TVシリーズ29〜30話

「 こどもはわかってくれない/瞳子 」

 雷門がフットボールフロンティア全国大会で優勝したその日に、宇宙人…エイリア学園と名乗る輩が現れ、地球の秩序のひとつであるサッカーで勝負をしろ、勝負を受けなければ学校を破壊する、受けた勝負で負けた学校も破壊する、と言い放ち、それを実行した。
 何故そんな輩の相手を自分達が、と思うような者は雷門には居なかった。エイリア学園との最初の試合で負傷し、入院する事になった半田、松野、影野、宍戸、少林寺が欠けた分のメンバーを補充しなければ、エイリア学園と戦う事が出来ない。独自の広い人脈と情報網を持つ雷門の理事長に用意されたイナズマキャラバンで、理事長同様にサッカー界にどういう伝があるのか計れない響木が推薦したという新監督、瞳子と共に一向はひとまず、続いている学校破壊と同様の破壊活動が、総理出席の記念式典で行われたという情報の入った奈良へ向かう事になった。
 集合時間まで間がある。しばらく留守にする事になるから、その前に夕香のところへ行っておこう。親父にも、直接行き先を伝えておけるようなら、手間が省ける。
 そう考えた豪炎寺は雑貨屋でぬいぐるみを選ぶと、それを手にして病院へ向かった。自身の上半身が隠れてしまう大きさのぬいぐるみを抱えて歩く豪炎寺の姿に、可愛い、などと呟く女子学生達と何度かすれ違ったが、当の豪炎寺はそう言われているのはぬいぐるみの事だと思い、夕香じゃなくても女の子っていうのは皆、ぬいぐるみが好きなのかな、と思っただけだった。
 病室へ入ると、夕香は眠っていた。
 だが、それを見る豪炎寺の顔は穏やかだった。
 全国大会で優勝した事を、1年前のあの日の事故…まさに今日と同じ決勝の日…以来、眠り続けている妹に報告をした豪炎寺の前で、夕香が兄を呼びながら目を覚ましたのだ。
 いつ目覚めるのか、もうそんな日は来ないのか、必ず目を覚ます筈だ、と思いながら待ち続けていた日々を思うと、少し眠っているだけで、起きたらまた、声が聞ける、笑顔が見られると解っている今の、何と幸せな事か。
 夕香の眠るベッドの傍にある椅子に、抱えて来たぬいぐるみを置く。兄である自分の事を、大好きだ、と言って慕ってくれる年の離れた妹。大好きなくまさん。大好きなピンク色。大好き、と言っていた妹の言葉を思い出しながら選んだものだ。少しでも、寂しさが紛れる事を願う。
 しばらく会えない事への寂しさは、自分も同じだ。でも、自分には仲間が居る。夕香が入院している病院は父親の勤務先でもあるが、父親が夕香だけに構っている時間など、そう取れない事は今までの事からも解っている。目覚めたばかりで病室から出る事の出来ない妹は、ひとりになってしまうのだ。
「お兄ちゃん、すぐに帰ってくるからな。…じゃあ、行って来る」
 一度帰宅してから学校へ向かう事を考えると、行かなければいけない時間だった。
 病室の扉を開け、眠る夕香にもう一度目を向けた豪炎寺が、不穏な気配に振り向いた時には既に、囲まれていた。
「豪炎寺修也君。少しお話がある」
「……お前達は…?!」
 揃ってダークグレイのスーツ、赤いゴーグルを身に着けた、スキンヘッドの3人の男。表情も浮かべずにただ、豪炎寺を見下ろしている。
「我々はエイリア学園の志に賛同する者。君に少々、お願いしたい事がありましてね」
 男が口にした名前に、豪炎寺は目を見開く。
 エイリア学園の志、というのがどのようなものなのか、これまでの破壊活動を見ていれば自分が賛同出来ないものである事ぐらいは、解る。その為に自分はこれから、そのエイリア学園と戦おうとしているのだ。
 そんな輩から、何を頼まれたところで聞く気など、ない。
 だが、この男達が学校や自宅ではなく、ここに…夕香の居る病院に来た、という事は。
 ここで振り切って逃げてしまえば、話を聞く前に断ってしまえば、夕香が危険に晒される可能性が、高い。それどころか、この場で危害を加えられてしまうような事になれば、どうする事も出来ない。
 豪炎寺は自分を取り囲む男達を、睨み付ける事しか、出来なかった。
 扉を閉め、男達と向き合う。
「……話というのは、何だ」
「手短に言おう。君に、エイリア学園に来て頂きたい」
 エイリア学園の志に賛同する者、と自称しているのだ。エイリア学園にとって有益な…自分にとっては恐らく害でしかない…事を、言ってくるのだろうとは、思っていた。そう思っていた豪炎寺にとっても、それは驚くしかない内容だった。
 自分は今、雷門の一員として、エイリア学園と戦おうとしているのだ。敵であるエイリアになど、行くわけがない。
「そんな事が…」
「今すぐに、とは言わない。我々も急いでいるわけでは、ない。それに、君の意思を尊重しようと思いましてね」
 豪炎寺の言葉を遮って、男のひとりが話す。
「我々は、エイリア学園には君が必要だと考えている。しかし我々にも事情がありましてね…君が自らエイリア学園に来る事を決めるまで、多少は待つ用意がある」
「多少…?」
「言葉通り、少しの間は、という事ですよ。君にも、考える時間が必要だろうと思いまして…妹さんの事も含めて」
「…ッ!妹に、何をした!」
 目覚めたばかりの、妹。やっと取り戻したと思った日常が、エイリア学園によって奪われつつある上に、妹まで失うような事があってはならない。
 激高する豪炎寺にも表情を変えないまま、男は話を続ける。
「我々は今日、ここに来たばかりです。何もしていませんよ。今は、まだ」
 今は、という事は、この先の豪炎寺が取る行動によっては、危害を加える可能性とその手段の用意がある、という事だ。
「下手な事は考えない方が良い、とだけ言っておきましょう。我々は常に、あなた方を監視しているのです。その事を、お忘れにならない様に」
 警察などに知らせても無駄だ、という事だろう。
「良い返事をお待ちしています、豪炎寺修也君」
「頼みましたよ。これも、妹さんの為」
 そう言うと立ち尽くす豪炎寺を残し、男達は去って行った。
 とにかく今は、集合場所へ急ごう。あの男達が言うように、たとえ少しでも、答えるまでの時間があるのならば、その間に考えれば良い。
 豪炎寺は急いで自宅に戻ると荷物を纏め、学校へと向かった。
 奈良の破壊された式典会場で壁山が黒いサッカーボールを見つけた事から、自分達の事を宇宙人だと疑う塔子率いるSPフィクサーズと試合をする事になった。瞳子の采配を不審に思いながら試合をするうちに、その意味するところを理解し、結果、雷門の勝利で試合を終えた。
 試合が終ると塔子が雷門の事を知っていた事、自分が先日の式典で破壊活動を行った宇宙人に連れ去られた総理大臣の娘である事、父親を取り戻したい一心で雷門を試す為に強引に試合をした事を、皆に語り、謝罪した。
 父親を取り戻したい。その為に強力な仲間が欲しい。その仲間と共に、エイリア学園と戦いたい。だから自分と一緒に戦って欲しい、と塔子は語った。
 もともと自分達はエイリア学園と戦う為に、手掛かりになるものを探しにここまで来たのだ。一緒に戦う事に、異論のある筈がなかった。
 手掛かりが黒いサッカーボールだけで終るかと思っていたところに、エイリア学園からの宣告映像を目にし、試合を行う事になった。
 ジェミニストーム、と名乗るチームと戦うのは、これで2度目だ。一度目は大敗だった。技術よりも何よりも先に、そのスピードで圧倒されたままだった。
 フィールドに、両チームの選手達が散らばる。自分のポジションから、ジェミニストームのキャプテンであるレーゼを見るともなしに見ていた豪炎寺は、後方の壁を背にして立っている人物を見て、目を見開き、戦慄いた。
 あの男達が、立ってたのだ。
 病院での会話を思い出す。いつでも監視している、というのが嘘ではない事を示しに来たのだろう。
 このエイリア学園との試合で、エイリア学園が不利になるような行動をしたら、夕香に危険が及ぶのだろうか。元より雷門が負ける事など、願ってはいない。通う学校があり、サッカーが楽しめる、そんな日常を取り戻す為にも、エイリア学園を倒さなければ。混乱と葛藤を抱える豪炎寺を、誰ひとり知る事のないままに試合が、始まった。
 豪炎寺のキックオフから開始され、染岡、風丸、鬼道、塔子、とショートパスを繋ぐ。塔子からパスされたボールは、豪炎寺の目の前でカットされた。そのまま雷門陣内へと攻め込んだエイリア学園のシュートが決まる。開始30秒の、出来事だった。
 勝負はこれからだ、と必要以上の落ち込みを見せる事のない雷門メンバーの中、豪炎寺はひとり、壁際の男達を見ていた。
 相手のスピードに対応しきれないまま10点の差をつけられたところで、鬼道がボールをカットした。豪炎寺に向かってセンタリングを上げる。完全にフリーだ。豪炎寺はそのまま必殺技であるシュートを打とうと、跳んだ。
 豪炎寺の居る高い位置から、壁際に居る男達の姿が、目に入った。
 雷門に、どよめきが起こった。
「ご…豪炎寺が…」
「ファイアトルネードを外すなんて…」
 染岡と目金が驚きを口にした。今まで豪炎寺のシュートは止められる事はあっても、コースを外した事はなかった。完全にフリーの、今のような状況ならば必ずといっていい程、得点となった。豪炎寺自身、信じられずにいた。円堂が、次は決めて行こうと言うのに答える事すらしていない自分に、豪炎寺は気付いていなかった。
「豪炎寺」
 気が付くと、鬼道が傍に来ていた。
「次に俺がカットしたら、上がってくれ。風丸にも、伝えてある」
「炎の風見鶏、か」
「ああ。頼んだぞ」
「解った」
 鬼道が具体的に指示を出すという事は、何かに気付いたという事だろう。
 鬼道は言葉通りエイリア学園のボールをカットし、ふたりにボールを繋ぐ。ふたりが同じ距離、同じスピードでボールを捉えなければ、決められない技だ。
 決まるかに見えたシュートはゴール前で大きく上に逸れた。
 綺麗に着地した風丸とは対照的に、態勢を崩したまま受身も取れず地面に叩きつけられた豪炎寺の姿。外したのが豪炎寺である事は誰の目にも明らかだった。
「…そんな事ってあるのかよ。豪炎寺が、2回も外すなんて…」
 土門が動揺を隠せない声で呟く。誰もが、驚きで言葉を失くしていた。
 起き上がった豪炎寺は、唇を噛み締める。どうしても、あの男達が目に入ってしまう。最悪のタイミングで病院での言葉が、蘇る。一瞬の動揺。その事で、ここまで醜態を晒す事になるとは、思っていなかった。グラウンドの外で何があったのかは関係ない、ホイッスルが鳴ったら、試合に集中しろ。フットボールフロンティア地区予選決勝で帝国と戦った時、円堂にそう言ったのは自分だったというのに。
 監督である瞳子は黙ったまま、そんな豪炎寺を見ていた。
 13対0で前半を終え、ハーフタイムに鬼道が自分が気付いた敵の攻撃パターンを、皆に話す。これで後半はいける、と話すメンバーの輪から少し離れたまま、豪炎寺は背中越しに男達を見ていた。意識している訳ではなかったが、どうしても目が追ってしまう。
「甘いわね」
 後半は点を取っていく、と盛り上がるメンバーに瞳子が割って入った。今の自分達の状態が解っているのか、と言った瞳子は、全員が上がりディフェンスがほとんど無い状態で後半戦を戦え、という指示を出した。滅茶苦茶としか思えない瞳子の采配の意図に、試合をする中で気付いたのは鬼道と円堂だけだった。32対0という、とてつもない点差で試合は終了した。
 キャラバンに戻り円堂が手当を受けている間、外に集まっていた皆に塔子が、自分が一緒に戦おうと言わなければ、こんな事にはならなかったのだ、と謝った。塔子の所為ではなく、自分達の力が足りなかったのだ。そう言う風丸に、皆が頷く。豪炎寺はその様子を目にしながら離れた場所でひとり、考えていた。
 自分がここに居ても、良いのだろうか。
 あの男達に常に監視されている状態では、チームにまで迷惑を掛ける事にならないだろうか。今日の試合のように。エイリア学園の関係者から接触された自分が居る事で、試合だけではなく他の事で直接、仲間にまで危険が及ぶ可能性が、ありはしないか。
 誰にも訳を話す事が出来ない。急にチームを離れる、などと言えば、理由を求められるだろう。話すわけには、いかない。
 今日の試合の瞳子の作戦は納得出来ない。皆の話はそんな話題になっていたようだ。理事長に連絡して監督を代えて貰う、と言う染岡を、鬼道が止めた。あんな奴の肩を持つのか、といきり立つ染岡に、鬼道は冷静に言葉を返す。
「結論を出すのは、監督の考えを知ってからでも、遅くはない」
 豪炎寺は、その言葉に俯いていた顔を上げた。
 鬼道が監督の意図を説明する。それが自分達を守る為だったと知り、不満を口にしていた者達の瞳子へ対する見方が変わる。そんな中、土門がこれで良かったのかと疑問を呈した。染岡が円堂ひとりを犠牲にするようなやり方は雷門のサッカーではない、と言ったところで当の円堂が手当を終え、自分ひとりが犠牲になったわけではない、と話に入って来た。
 円堂を囲むように集まったメンバーは円堂自身から監督の意図を聞き、瞳子への賞賛や次への希望を口にする。その後ろ、やはり少し離れた場所に立っていた豪炎寺は、監督としては2試合しか見ていない瞳子の、今までの采配を思い出していた。
 瞳子の意図するものは解りづらく、その指示はすぐには納得出来ないものが多い。しかし、解ってみればそこにはいつも、自分達が考える以上の意味があった。
 SPフィクサーズ戦、そして今回のジェミニストーム戦。そのどちらの試合でも瞳子の采配に共通していたのは、選手を守る事、では、ないだろうか。
 もちろん、勝つ為に采配を振るうのが監督の仕事だ。それを忘れる事なく、同時に選手を守る。そう考えれば、瞳子の言動にも納得がいく。
 ……監督なら、どういう判断をするだろうか。
 今日の試合のような事を、繰り返したくはなかった。チームを辞めたいわけではない。けれど、自分が居る事によってチーム全体が壊されるような事になるのは、耐えられない。
 監督がどう判断するのか、知る事は出来ないだろうか。詳しい事情を明かす事なく、話をするにはどうすれば良いだろう。
 仲間の輪の後ろに立ったまま、豪炎寺が地面に視線を落として考えていたところに、瞳子が現れた。
 瞳子は皆が集まっている場所まで来ると、豪炎寺を見て言った。
「豪炎寺君。あなたには、チームを離れてもらいます」
 突然の言葉に、驚く事しか出来なかった。豪炎寺以上に驚いた周囲が口々に戸惑いの言葉を口にする。それが聞えていないかのように、瞳子は豪炎寺から視線を逸らさない。何故突然、自分がこんな事を言われなければいけないのか。そう思い、睨みつけるように瞳子の視線を受け止めていた豪炎寺は、ひとつの可能性に辿り着き、表情を変えた。
 監督は、解っているのかも、しれない。
 明らかに調子が悪かった今日の自分を見て、何をどう考えたのかまでは解らない。だが自分が抱えているものが、このチームに今、良い影響を与えないものである事を見抜いたのかもしれない。今までの瞳子の言動を考えると、仲間を守る為には自分をこのチームから離す必要がある、と判断したのではないだろうか。……もしかしたら、自分の事も、守ろうとしてくれている。少なくとも、今まで豪炎寺が見てきた瞳子は、チームを勝たせる為に最善と思える行動を取っていた。選手達を守る事を常に、考えている事が理解出来た。ならば、今の監督の判断を信じても、チームが悪いようになるとは、思わない。
 考えてみれば、自分にとっても瞳子の言葉は救いとなるものだ。今この場所を離れる事に対する様々な思いは、ある。だがここで離れる事によって、エイリア学園と直接戦う必要は、なくなる。そうなれば、妹や仲間に危険が及ぶ事もない。
 豪炎寺は黙って、皆に背を向けた。木戸川を離れた時と同じで、何を言っても言い訳になるような気がした。何を言えば良いのかも、解らなかった。
 皆が口々に説明を求めるのに、瞳子は自分の使命は地上最強のチームを作る事であり、そのチームに豪炎寺は必要ない、というだけだと答えた。説明になっていない、と詰め寄る皆の声を背に、豪炎寺はその場を離れた。
 円堂が追いかけて来た。本当に行ってしまうのか、悔しくないのか、と何度も繰り返す。行きたくない。悔しい。それを口にして、今の自分に何をどう出来るだろう。言いたい事も、言えない事も、ありすぎて、円堂の顔を見る事が出来ない。それでも、これだけは言っておかなければいけない。円堂に背を向けたまま、視線だけを円堂に向けて口を開く。
「……すまない円堂。……俺はお前達とは戦えない」
 伝わるだろうか。こんな言葉で。
 けれど、それしか言えなかった。豪炎寺はこみ上げて来るものを見られないように、前だけを見て歩いた。



「……もしもし、豪炎寺さんですか?雷門中学サッカー部の監督をしております、吉良と言います」
 キャラバンから離れ、周囲を見渡してひとりである事を確認した瞳子は、携帯を手にしていた。
 豪炎寺が去った後の騒ぎは、納まるまでに時間を要した。瞳子の言葉に納得がいった者は、誰一人として居ない様子だった。納得してもらえるような言葉を選んではいないのだから、当然だ。
 それでも瞳子が、それ以上の説明をする事はなかった。納得出来るような確証があって、豪炎寺にチームから離れるように告げたわけでは、なかったからだ。
 確証はなかったが、選手達に何かが起こってからでは、遅い。だから半ば強引に、豪炎寺に宣告したのだ。自分が作ろうとしているチームには、不要だと。
 瞳子は今日の試合会場でエイリア学園側に居た、3人の男達に気付いていた。明らかに様子のおかしい豪炎寺を見る度に、その先に存在していたからだ。
 瞳子は選手達にはまだ、隠している事がある。あの男達はその事に、関係があるのかもしれない。その事に思い当たった時、豪炎寺をこのままにしておいてはいけない、と判断した。
 あの男達の事を調べるのは、これからになる。瞳子の事情と監督としての資質を知り、このチームを任せてくれた響木、雷門の理事長や校長、場合によっては刑事である鬼瓦にも、連絡を取る必要がある。何よりも先に、この事を豪炎寺の保護者に伝えておく必要があった。
「先程、修也君にチームから離れるよう、伝えました。今日のうちに自宅に帰って来ないようでしたら、事件に巻き込まれた可能性があります……いえ、こちらで何かあったわけでは、ありません。……こちらに来る前に、何かあったのかもしれない。私は、そう考えています。…ええ、私は何も聞いていません。妹さんの事が関係しているのかもしれないと思いましたが…何も。お父様が仕事で多忙なのは存じております。ですが、今のあの子…修也君には、お父様が必要です。傍に居てあげて下さい、お願いします。…ええ…はい…学校へ…場合によっては、警察への連絡も、私の方からします。……ありがとうございます。ええ、また、何か解りましたら、直ぐに連絡します。それではこれで、失礼します」
 はっきりとした理由を告げるも無く必要ない、と言われた子供の心は自分の想像以上に傷が大きいだろうと、瞳子は考える。
 必要とされたくて、それがどういう事になるのか、何を意味するのかも解らないままに足掻く、或いは盲目的に従う子供達を、自分は知っている。そんな子供達を利用する大人達の事も。
 それを止める為に、このチームの監督としてエイリア学園と戦う事を、選んだのだ。
 そしてそれを選んだ時に、何としてでも子供達を…選手達を守る、と決めていた。
 たとえ自分のやり方で傷付ける事になったとしても、解ってはもらえなくても、立ち止まるわけにはいかない。自分の力だけで出来る事など、たかが知れている。自分の思いを解って欲しい、といくら努力したところで、届かない思いがある事も知っている。それでも今しなければいけないのは、今自分に出来る事だけだ。
 …仲間を…チームを守りたい、という思いは、あなた達だけのものでは、ないのよ。
 子供だからと軽んじているわけでは、ない。子供であるからこそ、見えるものもあるだろうし、やれる事もあるだろう。子供達から忘れていた事を思い出したり教えらたりする事は、当たり前のようにある。
 ……でも、大人だからこそ、あなた達に出来る事も、ある筈よ。
 子供だけでは太刀打ち出来ない権力や策略。それらから身を守る為の手段は、大人の方が手数を持っている事が多い。逆を言えば身を守ろうとする相手を潰す為の手段を、直接間接問わず、子供よりも知っている、という事だ。その為に必要となる方法、道具、施設、情報、人脈。どちらにしても現在のこの国では、それらは10代の子供が普通に持つものでは、ない。
 瞳子がエイリア学園と戦う事を決めた時、そういった手段の全てを持つ者と対峙する事は、決定された事実だった。それが父と呼ぶ相手であっても、いや、だからこそ戦うと、守ると、決めたのだ。
 塔子の加入で11人になったメンバーから豪炎寺が抜け、10人になった。負傷者がひとりでも出れば、戦う事すら困難だ。豪炎寺は雷門のエースストライカーだ。その豪炎寺がチームを離れた。得点力が、格段に落ちるのは目に見えている。まずは、それに代わるだけのストライカーを探さなければいけない。
 そういった情報ならば、響木が既に得ているかもしれない。豪炎寺の離脱に関しての報告も、しておかなければ。あの男達が自分の推測通りの存在である確証はないが、鬼瓦への連絡も早い方が良いだろう。
 豪炎寺の父親への電話を切った瞳子は、再び忙しなくボタンを押し始めた。

END 2010.04.14

「名詞30題」より『09.秘密』です。好みのタイプはキツ目の美人さんですので、夏朱や瞳子は当然ストライクゾーンど真ん中に限りなく近いところに位置しております。ウルビダとかもう、たまらん。それはそれとして。2期の豪炎寺離脱に関しては書いておきたい話がいくつかございまして、そのうちのひとつが瞳子のものでした。30話での、黙っている時の豪炎寺の描写が半端なく細かいのですが、豪炎寺の反応する言葉が監督に関するものなのばかりである事に気付き、纏める事の出来た話でございます。豪炎寺がシュートを外した時の背中や横顔を映した後に必ず入る瞳子の図、男達を目で追ってしまう豪炎寺、鬼道の「結論を出すのは〜」で表情を変えた豪炎寺のアップ、皆と少し距離を置いて立っている時の手や視線の動き、瞳子に宣告された瞬間・直後・何かに気付いた瞬間、と短い間の仕草や表情の変化が物凄く丁寧で驚きました。ラストの見返りヒロインとか、もう…ね…。しばらく見納めになるからしっかり目に焼き付けておくがいい!というスタッフの意地悪な心遣いを感じずにはいられませんでしたよ…。この時点では瞳子の意図まで解らずとも何かしら救われる部分があり、戻って来るまでの過程でそれを実感する出来事があったのだとすれば、53話冒頭での瞳子に対する豪炎寺の言動がしっくりと繋がるわけです、ワタクシの中では。