成人を迎える齢になったから、といって、特別に思う事が、さしてあるとは思えない。
法律上、酒や煙草が解禁になるとはいえ、それ以前に勝手に解禁している者も多いだろうし、20歳(はたち)になる前に結婚が可能になっているし、アダルト物だって解禁だ。もっと言えば、中学に入る齢には公共交通機関だの、娯楽施設だので支払うのは大人料金だ。20歳にならないと出来ない特別な事、なんて思いつかない。国民年金の加入は義務であって、楽しみだとは思えない。選挙権が与えられると言われても、政治にさほど興味があるわけでもないし、自分の持つ一票の重さなんて想像出来ない。
成人としての様々な義務が生じ、親の保護下では取らずとも済んだ責任を自分で取る事を求められる。
解ったつもりではいても実感などないから、自覚する為に儀式や式典というものがあるのだろう、と豪炎寺は思う。
「修也、明日は出かけるから、そのつもりでいなさい」
豪炎寺が父である勝也からそう言われたのは、誕生日の前日だった。
帰宅して顔を合わすなり言われた言葉に、豪炎寺が問い返す。
「父さんと、ですか」
「そうだ。都合が悪いなら、別の日にしても良いが。」
息子にもそれなりの予定があるだろう事を思い出したかのように、勝也が言った。
「仕事だったんじゃ…」
「シフトが変更になった。おまえを連れて行きたいところがある。急で悪いとは思うが、以前から考えていた事でも、あったからな。どうだ?」
「…大丈夫です」
誕生日を一緒に過ごそうとしてくれている相手は居たけれども、勝也がこんな言い方で自分と出かけようとする事などなかったし、一日中かかるような用向きでもなさそうだったから、勝也と出かける事にした。
(……一緒に過ごせないのは、いつもの事だし…それでも、祝っては貰ってるしな)
自室に戻った豪炎寺は、自分以上に忙しい相手を思い浮かべながら、携帯を手にした。
翌日、勝也に連れられて行ったのは洋品店、と呼ぶのが相応しい古めかしい店構えを持つ、郊外のテーラーだった。
「お待ちしておりましたよ、豪炎寺さん」
勝也がドアを開け挨拶をすると、作業をしていた店員が顔を上げて微笑んだ。
「以前、相談させて頂いていた事を、お願いしたいと思いまして。修也、こちらは私が長年お世話になっている店主で、寺戸さんだ。寺戸さん、息子の修也です」
「初めまして。豪炎寺修也です」
「寺戸です。いつもお父様に、お世話になっております」
作業の手を止め、勝也の傍に来た寺戸が差し出す手を握り返しながら、挨拶を交わす。
「今日は息子の誕生日でしてね。良い機会だと思って、連れて来ました。よろしくお願いします」
「それはそれは…おめでとうございます、修也さん…とお呼びしても?」
「あ、はい。…ありがとうございます」
今まで足を踏み入れた事もない店の、慣れない雰囲気に戸惑いが隠せないままの豪炎寺は、ぎこちなく答える。
「では、早速始めましょうか。こちらへどうぞ」
「え…あの…?」
どうぞ、と言われても、何がどうなっているのか豪炎寺にはさっぱり解らない。
そんな豪炎寺を見た寺戸は、勝也へと顔を向けた。
「…豪炎寺さん。息子さんに、何もおっしゃっていないのでは?」
苦笑混じりに寺戸が問うのに、勝也が小さく咳払いをする。
「修也。おまえももう、20歳(はたち)になる。おまえがこの先、どんな道に進むとしても、きちんとした服のひとつぐらいは必要になるだろう。これを機に良いものを一式、作っておきなさい。…私からの誕生日のプレゼントだ」
「…いいんですか?」
思いがけない勝也の言葉だった。
誕生日に勝也に何かを強請ったのは、幼い頃だけだった。母を亡くした後からは、勝也に対して無邪気に振舞う事は、なかった。妹が事故に遭った時、進路を巡って確執のあった時、それが解けた今でも、冷たくはないけれども淡々とした会話が交わされるのが常で、妹とは性別も齢も違う自分と勝也は、そんなものだろうと思っていた。
それでも勝也が父親として自分の事を考えてくれているのは理解していたし、そういった何でもない日常を何よりも望んでいた豪炎寺は、それ以上を望む事をしなかった。
だから、勝也が時間を割いて自分をここへ連れて来た理由が嬉しいというよりも、戸惑いの方が大きかった。
「寺戸さんの腕は確かだ。任せておくと良い。寺戸さん、お願いします」
豪炎寺には答えずに寺戸に言う勝也に微笑みながら了解を告げた寺戸は、豪炎寺を連れて棚に並ぶ生地やデザインについての説明を始めた。
寺戸や勝也のアドバイスを元にそれらを決めると、採寸の為に別室に通される。
「修也さんは、お父様とよく似ていらっしゃいますね」
「…そう、ですか?」
顔立ちは、どちらかと言えば母親に似ている、と言われる事が多かった。
幼い頃は可愛らしいと言われるのが嫌で、耳より下まで伸びた髪に鋏を入れようとしたのを見咎められた事もある。可愛いより、格好良いのがいい、と思い、勝也のように撫で付けてみても、癖の強い髪はあちこちにハネを作るばかりで、悲しくなった。そんな豪炎寺を見た母親が、どうせハネるなら…と髪を逆立てた。格好良くなったかどうかを問う自分に、格好良くなったな、と微笑みながら、そっと、髪を撫でてくれた大きな手。
それ以来、豪炎寺は髪型を変えていない。
そんな事に、今頃になって気付く。
「お顔立ちではなくて…失礼とは存じますが、あまり、お話なさらないようなところが」
「ああ…そう、かも…しれません」
職業柄か元々の性格か、物腰が柔らかく、必要以上に踏み込んでこない寺戸との会話は心地良く、寺戸が言う程に気に障るような事もない。
「…お客様の事を他へ漏らす等、言語道断なのですが…相手が修也さんですから、お父様にも許して頂けるでしょうか…」
ひとり言のように呟く寺戸の言葉の先を、豪炎寺は黙って待った。
その間にも、寺戸はメジャーを手に採寸を続け、あれこれとメモを取っている。こんなに細かくサイズを測るとは思っていなかった豪炎寺は、突っ立っている事しか出来なかった。
採寸は、静止している時だけではなく動いた時の状態や、着ていく環境、魅せ方、本人の好みや癖など、想定されるあらゆる要因を考えてするものなのだという事は、先ほどからの寺戸の会話の中で知った。
「…去年の事です。成人式の後でしたでしょうか…来年、息子が20歳になるのだと、お話されていました。これまで何も贈ったことがないけれども、大人として認められる齢になる貴方に、何か良い贈り物はないだろうか、と尋ねられましてね。お父様でも解らないものを、私が解るとも思えませんでした。ですから、成人式にお召しになるスーツは如何でしょう、とお伝え致しました。スーツでしたら成人式の後でも使って頂けますし、どのようなご職業に就かれても、必要な機会があるでしょう。良いものでしたら、20年、30年とお使い頂けます。お父様自身が、それはご存知でしょう?とね。…私も、顧客が増えるのは大歓迎、という下心も、ございましたものですから」
寺戸の言葉に、小さく笑ってしまう。
「お父様はお忙しいでしょうから、おふたりでお見えになるのが難しいのでしたら、お父様からの紹介だと伝えて頂ければ、貴方おひとりでお見えになっても大丈夫ですよ、とお伝え致しました。けれども、自分が連れて来るから、とおっしゃいましてね…今日、おふたりでお見えになりました時に貴方のお誕生日だと伺いましたし、お父様はお誕生日と成人のお祝いを兼ねて、どうしてもこの日に来たかったのかと思ったのですが…」
「…何も聞かされていませんでした」
「そのようですね…」
お互いの顔に苦笑の色を見つけたまま、口元を緩ませる。
「…そんな話を寺戸さんにしていたのなら…この後、父から何か聞けるかも、しれません、ね」
父と子で、改まってゆっくりと、話をするような時間もないままに過ごしてきた。
勝也なりに、そんな時間を作ろうとしてくれたのかもしれない、と豪炎寺は思う。
(…言い出せなかっただけ、なのかもしれない…)
この分だと、急なシフト変更だって怪しいものだ。
(確かに、似ているな…俺と、父さんは)
似ているところなど何もないと思い、反発する事もあった。けれど今は、似ているところを見つけて喜んでいた幼い頃を思い出す。
くすぐったいような気持ちになりながらそう口にした豪炎寺に、そうだと良いですねぇ、と返しながら採寸をしていた寺戸が、メモを片付けた。
「はい、お疲れ様です。この後、仮縫いを2回させて頂いてから、本縫い、納品という流れになります。そうですね、だいたい6週間程度で仕上げられると思います。こちらから連絡させて頂きますから、また、ご都合の良い日時にいらして下さい」
「ありがとうございました。また、よろしくお願いします…納品の日には、父と…来られたら、と思います」
「楽しみにしております。あ、くれぐれも、私の話した事はお父様にはご内密にお願い致します」
茶目っ気のある表情で畏まる寺戸に礼をした豪炎寺は、勝也の待つ場へ戻り、寺戸の見送りを受けて店を後にした。
「あ!豪炎寺ー!こっちこっちー!」
成人式の会場のあちこちで、友人達と集う姿がある。その中に豪炎寺が見知った顔を見つけるよりも早く、名前を呼ばれた。
「…久しぶりだな、円堂。……スーツでも、それ、なのか」
呼んだ当人の下へ行けば、雷門サッカー部の面子が揃っていた。思い思いの盛装に身を包んだ姿は、どこかいつもと違って見える。そんな格好でも、円堂の額にはトレードマークでもあるバンダナが、あった。
「んー?ああ、コレな。なあんか、ないと落ち着かない、っていうかさー」
「いいじゃない?円堂だし。ないと見てても、違和感あるし」
「つか、鬼道も相変わらず、だしな…」
流石にマントこそなかったものの、ゴーグルが派手な色目のサングラスとなって、そこにあった。
雷門中から高校へと進む者が多かったが、その先となると進路が分かれた者が大半だった。懐かしい顔ぶれの並ぶ中、懐かしいというには憚られる顔は、そのサングラスの主だ。
それなりの年月、一緒に過ごして来たふたりだったが、想いを通じ合ったのは遅かった。進路が分かれてからは会える時間が少なく、たとえ約束したところで確定出来ない。お互いの事情を解っているとはいえ、全てを飲み込んで納得出来るなんて事は、なかった。今日会うのだって、何週間ぶりだろう。
お互いに話したい事が募っているとはいえ、周囲にふたりが恋人である事はまだ話していない。顔見知りも多いこの場所で、バレるような事をする気もなかった。
ごく普通に久しぶりに会った友人同士、という顔をして会話を交わす。
「…それか、親父さんからのプレゼントというのは」
「ああ」
一緒に祝おうとしていた豪炎寺の誕生日は相変わらず都合がつかず、それでも諦めきれなくてスケジュールをどうにか出来ないかと考えていた鬼道に、豪炎寺から連絡があったのは随分と前だ。当日、一緒に過ごす事が出来ないのならせめて…と電話をした時に、父親からスーツを贈られた事を聞いていた。
父親との確執は、自分にも覚えのあるものだ。養子である自分と実子である豪炎寺では違った部分もあるだろうが、それが解けたと言う割りにはどこかよそよそしさがあるように思えた豪炎寺を見てきた鬼道は、電話越しでも解る、どこか弾んだ声が我が事のように嬉しかったのを覚えている。
「良かったな…似合ってるぞ」
「ありがとう」
照れたように笑う豪炎寺を見て、鬼道は耳元でこそり、と囁いた。
「それを脱がすのは俺、だからな。空けておけよ、この後」
「…き…っ…!」
言葉に詰まって固まる豪炎寺を余所に、鬼道は賑やかに話している円堂達の輪の中へ入っていった。
「動詞30題」より『27.めでる』です。素直に「愛でる」で、勝也さんに愛でさせてみました。最終的には鬼道さんが愛でたくるのですけれどもね…ごめん、ぱぱ…。成人の日の覚書で、スーツ豪炎寺に浮かれて書いたものです。鬼道さんだとオーダー慣れしてそうな感じがするのですが(マントもオーダーだったのかもしれない。)豪炎寺は普通に服を買いに行っていて、(買いに行く店が決まっていそうな感じです。)オーダーはした事ないかも…でも勝也ぱぱなら…と思ったのでした。ぱぱが忙しいからシーズン毎に外商を自宅に呼んで発注、というやつかもしれないのですけれども、店頭で夕香ちゃんに見立てて貰ったりしているのも可愛いなあ、という事で店頭購入している人にしておきます。寺戸さんはテーラード・スーツから安易に連想した名前です…。