TVシリーズ 13話中心

「 その気持ちを彼は知らない・3 」

 フットボールフロンティア、地区予選決勝である、雷門 対 帝国の試合が、間もなく始まろうとしていた。
 試合前日、帝国にとって絶対の存在である総帥・影山のやり方を、自分は否定する、という言葉を鬼道が口にした時、周囲に集っていた帝国レギュラーは、皆一様に驚きの表情を浮かべた。当然だ。今まで自らが率先して影山の命令を実行する為に、自分達に指示を出し、帝国を勝利へと導いて来たキャプテンである鬼道が、その全てを否定する、と口にしたのだ。
「鬼道。お前がそう決意したわけを、聞かせてくれないか。お前の言う、俺達のサッカーというのが何か、という事も」
 落ち着きを取り戻した声で、源田が言った。
「…今から話す事は、俺が知り得た、ごく一部の事だ。それで全てを判断するわけには、いかないのかもしれない。話を聞いて、賛同するのも反対するのも、お前達の判断に任せる。これは命令でも、指示でもない」
 そう前置きをした鬼道は、現時点で自分の知っている影山の所業を、全て話した。鬼道邸での、個人的なやりとりまでは、話す事は出来なかったが。
「試合外での駆け引きがある事自体は、構わない。それが、相手の命を奪う可能性があるような、危険なもの…或いは、違法なものや、関係のない者を巻き込むような、汚い手段でさえ、なければ。だが、総帥のして来た事は、そうではなかった。何も知らずに…知ろうともせずに居た事で、今になって、総帥のやり方に気付く羽目に陥った自分が、許せない。俺は、そういったやり方は嫌なんだ。あいつらとの試合をする事もなく、総帥の汚い策略によって俺達が勝利して何になる?俺達がしてきた努力は、そんなものの為じゃ、ない筈だ」
 冷静になれ、と自分に言い聞かせてみても、感情が高ぶるのを止められないまま、鬼道は言葉を続ける。
「俺は、今までのように、総帥の命令を聞く事が出来そうにない。今まで命令通りに動いて来た事で、勝利して来た。今までだって、全力を出し切って戦って来たと信じていた。でもそれは、俺達の知らない所で影山が…総帥が、何かしらの策略を施していた結果でしかないのだとしたら…俺は今、俺達で考えて、全力であいつらと戦う事で…総帥の策略なしで、勝利を得る事を望んでいる。たとえ結果が敗北だったとしても、俺達の、今、持っている力だけで、戦ってみたい。そう、思っている」
 伝える言葉は、選ばなければいけない。伝える順番を、間違えては、いけない。
 そう、思っていたというのに、そんな事はどうでも良くなっていた。
「…解った。鬼道の思うようにすれば良い。俺は、それで…それが、良いと思う」
 鬼道の言葉に間を置く事なく、源田が言う。
「最近、お前の様子が、どこかおかしいとは思っていた。俺達には何も言ってはくれないから、聞かない方が良いかと思って、黙っていた。確かに、お前が今、話してくれた事だけでは、判断材料としては不足しているのかも、しれない。だけど、お前が帝国の事を…サッカーの事を、一番に考えて、誰よりも努力して来た事も、近くで見てきた俺達は、知っている。それが嘘だとは、俺には思えない」
「源田…」
「源田の言う通りだ。確かに、総帥はこの帝国で絶対的な存在だ。だけど鬼道。俺達と一緒に、フィールドに立って、戦って来たのは総帥じゃない。お前だよ。お前が何の根拠も理由もなしに、こんな事を言うような奴じゃない事は、俺達が良く解っている」
「佐久間…」
「俺達のサッカー、か」
「やってみましょうよ、鬼道さん」
 寺門、辺見も鬼道に賛同し、残るメンバーがその場から離れる事も、反論を唱える事もなかった。
 そして今日、鬼道は影山がスタジアムに仕掛けているかもしれない罠を、探りながら歩いていた。ウォーミングアップの時間が取れないだろうが、仕方がない。雷門が無事にスタジアムに到着した、という事は、罠を仕掛けてあるのはその先、という事だ。だとしたら、雷門のロッカー室か、スタジアム内しか、残されていない。
 自分に付いてくる、と決めた部員達には、通常通り過ごすように言い伝えてある。影山が自分達を見ている事は皆、知っているからだ。
 途中、春奈が声をかけてきた。春奈の誤解を解いておきたかったが、今は何より、時間が惜しい。それに、帝国が勝てば、春奈を引き取り一緒に暮らせる。誤解を解くのはそれからでも、遅くは、ないだろう。
 結局、影山が仕掛けたであろう罠を見つける事が出来ないまま、入場が終わり、開始前の整列をする。ロッカー室やトイレ、客席には、見当たらなかった、罠。ウォーミングアップ中の雷門フィールドに落ちて来たボルト。学園長室を後にする時に聞いた、影山の言葉。鬼道の中で、ようやくそれらが、繋がった。
「まさか?!」
 開始前の挨拶が終わり、選手同士が握手を交わしていく。円堂と握手したまま自分の傍へ引き寄せた鬼道は、耳打ちした。
「試合を無事に始めたいのなら、今から俺が言う事を、聞いておけ」
 試合開始のホイッスルが鳴る。
 それと同時に、雷門陣営のフィールド中央付近に、天井から鉄骨が降り注いだ。大惨事に、会場が静まり返っている。大きな土煙が消え、雷門イレブンの無事を確認すると、鬼道は学園長室へ向かった。
 鬼道の後に円堂、響木、源田、寺門が続く。話をしている最中、部屋へと入って来た刑事の示した証拠により、影山は連行されて行った。扉が閉まる直前、影山の浮かべた笑み、そしてその意味に、鬼道は気付いた。疑問に思ったが、それよりも今は、雷門との試合の責任を取る方が、先だった。
 冬海が解雇された後、雷門の新監督になった響木は、帝国の申し出通り雷門の不戦勝で地区大会優勝として大会を終えるか、帝国との試合をするかの判断を、キャプテンである円堂に任せた。円堂は、躊躇する事なく帝国との 試合を選んだ。帝国は監督である影山が連行されたが、残っていた半在に監督代行を依頼する事で、規約に反する事ような事態な陥る事もなく、改めて決勝戦を再開させる事になった。



 試合再開直後、攻め込んだのは雷門だった。
 ボールをキープしている豪炎寺に、大野と成神がディフェンスに当たる。豪炎寺はそれをかわし、染岡へセンタリングを上げた。染岡の必殺技を、源田がパワーシールドで止める。源田から放たれたボールを五条がドリブル、半田をかわし、鬼道へとパスを放った。鬼道はそれを受け、少林寺を抜いて雷門陣内へ上がって行く。
 鬼道の胸には、試合に勝利する事、今、目の前の雷門ベンチで試合を見ている、妹である春奈の事、帝国の仲間の事、雷門への感謝、様々なものが同時に存在していた。全てを抱えて、雷門ゴールを目指す。
 寺門へセンタリングを上げる。寺門の必殺技が、雷門ゴールを狙う。今までの円堂であれば防いだであろうシュートを弾き損ない、ゴールポストへ当たって落ちる。帝国のコーナーキックは、鬼道。壁山、風丸に両側を挟まれた状態の佐久間が頭ひとつ抜け出し、そのままヘディングでシュートするが、円堂の正面になってしまう。
 取られるな、これは。
 そう思い、次の行動に移ろうとしていた鬼道の目に、円堂がまたもや取り損ね、慌ててボールを押さえ込む姿が映った。円堂の次の行動を予測する。鬼道の予測通り、円堂から少林寺へのパスをカットし、ディフェンスに来た壁山をヒールリフトで抜き、円堂と1対1の状態になった。先程から、円堂の様子をおかしく感じる事があるが、これは、勝負だ。気にしていては、どうにもならない。
 ……決める!
 鬼道がシュートを放とうとし、誰もが帝国の先制ゴールか?!と思った、その瞬間。
 足元に、衝撃が走った。
 豪炎寺だった。
 誰の目にも明らかに不調だと解る、円堂をフォローする為だろう。前線に居た筈の豪炎寺が、ゴール前まで戻って来て、鬼道のシュートをブロックしたのだった。滑り込んできた豪炎寺の勢いに押された鬼道が、態勢を崩す。鬼道が足を痛めたかもしれない、とブロックされたボールを洞面がピッチの外に出し、試合を止めた。
「流石は豪炎寺だ。…ッ」
 呟きつつ、スパイクを脱いだ足の具合を確かめている鬼道の下へ、氷と救急箱を手にした春奈が来ていた。鬼道はそれらを借りて、手際良く足に処理を施して行く。自分を前にして黙り込んだままの春奈に、たったひとりの妹を、忘れた事などない、と背中越しに告げた鬼道は、ピッチへと戻った。
 試合が再開される。染岡、豪炎寺、と立て続けの必殺技が帝国ゴールを狙い、その全てを源田が撥ね返す。鬼道へとボールが渡る。佐久間と寺門に合図を送ると、ふたりが雷門陣内へ向かって走り出した。円堂のゴッドハンドを破る為に編み出した、帝国の新しい必殺技は雷門から先制点を奪い、直後に前半戦が終了した。
 後半開始早々、鬼道、辺見、大野が攻め上がる。松野と少林寺をかわした鬼道を見た佐久間と寺門が、鬼道に向かってうなづく。鬼道がセンタリングを上げる。そこから続く帝国のシュートの嵐。不調の円堂をフォローする為だろう、ゴール前に集結した雷門ディフェンス陣が止めていたが、衝撃に耐え切れなかったのだろう、雷門ディフェンスの中では一番小柄な栗松が、吹き飛ばされた。鬼道は隙を逃さず、デス・ゾーンの指示を出す。雷門ディフェンス陣は反応出来ず、デス・ゾーンはそのまま、円堂へと向かう。
 決まる、と思った時、デス・ゾーンの軌道上に飛び込んで来たのは、土門だった。帝国の必殺技をまともに顔面に食らった土門は、そのまま倒れて動かない。倒れた土門の名を呼びながら、雷門イレブンがゴール付近に集まってくる。土門と円堂のやりとりに、土門が帝国ではなく雷門に居場所を求め、受け入れられている様子を確認した鬼道は、安堵する。両イレブンの見守る中、土門はそのまま担架で運ばれ、退場した。
 土門が運ばれて行った方向を、円堂がじっと見ている。
 自分の不調の所為で、チームメイトに余計な心配をかけ、こんな事態を招いた事に困惑しているのだろうか。それにしても、今までの円堂とは違い過ぎる。確かに、誰にでも不調な時はあるだろう。
 ……何か、迷いを抱えている。
 鬼道には、解った。今の円堂の様子は、影山に対して疑問を抱いたこの数日間の自分と、似ていたからだ。
 雷門が会場到着直後、ロッカー室で会った時の円堂の様子に、変化はなかった。影山の仕掛けた罠は、取り去られた。影山本人も、連行された。決勝戦は、こうして無事に開催されている。円堂が迷う要因が、残っているとは思えない。では、それよりも前に何かきっかけがあり、それが解消されてはいない状態、という事だ。円堂に何かがあったとすれば、ロッカー室からスタジアムに来るまでの間しかない。その短い時間に、何があった?自分はその時、何をしていた?鬼道は、忙しなく記憶を巻き戻す。
 自分はスタジアム内に仕掛けられているかもしれない、罠を探して通路を歩いていた。円堂は、ロッカー室かその周辺で、準備をしていた筈だ。影山は、学園長室に居た。いや、本当に、影山は学園長室に居たのか?自分が話をしに行った時は、いつものように部屋に居た。だが、自分の目で、部屋を出入りする影山を見ていない。だから、部屋に居ると思い込んでいた。だが、学園長室の扉は、ひとつだけではない。その部屋に繋がる通路も、だ。自分が歩き回って仕掛けられた罠を探している間に、部屋から出た影山が円堂に直接何かを言った。その可能性が、高い。

 総帥のあの最後の笑みは、これだったのか…!

 確かに鬼道は、影山の仕掛けた罠に気付いた。物理的な物に限って、であれば。
 しかし、心理的に仕掛けられた罠には、気付く事が出来なかったのだ。
 今のこの状況では、どうする事も出来ない。全てを賭けた、この試合ですら、影山の手のうちから逃れられないままに、終ってしまうのか。いや、まだ影山が円堂に何か言った事が原因かどうかの確証は、ない。だが、恐らく…。
 鬼道は、今更考えてもどうしようもない事だと知りながら、考えずにはいられなかった。
「円堂!」
 豪炎寺が、円堂を呼ぶ声がした。目の前で起きた光景に、雷門イレブンはもちろん、帝国イレブンもしばらくの間、言葉を失った。
 あまりに予想外の展開に、直前までの鬼道の思考も、中断されていた。
 豪炎寺が、円堂を狙って必殺技であるシュートを打ったのだ。構える事などしてなかった円堂は、その強烈な衝撃を腹に食らって吹き飛び、地面を転がった。
 その場に居る全員の視線が、円堂と豪炎寺に集まる。豪炎寺はそれを気にする様子もなく、転がった身体を起こして座り込んでいる円堂へ近付き、口を開いた。
「俺がサッカーに賭ける全ての情熱を込めたボールだ」
「豪炎寺…」
 怒りを隠す事なく表情を作っている豪炎寺を、円堂は力なく見上げる。
「グラウンドの外で何があったのかは関係ない。ホイッスルが鳴ったら、試合に集中しろ!」
 豪炎寺はそれだけを言うと、座り込んだままの円堂に手を貸す事すらせずに、自分の持ち場に戻って行った。
 土門に代わって影野が入る事を告げるアナウンスが入り、帝国・辺見のコーナーキックから試合が再開された。辺見から鬼道、佐久間、そして再び鬼道に返されたボールを、鬼道と佐久間のふたりでシュートする。円堂が気合と共に必殺技を繰り出す。先程の出来事で迷いが晴れたのか、円堂の様子は鬼道や佐久間が驚く程の変化を見せていた。円堂に力強く弾き返されたボールを見て、それでこそ円堂だ、と鬼道に喜びがこみ上げる。
 豪炎寺の言葉で、円堂は何かを吹っ切ったのだろう。自分も、同じようなものだった。嫌な方向に引きずられかけていた思考が中断された事は、救いだった。
 …奴の行動は、いつも予測がつかない。
 鬼道は、帝国との練習試合で見せた豪炎寺を思い出していた。あの時も今も、目指すもの、必要なものをしっかりと捉え、真っ直ぐにそれに向かって行った。その行動に迷いなど、見当たらなかった。鮮やか、と言っても良い程に。
   不調だった円堂の完全復活で、雷門に勢いが生まれる。染岡と豪炎寺が帝国陣内に入り、ゴールを狙う。前半終了間際の雷門の攻撃と、同じような流れになっている。前半では、源田のパワーシールドが途切れる隙を狙ったのだろう、染岡と豪炎寺が立て続けにシュートを打ったが、源田の技は連続で出せる為、隙を突く事なく止められていた。
 染岡が必殺技を放った。
「パワーシールドには、通用しない!」
 源田の撥ね返したボールを、豪炎寺が打ちに行く。ここまでは、前半と同じだ。違っていたのは、シュートを放つ、距離だった。
「パワーシールドは衝撃波で出来た壁。弱点は薄さだ。遠くから飛んで来たものは撥ね返せても、至近距離から押し込めば…」
「何…ッ?!」
「ブチ抜ける!!」
 源田が驚きに目を見張る程の近さから豪炎寺と染岡の連携技が放たれ、帝国ゴールに突き刺さる。これで、雷門が帝国に追い付いた形になった。
「豪炎寺…この短時間に、パワーシールドを攻略するとは…」
 ストライカーとしての役目は、点を取る事だ。いくら強力なシュートを持っているからと言って、やみくもに打つだけでは、点は取れない。取る為の方法を判断し、それが破られたならば別の可能性を考え、実行する。ストライカーに限らず、瞬間的な判断力は個々に問われるものだ。そういった個々の判断や可能性を全体としてまとめ、見通し、相手を分析しつつゲームを組み立てるのが、鬼道のようなゲームメイカーの役目だ。
 強力な得点力だけでは、影山が執着を見せたりはしないだろう。今見せたような的確な判断力。迷いのない行動から見える、本質的なものを掴み、必要なものを誤る事なく理解する、精神力の強さ。得点力や判断力はともかく、精神力に関して言えば、それは通常この年齢では、得難いものだ。影山が欲しがっていたのは強力な得点力ではなく、むしろそれだったのでは、ないのだろうか。
 判断を誤らない為に、出来る限り多くの客観的なデータを収集し、分析し、判断する。鬼道が鬼道家の跡取りと相応しく成長する為に教えられて来たのは、主にはそういう手法だ。主観的、感覚的なものは出来るだけ排除したデータを示し、納得させるやり方でなければ、財閥傘下の数多くの系列企業をまとめ上げる事が出来ないのだ、と養父からも聞かされていた。これまで影山や養父に教えられて来た方法は、自分には合っている、と鬼道は思っている。
 それとは違った方法を採り、問題のないタイプも存在するだろう事も理解している。豪炎寺は、そちらに入るのだろう。明らかに自分とは違う方法と力を持ちながら、自分と同じように影山へ忠誠を誓う人物。
 影山が、豪炎寺をそのように捉えていたと考えると、執着を見せていた理由が理解出来た気がした。
 自身の必殺技を破られた源田が、それを超える技で、これ以上の失点をしない決意を口にするのを聞き、鬼道は黙って頷く。そして、自分が必ず次の1点を取り、帝国を勝利へ導く事を、宣言する。
 松野と辺見が競り合う。半田のボールを洞面がカットする。鬼道のシュートを円堂が止めれば、豪炎寺のシュートを源田が止める。試合は一進一退で、どちらも追加点が入らないまま、終了時間が近付いている。
 宍戸へのボールを鬼道がカットし、佐久間と寺門が上がって皇帝ペンギン2号の態勢を作る。前半に、円堂のゴッドハンドを破った、帝国の新しい必殺技だ。前半同様、試合終了間際、それが再び雷門のゴールを狙う。押し込められそうになりながら、両手を使って止めた円堂からのボールで、雷門の反撃が始まった。
 風丸が佐久間をかわし、そのパスを受けた少林寺が辺見をかわす。次にボールを受けた半田が豪炎寺へとセンタリングを上げると、壁山と豪炎寺が跳躍を見せる。
 源田がパワーシールドを超える技を出した直後、壁山の背後からキーパーである円堂が跳び上がって来たのが見えた。豪炎寺と円堂がふたりで放ったシュートが帝国から追加点を奪い、ゴールを認めるホイッスルから間を置かずに試合終了のホイッスルが鳴った。
 フットボールフロンティア地区大会決勝は、雷門の勝利で終った。
 敗北したのは自分の力不足である事を詫びた鬼道に返されたのは、ここから、自分達帝国の、新しいサッカーを作っていこう、という言葉だった。たとえ小さなものだとしても、確実に、何かが変わろうとしている。鬼道はそれだけで、影山から否定された自分達…少なくとも自分は、報われたような気持ちがしていた。



 試合が終了し、ロッカー室へ向かう鬼道を追いかけて呼び止めた春奈は、誰に聞いたのか、鬼道と養父との約束を知っていた。自分と養父との約束を知っているのは、養父と自分、そして影山だけだ。春奈にこの事を知らせたのは、春奈に近しい人物、そしてその話を春奈が信じるような人物…もしかして、今日の円堂の不調は、自分と春奈が実の兄妹である事や、養父との約束を影山が直接話した所為なのでは、ないか。
 今更確認したところで、円堂が答えるとは思わない。答えたとしても、冬海や土門の事を詫びた時のような対応をされて終わりだろう。円堂は、そういう男だ。先程も、この試合で痛めた自分の足を心配していた。これ以上、いらない事を言わない方が良いだろう。
 仮に、影山がこういうやり方で円堂にまで手を回していたとすると、今のところ豪炎寺に明らかな変化が見られない事に疑問が残る。
 ……とりあえず、この後の養父への報告が先だ。
 鬼道は小さな棘のようなものが残るのを感じながら、それ以上考えるのを止めた。
 養父への報告を考えると気が重かったが、帝国が敗北を喫した事は、既に伝わっている筈だ。
 自分程ではないにせよ影山に信頼を寄せている養父は、自分が影山のやり方を否定し、決別した事を何と思うだろうか。鬼道家の跡取りとして相応しくないと判断され、見捨てられるかもしれない。
 悪い方向にしか考える事が出来ないまま、養父の元へ出向く。
 そこで養父が口にしたのは、鬼道には思いも寄らない言葉だった。
 影山の人脈は計り知れないが、それは養父も同じだ。影山が連行された事も、既に知っていたのだろう。綺麗事だけで企業経営は出来ない。限りなく違法行為に近い事をする事も、ない、とは言い切れない。そういった時に、影山のような存在が必要だと判断した。それ以上に、鬼道にとって影山が必要である、と判断したからこそ、鬼道の傍に置いていた、或いは、鬼道を影山に預けるような形にした。だが、それが父親としては間違っていたのかもしれない。
 そう考えたのであろう養父は、鬼道に謝罪の言葉を口にしたのだ。
 溝、と言う程のものではなくても、養父に対する時に幾重にも掛かっていた膜のようなものが、少し薄れたように感じた。
 地区大会が終わると、全国大会が始まる。
 予選ブロックが同じだった帝国と雷門は、入場した後、隣に並ぶ事になった。
 キャプテン同士、先頭で隣になった円堂が話しかけて来る。
「足の怪我は、もういいのか?」
「人の事より自分の心配をしろ。全国は、今までとは違うんだぞ」
「だから、燃えるんだろ」
 円堂らしいな、と納得する。全国、というプレッシャーよりも、今までとは違う戦いが心底楽しみなのだろう。
「俺達に勝っておきながら、このスタジアムで無様に負けたら許さんからな」
「おう!帝国こそ、負けんなよ!」
 負けるつもりなど、ある筈がない。
 始まったばかりの新しい帝国のサッカーを、この舞台で出来る事の喜びが、鬼道の胸にあった。
 アナウンスが、特別招待校である世宇子の名を告げる。
 聞いた事のないチーム。調整中の為、開会式に欠席という異例の出来事に多少の疑問はあったが、そういう事もあるだろう、としか思わなかった。
 影山が釈放された事も、その影山が世宇子の背後に存在する事も、鬼道はまだ、知らない。
 その世宇子に、圧倒的な差で帝国が敗れる事も。

END 2010.04.06

「名詞30題」より『14.棘』です。シリーズモノという意識はないのですけれども、個々のタイトルを思いつかずに連続使用しておりますもので、外から見ればどう見ても続き、っていう…ね…。そんな大河SSを書く気はございませんよ…。鬼道補完計画のようになっておりますが、鬼×豪と言い張る。(爆)1年前からデータとしては知っていて、直接対峙して興味を持って、でもまだ表面しか知らないあたりですので、鬼道さん側から書いているとこのようになってしまうという…17話でやっとこう、俺達☆青春!展開で、豪炎寺が再びサッカーをするようになったきっかけ、に目を向けるわけですから。20〜21話でやっと、豪炎寺の過去を少し知るわけですから。ふたりが恋に落ちるのは何時になるやら、な展開になるのも仕方がない。と、オノレの力のなさを正当化してみる。豪炎寺側から書いていたら、もっと進まない事は明白です。頑張って下さい、鬼道さん。<他力本願。