチ込めよ、っつー話ですけれども、鬼道視点ですしねぇ…豪炎寺側っていつ書けるのかしら…などと思いつつ、突発的に書いた覚えがございます。元ネタをくれた学年担任にマジで感謝な気持ち。ワタクシのペースでTVシリーズを追っていては、いつまで経っても2期までを繋げて書けないので、今更ですが加筆修正してみました。