桜が嫌いだ。桜の樹の下には、死体なんて埋まってやしねぇけど。ほんとに埋まってりゃ、桜並木なんざ、まんま、墓地だ。薄気味悪い墓標が立ち並ぶ下で、浮かれ、眺め、騒げる神経が理解できねぇ。儚く潔い花?どのへんが。花弁を集めても、染料には、ならない。あれは、枝や幹の堅い樹皮の内側に潜んでいる樹液の持つ、紅だ。驚くほど鮮やかに染まる色を持つ事を隠して、儚げな色の花弁しかつけない。1年の大半、どこまでも力強さを感じさせる樹の姿を、晒しているはずなのに、蕾をつけ、花を咲かせ、散るまでの数日間の印象が強過ぎて、そこにしか目がいかない。そうして、華やかな部分だけを見せて、その力強さに気付かせない。強かな樹だ。苦々しさすら、感じる。
花盛りも過ぎたか、って頃が、入学式で。泥門の制服を着て、3人で、笑っていたような気がする。
名残の桜も散り始めの頃、あいつがこの場所から連れ去られるように消え、そして。去る事を、告げられた。
夢ばかり見ていた。今でも見ている。それを叶える為に、いつもいつも同じ面子で、同じ言葉で。誓い、なんてもの、してみたりした。目標とも言うだろうそれは、自分たちにはとてつもなく遠く、夢としか言い様がなくて、それでもそれを、ここから始めて、あの場所に行く。今、ここから始める為に、この場所に立った3人で。
家庭だとか世間だとか、いわゆる大人の事情なんて勝手なものだ。それに振り回される子供の事情だなんて、ほんの些細な事にしか、ならない。夢を持つのは素晴らしい事だ、夢に向かって努力するのは素晴らしい事だ、だから、夢を持て、夢も持てないなんて、哀しい事だろう?そんな御託を並べていたって、直面した現実の前では、夢ばかり見ていては生きてはいけない、なんて事を悟ったかのような顔で口にする。それが今の俺達にとって、何より大切なものであってお構いナシだ。てめぇは夢を持っていなかったのか。それがどんなにくだらねぇもんだとしても、それに届かなくて苦しむより、負けを認めるより、諦めるより先に、それすら出来ないままに断ち切られた時の気持ちを、知らないのか。そんなものはもう、忘れたか。それとも最初から、なかったか。
現実を生きる事に疲れ果てる前に、夢の中でそれだけを追う事を許される時間を与えられているのは、学生、とひと括りにされる自分達の特権だ。現実を生きるてめぇらに、その時間を与えられているからと言って、それを半端に奪われたり潰されたりした時に、何も感じないとでも思っているのか。てめぇらがそうして諦めたり折り合いを付けて来たとして、それを強要される謂われなんか、ねぇ。現実は甘くない。それは、そうなんだろう。だからって、ご丁寧に知らせたり教えたり、してくれなくていい。夢だって、甘くはない、ってのは、本気でそれをやってりゃ、すぐに解る。いつまでも夢見てなんて、いられない。そういう状況に置かれる近い将来。それも薄々見えている。だから、今。見てるんじゃねぇか。
誰であろうと、弱点はある。隠していればいる程、暴かれる事を怖れる。クリスマスボウル。アメフト高校大会の、頂点。日本じゃマイナーなスポーツの、世間的にはさして注目される事もない…野球やサッカーに比べれば、他のスポーツの扱いなんて、高校レベルじゃ無いに等しい…高校生の、全国大会決勝、だ。たった、1試合。それに向かって、どれだけの数の奴らが、バカみてぇな事しくさっているか、なんて。それすら、想像出来ねぇ輩が、いたりする。そういう輩に限って、うるせぇしうざったい。そんな奴らに邪魔されるのは全くもって気に食わねぇ。だから、使える手は全て使って、黙らせる。人の弱味だろうと何だろうと、使う事で邪魔されずに済むのなら、躊躇なんか、ある筈もない。てめぇにとってどうでもいい事だからって、それを無意識にしろ邪魔していい、なんて事があるか?
現実というヤツが立ちはだかった時、泣いていれば許される歳でも、家族の生活を思えばのうのうと夢だけを追い掛けていられる環境にもいなかった、というだけの話だ、あいつは。使える手なら違法まがいの事(銃刀法違反はこの際詮索しないでもらおう)だって使いたくっている俺を、間近に居たあいつは知っている。けれど、それを使ってくれ、とは言わなかった。ただ、この場所を、去って行った。戻る、という約束なんて、なかった。
戻りたいとは思っても、それを許さない環境がある。環境の所為にして逃げている。そう、思わなくもない。けど、俺はあいつじゃない。あいつの背負っているものは、何も知らない。調べる気にもなれない。調べ上げた事実を並べて、何が解る?解りはしないし、解りたくもねぇ。ただ、誓いを…3人で、あの場所に…それだけは、まだ、消されていない。否定されていない拒絶されていない決定的な言葉も行動もないまま、今も、あやふやさと、やみくもな確信と、狂う筈のないプランの中で、宙に浮いている。
何度、辞めたんだ、諦めたんだ、と、口にしたところで、断ち切れてはいないだろう。
あいつの私物の、キックティー。
改装したロッカールームに、置いておいた。改装業者なのもあって、何度か部室に来ているのなら、これ見よがしに空いてるロッカーと、そこに在る物に気付かないわけがない。持ち帰る事も、捨てる事も、出来た筈の、それを。今でも、そのままにしている、あいつは。
あの日のまま、自分の中の時を、止めているのかも、しれない。
俺と…たぶん栗田も、同じように。
頼みもしねぇのに、時間は『未来』って名前で向かって来る。避け様もなく、過ぎて行く。いくらあの日で止まったままになっている部分を抱えていたって、そのままでは何も変わる事はない。呆然と泣いてりゃ誰かが手を差し伸べてくれるなんてのは、せいぜい園児までだろ。だいたい、他人の弱味に付け込んで、てめぇに都合いい環境作っている『悪魔』な俺が、呆然と泣くだけ、なんざ、想像しただけで笑えて空恐ろしい。てめぇで言ってて寒気がする。泣くのは栗田だけでいい。未練があるのは、何も俺達だけじゃねぇ。てめぇも、だろう?武蔵。
家族に迷惑かけられねぇ、自分が現場に出ればとりあえず食ってはいける、いずれ継ぐのが早まっただけの事だ、とか何とか思って自分を納得させようとしているとしても。
俺は納得出来ねぇ。してねぇ。
だってそうだろ?
あの場所は。クリスマスボウルは。
高校生活の中でしか。今しか。行けないんだ。
そして泥門のそれ、は…少なくとも、2年になった俺達のそれ、は。
今年で終わり、なんだぜ?
もう、2度と、ないんだ。
来年の泥門がそのフィールドに立つ事があっても。俺達の姿は、そこには。もう。
夢なんて、叶った瞬間に現実になっちまうもんだろ?最高の瞬間のすぐ後に、味気ない現実になっちまう、その程度のもんでも何でも。その瞬間の落胆も喜びも何もかも全部、それを叶えたヤツにしか、味わう事は、出来ない類のものだ。
3人揃って、その場所に立ちてぇ。その為に、3人揃って、そこまでの道を、歩きてぇ。なあ、それは、そんなにだいそれた望みか?
何でもいいから一緒に居たい、ってんじゃねぇ。そこじゃねぇと、意味がないんだ。短い夢を、終わらせる事が出来るのは、あの場所だけ、だ。
俺が表向きどうでも、てめぇに未練たらたらなせいで、苦しい、ってんなら。てめぇの言い訳に、俺を使えばいいじゃねぇか。老けヅラだからって、無理して現実を理解したような顔して大人のフリしてねぇといけねぇ、って事、ねぇだろ。聞き分け良く、無理矢理自分を納得させてみたところで、くすぶり続けているものが、消えたりしねぇ。消せるもんかよ。そんなもんで諦められる程度のもんじゃあ、ねぇ筈だ。
アメリカ戦勝ったらチームに戻る、って言ったのを聞いた時は、腹の底から笑えた。何だかんだ言って、戻る気持ちを捨てきれちゃあいねぇのが、微妙な条件設定に出ていたからな。なのに、言うんだな、てめぇは。
「…いい加減、新しいキッカー育てろ」
本気で言ってるか。とてもそうは聞こえねぇな。希望はある。僅かでもそれが、ここまではっきりと見えているのなら、他の可能性なんて捨てても惜しくねぇよ。もとから、んな気もねぇんだ、俺は。
「寝ぼけんな糞ジジイ。即席キッカーで秋大会、優勝出来るか」
欲しいものなら、はっきりしている。それ以外なら、いらねぇ。俺の性格、解ってる筈だろ?
「なーに問題ねぇ。テメーが戻るからな」
俺の言葉に、否定はなかった。肯定も、なかったが。
戻って来て欲しい、と事在るごとに口に態度に出す栗田だが、戻って来て欲しいのは、俺も同じだ。だったら。いつでも戻って来られる場所を、作り上げておく。期待以上のチームを。
このチームで、ここで、一緒に闘えずにいたてめぇが、何もかも投げ出してフィールドに飛び込んで来るような、面白いゲームを作り上げるのが、俺の仕事だろう?俺だったら、何が何でもやりたいようにやるんだし、見てるだけの夢なんざ、ハナから対象外だ。どんなに無謀に見えても、叶える為に、見てんだ。
来いよ。必ず。それが敗れる瞬間でも叶う瞬間でも何でも、間に合わせてやる。
最高の舞台を、用意してやる。
ハッタリなら、お手のものだ。それを、それだけで終わらせねぇ事だって、知ってるだろ?
今ここに居ねぇ奴の事を、うだうだ言ってる暇があったら、打てる手をすべて打つ方に回す。何もしねぇでただ祈りに近い願いを抱えて、必ず戻って来る、プランに狂いはねぇ、絶対クリスマスボウル!なんてほざいているとでも?んなもん、何の説得力もねぇ。やれる事。やらなければいけない事。目の前に、山積みだ。誰の為でもなく、自分の為に。見えていて、やり方も解っていて、それなのに何もせずにいて、何が変わる?止まった時は、止まった時だ。だからって、そのまま何も進まずに、進める事もせずに、ただ、戻って来い、と言われて嬉しいか?てめぇが居ないと何も出来ない俺達、を、見たいわけじゃあ、ねぇだろ?
もし、間に合わないとしても。
3人で、の誓いが、叶わないとしても。
それでも、夢見たあの場所に、行く。絶対に、行く。
所詮解りもしなければ解りたくもねぇ大人の事情や、推測や希望にすぎないてめぇの気持ちを考えたところで、何が出来る?目の前の事を確実にこなして、力をつける方が先だ。キッカーが居ない事は周知の事実だ。居ないなら居ないで、やれる事をやるだけだ。キッカーが居たって、点が取れねぇなら、居ねぇのと同じだ。そう考えれば、デビルバッツだけが不利なわけじゃねぇ。元々、ギリギリのメンバーしかいねぇんだ。それでも、ここまでやって来た。昨日まではないに等しかった確率が、今日も、明日も同じだと、誰が言い切れる?それが崩せないと、何を根拠に言える?可能性なら、どこにだってある筈だ。それを、見付けられるかどうか、ってだけの話だ。必要以上に他人に期待するより先に、てめぇの思い込みでも何でも、掲げた行き先へ辿りつくための、そこに向かって進む為の力を、少しずつでもつける方が、先だ。
そうやって、てめぇが何としてでも戻って来たがるチームを、作って待ってやる。歯噛みしながら、眺めてろ。置いてかれるような焦燥感は、俺だって持っている。見せねぇけど、そんなもん。面白いぜ、今年のデビルバッツは。糞チビどもが、てめぇを取り戻したがっているのは、知ってる。糞チビどもに言われるまでもねぇ。俺が、それを望んでいる。求めても突き放しても拒絶しても、それらをされても、お互い負担にしかならない、なんて最悪だ。だから、言わねぇし、言えねぇ、けど。
それでも、俺は。てめぇの口から、聞きてぇと思っちまうんだ。
何でもいいから、呑み込んだままでいる、言葉を。まだ、聞いてねぇ、それ、を。
無様過ぎて笑ってしまう程、欲しがってる。
武蔵。
てめぇが、そのままになっているキックティーと同じように、誓った夢を半端に置き去りにした気になっているとしても。手放しては、いないのなら。
諦めきれずにいる事は、その執着は、醜いかもしれない。けど、それが何だ?そう思いながら、正面切って言えずにいる自分にも反吐が出る。女々し過ぎる。俺が俺じゃねぇみてぇだ。どうしていいのか、解らねぇ。栗田のようには出来ない。当然だ。俺は栗田じゃねぇ。そして、てめぇでもねぇ。俺はてめぇが戻って来たい、と思っている、と、信じたくて仕方がねぇ。やみくもに信じてれば、何か方法が見つかりはしねぇか、って足掻いている。自分にそう、思い込ませて、口にして、盛大なハッタリカマして周り巻き込んで。それでてめぇが、それを望んでいなかったら、お笑いだ。それでも、そうせずには、いられねぇんだ。どうせてめぇは、俺が好き勝手で強引で思う通りに生きていると思ってやがんだろうし、そう思われている方がラクな筈なのに、そうじゃねぇから戸惑うんだ。こんなもん、誰にも見せたくも見られたくも見せるつもりもねぇけど、何もかもひとりで背負って前見る覚悟なんてあの時にした筈なのに、てめぇの言葉がねぇ、っていう、それだけで。たまらなく、なったりするんだ。知らねぇだろ?俺だって、知らなかったぐらいだ。こんな自分は。笑うしか、ねぇよな。
たとえひと欠片でも、夢見てる事を手放しては、いないのなら。なくなっては、いない。なくならない限り、それはてめぇを苦しめるだろう。置き去りにされた形になった俺達よりも、置き去りにした形になっちまってるてめぇの方が、苦しい筈だ。その苦しさに耐えかねて、てめぇが呑み込んだ言葉を吐き出すのは、いつだ?待ってるんだ、それを。俺達だけが、待ってるんじゃなくて。言える日を…てめぇも、どこかで、待ってはいないか?妙な負い目、嫉妬、焦燥、現実。
何かが…もしくは全てが…しがらみになっていて、てめぇの言葉を、閉じ込めたままになっている、きっと。
だからって、どこまで、諦めたフリするつもりで居るんだ。
てめぇに拘って、縋りつくような気持ちでいる俺が居る。あの日から、キックティーをてめぇに返す事も出来ずに、部室に置いているのは俺。誰かに…今では仲間と呼べる存在になった部員にすら、それに触れられるのが、我慢ならねぇ。驚くよな、実際。間違っても、あの時からやり直したい、だとか。時間が遡ればいい、だとか。んなこた、思ってねぇ、ってのに。てめぇが居なくても、あの場所に行く為に、見付けて、揃えた部員。あいつらも、てめぇの事を欲しがってる。その脚を。俺と栗田の、止めたままの時間の所為で、オカシクなっちまってる部分は否定出来ねぇ。けど、そんなもんに関係なく、現実は進む。てめぇが消えたのと同じように、薄紅の花の季節に見つけた、黄金の脚。それによって、一気に現実に近づいている、俺達の夢。でも。その脚は、てめぇの、じゃ、ねぇ。泥門に足りない戦力。それ以上に、俺達に足りない、欠けたままの隙間。
なんでてめぇじゃなきゃいけねぇのか、そんなもんは、解らねぇ。ただ、同じ場所に、立っていたい。誓いの呪縛ってやつか?女々しいの通り越して乙女なんじゃねぇの俺。笑い過ぎて涙出そうな形容だなオイ。
俺なら何とかするだろう、どんな手を使ってでも叶えたい夢を実現するだろう、そんな錯覚、いくらでも与えてやれる。そういう風に見せて来たし、今更変える気もねぇし。そういう俺を面白がって、本気で夢見てたのが、てめぇら2人だけだった時と、今と、何が違う?そう思ってはみても、違うんだ。何か、が。確実に。
声が。声を。てめぇの、本当の声の。
俺が今欲しいのは、それ、だ。
戻りたい。戻るつもりだ。戻る。あるいは、その反対。
俺達3人が、誰も、言えねぇまま、聞けねぇままになっている、それを。
頑なに、現実を生きようとしている、武蔵、てめぇから。
切り捨てるなら、早く。
聞けねぇまま、夢ばかり見ている。
4月って、夢見月、っつー別称があるだろ。消えたのが、その月だったから、未だ、夢見てるような気分で居るのかも、しれねぇ。…どこまで女々しいんだ、俺は。
夢が断ち切られるにしろ、続くにしろ。
てめぇの声が、言葉が、聞きたくてたまらない。
それが本心なら。それを本気で選んだのなら。どんなものでも、受け止める。受け止めるだけで、その先は知らねぇ。
怖いくらいの鮮やかさの紅を隠している桜。その樹皮を傷つけて、その色を欲した人間。桜を見て苦々しく思うのは、そこまで欲のまま走れない自分への、嫌悪かもしれない。誰を傷付けてでも、邪魔する奴らを排除するやり方を、てめぇに使えない事への、苛立ちかもしれない。何かが、止まったままに、なっている。
夢見た場所は、目指す場所は、今も、あの時と変わらずにいる事を信じたくて、3人して時を止めたままになっているような気がする。でも、それでは、辿りつけない。あの場所へは。たぶん。
次の春を待つまでもなく、秋大会が終われば、フィールドに立つ事もない。3人揃って、の誓いは、それまでの、期限付きの、夢だ。夢を夢のまま、終わらせたいわけじゃあ、ない。けど、このままでは、夢のままだ。儚い夢でした。なんて事、言いたくねぇ。
3人で、あの場所へ。そして、桜の季節に、3人揃って、入学式の時みたいに笑い合いながら、ここを去る事が出来たら。そうして、夢を終わらせる事が出来たら。
風花。嫌に感傷的なのは、季節外れの雪のせいだ。
「形容詞30題」より『 12.もどかしい』です。お約束通り、ひよこキングさまへ。…乙女な先輩、とのご感想を、覚書SSSの時点で頂きまして。乙女な先輩を極めようと企みつつ、極めきれずに笑えないままに。くは。武蔵復帰までに、書いておきたかったものですから、武蔵記念日にむりくりUPでございます。うん、ムサヒル書くのに向いてない事は、よく解ったわ…。お気に召しましたら、幸い。