「ゴォオオオール…ッ!木戸川清修1年生ストライカー、豪炎寺修也!見事な先制ゴールを決めました!」
僕が豪炎寺さんを初めて見たのは、テレビの画面の中だった。
中学生の全国大会、フットボールフロンティアのテレビ中継。39年間無敗の帝国学園が無敗記録を更新するのか、それとも、それを破るチームが出て来るのか。帝国学園以外にも、毎年のように出場しているサッカーの名門、と呼ばれる中学校があって、木戸川清修もその中のひとつだ。
僕はその時小学5年生で、3年の時に学校の授業で初めてやったサッカーが面白くて、すぐに地元のチームに入ってサッカーを続け、試合に出るようになっていた。楽しくて、仕方がなかったのは、少し前までの事だった。
試合では大抵、僕が得点していた。仲間の動きも、相手の動きも、全部見える。シュートを打つチャンスも、どこに向かって打てば良いのかも、全部。見えた後は身体が自然に動いて、狙った位置にシュートが決まる。仲間も皆、僕に繋げば得点出来るからボールを回してくれたし、回って来たボールは滅多に外さなかった。皆、僕の事を凄い凄い、って褒めてくれたし、喜んでくれていた。
でも最近、そうじゃなくなってきた事に気付いた。
僕がシュートを決めても、皆、前みたいに喜んでくれない。僕の顔を見て、肩を落としたり、何か言いたそうな顔をした後、背中を向ける。最初は気のせいかも、って思った。でも、同じようにする仲間が、僕が試合に出る度に増えて来ると、気のせいなんかじゃない、って解った。
何故なのか考えてみたけど、解らなかった。
店の手伝いをしないといけないから、練習に遅れたり、休まないといけない事も多い。その時も、出前に行った帰り道だった。その日は僕の通う小学校のグラウンドで練習する日で、通りかかった時はちょうど、皆がチームに分かれてミニゲームをしている時だった。
僕は驚いた。
皆が、楽しそうだったから。
普段の練習ではそんなに気にならないけど、ゲーム形式での練習の時、試合の時みたいな感じになる事が多くなっていた。
…僕がいない方が、皆は楽しいのかな。
嫌われるような事をした覚えは、なかった。でも、僕と一緒に試合をしている時に、こんなに楽しそうな顔をしている皆は見なくなっていた。試合だから、練習みたいに楽しくとかは無理かもしれないけど、でも、こんなふうじゃない。
……嫌だ。僕も皆と一緒に、楽しくサッカーがやりたい。
店の手伝いとかしなくて良くて、家から遠くてもお金がかかっても、どこでもいいからチームに入る、っていうような事は、無理だって解ってる。監督も仲間も僕の家の事情を解ってくれて、近いから家から練習に通えて、っていうチームはここしかない。
ここに僕が居られなくなったら、大好きなサッカーが出来なくなってしまう。
いくらひとりで練習したって、それだけなのは、やっぱり嫌だ。
楽しそうな皆を見ているのが悲しくなって、走って家に帰った。出前が終ったら練習に行こうと思っていたけど、行く事が出来なかった。
「お前、昨日練習来なかったけど、何かあったの?」
学校に行く道の途中で、同じチームの仲間に声をかけられた。
「ちょっと出前が遠かったから、帰って来たら練習終っちゃってたみたいなんだ」
なんて言えばいいのか解らくて、適当にごまかした。出前が遠かったのは、本当の事だし。
「そっか。昨日はさ、最後にミニゲームをやったんだけど…」
見ていたから、知ってるよ。そう思いながら、話を聞いてる振りをして、並んで歩いた。
「…で、ここでシュート!ばーん、って決まって、すげー気持ち良かった!なんか、シュートするとサッカーやってるなー、って実感するよなー。俺、ディフェンダーだから、そういうのって滅多にないしさ。楽しかったぜ!」
あ…そうか。
皆が楽しそうだったわけが、やっと解った。
どのポジションも全部が大事なんだけど、やっぱりシュートを打って、それが決まる、っていうのは気持ち良いし、楽しい。どんなに守っても、相手から点を取らなきゃ勝てない。得点に絡めば絡むほど注目され易いし、マークだってきつくなるけど、そういうのを全部振り切って打ったシュートが決まると、凄く楽しい。
チームの皆が、そういうチャンスを欲しがっているのに、僕がそういう場所を奪ってしまっていたんだ。
やっと皆が楽しくサッカーが出来る方法が解って、僕は安堵した。
それからは、なるべく皆がシュートを打てるように、パスを出す事に専念した。皆、前よりも楽しそうだった。
でも、皆が楽しそうにすればする程、僕は、楽しくなっていった。でも、この場所を失くしてしまうのは、もっと嫌だった。
テレビで豪炎寺さんを見たのは、そんな時だった。
中学生の全国大会に1年生が主力選手として出る、っていうだけでも、凄い事なんだって事ぐらい解る。その人が先制ゴールを決めたのを見て、画面から目が離せなくなった。今まで僕が見た事もないような、凄いシュートだった。
その試合はそのまま木戸川清修の勝ちで終ったけど、豪炎寺さんのあのシュートは、見られなかった。
「…あのシュート、もう1回、見たいなあ」
それから僕は、豪炎寺さんを見る為に、木戸川清修の試合を意識してチェックするようになった。
木戸川清修がトーナメントを勝ち進むにつれて、豪炎寺さんのあのシュートを見る事が多くなった。見る度に、凄いと思った。画面で見ていても凄いと思うぐらいなんだから、実際に見る事が出来たら、どんなふうなんだろう。あんなふうにプレイ出来たら、どんなに気持ち良いだろう。僕も、あんなシュートが打てるように、なりたい。
豪炎寺さんは、僕の憧れの人になっていた。
テレビで試合を観戦しては豪炎寺さんの話ばかりするようになった僕に、ある日ふと、母さんが言った。
「虎丸。まだ少し先の話になるけど…中学は、木戸川清修に進学する?」
「え?何で?」
「豪炎寺さんの居る学校なんでしょう?虎丸、豪炎寺さんと一緒にサッカーがしたいんじゃないかと思って」
「そりゃあ…出来たら、いいな…って思うけど」
僕の家から木戸川清修までは、距離がある。通学に時間がかかるとその分、店の事をする時間が取れなくなる。店の事が終らないと練習も出来ないから、家から一番近い今のチームに入っていて、それでもやっぱり、思うように時間は取れてない。それに、木戸川清修は私立だ。家全体のお金の事はよく解らないけど、そんなに余裕があるわけじゃない事ぐらい、僕にも解る。
「虎丸が入学する頃には、豪炎寺さんは3年生だから…サッカー部に入っても、1年間しか一緒には居られないでしょうけど。でも、同じチームに入れるかも、しれないじゃない?入れなくても、虎丸が見たがっていたシュートとか、近くで見られるかもしれないと思って。虎丸はお金の心配をしているのかもしれないけど、今から考えれば、何とかなるかもしれないから」
母さんはそう言うけど、母さんは身体が弱くて、僕や乃々美姉ちゃんが店を手伝ってるって言っても、やっぱりまだ子供だし、出来る事も限られてるから、母さんの負担は大きい。それに、私立だったら入学試験がある。その為の勉強をしようと思ったら、サッカーなんてしてる時間がなくなってしまう。
「チームの皆も、このまま進学するみたいだし、僕、このままでいいよ。皆と一緒に、サッカーしたいし」
僕にとって、やっと見つけた場所。僕さえ今みたいにしていれば、皆で楽しくサッカーが出来る。楽しい、っていう気持ちは前より少なくなったけど、全然楽しくないわけじゃない。サッカーが出来なくなるより、ずっといいと思ってる。
「本当に、いいの?」
僕が喜ぶと思っていたらしい母さんが、僕の顔を覗き込むようにして、言う。本当は、行けたらいいな、って思うけど、でも。
「うん。僕だって、ずっとサッカーを続けて、もっと強くなったら、試合とかで会えるかもしれないしね。同じチームじゃなくても、そうなったら嬉しいなって思ってる」
あんなに凄い人だもん、来年だって、その次だって、きっと、どんどん強くなって、試合に出て来る。サッカーを続けていれば、どこかで会えるかもしれない。
「だったら、良いんだけど…」
母さんは、まだ納得出来ないみたいだったけど、僕はそれでいいんだ。
いつか、本物の豪炎寺さんに会えた時に、僕の事を認めてもらえるように頑張ろうと思って、皆には内緒で必殺シュートの練習も始めた。豪炎寺さんは中学1年で、僕はまだ小学5年。2年の差があるけど、その間にもっともっと強くなって、上手くなったら、中学生の選抜チームなんかで一緒になれる可能性だってある。
まずは皆で、フットボールフロンティアに出られるように、頑張らないと。
この時のフットボールフロンティアで、木戸川清修は決勝進出を決めていた。
決勝戦の相手は、予想通り帝国学園だった。豪炎寺さんならきっと、帝国からだってゴールを奪える。もしかしたら、今年の優勝は木戸川清修かもしれない。
決勝当日、僕はスタジアムに居た。店の常連さんが、チケットをプレゼントしてくれたんだ。店を空けるのには抵抗があったけど、母さんが、試合が始まれば中継が気になって手伝いどころじゃないだろうし、直接試合を見られるチャンスはそうないんだから、行ってきなさい、って言ってくれた。
僕が試合に出るわけでもないのに、自分の試合の時よりどきどきする。
選手がアップを始めている様子が見える。豪炎寺さんは、どこかな。姿が、見えないけど。まだ、ベンチに居るのかな。もうすぐ試合が始まるのに。
そう思って眺めていた木戸川清修のベンチが、慌しく動き出した。
少しの間があって、スターティングメンバーの変更を告げるアナウンスに、僕は耳を疑った。
遅れてくるのかな。ベンチにはまだ、豪炎寺さんの姿が見えない。
試合が始まっても、いつ豪炎寺さんが来るのか気になって、ベンチにばかり目が行った。試合の内容なんて、よく覚えていない。
豪炎寺さんが来ないまま、帝国学園の優勝で試合が終っていた。
受験する気はなかったけど、木戸川清修で入学試験前の学校説明会と見学があるって聞いて、母さんに頼んで一緒に行った。もちろん、目当てはサッカー部だった。でも、ここにも豪炎寺さんは、居なかった。あの決勝戦からずっと、豪炎寺さんがどうしているのか気にしている僕を見かねた母さんが、監督さんに聞いてくれた。あれから豪炎寺さんはサッカー部だけじゃなくて、学校も辞めた、っていう事だった。あれから監督さんにも連絡はないらしくて、どうしているのか知らない、って事だけが解った。
サッカー部を辞めた、って聞いた時はショックだった。でも、きっとどこかで、サッカーを続けてる筈だ。サッカーを辞めたなんて、思わなかった。豪炎寺さんは僕の憧れの人のままで、僕は今までと同じように店の手伝いとサッカーで毎日を過ごして、小学6年になった。去年から皆に内緒で練習していたシュートも、完成に近付いていた。
チームでは相変わらずで、僕が試合でそのシュートを試してみる事なんて、出来なかったけど。
そうしてまた、フットボールフロンティアの季節がやって来た。
テレビの画面の中に、去年とは違うユニフォームを着た豪炎寺さんを見つけた。
雷門っていうチームは、それまで知らなかった。40年ぶりに、フットボールフロンティアに出場したチームだって、知った。豪炎寺さんが入ったから、強くなったのかな。そんな事を思いながら、試合を見た。
豪炎寺さんは、格好良かった。あのシュートだけじゃない。たくさんの新しい技を、見る事が出来た。
何度も雷門の試合を見ているうちに、豪炎寺さんだけじゃなくて、雷門っていうチームのファンになった。どこまで強くなるんだろう、って、見る度にわくわくした。雷門が優勝した時は、僕は全く関係がないのに嬉しくて、店のメニューに優勝記念のプレートを作ったりして、母さんに呆れられた。
その後も、宇宙人を名乗るチームとの試合が始まって、途中から豪炎寺さんの姿を見なくなって、心配になった。けど、雷門にどんどん新しいメンバーが加わって、必死になって戦っている姿を、ずっと見ていた。僕が中学生で、今よりも強かったら、一緒に戦えたかもしれない。そんな事を思いながら。
帰って来た豪炎寺さんは、前よりもずっと強くなっていて、雷門の人達もどんどん凄くなっていって、僕の憧れの気持ちも強くなるばかりだった。いつしか憧れだけじゃなくて、尊敬するようになっていた。
いつか、こんな凄い人達と、一緒に戦いたい。
来年になれば、中学生になる。練習試合でもいい。戦ってみたい。思い切り、サッカーがしたい。
でも、今のチームで僕が思い切りサッカーをやったら、また、皆が離れていく。
どうしたら、いいのかな。
強くならなきゃ、あの人達に追い付けない。でも、そうなったら、サッカーが出来なくなるかもしれない。
中学生になるまでに、良い方法が見つかればいいんだけどな。
雷門の監督をしていた響木さんから、僕に雷門中まで来るように連絡があったのは、そんな時だった。
目の前に居る人達が本物だ、って実感するまでに、時間がかかった。雷門へ向かう道に迷って、丁度通りかかった円堂さんに連れて行ってもらった場所には、今まで僕がテレビで見ていた選手の人達が揃っていた。見た事のない人達も居たけど、この人達にとっては、僕だって同じ、見た事もない選手のひとりでしかない。
円堂さんに言われて挨拶をしたけど、緊張しすぎてよく覚えていない。響木監督が来て、僕達が集められたわけを聞いた時は、信じられなかった。日本代表チームの選考試合に、僕も出られる。もっと信じられなかったのは、豪炎寺さんと同じチームだった事だった。
選考試合が始まろうとしていた。僕の隣に豪炎寺さんが居る。それだけで、物凄く緊張した。相手チームの基山さんから染岡さんに渡ったボールを不動さんにパス、そこを風丸さんがカットして、鬼道さんにパスが渡る。豪炎寺さんに繋がったボールを、土方さんが取りに来たのをかわして、豪炎寺さんが打ったシュートをキャプテンが止めた。
……凄いシュートだ…!
目の前で、見る事が出来たシュートに、興奮した。
基山さんのシュートで先制されたけど、豪炎寺さんのシュートで同点に追い付いた。染岡さんのシュートで追加点が入る。目金さんのカットしたボールが、僕に回って来た。土方さんをかわす。豪炎寺さんにパスをしようと名前を呼んだら、行け、って言葉が返ってきた。…行ける、けど……ここで僕が決めたら、きっとまた前みたいになってしまう。そう思ってバックパスを出したところで、前半終了のホイッスルが鳴った。
ハーフタイムに、豪炎寺さんから声をかけられて、何故シュートを打たなかったのか聞かれたけど、本当の事なんて、言えなかった。
選考の結果、僕も代表に選ばれた。新しい監督になって、代表メンバーで合宿する事になったけど、家の事情を話して、自宅から通う事を許してもらった。予選準決勝のカタール戦の前にキャプテンや豪炎寺さんが家に来た時は驚いたけど、こんなに気にかけてもらえているんだから、もっと頑張ろうって思った。
カタール戦でも、僕に出番が回って来た。吹雪さんとの交代だった。この前は鬼道さんとの交代で、前線にボールを繋ぐのが役目だったけど、今回は違う。この試合での吹雪さんは、ストライカーだ。その代わりに入るっていう事は…とにかく、いつもみたいにパスを上げる事に専念しよう。それで良い筈だ。
相手キーパーから相手キャプテンへのパスをカットすると、ディフェンダーがふたり来た。…抜ける!そのまま走ってゴール前まで来た時、皆が僕に背中を向けた時の事を、思い出した。…ダメなんだ、僕がシュートをしたら…この位置なら、後ろに豪炎寺さんが居る。そう思って出したパスを、相手に取られてしまった。立向居さんのブロックで、助かった。風丸さんから鬼道さんへのセンタリングが上がるのを見て、飛び込んだ。これで相手ディフェンスが崩れる。
「今だ!打て!虎丸!」
豪炎寺さんの声がする。でもやっぱり、あの光景を思い出してしまって打つ事が出来ない。僕が打たなくても、豪炎寺さんなら…今度は、豪炎寺さんにきちんとボールが渡った。豪炎寺さんが打ったシュートは、止められてしまったけど、キャプテンがゴールから僕に向かって、ナイスアシストだったと言ってくれるのが聞えて、嬉しくなる。でも、豪炎寺さんは厳しい顔のまま僕の方に来て、言った。
「虎丸。何故、シュートしなかった」
「…だって、豪炎寺さんの方が確実だと思って」
「決定的なチャンスだぞ。どうして自分で打たなかったんだ」
決定的なチャンスだから。だから。僕が打ったら、豪炎寺さんが打てなくなる。
「……おれが決めたら、ダメなんです」
「どういう意味だ。虎丸」
どう伝えればいいのか解らなくて、そんな事しか言えなかった。
豪炎寺さんや吹雪さんは、いつだって得点を取る事を期待されていて、その期待に応えてきた人達だ。皆が頼りにして、その得点を喜んでくれる。そんな人達に、僕の気持ちが解るとは思えなかった。
僕達のチームは、このまま持ち堪えれば勝てる、っていうロスタイムに、同点に追い付かれた。相手の動きが見えたのに、間に合わなかった。途中交代した僕はまだ大丈夫だけど、皆もう体力が残ってないみたいだ。ここで点を取らないと。
豪炎寺さんからのパスを、もう一度返す。豪炎寺さんが、シュートを放った。凄い衝撃が僕の左肩を直撃して、ボールがピッチの外へと転がっていった。何が起こったのか、すぐには解らなかった。豪炎寺さんが、僕に向かってシュートを打った…?
「何するんですか?!豪炎寺さん!!」
反射的に『さん』が付けられたのが不思議なくらい、驚いて、何で僕がこんな目に合うのか腹が立った。
「さっきから何だ!お前のプレイは!」
豪炎寺さんこそ、何なんですか。今のプレイは!そんな事、言い返す暇もなかった。
「試合時間は残ってないんだぞ!精一杯、ベストと思えるプレイをしろ!」
「これが、おれのベストです!」
言いたくなかったのに、言わないといけなくなってしまった。
「おれのアシストで、皆が点を取る。それが一番なんですよ!」
本心じゃない。だけど、それが一番なんだ。ずっと、そうして上手くやってきたんだ。
「そうすれば、おれが皆の活躍の場を奪う事もない。皆で楽しくサッカーが出来るんです!」
「ふざけるな!!」
豪炎寺さんの声が、一段と大きくなる。
「そんなサッカーは、本当の楽しさじゃない。見ろ!ここに居るのは、日本中から集められた、最強のプレイヤー達。そして!」
イナズマジャパンのメンバーを指してそう言った豪炎寺さんは、デザートライオンの方に向き直って言葉を続けた。
「敵は、世界だ!俺達は世界と戦い、勝つ為にここに居るんだ。それを忘れるな!」
いつの間にか、僕達の周りに皆が集まって来ていた。誰も、豪炎寺さんの行動を責めない。僕の事も。
キャプテンや、鬼道さんが、僕の力を思い切り出していいんだ、って言ってくれる。それを受け止められない人なんか、ここには居ないんだ、って笑ってくれている。……本当に?
「いいんですか?!おれ、思い切りやっちゃっても!!」
わくわくする。無理に抑えなくもいい。そんなのは、長いことなかったんだから。豪炎寺さんの言う、本当の楽しさ、っていうやつが、この試合で解るかもしれないんだ。顔が笑うのを、止められない。
「俺を驚かせてみろ、虎丸」
「はい!」
もう怒っていない豪炎寺さんに、元気良く返事をした。
おれの…本気のプレイ…!
身体が動く。今までより、ずっと。ディフェンダーを3人抜いて、もうひとりも、かわす。風丸さんに出したパスは、届くかどうか不安だったけど、風丸さんは返してくれた。届いた…!
ゴール前に走りこむ僕の両側に、豪炎寺さんと鬼道さんが居る。
おれと一緒に走ってくれる…!
「行け!虎丸!」
おれと一緒に戦ってくれる仲間が…ここに居るんだ…!
「はい!」
豪炎寺さんに言われて、返事をする。もう、あの光景は浮かんでこなかった。打てる。ここで、あのシュートを試すんだ…!皆に、見てもらうんだ。迷う事なんて、なかった。今までの何もかもが解放されたみたいに、足に力が集まってくる。
「ずっと封印してきた、おれのシュート!…行けぇ…っ!タイガードライブ!!」
追加点が取れた。決まったんだ…僕のシュートが。
そして、試合が終った。3対2で、僕達が勝った。
豪炎寺さんが、あれが僕の本気なら、自分達についてくるには、まだまだ時間がかかりそうだ、なんて言うから、僕も負けずに言い返す。
「でも、おれ。まだ本気出してませんから!先輩」
楽しかった。
本気でサッカーが出来る、って事が、こんなに楽しいなんて知らなかった。知ってたけど、忘れてたのかもしれない。ここでなら、本当に楽しいっていう、こんなサッカーが、出来るんだ。嬉しくて、仕方がなかった。
皆がフットボールフロンティアのデータの中に僕のものがない事を話していたから、まだ出られる年齢じゃないんだって言ったら、もの凄く驚かれた。中学生…1年生だと、思われていたのかな。それぐらい、強く見えたんだったら、嬉しいんだけどな。
「小学生だったのか。お前…」
豪炎寺さんが、まだ驚いたままの声で言った。
中学生になったら、試合とかで会えたらいい。その時に、凄い奴だ、って認めてもらたら。そう思っていた人と今、同じチームで、同じフィールドで、戦っている。まだ、本気を出してない。もっともっと、本気で、全力で、サッカーをしてもいいんだったら。僕はもっと、強くなる。
年の差はどうやったって埋まらないけど、サッカーで負ける気は、僕にだってない。
例え、相手が尊敬する、大好きな豪炎寺さんでも。
だから、宣言した。
「だからって甘く見てたら、エースの座は頂きますよ。いつかおれ、豪炎寺さんを超えてみせますからね!」
簡単に超えさせては、くれないだろうけど。
憧れも、尊敬も、全部持ってる人が目の前に居て、目標で。
初めて知った、本気で戦える場所。
受け止めてくれる仲間。
それが、こんなにも楽しいなんて。
サッカーを続けてて、良かった。身体中を満たす喜びと、次への期待。
本当に、楽しかった。
ロッカー室で着替えていると、豪炎寺さんから話しかけられた。
「虎丸。肩、大丈夫か」
試合の時の、あれを気にしているみたいだった。
(後で、何で皆、あの時の豪炎寺さんに何も言わなかったのか聞いてみたら、『ああ、まあ、豪炎寺だから』『いつもの事だ』『びっくりするよね〜』とか、色々…何かもう、皆、慣れっこみたいだった。)
「はい、大丈夫です。豪炎寺さん。今日は、本当にありがとうございました。おれ、凄く大事な事を教えてもらいました」
安心したように目を細めて笑う豪炎寺さんは、試合中とは全然違って、凄く優しい感じに見えて、何だかどきどきする。安心しきった顔っていうのも、何だか癪だなあ。
「もっともっと、色々教えて下さいね!油断してたら、今度はおれがお返ししますから、覚悟もしておいて下さい、先輩」
一瞬だけきょとん、とした感じで驚いた顔をした豪炎寺さんに満足して、着替えを続けた。
『俺を驚かせてみろ』って言ってたんだから、これぐらいは、いいよね。
「名詞30題」より『13.歓喜』です。タイトルは及/川/光/博の曲から拝借致しました。(忌/野/清/志/郎さんとのコラボSCDも出ている曲です。)ワタクシが好むタイプの攻のイメージの曲が多いように聞えますので、どのジャンルにもこの曲はこのキャラですよね…と該当する部分がございまして、いつか使いたいと思っておりましたけれども、まさか虎丸で使うとは思ってもいませんでした…虎丸…恐ろしい子…!虎丸は自分の事を「おれ」と言っていますが、5年生あたりとか豹変前のイメージが「僕」なもので、そのあたりは「僕」で通しました。ところで虎丸の家は公式で母子家庭なのでしょうか。お店は虎丸がお母さんを手伝うとしても、ですよ?生活どうなってやがるのかと。保護られているようにも、見えませんし。お父さんが単身赴任、だとか長期に渡って仕事で家を空けている、とか…そういうのでは、ないのでしょうか。豪炎寺の家も父子家庭っぽい描写がございましたけれども、はっきりとは出て来てないですよね…?…え?これってまさか、豪炎寺父×宇都宮母の再婚フラグ…?この子達は血の繋がらない兄弟に?「にいちゃん俺…っ」みたいな虎丸とかですか?そんな罠が待っていたとは…どうしたら…。<どうにもなりません。