その肌に、触れたい。
思う気持ちが強すぎて、傷付けるのが怖くて、滅茶苦茶にしてやりたい、なんて気持ちがあっても、とてもそんな真似など、出来ない。
そういった特集の雑誌だとか、書籍だとか、ネットやTV、何かの拍子にその手の話になった時の聞きかじりといったものも、ただひとり、大切にしたい愛しい人に対しては、たいして役には立たないなんて事は、初めて肌を重ねた時に思い知った。
メディアによって拡散され共有される情報は、そういう事が多い、という最大公約数的なものだったり、そうあって欲しい・自分は間違っていない、と思いたいが為の情報操作だったり、そういうものでしか、ないのではないか。そもそも、殆どのメディアは異性愛者を対象としているのだから。自分や相手がそれに当て嵌まらなくても、たいした問題では、ないだろう。それは初めて豪炎寺と肌を重ねた後、鬼道が実感した事だった。
同性で、どうやって身体を繋ぐか、なんて事は、少し調べればすぐに解る。その程度の事ならば、すぐに知る事の出来るのが現代だ。自分が恥をかく事よりも、相手に負担をかけたくないという気持ちから、そういった事を調べた鬼道だったが、知り得た通りの事をしたからと言って豪炎寺がそれを是とするのかどうかなどという事は解らなかったし、そんな時に自分が冷静でいられる自信なんてものも、最初(ハナ)からなかった。
付き合い始めてから、肌を重ねたのはまだ、数えるほどだ。
なんとなく言い出しづらくて、ムード作りなんてものも、恥ずかしくて出来ない。はっきりと抱きたい、抱かれたい、なんて事を言葉にした事なんて、最初だけでは、なかっただろうか。言葉に詰まって、俯いて、顔を上げると思いつめたような瞳で、お互いを見ていて。身体の距離が近付いて、視界を閉ざして、唇が重なって、それから。なんとなく、本人達の気持ちとは裏腹になし崩し、と言っても良いような感じで気付いたら…というべきか…そんなふうに、始まるのが常となっていた。
今日も、そうだった。
抑えきれなくて、傷つけるのが、怖い。
いつだって付きまとう感情が、豪炎寺に触れる鬼道の手を、怖々としたものにする。
鬼道が、自分を大切に扱おうとしてくれるのが解るから、豪炎寺は何も言えなかった。
壊れ物を扱うように、触れるか触れないか、といった距離でゆっくりと触れてくる鬼道の指は、自分も知らなかった声を、豪炎寺から引き出す。
それが、たまらなかった。
好き勝手に暴走するなら、遠慮なく苦痛を訴える事が出来る。
けれど、自分を傷付けないように、細心の注意を払っているのが解る鬼道の様子を見ていると、そんな事は言えない。けれど、自分でも聞き慣れないトーンの声を聞きたくなくて、聞かれるのにも抵抗があって、歯を食いしばっているうちに耐え切れずに目の端に涙が溜まるのが解って、それを見られるのが嫌で、鬼道に縋りつくようにして顔を隠すしか、なくて。やんわりと触れられているうちに耐えきれずに漏らしてしまう自分の声に、余計に羞恥を煽られてしまう。
そんな自分に耐えられなくて、でも、欲しがられる愉悦と欲しい気持ちに抗う事が出来ずに、鬼道を求めてしまう。そんな風に求められる事が嬉しくて、自分も同じなのだと伝えたくて、結局、良いようにされてしまう事を自分に許してしまう。
(…いっそ、酷くされてしまえば良いのに)
そんなふうに思うくらい、優しく触れる鬼道の手が、豪炎寺には、もどかしかった。
「…酷く、しても…いい、のに」
乱されたままの息の下から、切れ切れに紡がれた豪炎寺の言葉に、鬼道が怪訝な顔をする。
「……?」
何かを言葉にしようとしながら出来ずにいる鬼道を見て、豪炎寺は泣きたいような気持ちになる。
「…俺、は…女の子じゃ、ない、…っぁ、か、ら…」
自分の抱えるもどかしさをどういった言葉にして良いのか解らないままの豪炎寺は、伝える言葉を見つける事が出来なかった。
こんな事を言いたいわけでは、ないのに。
他にどう言えば良いのか、ただでさえ解らない事を、熱に浮かされたままの朦朧とした頭では、考える事も出来ないままに、嬌声混じりに口にした。
「…そん…っに、優し…され…っく…あ…っ、たら…ぁ・あ、ど、して…わか…な…っ、ん…!…は…きど、」
鬼道はまだ、唇と舌と手で、豪炎寺の全身にくまなく触れているだけだというのに、翻弄されてしまって、どうにもならない。縋りつくのは恥ずかしくて、でも、それしか術が解らない豪炎寺は、腕を伸ばして引き寄せた鬼道の肩口に、顔を埋めた。
「…豪炎寺」
肩を固定された形の鬼道が囁けば、それは自分の耳元を嬲る結果になるという事を、熱に浮かされたままの豪炎寺は未だ、学習できないままだ。
鬼道の囁く声も、漏らす吐息も、耳元から背筋を通って脳天まで快楽を増すだけで、縋りつけば縋りつくほど追い詰められるのに、それに気付く余裕なんてもの、今の豪炎寺にはなかった。
傷付けたくなくて、自分の欲望よりも豪炎寺の様子が気になる鬼道にも、そんな豪炎寺に気付く余裕は、まだ、ない。
「…俺は、おまえを女性扱いしているつもりは、ないぞ…?」
(何か、豪炎寺の気に障るような事を、しただろうか?)
自分にそのつもりはなくても、相手はそうではない事もある。どうでも良い相手ならともかく、相手は大事な恋人だ。それを傷付けるのは、たとえ自分であっても、許せない。傷付ける事があったのならば、そういった事のないように改めたいし、誤解ならば解いておきたい。豪炎寺にも余裕はなかったが、鬼道は鬼道で同じだった。
顔を隠すように縋りついている豪炎寺の耳元で、必死に言葉を紡ぐ。
「…っ…ん…!………だったら、なん…っ…」
息を継ぐ事も苦しげなままに豪炎寺の腕に込められた力が強くなり、必死に堪えているのが解る。
「おまえが、何を気にしているのか解らないが…俺は、大事にしたい…おまえを。女の子じゃないからと言って、酷くして良い、なんて事は思わない。おまえに頼まれたとしても、どうして良いのか、正直なところ、解らない。…今はまだ、触れる事だって…怖いぐらいなんだ」
「…き……ぅ…?」
掠れがちの声で鬼道の名を口にしながら僅かに顔を上げ、端を潤ませたままの豪炎寺の目が、鬼道を見る。
(滅茶苦茶にしてしまいそう、だ…)
こんな状態で、理性を試すような真似をしないで欲しい。
こんな時に理性を飛ばさずに、いつ飛ばすのか。
そんな事を、思わないでもない。
けれどもまだ、不安が、消えない。
思うままに貪って、豪炎寺を傷つけてしまったら…?
あられもなく乱れて、鬼道に嫌がられるような事になったら…?
自分だけが、我を忘れてしまったら。
そう思うと不安は消えなくて、でも、欲しい気持ちは伝えたくて、どうして良いのか、解らない。
自分だけではなくて、お互いに相手を感じたい。
身体を繋いでも、伝えられる事なんて、知れてる気がする。
熱の中で、何もわからなくなって口走る言葉が、怖い。
我知らず示す身体の反応が、怖い。
それでも、知りたいと思うと同時に、知って欲しいとも、思う。
だからこうして、どうにか言葉にしようとしているのだ。
抱き合っているのに、遠いと思うのはこの、伝わらなさの所為だ。
身体を繋ぐ前なら、今よりも近いと感じる事もあったというのに。
「……豪炎寺。どうして良いかは解らないが…酷くは、したくないんだ…すまない」
鬼道が、言葉と、唇と、舌と、指で、豪炎寺に触れていく。
「…っ、ど、ぅ…ん、ぅ・ン…ッは…」
苦しげに息を途切れさせながら、豪炎寺が同じように、唇と、舌と、指で、鬼道に触れる。
「豪……っ…」
豪炎寺は鬼道を傷つけたいわけではないし、身の内の快楽に耐えながら触れることになるものだから、怖々とした気持ちと、時として意思とは反する動きをしようとする身体が、触れるか触れないかのように微かなものになったかと思えば思いもよらない強さになったりして、それは、豪炎寺の意図とは別に、鬼道を翻弄する。
視界にはお互いの肌しか映らなくて、どうにか伝えたい気持ちはもう、言葉にはならなくて、全部見せてしまうしかないのだろうと開き直ったような気持ちで、触れ合ううちに、何も解らなくなってしまった。
思い出すと恥ずかしくて、どうにもいたたまれない。
何かものすごく恥ずかしい事を口走った気がする。
何かものすごく嬉しい事を聞いた気がする。
途中からの記憶がおぼろげなのは、互いの言葉に、姿に、煽られてしまって、これまで知らなかった快楽に溺れたからだ。
行為自体は、そう激しいものではなかったのに、知らない間に身体に付いた名残に気付く。
途中から気恥ずかしさや妙な緊張が解けたのか、お互いに息を殺すのも、声を抑えるのも、忘れていた。
何ひとつ考える余裕なんてものはなくて、それでも自然に身体が動いていたように思う。
指先が、吐息が、身体の微かなふるえですらも、何かを伝えていたような感覚を覚えている。最後には、どちらの身体が示す反応なのかが解らないぐらいに。
今までよりもずっと、近づけたように感じるのは、その所為だろう。
目覚めてから顔を見られるのが恥ずかしくて、でも、相手の顔は見たくて、そろりと目を開けると至近距離で目が合ってしまったふたりは、赤く染まった相手の顔に驚きながら、唇を重ねた。
「動詞30題」より『26.ふるえる』です。……はづかしい…書いた自分が…いっそこう、ハナからギャグとしてヤりたくる話の方がまだ、開き直れる気が致します…。覚書で姫はじめ的な何かというノリで書いたものを少し手直ししてみましたが、やおいって奥が深いですね…。タイトルがいつも思いつかないのですが、やおいはより一層思いつきません…今回は古語辞典に頼ってみました。揺り動かす、ふるわす、思うままに扱う、あらいざらい出す、とか素敵ね…と思ってしまった結果でございます。直接的すぎて何だかな。センスといふものが欲しいです。