生まれてきてくれて、ありがとう。でなければ、出逢えなかった。
出逢えた奇跡に、感謝を。
そして、この先も、この喜びが続いていきますように。
桜庭とヒル魔の出会いは高校1年の練習試合で、その後も比較的学校が近く、部活も同じ、という事と、桜庭を脅迫して写真を撮っては売りさばくヒル魔との接触する機会は多く、それなりの紆余曲折を経て、高校2年の秋大会を目前に控えた今では、恋人、という位置関係になっていた。
強暴だし、凶悪だし、だけどそれがなければヒル魔じゃないし、だけど、そんな事なんか考えられないぐらい可愛いところを、知ってるし。それが、僕の前だけなら、嬉しいんだけど。たぶん、そうだと思うんだけど。
桜庭が、そんなふうに思っている事は、ヒル魔に言わない。
罵詈雑言には慣れていて、倍返しで済まないぐらいの反撃をするし、賞賛の言葉も当たり前のように受け止めるヒル魔だけど、自身の容姿や性格を誉められるのには、慣れていないらしかった。言う方の思惑はそうではないとは思うけど、強暴、凶悪、悪魔、などと言ったものが、ヒル魔にとっての誉め言葉であるらしかった。
桜庭が、ヒル魔に向かって『可愛い』と言った時の、固まり具合が、忘れられない。『腐ってんじゃねぇの?』とか、『何が?』とか、あっさり流されると思っていたのに、呆気に取られた顔のまま、固まって。見る間に赤くなった、顔。照れているヒル魔、なんて珍しいものに、見惚れてしまって、でもってつい、それを口にした挙げ句、殴られたりもしたけど。そういう所も、可愛いな、と思うだけで、でもその度に殴られるのは嫌だから、なるべく黙っている事にしよう、と決心した。した、だけだったけど。
今日のドラマの収録は、一切NGなし。いつもなら、台詞が飛んだり、噛む事もあるけれど、何としてでも早く終わらせたくて、気合が入っていて、そんな桜庭につられる形でとんとん拍子に撮影は進み、日付が変わる前には、帰宅する事ができた。
なんたって、今日はヒル魔の誕生日なのだ。電話やメールじゃなくて、直接おめでとう、を言いたかった。
一端帰ってからヒル魔の所へ行っていては、間に合わないかもしれない。だからといって、ヒル魔の所へ直行しては、いらない迷惑をかける事にもなりかねない。桜庭の人気に便乗して、ゴシップを作り上げる事で売り出そうとする女優やアイドル。それを利用して、売上を伸ばそうとする出版社。桜庭が行く先々に、そういう輩が付いてまわる。
自宅だから安全、というわけでもないけど、他の場所よりはまだマシだ。ファンも記者も、女性関係には敏感でも、同性なら友達、の一言で納得する。同性の恋人を持つと、不便な事も多いけど、こういう時は、助かっている。
昨日の夜に、『明日は絶対、来てね』とメールを打った。ヒル魔が来ている保証なんて、どこにもないけれど、それでも急いで帰ると鍵は開いていて、ヒル魔が来ている事が解った。
「何の用だ、糞ジャリ」
帰った桜庭に対しての第一声が、それで。だけど、来てくれただけで嬉しいから、気にもならない。
「来てくれてたんだね。ありがと。これ、渡したかったから、さ」
持ち歩いている鞄に入れておいた、小さな包みを取り出して、ヒル魔へ差し出す。
「何?」
「ヒル魔、誕生日でしょ、今日。だから、絶対今日のうちに、渡しておきたくて。おめでとう、ヒル魔」
「…そう、だっけか」
「忘れてたの?」
「覚えておく必要も、ねぇしな」
本気で覚えていないらしいヒル魔は、不思議そうな顔をして、桜庭に言う。
「おまえ、よく覚えてんな、そんなもん」
好きな人の誕生日ぐらいは、覚えてるもんじゃないのかな…と思ったけど、ヒル魔の頭はいつだってアメフトでイッパイだから、範囲外なのかも、と思う。
「開けてみて?それ。気に入ってくれたら、嬉しいな」
「俺にか、これ」
「誕生日には、プレゼント。で、今日はヒル魔の誕生日なんだから、ヒル魔以外の誰にあげるっていうの?」
「そういうもんか」
「ヒル魔がどうだか知らないけど、僕には、そういうもん、だよ」
納得したのかしていないのか、不思議そうな顔は変わらないままのヒル魔を見ていると、こんな当たり前のような事も知らないのか、縁がなかったのか、桜庭は、少し寂しい気持ちになった。
手の平にすっぽりと入る程度の、小さな包みを、几帳面なまでの丁寧さで開けるヒル魔。包装紙なんて、無造作に破り捨てそうなのに、ちまちま開ける様子が可愛らしいよね、と桜庭は思う。ここで殴られるのは嫌だから、言わないけど。
「……これ?ピアス、か」
「うん。綺麗だな、と思って。気に入ったら、してね。ほら、ヒル魔の趣味とかわかんないから、僕の好みで選んだだけだし」
いつもヒル魔の耳を飾っている、ピアス。他にアクセサリーを付けている所は見た事がないから、プレゼントはそれにしよう、と決めていた。いつも、ヒル魔の身体に触れている金属。いつだって触れていたいけど、それは叶わないから、自分の代わりにいつも一緒にいてくれたら良いな、なんて思って。
「真っ赤だ。何かの石か、これ」
ヒル魔の、不思議な色を持つ瞳。その瞳に近い色のそれを見つけた時に、決めた。
「ルビーなんだって。綺麗だな、と思って。デビルバッツのチームカラーと、一緒」
「…ふーん…確かに…綺麗、だな。濁りが、ない。こーきゅーひん、ってヤツ?」
「それは、知らないけど」
嘘だった。綺麗な赤。ピジョン・ブラッド。希少価値を持つ、ルビーの最高級品。僅かに紫味を帯びた、濃い、血の色。
宝石に興味はなかったから、どれが良くて、どれが高級なんて事は解らなかったけど、それを見つけた時に、ヒル魔に似合う、と思った。小さくて、装飾もほとんどないそのピアスは、信じられない値段が付けられていて、聞けば、全世界の需要を満たすのは僅かに1パーセントの希少価値の石だから、それを活かす為に装飾を抑えてあり、値段も相応のものになる、と知ったのだ。
「…気に入ったぜ。サンキュな」
「良かった。ね、ね、付けてみて?あ、僕が付けてあげる」
ヒル魔の返事を待たずに近づいて、いつもしているピアスを外してしまう。
「ちょ…自分で、する、から…っ…離れ、ろ…」
耳が敏感な事ぐらい、知ってる。律儀に包みを手にしたまま、固まっているヒル魔の手からピアスを取って、付け替える。くすぐったいのか、ヒル魔は目をすがめながら睨み付けてくるけど、それが桜庭を煽っている事になど、気付いていない。そのままヒル魔を抱きしめて、ピアス越しの耳に舌を這わす。
「似合ってるよ。すごく、綺麗。ヒル魔の目と、同じ色、だよ。僕の、大好きな、赤…」
耳たぶを食んで、囁きを耳奥に閉じ込めるように、唇を滑らせていく。
恋人、になって、身体を重ねるようになってから、こういう刺激に慣れていないらしいヒル魔が、されるととても弱い事なんて、すぐに解った。
「さく、ら、ば…っ」
切羽詰まった、ヒル魔の声。背中が、小さく震えを見せている。
「赤い色ってね、神経を興奮させるん、だって…。血の色、だから、かな。ヒル魔の目、も、そう、だよね…見てると、すごい、興奮、する」
「知る…か…っ」
怒鳴ろうとして、呆気なく失敗しているヒル魔の唇を塞ぐ。されると、弱い。だから、拒まれる事は、ない。桜庭の舌が唇を這うと、すぐに招き入れるように開かれる、唇。こんなに弱いくせに、自分からは求める事をしない。ずるい、と思うけど、人から、こんなふうに求められる事がないからかも、しれない、と思うから、それはそれで、嬉しかったりも、する。
息つく暇なんて、与えてやらない。苦しげな顔。試合の時でも、そんな表情、見せない。いつだって、強気で、傲慢。だけど、自分の腕の中では、こんなにも、脆い。残虐な喜びを、自覚は、している。
身体を這いあがって来る快楽に、震えが大きくなっているヒル魔を、柔らかく抱きしめる。呼吸が短くなっているヒル魔が、何か言おうとするけれども、聞いてなんか、やらない。制止の言葉なんて、聞く気なんて、ない。与える快楽に溺れていれば、いい。
まだ、律儀に手にしたままだった包みが床に落ちて、つられるようにヒル魔が崩れ落ちる。
そのまま組み敷しくと抵抗を見せるけれども、本気じゃない事なんて、解っている。本気で抵抗されたら、このままでは、いられるわけがない。
まだ、自分が同性の性の対象として触れられる事に抵抗があるのか、行為の度に形ばかりの抵抗を見せるけれど、反応は、正直だ。すぐに、溺れてくるヒル魔を、愛しいと思う。
今だって、桜庭が触れる度に、あられもない声を漏らしていて、だけど、それを隠そうともしない。その様子は、時に桜庭を苛立たせたりするけれど、そんなヒル魔を知っているのは自分だけだろう、と思うと、すぐにどうでも良くなる。
赤味を強くしていくヒル魔の身体を、思うさま貪る。たぶん、普段のヒル魔からは誰も想像する事ができない声が、ひっきりなしに、漏れる。
そんな声の合間に、吐き出される自分の名前が、桜庭をいっそう、行為に駆り立てる。
ひときわ高い声と共に、精を吐き出したヒル魔に、自分の精を吐き出す為に、先を促す。こんな時だけは素直なヒル魔を、それでも可愛いとしか思えない自分に、桜庭は苦笑する。
「…る、とぉ…」
名前を呼んでくれるのは、我を忘れている時だけ。呼ばれるのも嫌がるくせに、欲しい時だけは、許してくれる。
「妖一。もっと、呼んで。欲しいなら、言って。その通りに、してあげる。大好き、だよ…」
「は、ると…」
甘いものが嫌いで、自身、甘さなんて欠片もないようなヒル魔の、蕩けそうなほどの、甘い声。自分の腕の中でだけ、ヒル魔が漏らすそれが、心底愛しいと思う。誰にも、知られたくない。
言葉にするには抵抗があるのか、すがりついて顔を埋めてくるヒル魔に、望んでいるであろう快楽を与える。漏れる声に、表情に、肢体に、満たされていく甘やかさに、桜庭は酔わされる。そんな桜庭の行為に、ヒル魔は溺れる事しか、できない。
「ルビーは、魔除けの石、と言われているんです。赤は神経を興奮させる色、と言われておりまして、そこから嫉妬や愛への邪念を払う力を持つスピリチュアル・ストーンとして、古代ギリシア・ローマ時代から、用いられて来たものです。恋人へのプレゼントですか?お客様のように素敵な方に、このような石を贈られるとは、相手の方も、さぞかし素敵な方なのでしょうね」
宝石店の店員の、言葉。
愛しい人。嫉妬や邪念なんて、自分に対して持つとは、思えない。むしろ、自分がヒル魔に対して嫉妬したり、いらない憶測をしたりしがちで。ヒル魔がこれを付けてくれたら、石の力で少しはこういった感情も、マシになるかな…なんて事を思ったのは、桜庭の中だけの、秘密。
快楽に溺れて、自分を欲しがって、可愛い顔と姿をめいっぱい…本人は、無意識だろうけど…見せて、腕の中で眠っている、愛しい恋人。
誕生日に、お祝いしたのか、させたのか、わからない結末になってしまったけれど。
生まれてきてくれて、ありがとう。
出逢えた奇跡に、感謝を。
そうして、願わくば。この先も、ずっと、この日を、言祝げる日々が、続きますように。
「動詞30題」より『 08.ことほぐ』です。まりも様、お誕生日、おめでとうございます。と、いうわけで、3月20日、「まりもわーるど」管理人のまりも様のお誕生日のお祝いチャットへ参加できるかどうかが、とても怪しい雲行きだったので、急遽仕上げたフライングお祝いSSでございます。淡く青い薔薇の背景と共に、サイトへ飾って頂いております。お気に召したようで、ひと安心。「せんせぇー」「なんだ、片倉ぁ?」「好きな人の誕生日ぐらい、覚えておいて当然、なんですかぁ?」「先生はよくわからんが、大抵は、そうらしいなあ」「そーゆーもんですか」「まあ、そーゆーもんだ、と思っておく方が、世の中渡りやすいと思うぞー?」「はーい」…いや、ほんとにそういうもん、なの…?…すぐ、忘れるんですけどワタクシ。でもって、ワタクシの付き合う輩も、ワタクシの誕生日なんざ、覚えちゃいないんですけど。過去、そんなん覚えてたのなんて、ひとりしかいない。友人の誕生日なんかでも、思い出した時には、過ぎていたり。ところで。宝石、は綺麗です。自分では、まだ似合わないと思うし、石の力に負けるから、付けようとは思わないけど。身に付けていて、一番落ち着くのでお守りと化しているのがタイガーアイ(虎目石)で、昔こういう石が流行った時にロフトで買った指輪を落として、ピアスはもう何度も石が落ちて、くっつかなくなって。ピアス熱烈探し中。宝石じゃないし、そこいらで売ってそうなもんなのに、売ってない。丸玉の、安っちい、ちまこいので良いのにー。片耳にふたつ付け、だから、大ぶりなのはダメなのよー。アクセサリーは左半身に集中している。右、は落ち着かない。でも、一番落ち着かないのは左薬指なので、その手の指輪は貰っても付けた試しがない。約束の小指、従属の薬指。わっかで縛ると、気持ち悪い。首は拘束、ですよねぇ。昔、イベント会場でまんま、犬の首輪(革製)をプレゼントされ、そのまま装着して1日を過ごすハメに。鎖やらリードがなかっただけ、マシなのか。