豪炎寺は、悩んでいた。
世界大会でイナズマジャパンが優勝して帰国後、恩師である二階堂が祝いと労いの言葉を伝えに自分に会いに来てくれた事があった。雷門中を卒業後も、折りにふれ会い、電話で話す事もあった。
話す事と言えばサッカーの事が大半で、豪炎寺は部活を中心とした学校生活の事だったし、二階堂も学校での出来事やサッカー部の様子を話す程度だったが、それでも交流は続いていた。
当初は「豪炎寺がうちのサッカー部にいた事がある、っていうんで、うちの部に入部してくる生徒も増えたぞ」なんて事を言って、懐かしい思い出を語りながらも、今の生徒達の事をまっすぐに考えて活き活きとしていた二階堂の様子に陰を感じめたのは、いつだっただろう。
豪炎寺は、あまり自分の事を話さない。もともと話すのが得意ではなかったし、そういう豪炎寺を理解している友人もそれなりにいたから、不満はなかった。話したくない事を聞かれる事も滅多にないのは助かったけれども、話したい事をどう口にすれば良いのか解らなくて困る事も、あった。
そんな豪炎寺が話せるまで待ち、聞いてくれるのが二階堂だった。
自分だけではなく、他の生徒達にもそういう姿勢でいる事は知っている。それでも嬉しかったし、安心できた。
二階堂の様子が、何か違う。そう思って何かあったのかと聞いてみても、「ん?気のせいだよ。疲れやすくなってるせいかな?ほら、もうそれなりの年だから」などと口にして笑顔を見せられると、それ以上は聞けなかった。
気のせいにしては、違和感がありすぎた。
違和感を覚えたのは二階堂の事だけではない。サッカーに関しても、そういう事が多くなった。
何かが、おかしい。
急激な変化では、なかった。
けれど確実に、サッカーに対する社会の価値観が変わっている事に気付いた。
サッカーとは無関係な一般人や友人達と接している時には感じない違和感を、サッカー関係者と接していると感じずにはいられない。
何が、どう変わったのか。
はっきりとしない事がもどかしく、時に苛立つ事もあったが、自分でも解らないものを人にぶつけてどうなるのか、と思うと、誰かに話したり相談したりする気にも、なれなかった。
違和感を感じるのがサッカーに対するものか、社会に対するものかは曖昧だったが、渦中にいるが故に見えない事もあれば、その中だからこそ見える事もある。
20歳(はたち)も過ぎた自分は、保護される中で解放を待つしかなかった14歳の頃とは、違ったやり方で何かを掴めるのではないだろうか。だったらまず、自分が動く事だ。
そうして動き始めた豪炎寺が辿り着いたのが、フィフスセクターだった。
少年サッカーを管理し、支配する事を目的とした組織。
サッカーをする事で進学や就職といった事が有利になり、その後の人生までも決めてしまいかねないサッカー至上主義ともいうような、おかしな風潮が何故こんなにも社会に広まった、そしてそれを今も広めつつある、組織だと解った。
全国の学校組織に勝敗を指示・管理するだけではなく、シードと呼ばれる選手育成の為に表社会には知られていない機関を作り、組織に従う者を作り上げていた。それは今も、続いている。
二階堂に感じた陰は、これだったのかと解った。
自分達のサッカーは、こんなものではなかった。
数あるスポーツの一種でしか、なかった筈だ。
エイリア石の研究・活用に利用され、世間的な注目を集めた事があったが、主犯とされた者は服役し、被害を被った学校も政府予算で再建された。イナズマジャパンの世界大会優勝は、その事件が解決した後の事だ。
雷門中学校や帝国学園を中心に暗躍していた影山も、世を去って久しい。サッカーによる世界征服を企んでいた大富豪ガルシルドも、今となっては影もない。
しかし、エイリア石関連の研究者や、影山のバックについていた機関やその関係者の数やその後の行方は、今でも正確には解っていない事も多い。残党とも言える者、それに賛同する者、手にする利益に引かれて新たに加わる者、純粋な好奇心が歪んだ形で引き寄せられた者…そういった連中が、この組織を構成している事を、豪炎寺は知った。
政界や財界人と接する機会も多い父親や、まだ高校生である妹に被害が及ぶ事は避けたかったが、隠し通せる状態でも、なかった。組織内部を調べる事を決めた時に、これまでの経緯、これから起こりうる事を話さざるを得なかった。
イナズマジャパン優勝後、豪炎寺自身が語る事のなかったキャラバンでの出来事を父親が知り、妹も同席の上で話す羽目になった。その時に、約束させられたのだ。危険だと解っていても尚、やると決めた事があるのなら、せめて家族には話すように、と。「お前はそれを話す必要がある。夕香はまだ、私の保護下にいる。お前の決めた事に私が賛成しようが反対しようが、それが危険な事に変わりがないのなら、夕香の為にも」と言う父親の言葉が、重かった。
名前を変えた方がいい、と言ったのは、父親だった。
本格的に組織内部に入り込むのなら、本名では難しいだろう、と。豪炎寺、という苗字は珍しい部類だ。雷門や全日本を始めとするサッカー関係者には、すぐに解る程度に。
これまでの自分を作り上げて来た、大切な人達や、場所を守る為には、繋がりが解らない方が良いのではないだろうか、という事は、豪炎寺自身が考えていた事だった。
フィフスセクターの思想に従う、自分とは全くの別人、としての名前。
そして今、豪炎寺は悩んでいる。
(…名前…名前…か…)
友人や知人の名前を拝借する、という事は避けた方が良いのだから、何か考えなくてはいけない。
本屋で名付けの本でも見てみようかと足を運んだが、そういった本は妊娠・育児のコーナーに置いてあり、微笑ましそうに手にする夫婦の姿や、孫の名付けの為だろうか熱心に見比べる高齢者の姿に圧倒された豪炎寺は、早々に諦めた。
(…そうだ…二階堂監督…)
二階堂と自分の名前が一字違いだという、そんな些細な事が嬉しかった時がある。
自分が組織に辿り着くきっかけも、二階堂だと言えなくもない。
全く別の名前にして、とっさに反応できないのも、拙いだろう。少しは元の名前を残しておく方が、良いかもしれない。
(…二階堂監督は修吾……俺は修也、だから…修、っていうのはそのままにして……だとすると、修吾、は使えないから…名字で使えそうなのは二、ぐらいしか、ないな…修二……よし、これにしよう…)
使える文字が制限されていた為、名前は意外とあっさりと決められた。
(あとは名字だな…階、堂、吾…か。階堂……吾堂…違う…どうも堂、ってつくと円堂みたいだ…それに監督や円堂にまで危害が及ぶのは避けたいしな…道、にすると今度は鬼道みたいだし…不動とか久遠とか色々被ってしまうな。ドウ、じゃなくて、ド、とか、トとかにした方がいいかな…そういえば宍戸、元気かな…)
別に二階堂の名前をもじらなくても良いのだが、他に良い方法を思いつかないだけだ。中学時代のチームメイトを思い出しついでに、ぐるぐると頭の中で読み方の音を回す。
(宍戸、あれから髪型、変えたのかな…アフロ…だと、アフロディになってしまうし……難しいな…名前を考えるのも)
名付けの本を手にする親の気持ちが解る気がする。適当な名前を考えるだけでも難しいのに、画数だの意味だの願いだのの諸々を込めるのだから、今の自分以上に悩んだりするのだろう。
(…父さんと母さんは、何故、修也にしたんだろうな…夕香、は黄昏時に生まれたから夕、は解る。夕方の、色んな家から流れてくる香りとか、街のにおいとか、何か幸せなイメージなのかな…)
ぐるぐる、ぐるぐる、とりとめもない事ばかりが浮かんで、なかなか決められない。
(父さんは勝也、で一字違いだけど…勝、って漢字で名字…カツ・ショウ…思いつかないな…ドクター…医者…医師…あ…)
イシ、という音なら、名字にも多い事に思い当たった。
イシイ、イシオ、イシタ(ダ)、イシト(ド)、イシノ、イシベ、イシモト…ざっと思いつくだけでも、これだけある。
(……噛まないやつに、しないと)
何かの拍子に一度噛んでしまうと修正が効かない自分を、豪炎寺は理解している。普段ならともかく、自分の名前がカミカミでは、シャレにならない。
思いついたものを、順番に口にしてみる。比較的言いやすく噛まない、という事の他にも他人が聞いて間違える確立が低い音、というのも重要だ。何度も聞き返されるのは、聞く方も聞かれる方も、気分は良くない。
あれこれ悩んだ末に、結局は最初の二階堂の名前の音が入ったもの…という基準で「イシド」に決めた。
「特徴的な髪型も、どうにかした方が良いんじゃないの?すぐにバレると思うんだけど」
妹に言われ、髪は下ろす事にした。髪を下ろした自分は、これまでのチームメイトですら、知らない。伸ばしてしまえば、変わっていると言われる事の多い眉尻も隠せるだろう。
そうやって、偽りの名前と姿で、豪炎寺はフィフスセクターに所属した。
もともとマメに連絡をする方ではなかった豪炎寺の連絡が途絶えても、それぞれの日常が忙しく不審に思われる事はなかったし、事情を知る家族が上手くフォローしてくれた。
組織内部で動くうちに、内部にいる自分にしかできない事がある、と気付いた豪炎寺は最高地位である聖帝になるべく、選挙活動を開始する。
あれから鋏を入れない髪は伸び、妹の手で色が付いた。飾り気はなかったし興味もなかったが、支持者から贈られた装飾品をこれ見よがしに付けるようにした。心にもない事を口にし、行動する事も厭わなかった。本当に守りたいもの、取り戻したいものの為に、手を汚す。涙を流す事は、なかった。後悔するなら、全てが終わった後で良い。
自分が共に戦ったチームメイトや恩師、お世話になった監督、先輩や後輩達、現在の全国的な状況。サッカーに関する事ならば、今ではそれらを管理するフィフスセクター内の上位にいる自分には、手に取るように解る。
数年、待った。
自分ひとりに何もかもを変えてしまう力など、ないのだ。
しかしもう、イナズマジャパンの優勝から10年を経た。いつまでも今の、おかしなサッカーが続いていくとは思えない。どれだけ潰そうとしても潰れる事がなかったのが、イナズマジャパンだ。そこにいたメンバーを中心にした、新たな動きは掴んでいる。響木・久遠両監督、雷門前理事長達だ。ここが動けば、他にも動きが出て来るだろう。自分を引き下ろす為に、多くの人びとが。
組織内で『イシド シュウジ』の支持者が増えると共に、敵も増えた。
味方につけるにしても、潰すにしても、本当の目的を知られるわけには、いかない。
昔から、豪炎寺を知る者以外には表情が読みにくい、と言われる事が多かったが、それが役に立つ事がありがたいほどだった。
そしていよいよ、豪炎寺が聖帝の座に就く時が来た。
「…時は満ちた…」
教会に来たのは、懺悔をする為ではない。
これからなのだ、全ては。
誰でもない誰かに誓う事が、必要だった。
自分の全てを捧げても、何も変わらないかもしれない。揺らぐ事も、不安も、ここまで来る為に飲み込んできたものを、吐き出す代わりに誓う。
そうして教会を後にした豪炎寺は、用意された私室へと戻った。
組織内の最高地位であっても、その後ろにまだ、影があるのは解っていた。しかし、表に出るのは聖帝と呼ばれる者なのだ。直接、声を届ける事が出来るのは、皆の目を集めるのは、聖帝なのだ。
目的の為に全てを捧げると誓った豪炎寺は、集まった群衆と画面の向こうに向けて、高らかに声を放った。
「私はサッカーを支配する」
「動詞30題」より『24.すべる』です。サッカーを支配する=『統べる』と、ネタ的に寒くて『滑る』を掛けてみました!<ドヤ顔。聖帝の名前って、どうやって決めたのかしらー…豪炎寺が自分で決めたのかしらー…悩んでたら可愛いのに。シュウジって表記が修二なら二×豪っぽくないかしらー…豪炎寺、二階堂監督大好きっ子だものねぇ…名付け本とか見たりしたのかしらー…という妄想だけで突っ走って書いた覚書でした。書きたかったのは名付けに悩む豪炎寺ですので、お笑いにしかなっていない。権力の頂点(一応、表向きはそうですよね)に至るまでとその後の豪炎寺妄想も尽きませんが、覚書を書いた時はテスト期間だったもので、とりあえず名前ネタだけを書いておくか、と思ってやらかしました。