TVシリーズ18話

「 その気持ちを彼は知らない・5 」

 スタジアムに困惑交じりの怒号が渦巻いた。
 天才ゲームメイカー、そして帝国学園のキャプテンとして、全国にその名を馳せている鬼道が、雷門のユニフォームに身を包み、雷門 対 千羽山戦のフィールドに現れたのだ。
 鬼道率いる帝国学園は、1回戦で世宇子中に敗退している。
 目の前で仲間を倒されたまま、何ひとつ出来ずに終ってしまった試合。
 諦める気持ちなどなかったが、戦う為の方法が解らず、帝国の…自分のサッカーが終ったと思っていた…今思えば、そう思い込もうとしていたのかもしれない…鬼道に、ひとつの方法を示したのは、豪炎寺だった。

 ……あいつに背中を任せる気は、ないか。

 豪炎寺の言うそれは、鬼道が雷門の一員として加わる、という事だ。
 自分ひとりが雷門へ行くという事は、帝国の仲間を裏切る事になりはしないだろうか。影山を頼りにしていた養父が、転校を許してくれるだろうか。それらの思いは、鬼道が考えていたよりも良い方向に、裏切られた形となった。
 鬼道は前日の夜、雷雷軒へと響木を訪ねた。響木は雷門の監督だ。いくら鬼道が雷門へ行く事を決心し、それを実行したところで、サッカー部へ入部して即、試合へ出られるとは限らない。今、チームにとって何が必要なのかを見極め、判断するのは監督の仕事だ。鬼道に実力が有り、それが認められたとしても、チームに不要だと判断されてしまえば、それまでだ。
 鬼道は、響木に対して自分の力を卑下するような事は考えていなかったが、誇示する必要もないだろう、と考えた。
 帝国では、外に対してその力を誇示する必要があった。影山に洗脳されていた、といっても良い状態だった。その影山がそういうやり方を選び、下した命令に自分達は従って来た。そうしているうちに、自分の中にも知らない間に、驕りが積み重なっていったように思う。
 全てを否定する気は、ない。帝国には帝国の、雷門には雷門の、それぞれのやり方というものがある。
 そして自分は今、雷門の一員として戦う事を望んでいるのだ。
 自分の力を誇示して売り込んでみたところで、良い結果が出るとは思えない。
 閉店間際の時間を選んだ所為か、他に客の居ない店内で、鬼道は冷静に、言葉を選びながら、自分が雷門へ来た訳を響木に語った。
 鬼道が話すのを聞きながらも、響木は作業を続けていた。それでも、聞き流しているようには見えなかった。話し終えた鬼道の前に、響木が湯気の立つ鉢を置く。
「……まあ、食って行け。豪勢な歓迎会なんぞ、してやれんからな。代わりといっちゃあ、何だが」
「監督…それじゃあ…」
「お前さんが来てくれたなら、明日は俺の出番はないかもしれん」
 そう言った響木は鬼道に、冷めないうちに食べろ、と促し、作業へ戻った。
 食べ終えた頃に、一段落着いたらしい響木が鬼道と向き合い、口を開いた。
「お前さんが雷門へ来る事は、円堂達には話したか」
 きっかけは豪炎寺の言葉だったが、決定した事をはっきりと伝えた訳ではない。連絡しようにも、連絡先すら知らないのだ。自分が雷門へ来る可能性が出来た事を、豪炎寺が他の連中に話すとも思えなかった。自分の行動がきっかけになるかもしれないならば尚の事、そういう事を口にしない。鬼道は、そんな気がしていた。
「いえ」
「だろう、な。お前さんが来るとなったら、大騒ぎだろうからな…特に、円堂は」
「……何となくですが、俺にも想像出来ます」
「だろう?」
 響木がそう言って小さく笑うのに、鬼道もつられて同じように笑った。
「鬼道。お前には、最初から出てもらう。だがお前が入ったからと言って、直ぐには上手くいかんだろう」
「…でしょうね」
 突然来た自分が、最初から試合に出る。それは今まで雷門のスタートメンバーであった誰かが、そこから落ちる、という事だ。いくら影山に利用されていただけだと解っていても、帝国に対して良い感情を持つ者ばかりでは、ないだろう。請われて雷門へ来た訳では、ないのだ。
 そんな雷門の連中と練習をするような時間も取れないまま、各自の力と状況を判断し、ゲームを組み立てなければ、ならない。
 響木の言葉が自分の力を否定しているものではない事を、鬼道は正しく理解していた。
「勝負は後半。前半はじっくり、円堂達の力を見極めてくれ」
 前半で見極めたものを、後半で活かす。自分になら、それが可能だ。そういう事だろう。
 データを収集し、判断し、誤りがあれば直ちに修正をかけ、次の行動に繋げる。
 それは鬼道家に引き取られてから、叩き込まれている。
 そうやって、戦って来たのだ、自分は。何ひとつデータのない状態では、ない。今まで見てきた雷門の事ならば、頭の中に入っている。新しく得るデータとの比較が出来る時間さえ、あれば良い話だ。その作業に、前半を使い切る必要はきっと、ない。鬼道にはそう思えるだけの経験と自信が、あった。
 鬼道は口元を吊り上げ、響木に言った。
「前半…?10分で十分だ」
 帝国のキャプテンである鬼道が、緒戦敗退後に雷門から出場する。前代未聞の出来事に、慌てて大会規約を確認した解説者が、雷門へ転校した鬼道の出場が規約違反には当たらない事を、アナウンスする。それでも場内が治まる様子はなかったが、鬼道にとってはどうでも良い事だった。
 場内の観客以上に驚いている雷門を前に、鬼道は言った。
「あのままでは、引き下がれない。世宇子には必ず、リベンジする」
 豪炎寺だけが、鬼道が来た事に驚きもせずに、その言葉を聞いていた。
「鬼道!俺には解ってたぜ!お前があのまま諦めるような奴じゃない、って事は!」
「何て執念だ」
 円堂と染岡が、鬼道を見て言った。
 少林寺と宍戸が鬼道が来た事を喜び、頑張ろう、と口にしていた。その矢先に自分に代わり、鬼道が入る事になった事を知った宍戸が戸惑い、落ち込むのを円堂がフォローする。それを傍で見ている半田の表情は、自分を歓迎しているものではない事に、鬼道は気付いていた。
 だが今は、何を言っても無駄だ。まだ自分は、ここで…雷門で、何もしてはいないのだ。全ては、試合の中で示すしかない。
 染岡のキックオフで千羽山戦が、始まった。
 半田から染岡へのパスがカットされた。パスが弱い、もっと強くだと染岡が言う。風丸から栗松へ出されたパスは栗松の足からボールひとつ分程離れて届き、パスが大きすぎる、と言っている。土門から松野へ出されたパスは松野の頭上を大きく通過し、パスが強すぎる、と言う。少林寺から豪炎寺へのパスは、繋がる寸前でカットされた。タイミングが悪いのか、パスの仕方自体に問題があるのか、全くパスが繋がらない雷門の隙を突いた、千羽山のカウンターを風丸が止めに入るが、かわされてシュートを打たれた。幸い、円堂の正面だった為、こちらも止めた。ここまでで、自分を除いた9人までのデータが揃った事になる。
 その後も思うようにパスが繋がらない状態が続く中、千羽山が必殺技を出して来た。土門が止め切れなかったそれを、壁山が撥ね返す。そのボールを栗松が拾おうとしたが、勢いが強くその頭上を通過した。その先には、千羽山の選手が居る。その位置から放たれた千羽山のシュートが、雷門ゴールへ突き刺さった。千羽山の、先制点だった。
 千羽山は鉄壁と呼ばれるディフェンスで名高いチームだ。この大会でも、ここまで無失点で勝ち進んで来ている。千羽山にとっては1点さえ取る事が出来れば、崩された事のないディフェンスで守りを固めれば良いのだ。先制点を取られた、という事が、普通の試合以上の意味を持つ。少なくとも2度、鉄壁と呼ばれるディフェンスを破らなければ、いけない。破られた事がないからこそ、鉄壁、と呼ばれているそれを。
 自分を除く雷門10人のうち、9人までのデータは試合開始早々に取る事が出来た。残る壁山の事も、今のプレイで見て取れた。不調だと解るような様子の選手は、居ないようだ。雷門の動きが悪い訳でも、なかった。今まで自分が見てきた雷門ならば、何も問題のない内容だ。
 ……これで全て揃った。
 鉄壁のディフェンスを破る為には、こいつらの動きに多少の修正が必要だ。その事を、具体的な言葉で伝えれば良いだろう。
 そう考えた鬼道は、動いた。
 それぞれの選手へ指示を与える為に動く鬼道の姿を見た響木が、腕に嵌めた時計に目をやると、10分が経過したところだった。
 試合が再開された。相手のボールをカットした栗松に、鬼道の指示が出る。栗松が言われるままに土門へ出したパスが、通った。松野へパスを出そうとした土門へ、タイミングを指示する。松野へのパスが、繋がった。そのまま持ち込むように伝え、動きを見て染岡へパスを出すように声を出す。鬼道から言われていた言葉を思い出しながら、いつもとは少し違った位置へ出した松野のパスが染岡に繋がり、染岡が必殺技を放った。決まるかに思えたシュートは相手のキーパーに弾かれ、ピッチの外へ転がる。
 シュートを止められはしたが、今まで繋がらなかったパスが鬼道の指示ひとつで繋がり出し、ここまで攻撃する事が出来た。その事に驚きと喜びを隠さずに言葉にしながら、円堂が鬼道に駆け寄って来た。少し遅れて、他のメンバーも集まって来る。
 鬼道は集まったメンバーを前に、パスが繋がらなかった根本的な原因を教えた。各自の身体能力が格段に上がっており、それには個人差がある為に今までの感覚でやっていれば、ズレが生じる。自分はそれを、修正しただけだ、これはゲームメイクでも何でもない。
 そう言う鬼道に、少し一緒にプレイしただけでこんな事が出来るのは凄い、と円堂が言うのに皆が笑顔で同調する。半田だけが、そうではなかったが、違う方向を見ていた鬼道が気付く筈もなかった。
 パスが繋がるようになったとはいえ、相手もそのままで済ませてくれる訳がない。風丸からパスを受けた松野を囲み、ボールを奪う。直後、奪われたボールをカットした鬼道が、前線の染岡にセンタリングを上げる。前線には豪炎寺も居る。ふたりの連携必殺技で狙ったゴールは、千羽山の必殺技、無限の壁によって阻まれた。この技によって、千羽山は無失点記録を更新して来たのだ。そして今も、その記録を更新しようとしている。1対0のまま、前半が終った。
 ハーフタイムに、鬼道は後半は染岡のワントップで行く事を告げる。無限の壁が3人の連携技であるならば、その一角を崩せば良い。染岡が攻撃するよう見せ掛け、相手ディフェンダーを引き付ける事で、簡単に連携が取れないようにする。その手があったか、と土門が口にし、皆が一様に明るい顔になった。
「ちょっと待てよ!豪炎寺を下げるって、本当にそれでいいのかよ!そんなの俺達のサッカーじゃない!」
 半田だった。
「豪炎寺と染岡のツートップ。それが俺達のサッカーだろ!」
「確かに、それはそうでやんスが…」
 短時間で自分達が気付かなかった事に気付き、的確な指示を出した鬼道によって調子を取り戻し、上手く回り始めた攻撃。その鬼道の作戦で、無限の壁が破れるかもしれないのだ。
 突然の半田の言葉に栗松が戸惑うのも、無理はなかった。
 鬼道は、自分の代わりにスタメンを外された、宍戸を見ていた半田の表情を思い出した。
 自分が気に入らないと言うなら、それは仕方がない。だが、自分は世宇子と戦う為に、その機会を得る為に、ここに来たのだ。こんなところで負ける訳には、いかない。今までのプレイスタイルに拘って勝てるならば、それで良い。だが、そうではないなら、変えて行く事も必要な筈だ。試す前から感情的になられては、勝てる勝負にも勝てなくなる。
 チーム全体の目指す結果にとっては、私的な感情を抑えてそれを行うべき場面がある。鬼道家の跡取りとして、帝国のキャプテンとして、常にそういう経験をしてきた鬼道にとって、それは当然の事だった。
「解ってないな」
「何?!」
 半田が睨み返すのに、ゴーグル越しに睨み返す。
「いいか。ここはフットボールフロンティア。全国の強豪が雌雄を決する全国大会。そして、そのピッチに今、お前達は立っている」
 何を言おうとしているのか、皆が驚いた顔で鬼道を見ている中、豪炎寺はひとり、静かに目を閉じて聞いていた。
「もう、お仲間サッカーなどしている場合じゃない。お前達は全国レベルなんだ!」
 鬼道の言葉に衝撃を受けたメンバーが、黙り込む。沈黙を破ったのは、豪炎寺の一言だった。
「頼んだぞ」
 自分に向けられた言葉だと気付いた染岡が、一瞬の戸惑いの後、返事を返す。自分を下げる、と言われた豪炎寺が、一番にそれを了承するとは思わなかったのだろう、半田が驚いていた。



 鬼道に、焦りが出て来ていた。
 後半が始まり、鬼道の作戦によって逆を突かれる形になった千羽山ゴールへ、壁山と豪炎寺の連携技で放ったシュート。風丸と豪炎寺の連携技も、キーパーである円堂が上がっての豪炎寺との連携技も、雷門の必殺技と呼べるシュートが、ことごとく無限の壁によって止められたのだ。前半は染岡と豪炎寺の連携技が、この技で止められている。染岡や豪炎寺が単独で必殺シュートを打ったとしても、連携技より威力の落ちるであろうそれらで得点出来るとは、思えない。鬼道の知る範囲では、雷門にこれ以上の必殺技は、ない。
 どんな動きで相手の陣内へ攻撃を掛けても、点が取れない。相手に先制点を許したまま、時間だけが過ぎて行く。いくらゲームを組み立てても、このままでは負けてしまう。
「…く…ッ」
 自分の力のなさに、唇を噛む。拳を握り締める。けれど、それで何が変わる筈もない。
「やっぱり無理だったんだ。いきなりワントップなんて」
 半田が呟く。ベンチでは、宍戸がこのまま負けてしまうのかと、泣きそうな顔をしている。
「おい皆、どうしたんだよ?!」
 連携技の為に前線まで上がって来ていた円堂が、自分の持ち場へ戻ろうと振り返り、チーム全体を覆う空気に気付いた。全員が肩と視線を落としたまま、動こうとしない。鬼道も円堂から逸らした視線を、地面に落とした。円堂の隣に居る豪炎寺は、相手ゴールへ身体を向けたままだったが、そんな素振りは見せていなかった。
 まだ試合は終っていない、という円堂に、無限の壁が破れないのならどうしようもない、新しい必殺技が必要だ、と口々に力なく言うばかりだった。鬼道は、何も言えずにいた。会話を聞いていれば皆の様子が解るだろうに、豪炎寺は振り返る事もせずに、円堂の隣に立ったままだ。
「必殺技なら、ある!」
 円堂の言葉に皆が顔を上げる。豪炎寺も、視線だけを円堂に向けた。
 自分達、雷門の本当の必殺技は、最後まで諦めない気持ちだ。帝国と戦ったあの練習試合の時から、諦めなかったから、ここまで来られたんだ。諦めたら、そこで終わりだ。それは、雷門のサッカーではない。
 そう言う円堂の言葉に、鬼道は初めて雷門と試合をしたあの時を思い出す。圧倒的な力と点数の差。その中で、円堂だけが、諦めずに最後まで立ち上がり続けたのだ。
「俺達のサッカーは、絶対最後まで諦めない事。だろ?だったら、やろうぜ!最後まで!俺達のサッカーを!」
 円堂の言葉に、全員の表情が明るくなった。先程まで弱音を吐いていた口が、次々と力強く円堂を呼ぶ。相変わらず背中を向けたままの豪炎寺は何も言わなかったが、円堂に向けられていた視線が柔らかくなるのが、見えた。
 皆の様子に安心した顔をした円堂と、背中越しに微笑んでいるであろう豪炎寺をゴーグルに映した鬼道は、自分が雷門へ来るきっかけとなった豪炎寺の言葉の意味を、理解した。
 ……これだったのか。円堂と一緒に戦うという事は。雷門の本当の強さとは。
 終らせる気が、ないのだ。
 諦めたら、そこで終る。だから、諦めない。
 それだけなら、誰でも言える。さして珍しくもない言葉だ。
 だがそれを口にする時、半ば諦めている事が多い。だからこそ、諦めない、と言葉にするのだ。言葉にして、力を得る為に。だがそこに、終ってしまった時に、自分は諦めずに戦ったのだと、慰める為の気持ちがない、と言えば嘘になるだろう。言い訳の為に口にしているつもりなどないとしても、無意識のうちにその言葉に救いを求めては、いなかっただろうか。
 たとえ負けたとしても、終らせない。諦めない限り終わらないのなら、終る事など考えない。諦めずに立ち上がり続ける事で、自らそれを示して来たのが円堂だ。言葉だけで終らせず、何度でもそれを繰り返すその姿に、同じように全員が立ち上がり続ける事で、雷門は強くなってきたのだろう。現に今、円堂の言葉で再び、雷門は立ち上がった。そして今、自分はその一員としてここに立っているのだ。
 倒れて動けなくなった、というわけでもないのに、気持ちの強さひとつで、終らせてしまうところだった。
「よし、残り5分!全力で行くぞ!」
 鬼道の掛け声に返って来た声は、円堂に答えた時同様、力強いものだった。
 半田のコーナーキックから全員で攻撃を仕掛ける。残り時間は2分、ボールをキープしている鬼道が、囲まれた。自分の名を呼びながら前線へ走って来た円堂へ向かってセンタリングを上げるとに、それに向かって跳んだ。同時に円堂が、同じく前線に居た豪炎寺が、跳ぶ。3人同時に放ったシュートは無限の壁を破り、千羽山の無失点記録が途絶えた。破られる事のなかった鉄壁の守りを崩された衝撃から、千羽山が態勢を立て直すような時間は残っていなかった。勢い付いた雷門が、染岡のシュートで勝ち越し点を上げ、雷門の逆転勝利で試合は終った。
 ベンチから走ってきた宍戸が円堂に抱きつき、勝った事に声を上げて泣いた。その後ろで半田から手を差し出された鬼道は、握手を交わした。鬼道は自分が雷門というチームに、受け入れられたのだと、知った。



 鬼道は豪炎寺と並んで歩いていた。どこへ行くのかと聞いてもそれには答えず、黙ったまま隣を歩く豪炎寺に、連れられるままに歩く。方向からすると、雷門町のシンボルである鉄塔へ向かっているらしい事は解ったが、何故そこに豪炎寺が自分を連れて行こうとしているのか、解らなかった。
 広場へ続く階段を上ると、背中にタイヤを括りつけた円堂が仰向けに倒れていた。驚く鬼道を余所に、豪炎寺は円堂に声を掛ける。ふたりがごく普通に会話をしているのを見た鬼道は、どうやら、こういう事はよくあるらしい、と理解した。
 円堂と並んでベンチに腰を下ろた。豪炎寺は、ふたりから少し距離を置いた場所に立っている。
 鬼道から見れば無茶としか思えない円堂のトレーニングを、身体の事を考えて程々にしておけと言うと、円堂はいつもやっている事だから大丈夫だ、と言って笑った。
 今日の試合に鬼道が突然現れて驚いた、と言う円堂に、驚かせて悪かった、と返す。
「でも、嬉しかったぜ。俺、ずっと思ってたんだ。こいつと一緒にプレイ出来たら、楽しいだろうなあ、って。初めてお前の球を、受けた時から」
 雷門と帝国の、練習試合。あの時から、そう思っていた、と円堂は言っているのだ。河川敷で話をした時も、そうだった。円堂には敵だとか味方だとか、関係ないのだ。サッカーが楽しい。ただそれだけを強く、思っている。
 鬼道には豪炎寺が今日、自分をこの場所に連れて来た訳が、解った気がした。
 円堂が、初めての対戦で鬼道を凄いと思った事や、ゲームメイクの才能を無邪気に褒める。鬼道はそんな円堂を見る事もせず、視線を前に向けたまま、それだけでは勝てない、と口にしていた。
 不思議そうな声で疑問を口にする円堂の声を聞きながら、鬼道は立ち上がる。
「考えてみれば、あの時からかも、しれないな。もっと別のサッカーがあるのかもしれない、と思いだしたのは」
「別の、サッカー…?」
 影山に従うのではなく、帝国の…自分達のサッカーをしたいのだ、と自覚したのは、もっと後の事だ。だが、漠然とであっても、そういうものを感じていたのは、あの時からかも、しれない。
「ああ。それが何なのか。今は俺にも、解らない。だが、今日お前達とプレイしていて、俺は思った」
 そう言った鬼道は、円堂の方向へ振り返る。
「ここなら、それが見つかるかもしれない、と。……豪炎寺に再びボールを蹴らせた、お前となら」
 あの練習試合で、豪炎寺を動かしたのは自分達帝国ではなく、円堂なのだ。
 鬼道は、今日の試合でそれが、はっきりと解った。
 背中を任せる、という事が、どういう意味を持つのか。絶対的な信頼がなくては、出来ない事だ。
 豪炎寺は、ふたりの会話を聞きながら何も言わず、それでも小さく笑みを浮かべて傍らに立っている。
 それでも、鬼道には疑問が残る。
 豪炎寺の行動、だ。円堂と多少の面識があったとはいえ、初めて出た試合で、ああまで味方を信じられるものなのだろうか。ただひとり立ち上がり続けた円堂が、それまで止める事の出来なかった帝国のシュートを止め、自分へのボールを送る事を疑いもしないような、あの。
 今日の試合でも、そうだった。自分が姿を見せた時。豪炎寺を下げる作戦を告げた事で、チーム内に不協和音が生じた時。自分ですら、打つ手もないまま立ち尽くし、そんな皆を円堂が鼓舞している時。そして今も。
 絶対的な信頼。それは、長い時間をかけて築いていく類のものでは、ないのだろうか。
 何も語る事なく、ただ真っ直ぐに前だけを見ているようなそれは、円堂とは違った意味で、鬼道を惹き付ける。
 世宇子へのリベンジ。その為に自分は、ここに来た。
 帝国で過ごした日々を、全て否定する気はない。仲間を捨てる気も、捨てたという気も、ない。帝国に居なければ、得られなかったものもある筈だ。同じように、データだけではなく、実際に身を置く事で得られる何かが、雷門にもあるだろう。
 もしかしたら、影山の見せた、雷門への執着の訳が解るかも、しれない。
 鬼道の頭にはふと、そんな考えが過ぎった。
   明日から自分は別の制服に身を包み、日々を過ごす事になる。
「鬼道。これからも、よろしく頼むぜ!」
「ああ。こっちこそ、な」
 ……とりあえず、疑問は解明しないといけないだろうな。
 そんな事を考えながら、鬼道は円堂の差し出す手を取った。

END 2010.04.22

「名詞30題」より『05.不思議』です。TV18話「築け!無限の愛!!」の回です。ヒラっと参上〜ヒラっと鬼道じゃーん〜倒せ×3悪の世宇子を〜巻き起こせ愛のハ・リ・ケーン!です。赤(眼)・青(マント)・黄色(ユニ)元気のしるし〜!です。みっつ(ブレイク3人)の愛に込められた君らのパワーを受け止めるのに精一杯の回でございましたとも。鬼道が来た時とか、「頼んだぞ」と言って染岡の方に顔を向ける寸前の横顔とか、鉄塔広場での「俺には解ってる」的微笑だった修也さんとか修也さんとか修也さんとかね!<基本。もう少し言葉にしてあげた方が、周りに親切だと思うのよ?でもそんな不器用なあなたが好きです。…って、面倒なだけだったらどうしたもんか。黙って俺の背中を見て解れ、な漢前なので良しとしておくか。豪炎寺だしな。だんだんこう、お笑いな展開になって来ていて書いているワタクシと致しましてはYES!という感じでございます。間違ってもシリアスなんざ、書けません。目指す着地点はいつも、ばかばかしいお笑いでございます。