それぞれの地域には、それぞれの祭事がある。
それがどのような形で引き継がれている(または途絶えてしまった)のか、それは世代間の感覚の違いもあるだろうし、ライフスタイル、と呼ばれるものが変化している事を考えれば無理もない。
稲妻町はいわゆる新興住宅街だった。昔ながらの祭事、といっても歴史的な重み、というにはまだ浅く、だからと言って簡単にやめてしまう程には軽くはない。昔ながらのご近所づきあい、なんてものは希薄になっているとはいえ、マンション等を除けばそれなりに向こう三軒両隣は顔見知り、といった程度のつきあいは残っている。町の中心部に目立った大型店舗や複合型のアミューズメント施設があるわけでもない。スーパーマーケットがあっても商店街には活気があったし、自然も適度に残っている。都会とも田舎ともいえない、こじんまりとした町、といったところだ。
「あ、円堂、おまえ明日、行く?」
「おう!なんか自治会で、かーちゃんも店に出ないといけないんだって。友達連れて買いに来い、って言ってた。おまえも来てくれよな!」
「おまえのかーちゃん、何やんの?」
「やきそば焼くって言ってた」
「それだったら、言われなくても行くわ俺。そうだ、円堂の友達だ、って言えばおまけして貰える?」
「や、それはわかんないけどさ…」
円堂の周りは、いつも賑やかだ。
今日も朝から教室に入るなりクラスメイトに声をかけられ、わやわやと話している。そのせいで、自分の席に辿り着くのが本鈴ぎりぎりになるし、席に着いたら着いたで誰彼となく話しかけられている。
自分の席に着いた豪炎寺は、手早く授業の準備をした後、ぼんやりとその様子を眺めていた。
「なあ、豪炎寺も来てくれよな!」
「……何の話だ?」
突然話を振られた豪炎寺は、訳が解らなかった。
「あれ?知らない?明日と明後日、稲妻町の秋祭りなんだよ。明日が夜店で、明後日がお神輿が町を廻るやつ。豪炎寺も来いよ。かーちゃんが店するから、友達呼んで来い、ってうるさくてさ。売上協力しろ、だって。あ、サッカー部の皆で行けば良いのか!後で皆を誘っておけばいいよな。そうだな、そうしよう!なっ、豪炎寺」
「……そうだな」
話しているうちに自分の中で勝手にまとめてしまったらしい円堂に笑顔で同意を求められ、豪炎寺は仕方がないな、といった表情と共に返事を返した。こういった物言いをしても、強引だとか、自分勝手だとか、嫌味を感じさせないのが円堂の円堂たる所以だと思う。自分だったら、こうはいかない。
たぶん、自分と同じように感じる者が多かったのと、祭り自体を楽しみにしている者が多かったのだろう。円堂の提案はサッカー部全員に受け入れられ、皆で繰り出す事になった。
「夏祭りだけでは、ないんだな。稲妻町は」
「ああ、俺も初めてだ」
「……秋だと浴衣では、寒いな」
「普段着で、良いんじゃないか?皆、何も言ってなかったし。季節柄も、あるしな」
部活帰りに鬼道と豪炎寺は並んで歩きながら、明日行く事になった祭りの話をしていた。
「いや、それは解っては、いるんだが。その、な…」
「……鬼道がそんなに浴衣を気に入っていたとは、知らなかった」
せっかくだから、皆、浴衣でね!とマネージャー陣に言われ、お下がりを調達したり、買いに行ったり、それぞれに用意して集合したのは、夏休みの事だった。何だかんだで、稲妻町で何かイベントがあるとサッカー部の皆で集まって行く、というのが恒例になりつつあるな、と思う。
「…音無の浴衣姿を見るのは、来年まで待たなきゃな」
鬼道が、妹である春奈の浴衣姿を「美しい…」と陶酔しきった表情で手放しで褒めて部員にドン引きされていた(春奈は美しいというのに同意するにしても、鬼道が常軌を逸していた)のを思い出した豪炎寺は、この季節だとそれが見られないから鬼道が寂しそうなのだろう、と思い、そう言った。
「ああ、春奈は美しかった……いや、それはそれとして、だ…」
このまま陶酔して違う世界へ行ってしまうのか、と心配になった豪炎寺をよそに、直ぐに真顔に戻った鬼道は語尾を濁している。
「…どうした?鬼道」
「…いや…豪炎寺の浴衣姿も、美しかった、と思って、な。また見たいと、思っていたから、な」
(…………美しい…?何が…?…俺?俺、なのか…美しい…だと?…大丈夫なのか、鬼道…?)
ひとり、どこかへ行ってしまったかのような鬼道に、そこはかとない不安を感じた豪炎寺は、何の言葉を返す事も出来なかった。けれど、ここで黙っていては鬼道は永遠に帰ってこない気がする。そう思った豪炎寺は、何か言葉を返さなければ、と考え始めた。
「…違う、な…いや、美しかったが、それよりは、やはり…うん、そうだな…おまえは嫌がるだろうとは思うが、可愛かった、な」
そんな豪炎寺の努力も虚しく、どこかの世界へ逝ったまま(としか、豪炎寺には思えなかった)の鬼道が、言葉を続けた。
何だかんだ言って、周囲には秘密でこれまでバレる事もなく、ふたりは恋人同士、というやつだった。身体を繋いだ事は、まだ、ない。口付けすら、も。
何事にも慣れ切る、なんて事もなく、ふたりでする何もかもが初めてで新鮮、どこかしら夢見がち、といった、付き合い始めにありがちな状態では、あるのだ。…それが表に現れやすいのが、鬼道だ、というだけで。豪炎寺も帝国の司令塔としての鬼道のイメージが大きく、鬼道が雷門に来てから妹、という共通項を知り、それをきっかけに親しい友人となり、何がどうなったのか解らないままに現在に至る、というのが正直なところだった。
けれどもまあ、そんなものだろう、という考えすぎるようで結構アバウトなところもふたりに共通しているところで、なんとはなしに恋人同士、という関係が続いていた。そしてそれが、ふたりとも嫌では、なかった。
「…かわ…っ……冗談、だろう…」
散々考えた末に豪炎寺が返せた言葉は、それだけ、だった。
「俺が冗談などで、こんな事が言えると思うのか、豪炎寺は」
(……冗談であって欲しかったよ、俺は)
正直な感想は、心のうちに留めて置くことを覚えた豪炎寺だった。自分が美しいとか、可愛いとか、冗談としか思えなかった。でも、鬼道がそう言うのなら、鬼道はそう思っているのだろうし、無駄に嘘をつく奴だとも思えなかったから、納得は出来なくても受け止めておく事を覚えた。羞恥は、消えないけれども。
「……ありがとう、と…言えば、良いの、か…?よく、解らないが」
「あくまで俺が思った事だ。不愉快な思いをさせたなら、すまない」
「……いや…構わない。鬼道が、思っている事を言ってくれるのは、嬉しい」
律儀に謝罪の言葉を口にする鬼道を見ると、まあいいか…と、思う豪炎寺だった。
「……鬼道も、格好良かったと思うぞ。浴衣。いつもと、違って」
鬼道が思ったままを口にしたのなら、自分が同じようにしたっていいだろう。そんな風に考えた豪炎寺が口にした言葉に、鬼道が固まる。
「……そう、か」
そう返して、嬉しいような、気まずいような、何とも言えない雰囲気のまま、並んで歩く。
何かきっかけが、欲しい。
付き合い始めて、身体を繋ぐまでのあれこれを意識するのは、その度合いが違っていたって、お互い様だ。
よくわからないけれど、嬉しかったり、嫌ではなかったり、自分を一喜一憂させる言葉を紡ぐ、唇。
それを塞いでしまいたい、奪ってしまいたい、なんてことを、他愛もないやりとりの中で、不意に、意識する。今だって、そうだった。
自分を美しいとか可愛いとか、恥ずかしい事を臆面もなく言い募る唇を塞いでしまいたい豪炎寺と、自分を格好良い、なんて言われ慣れた言葉が、とてつもなく恥ずかしくて嬉しいと感じてしまう事を紡いでくれる唇を、自分のものにしてしまいたい鬼道と。
明日のお祭りで、せめてその願いを叶えられたら。
部員達の集団の中で、少し不埒な願いを胸にしながら、ふたりは家までの道を並んで、歩いた。
「かあちゃん、来たぜ!」
「あら守。皆も来てくれたのね。さ、買って買って!少しだけだけど、おまけしておくから!」
「嬉しいッス!大盛りでお願いしたいッス!」
「壁山、おまえの大盛りって…」
今日は稲妻町の秋祭りの前夜祭である夜店に、サッカー部の皆で来ていた。円堂の母親が屋台をしている、という事で、まずは挨拶がてら来たのだった。
「はい、お待たせ。壁山君には物足りないと思うけど、ちょっとおまけで大盛り、ね」
「ありがとうございますッス!美味そうッス!」
「良かったな」
「すみません、ありがとうございます」
「ありがとう、頂きます」
口々にお礼の言葉を口にしながら、それぞれの注文分を受け取り、食べ始める。
「ところで守、あんた達、明日も練習、よね…?」
「そのつもりだけど。何で?」
「ちょっとね、お願いしたい事があるんだけど…」
円堂の母曰く、明日の神輿巡行の人手が足りないから、部の皆で手伝ってくれないか、という事だった。
大人と中学生では体格が違う。体格が極端に違えば、担ぐ大人の負担が大きくなる。それは大丈夫なのか、と鬼道が問うのに、主に小学生高学年から中学生を対象にしている子供神輿の担ぎ手が不足しており、あてがなくて困っている、という返事が返ってきた。
昨今の子供は、忙しい。平日だろうと休みの日だろうと、塾やお稽古事、スポーツクラブで時間が取られる。祭りが楽しみで仕方がない、という程、日常の娯楽に困っていない。参加を希望する子供の数が年々減っている。予定がなくても友達が参加しないなら行かない、という子も多い。
「守達が皆で来てくれたら、人数も揃うでしょ。それに、守がいつもサッカーを教えてる子達も来るから、喜んでくれると思うのよ」
「俺はいいけどさ…」
「俺は構わないぜ?円堂」
「面白そうッス!やってみたいッス!」
「で、やんスね!ひとりだけだったら、ちょっと恥ずかしいかもでやんスけど」
中学生にもなって、ちょっと恥ずかしい。でも少し、興味はある。どうやら、そんな連中が揃っていたようだった。
「じゃあ、明日11時に稲妻集会所に来てね。衣装は用意してあるから。短パンは流石に用意出来ないから、着て来てちょうだいね」
と、そういう事に、なった。
「染岡、似合いすぎ…!」
「中学生に見えねぇ…っ」
「うるせぇな!」
「あら、格好良いわよ。日本男児、って感じねぇ…凛々しくて良いわねぇ」
「…ぁざッス…」
「何照れてんの?髪の色が顔まで降りてきてる」
「るせぇよ…!」
「大人用の、一番デカいのあるかー?!この兄ちゃんに着せてやってくれ!」
「すみませんッス…」
「謝るこた、ねぇって。来てくれただけでも、御の字だ。ありがとな」
「女の子は、こっちね。担ぐのは無理だろうから、鳴り物をお願いね」
衣装である法被やら鉢巻やらの着付けをしている集会所は、賑やかだった。上半身にさらし布を巻き上から羽織るだけとはいえ、なれない布の巻き方や帯に苦戦する者が続出している。
「さらしを巻くのが難しかったら、そのまま羽織ればいいから。女の子は、服の上から法被を羽織れば良いわ。帯が解らないなら、本結びにしておけば良いからね」
と、言われても、本結びが何かが、そもそも解らなかったりするのだ。教われば簡単なものなのだが、部員の他にも子供達が走り回ったり、準備の為の大人が出入りしていたりで大わらわ、といった状態で、理解している部員が他の部員に教えたり、結んだりする事になる。
「どうした、豪炎寺」
「……マントは取った方が良いと思うぞ、鬼道」
「そうなのか?」
難なく着替えを済ませた鬼道だったが、背中にはいつも通り、しっかりとマントが装着されている。
(常識が、あるんだか、ないんだか…)
半ば呆れながら鬼道に答えた豪炎寺は、鬼道の育った環境を思い出し、こういう事を見たり、参加したりする時間がなかったのだろうと考えた。
(傷付けた、だろうか…)
自分が話す事が得意ではない事を自覚しているから、そんな事を思ってしまう。
しかし鬼道はあっさりとマントを外し、丁寧にたたんでいた。大丈夫だったらしい。そんな様子を見て、安心する。
「で、どうしたんだ?」
帯結びを途中で止めたままの自分に気付いて声をかけた事が、その言葉で解った。
「……浴衣の時に教わったから、それをしてみようと思ったんだが…上手く、いかない」
「そうか。貸してみろ」
「いや、教えてくれれば、自分でやる、から」
豪炎寺の言葉を待たずに、鬼道が結びかけの帯を手にして手を動かす。
「今度、教えてやるから。今は俺がやる。時間もなさそうだし、な」
「…すまない」
そんなやりとりをしながら、胸中穏やかでないのは、ふたりとも同じだった。
自治会の役員だという大人や、他の部員だったら、何を思うこともなく任せてしまえたのだろうと思う。けれども、好きな相手の、いつもとは違う姿を前にしながら着替えを手伝う・手伝って貰う、というのは。
(……何か…凄く…恥ずかしいんだ、が…どう、したら…)
鬼道の前で中途半端に着替えた自分を、鬼道の手でくるくるまわされながら、帯を結ばれている。自分は立っていて、鬼道は膝立ちの状態で、腰周辺をその手が行き来している。上から眺める鬼道の表情はよく解らない。けれど、さらしと法被の間から見え隠れする素肌が、やけに目立つように感じてしまう。一度意識してしまうと、どうしようもない羞恥が、消えない。
「苦しくないか?豪炎寺」
「ああ、大丈夫だ」
力加減を問う鬼道に答えた豪炎寺は、苦しいと思った。身体とは別に、こんなことで、鬼道を意識してしまう自分が。顔が赤くなっていないだろうか、平静を保っているだろうか。そんなことが、気になる。
一方、鬼道も心中穏やかではないが、顔に出ないように、必死に手を動かしていた。
膝立ちになって腰周りに手を動かす自分の視界を占めるのは、帯周辺と脚、だ。
部活の時同様、ハーフパンツの下にスパッツを履いた脚。部活で、試合で、見慣れたものである筈の、それ。なのに、無性に触れてみたい、と思ってしまう。
(……今なら痴漢の気持ちが解る気がするな。解りたくも、なかったが…そこまで堕ちたくも、ないんだが)
意識してしまう自分を情けなく思いながら、鬼道は手を動かす。
好きな相手に触れたい。
そう思うのは、特別な事ではないのだけれど。
家族でもある妹になら、触れて、抱きしめて、好きだと、愛してると、思っていると、伝える事が出来るふたりは、お互いに対してそれをする事に、躊躇ってしまう。
触れたい相手が目の前にいる、というのに。
触れ方が、解らなかった。
けれど、誘惑じみた感情に勝ても、しなかった。
「……ッ」
「…すまない、豪炎寺」
鬼道が手を滑らせた振りをして触れた内腿の感覚に、豪炎寺が小さく声を漏らす。
「……いや、大丈夫、だ…」
「……ッ」
「…すまない、鬼道」
「……いや…大丈夫だ」
鬼道に触れられたせいで少し崩れたバランスを取ろうと、つかまろうとした豪炎寺が触れたのは、鬼道の肩口に近い鎖骨。
謝罪の言葉も、それに答える言葉も、お互いが自分への羞恥で視線を合わす事ができないせいで、相手の表情を
見る事ができない。
何より、今の自分の顔を見られたく、なかった。
「…出来たぞ」
何故だか焦る気持ちを必死で抑えた鬼道は、意識して機械的に手を動かし、豪炎寺の着替えを終わらせた。
「…ありがとう、鬼道」
何故だか自分を見る事もなく俯いたまま、そう告げる鬼道に答える自分の声が不自然に震えたりは、していないだろうか。そんな事を思いながら、鬼道に礼を述べる豪炎寺だった。
幸い、忙(せわ)しく賑やかな周囲は、少し不自然なふたりの様子に気付いていない。
「豪炎寺、鬼道、終わった?なんかやっぱ、いつもと違うな!でも似合ってるぜ、ふたりとも!」
着替え終えたふたりにかけられた円堂の声を、違う意味に取ってしまいそうなぐらいには動揺していたふたりだったが、「早く行こうぜ!」と急かす円堂に救われたような気持ちで、慌てて集会所を後にしたのだった。
「動詞30題」より『09.ふれる』です。もどかしい感じが出ていれば良いなあ…。覚書では祭りと神輿で分けておりましたが、前夜祭と当日、という事でひと括りにしてみました。法被は帯があったりなかったりするようですが、いちゃこらさせたいが為に帯アリです。和服はイイ…チラリズム万歳。ブレイクでチラリズム、とかってシングルリリースして、ぴこぴこ踊れば良いと思います。もちろん鬼道さんはゴーグルマントでお願いします。「まもちゃんですv」「…しゅう…ちゃん(葛藤があって小声だと良い)です」「…ゆーちゃん、になるのか、俺は(まだ開き直れない)」「3人合わせて、ブレイクですv(だ)<円堂だけが笑顔全開」で良くないか?脚出し衣装(一番、裾が短いけれど頑なにパンツスタイル)は豪炎寺でお願いします。健康的な元気担当キャプテンで、クールなボケ担当(本人はボケようとしていないと萌える)豪炎寺としっかり者で否応なくツッコミ担当になってしまう鬼道で良いじゃない。吹雪や風丸はナチュラルにアイドルだと思います。