「 こどもはわかってくれない/二階堂 」

 その日は、フットボールフロンティアの決勝戦だった。相手は、これまでの39年間、無敗を誇る、帝国学園。
 二階堂が監督をしている木戸川清修は、サッカーの名門校として知られている。そういう学校の常として、それなりに名の知れた選手が集まってくるし、集めてきても、いた。
 その中でも、豪炎寺の存在は、突出していた。
 今年度のフットボールフロンティアで、木戸川清修の得点の殆どは、豪炎寺によるものだった。
 豪炎寺にさえ、繋ぐ事が出来れば、勝てる。1年生でレギュラーの座を得た豪炎寺を疎む者達も、いつしかそう、思うようになっていた。トーナメントを勝ち上がる度にその思いは増し、豪炎寺さえいえば、優勝出来る、という雰囲気が、チームの内に出来上がっていた。
 それは違う、と二階堂は思う。
 木戸川清修は、私立校だ。公的な補助金の不足は、保護者やOB等の寄付によって賄う部分が大きい。部活動に於いてはそれが顕著で、公式に良い成績を収めた部には、そうではなかった部よりも多額の寄付金が寄せられる。設備や道具の補充、遠征の為の費用、部員数が多いだけに、あって困る、というものではない。
 そうした目に見える結果を得る為に、監督として指導する。生徒達の力を伸ばし、サッカーの楽しさを伝える、という目的を二階堂が持っていても、仕事として成果を問われ、それが直接、学校や個人の報酬として反映される現実が、あった。
 ひとりひとりの個性、適性を見極め、伸ばし、チーム全体としてのレベルを高めていく。その為には、回り道も必要だ。生徒達に大人の事情で描いたシナリオ通りに成長しろ、などと、どうして言えるだろう。
 生徒の為を思い、出来る限りの事をしているつもりでも、大人としての事情や生活が、二階堂にはかかっている。それらを優先してしまえば、生徒を見ていない、と言われ、生徒に重点を置けば、事情を理解せずに勝手な指導をしている、と責められる。板ばさみになりながら、全てに対して完全である事は出来ない事を理解している二階堂は、それでもやはり、生徒達を優先させたい、という気持ちが強かった。
 だからと言って、フットボールフロンティア全国大会で、外せば負ける確率が格段に上がる、と解っていて豪炎寺を外す事も、出来ない。
 来年、新しく部員が入れば、変わる部分も出て来るだろう。
 自分ひとりが焦って、やみくもに何かを変えようとしたところで、良い結果など、出ないだろう。
 そう考えた二階堂は、今年度のフットボールフロンティアでの優勝を念頭に置いて、日々を過ごした。
 その決勝当日、試合が始まる直前になっても、豪炎寺が姿を現す事は、なかった。
 控えで登録していた武方3兄弟を出す事を決め、スターティングメンバーの変更を申請する。部員達に動揺が広がるが、二階堂にも何ひとつ連絡がない今、理由の説明をしようも、なかった。
 豪炎寺が姿を見せないまま、試合は帝国学園の優勝で終った。
 その後、豪炎寺はサッカー部どころか学校にも姿を見せる事なく、木戸川清修から去って行った。
 豪炎寺は、決勝戦にビビって逃げたのだ。
 部員達は口々に、そう言った。
 数日後、豪炎寺の保護者から学校へ転校する旨が伝えられた、という事を、二階堂は知らされた。
 豪炎寺本人から自分への連絡も伝言も何ひとつない、という事は、豪炎寺がサッカーが出来ない状況になったのでは、ないか。怪我か、病気か、それとも別の、何かがあるのでは、ないだろうか。
 立ち入った事を聞くべきではない、と思ってはいても、決勝へ姿を現さなかった事と何か関係しているのではないか、それならば、わけを知りたい、という欲求に、二階堂は勝てなかった。
 豪炎寺の保護者へ直接連絡を取り、豪炎寺の妹が、決勝戦の応援へ行く途中で交通事故に遭ったのだと、知った。
 電話越しでも解る程、憔悴し切った父親の声に、それ以上聞く事は出来なかった。
 豪炎寺が、妹をどれだけ大切に思い、可愛がり、慈しんできたのか、時折話す様子を目にするだけの二階堂にも、解る程だった。その妹が、自分を応援する為に出かけた途中で、遭った事故。
 所属チームの監督だった、というだけの自分に、何が出来るわけでも、ない。
 木戸川を去った豪炎寺がどこへ行ったとしても、元気にサッカーを続けてくれたなら、また、フィールドで会う日も来るだろう。その日が1日でも早く来る事を願うしか、二階堂には、出来なかった。
 この事を部員達に話せば、決勝戦に来なかったわけを納得するだろう。
 最初は、そう考えた。
 しかし、豪炎寺の転校の理由は保護者から家庭の事情として学校へ伝えられただけであり、本人から何ひとつ連絡がない状態で、その事を伝えても良いのだろうか。豪炎寺には、伝える余裕がなかっただけかも、しれない。だが、その理由を伝えたくなかったのでは、ないだろうか。
 豪炎寺は普段から、あまり喋る方では、なかった。
 かといって、孤立していたわけでも、ない。集団の中では、それなりに馴染んでいたように思う。
 サッカーに関して言えば驚く程、貪欲なまでの積極性を見せる豪炎寺だったが、それ以外には無関心というわけでもなさそうなのに、自分から積極的に何か行動を起こそうとする所は、見る事が少なかった。
 自らの非を素直に認め、言い訳を口にしないのも、特徴だった。口下手、というわけではないが、必要以上の説明をしない為に、周囲に誤解される事も多かったが、日々の生活の中で豪炎寺を知るうちに、そういう性分なのだ、という事は、部員達にも解ったようだった。
 通常ならば、その豪炎寺が決勝に姿を現さないだけではなく、黙ったまま転校した、と知った部員達は、豪炎寺にも何か理由があるが、今はそれが言えないのだろう、と考える余裕もあった筈だ。
 しかし豪炎寺の持つ得点力で、今までになく順調に全国大会を勝ち進み、無敗を誇る帝国学園を、今年こそ自分達が倒して優勝出来る、と信じていた、その試合の当日に、豪炎寺が姿を消したのだ。
 ここまで一緒に戦って来たレギュラーメンバーはもちろん、武方達兄弟を始め、控となって試合に出る機会が少ない選手達は尚更、豪炎寺に託した希望や夢の大きさの分、裏切られた気持ちが強いようだった。
 豪炎寺が決勝に来なかった所為で、自分達は負けた。豪炎寺さえ来ていたなら、優勝出来た。
 仮定を通り越して、自分達が優勝出来た筈の試合に負けたのは、豪炎寺の所為だ、という思いを強くしていく生徒達を見ているのは、二階堂を苦い気持ちにさせた。
 何を言っても、部員達の気持ちを逆撫でるだけだ。
 自分がそう感じたのと同じように、豪炎寺も考えたのかも、しれない。二階堂は、そう、思った。
 豪炎寺自身では、どうする事も出来ない出来事だったが、何を口にしても言い訳になってしまうと考え、未だに何も連絡が来ないのだろう。
 部員達が、ぶつけどころを失ったその気持ちを、そのままサッカーに向けた事は、二階堂にとっては良くも悪くも誤算だった。
 豪炎寺の行き先を知らないのだから、直接仕返しをするような真似は、しないだろう。そんな事をすれば、活動停止どころか、廃部にもなりかねない。血気盛んな部員達が、自棄になって荒れるような事がなかったのは、良かったと思う。
 ひときわ憤りの激しかった武方達兄弟は、豪炎寺が居なくても、木戸川清修は強い、勝てるチームである事を自分達で証明するのだ、と今まで以上に熱心に練習をするようになった。成果が現れるのは早く、豪炎寺の必殺技だったシュートの回転を逆にした技を身に付け、兄弟による必殺技まで完成させた。武方達はその頃には、名実共に木戸川清修のスリートップとなっていた。



「なあ、聞いたか?帝国の噂」
「聞いた聞いた、あれだろ、練習試合で帝国が1点に泣いた、ってヤツ」
「俺も聞いた。けど、雷門ってチーム、聞いた事ねぇよなあ」
「大会に出た事、あったか?」
「見た事ねぇよ。出られないぐらい、弱っちいチームなんじゃねぇの?」
「そんな弱いチームが、1点とはいえ帝国から取れるもんかよ」
「どんな奴が取ったんだろうな、それ」
「解るわけねーだろ。さっきまで、チームの名前も知らなかったのに」
 部員達が話しているのが、部室を訪れた二階堂の耳に入った。
 強い選手が居ようと、人数が規定より少なくて大会に出られないチームは、いくらでも、ある。人数が揃っていても、規定によって出られない大会も、ある。そういったところまでは、この年代ではなかなか、考えが及ばないのだろう。
 所属チームの監督の方針やチームの雰囲気によって、持つ力を発揮出来ない選手も、居る。所属するチームが変わった、監督が変わった、メンバーが変わった、そういった事で、今まで目立つ事のなかった選手が目覚しい活躍を見せ、注目を浴びる事も少なくない。
 雷門というチームの事は、二階堂も伝説として知っているだけだった。
「監督は、雷門の事、何か知ってますか?」
 部員のひとりが、二階堂に訪ねる。
「伝説のイレブン、って言われていたチームだ、って事ぐらいかな。今は聞かないけど、昔は負け知らずのチームとして知られたチームだったらしい」
「聞いた事、ないですよ。昔ってどれぐらいですか」
「40年とか…50年ぐらい前、になるのかなあ…先生だって、生まれてないんだから、お前達が知らないのも、当然だ」
 先生なら知ってるんじゃないの?だとか、そんな伝説、聞いた事ないですよ、だとか、部員達は口々に好きな事を口にする。
「だけど雷門のサッカー部は、そういう先輩の事を知って、頑張っているのかもしれないぞ?だとしたら、お前達も油断していられないだろう。あの帝国から、たとえ1点とはいえ、点を取ったんだ。大会に、出て来るかもしれないじゃないか」
 その言葉に、ありえねー、だとか、俺達なら勝てる、だとか、先程と同じように騒ぐ部員達を目にしながら、二階堂が思い浮かべていたのは、豪炎寺の事だった。
 あの日以来、豪炎寺からは、何の連絡もないままだ。試合に出ていれば、自分はそれなりに情報が入ってくる立場に居るが、何ひとつ手掛かりになるものは、ない。サッカーを辞めてしまった、とは思いたくなかった。
  期待を寄せられる事ばかりが大きくなって行く中で、サッカーを楽しむ事が出来ていたのかどうか、今となってはそれすら、確かめる事も出来ない。だが、豪炎寺の持つ才能を活かす事が出来て、サッカーを楽しい、と思える状況に居てくれると良い、と思う。
 少なくとも、嫌いな事にあれだけの情熱を持つ事は、出来ないだろう。
 ……自分が、そういう居場所を作ってやる事が出来れば良かったのだけど。
 傲慢と言われるかもしれないが、二階堂は部員達全員に、そういう思いを抱いている。技術の差や実力の差があっても、レギュラーであろうとなかろうと、ここで、サッカーをする事が楽しい、と。ここに、自分が居る事が嬉しい、と。気が合おうと合うまいと、ここで過ごした日々を、過ぎ去った後に微笑と共に思い出せるようになって欲しい。
 決して楽しいばかりではなかったが、あの頃は楽しかった、と言える過去を持つ自分を幸せだと思うからこそ、子供達にもそうであって欲しい、と二階堂は思っている。たとえ不本意な形で、或いは自らの意思で、ここを離れる事になった子供達であっても、だ。
 そうした形でここから去って行ったのが、ここ数年では豪炎寺だけだったから、尚更そう、思うのだろう。
 だから、本当に嬉しかったのだ。
 雷門に、豪炎寺が居る事を知った時は。
 フットボールフロンティアの予選は、毎年それぞれの地元ローカル局で放映されている。二階堂は、どの試合も録画する事にしていた。どこと当たるか、解らない。ブロックが違っても、決勝戦まで行く事が出来れば、当たる事になる。3年間、学校によっては2年間、という限られた部活動の時間の中で、選手の入れ替わりも激しい。公立校であれば、定期的な教師の異動があり、それによって監督も変わる。それによってプレイスタイルに著しい変化が現れる事も多い。トーナメント戦である為、予想もしていなかったチームが勢いに乗って勝ち上がって来る事も多々、ある。監督である自分が、何も対策を立てられませんでした、では、話にならない。
 木戸川の所属するブロックに雷門は居なかったが、40年ぶりに大会に出場し、勝ち進んでいるという事は、二階堂も聞いていた。予選1回戦で野生中を破った雷門に、偵察に行くチームが増えた事。御影専農を破り、秋葉名戸を下し、決勝に駒を進めた事。その決勝の相手は、予想通りに帝国学園である事。
 前年度優勝校である帝国は、全国大会の出場枠が与えられている。勝っても負けても、そのブロックの1位と2位が揃って全国大会へ出て来るのだ。決勝へ勝ち進んだ時点で、全国への切符を手に入れる事が出来るとはいえ、どうせならば帝国に勝って、全国へ行きたい。そういう思いを嘲笑うかのように、無敗の伝説を更新し続ける帝国の優勝がいつもの事となっていたが、同じブロックから全国へ出て来るチームは毎年違えども、もう一度全国大会の舞台で帝国と再戦して勝つ、という思いが強く、勢いのあるチームが多かった。番狂わせ、と言われる勝ち方をするチームが出るのは、大抵が、このブロックからの出場校だ。
 二階堂が現役の頃には今ほど普及していなかった、インターネットというツールでの中継も、格段に増えて来ている。帝国の試合は、その殆どがネット上で公開されている、と言っても良かった。そしてそれを閲覧する者の数も、多い。それだけの力を持つチームであり、全国的に注目されているのだ。対して雷門は、同ブロックの相手校が偵察に来るものの、全国的には無名であり、関心を持つ者も少ない。試合を観戦するのも、その試合でデータを取るのも、関係者に限られているような状態であり、公開される事も、ないままだった。誰だって自分達の負け試合を、進んで不特定多数に晒したいとは、思わないだろう。
 二階堂がその雷門の試合を初めて目にしたのも、ネット上での地区大会決勝の帝国 対 雷門戦だった。
 見慣れないユニフォームの中に、見慣れた姿を見つけた。
 1年前のあの日、木戸川のユニフォームを着て対峙していた筈の相手を前に、違うユニフォームに身を包んだ豪炎寺が、立っている。
 あれから何があったのか。どんな思いで、そこに居るのか。
 様々な思いが二階堂に過ぎったが、無事な姿とサッカーを続けていた事が、何よりも嬉しかった。
 久しぶりに目にした豪炎寺のプレイは、二階堂の胸を躍らせた。
 そして、雷門というチームが、豪炎寺ひとりに頼っているわけではない事に、驚きと嬉しさと、認めたくはなかったが悔しさを、持った。
 それでも、生き生きとプレイをしている豪炎寺の姿に、安心する気持ちの方が、大きかった。
 雷門が帝国を破って優勝したのを見て、我が事のように嬉しかった。
 二階堂の率いる木戸川清修も、全国大会への出場を決めた。部員達は打倒・帝国しか頭にないような状態だったが、それ故に帝国の試合をチェックしている者も多く、帝国を破ったのが雷門である事も、その雷門に豪炎寺が居る事も皆の知るところとなった。
 開会式での入場列が、雷門と離れていたのは、幸いだった。
 遠目に豪炎寺を認める事も困難だ。各校とも、今後に向けて開会式終了早々、引き上げて行く。特に問題が起こる事もなかった。
 全国大会が始まり、帝国が緒戦敗退、という衝撃が中学サッカー界に広がる中、木戸川と雷門は、それぞれ2回戦進出を決めた。木戸川と雷門は、全国大会では同ブロックだ。どちらもが勝ち進めば、準決勝で当たる事になる。目標であり、念願であった『帝国を倒しての全国大会優勝』で、その帝国が1回戦で世宇子中に負けた今、優勝するのは自分達だ、という思いを強めた部員達の士気は、高い。
 中でも武方達兄弟が豪炎寺に向ける執念は凄まじいものがあり、対峙する事になれば徹底的に叩き潰す、と部内で公言している。豪炎寺を直接知らない1年生部員達は、武方達に同調する上級生達の雰囲気に、疑問を口にする事も出来ないままでいるようだったが、目指すものは同じ全国大会優勝、だ。二階堂は理由が何であれ、部員達が一丸となってそれに向かっているのを、諌めようとは、思わなかった。
 雷門が2回戦で千羽山を下し、その後で木戸川も準決勝進出を決めた。
 ……雷門と直接戦う事で、解る事も、あるだろう。
 準決勝に向けての準備をしながら過ごしていた二階堂だったが、武方達兄弟が先に行動を起こした。
 部室に残されていた書置きを手に、職員室に自分を呼びに来た西垣を連れて、稲妻町へ向かう。何度か携帯に掛けてみたが、武方達は出ない。今年転校して来た西垣は、豪炎寺の事を直接は知らない。勝手過ぎる、と憤る西垣に、二階堂は、相手が豪炎寺だから武方達の気持ちも解る、としか答える事が出来なかった。部内での豪炎寺の扱いを知る西垣は、それ以上、何も言わなかった。
 雷門中へ向かう途中の河川敷で、武方達を見つけた。雷門のキーパーを相手に、必殺技を放った瞬間だった。どういう経過かは不明だが、勝負をしていたらしい。だが、勝負をするのであれば、正々堂々と試合でするべきだ。 武方達を叱責し、雷門のキーパーにもそう言うと、素直な謝罪の言葉が返ってきた。
「二階堂監督」
 武方達に先に帰るように促したところに、豪炎寺が自分を呼んだ。
「久しぶりだな、豪炎寺。フットボールフロンティアでの活躍は見ている。元気にサッカーを続けているようで良かったよ。頑張れよ」
「ありがとうございます」
 豪炎寺はそう言って、頭を下げた。
 ありきたりな言葉だと思う。だが、それしか今、自分に言える事はない。だが、それだけの事を、伝えようがなかったのだ、今まで。
 今でも、豪炎寺が自分に声を掛けて来たから、何事もなかったかのように、言葉を交わす事が出来た。豪炎寺は自分に対して何かを言いたくて声を掛けたのかも、しれない。だが、今はそれを聞く時では、ないような気がした。二階堂は直ぐに豪炎寺に背を向け、駅へと向かった。
 豪炎寺と話をしている間、自分の後ろに黙って立っていた西垣は、古い友人との再会に驚き、そのまま河川敷へと下りて行ったようだった。滅多にない、嬉しい偶然。それでなくとも武方達に振り回される形になってしまった西垣だ、こんな時ぐらい、練習に戻って来なくても仕方がないだろう。駅へ向かう道すがら、二階堂は苦笑と共に、そう思った。



 準決勝開始早々、努のバックトルネードで木戸川が先取点を決めた。予想外の威力に驚く雷門のキーパーの周囲に集まる雷門の部員達に向かって、武方達が何かを言っているのがベンチからも見えた。
 木戸川の攻撃が続く。友がドリブルで突破し、努へボールが渡る。先取点の時同様、バックトルネードを放つが、雷門キーパーに阻止された。それでも木戸川の攻撃は止まず、武方達は雷門陣内へ駆け上がる。雷門がふたりがかりで止めに来たのを勝が交わし、友にパスしたボールを雷門のディフェンダーにカットされた。流石に、同じパターンで点を取る事は簡単に出来ない。
「マークされてるぞ!持ち込め!」
 ベンチから出て声を掛ける二階堂の声が聞えてないのか、相手を交わした友からのボールを受け取めた努は、バックトルネードを打つ。これも、止められた。
 ……相手が豪炎寺だからと言って、豪炎寺ひとりが戦っているわけでは、ないんだぞ。
 味方のパスを、勝が横取りするのが見えた。前半開始から20分が経とうとしている。確かに、攻撃しているのは木戸川だ。一方的な展開に、見えなくもない。
 だが、雷門も黙って攻撃されているわけが、ないのだ。武方達へのマークが強化されている。そのマークを強引に振り切って走るが、味方からのパスが届かない。ストライカーに多少の強引さは必要だとはいえ、今の武方達は、周りが見えなくなって来ている。追加点が欲しいのは解るが、焦っては漬け込まれるだけだ。今の雷門には、かつて帝国のキャプテンであり、天才ゲームメイカーと呼ばれる鬼道が居る。直ぐに気付いて、そこを突いてくるだろう。
 二階堂の予測通り、武方達の動きに気付いたのであろう雷門が、今までの試合では見せた事のなかった連携技でシュートを決めたところで、前半が終った。
 ハーフタイムに、二階堂は選手達に何も告げる事は、なかった。言葉が入る状態では、ない。他の連中はともかく、武方達は。そしてその武方達が、今の木戸川の主力選手なのだ。そして彼らは、まだ自らの必殺技を、出してはいない。それさえあれば、無敵だと信じている。実際、今まで破られた事のないそれで、点を取るつもりでいるだろう。勝つにしろ、負けるにしろ、思うようにさせるしか、納得しないだろう。二階堂は、そう考えた。
 後半早々、武方達が必殺技を決め、木戸川に2点目が入った。続く勝の単独シュートは止められたが、雷門が前半に見せた必殺技を西垣が止め、木戸川リードで試合が進む。悔しがるキーパーに、豪炎寺が声を掛けているのが見えた。次は、豪炎寺が来るだろう。
 勝へのボールをカットしたのは、最前線に居る筈の豪炎寺だった。そのまま、木戸川陣内へ切り込んで来る。もうひとりのフォワードへセンタリングを上げた豪炎寺との連携技は、キーパーが弾いた。その弾かれたボールを狙っていたかのように、豪炎寺が自らの必殺技を放つ。雷門に、2点目が入った。これで、同点だ。
 一進一退のまま、試合時間だけが過ぎていく。武方達が必殺技を出したものの、雷門ディフェンス陣のフォローでキーパーが止め、そのまま豪炎寺に投げる。豪炎寺は、完全に、フリーだ。気付いた武方達が戻る。武方達を突破してゴールを狙うかと思っていた豪炎寺は、ヒールでバックパスを出した。武方達は豪炎寺を警戒し過ぎるあまり、そういった可能性を見落としていたのだろう。雷門は、一度西垣に止められた必殺技を出して来た。勢いの違いだろうか、今度は西垣にも止める事が出来ず、雷門に3点目が、入った。
 それでも諦めず走る武方達だったが、間も無く、試合終了のホイッスルが鳴った。
 武方達の下に来た豪炎寺が差し出した手を払い除け、驚く豪炎寺に言葉をぶつけている。自分達は豪炎寺を超えてみせると誓った、必殺技は最強の筈だ、なのに何故、勝てない。この子達はこの1年、その思いだけでやってきた、と言っても良い。それは、無駄な事では、ない。だが、それだけで終ってしまう事でも、ないのだ。自分が伝えたかった事を、この試合で雷門が見せてくれた。
 今直ぐに認める事が出来なくても、良い。
 二階堂はそう思いながら、武方達に向けて言葉を掛けた。必死で練習して来た事は知っている。その成果も。ただ、サッカーはチーム全体でするものだ。誰かひとりだけの力で、勝てるものでは、ない。今日の試合は、その違いが現れたのだ。
「豪炎寺ひとりが居るというだけで、勝ち負けが決まるようなもんじゃないのさ、サッカーは」
 木戸川というチームは、もっと強くなれる。私怨ではなく、本当に大切な力に気付いてくれたなら、今よりもずっと、強く。
「二階堂監督」
 豪炎寺が、二階堂へ向き合った。
「豪炎寺。この1年で、お前は大きく成長したな。先生は嬉しいよ」
「去年の事は…皆に迷惑を掛けて、すみませんでした」
 ……ああ、この子は…。
 その言葉を言う為に、あの時、河川敷で自分に声を掛けたのだろうか。こうして頭を下げるような事などしていない、というのに。自分ではどうしようもない事で、どこまで自分を責めたのだろう。やるせない気持ちになりながら、二階堂は自分の考えを確認する事にした。
「妹さんの事故の事は、知っていたよ」
 豪炎寺が、顔を上げた。
 武方達も、驚いた顔をしている。当然だ。豪炎寺が去年の決勝に来なかったわけを知った時から今まで、二階堂がそれを、口にする事はなかったのだから。
「しかし、どんな理由も言い訳にならないと思った。だから黙って居なくなった。そうだろう?」
 豪炎寺は、黙って俯いた。頷いたのかも、しれない。
 確かにあの状況では、何を言っても言い訳と取られてしまっていただろう、と思う。豪炎寺さえ、居れば勝てる。夢を託した、自分達の英雄。英雄が自分達の望む姿で居る間は祭り上げ、崇拝しても、ひと度それが裏切られた時の反動は、残酷なものだ。豪炎寺自身が、英雄視される事など望んではいなくとも、周囲の勝手な期待は都合の良い偶像を作り上げてしまっていたのだ。妹の事故を知ってさえ、豪炎寺が駆けつけたところで何も出来る事がないのであれば、試合に出るのが当然だ。そんな言葉を口にする者がいても、おかしくない状況だった。
 あの時の豪炎寺に、そこまで考える余裕など、あったとは思えない。
「でも今日の戦いで、お前が逃げ出したりするような奴じゃない、って、解った筈だ。こいつらにも」
 ふたりのやりとりを聞いていた武方達の、表情が変わる。
 黙って去った後の何もかもを抱え、乗り越え、再びこうして、サッカーをしている。乗り越える中で、得たもののひとつが、雷門というチームメイトなのだろう。心から、良かったと思う。木戸川を忘れろ、とは言えない。忘れて欲しく、ない。けれど、必要以上に捕らわれる必要も、もう、ないのだ。
「監督…」
 そう言った豪炎寺は笑顔で、それを見た二階堂は安堵する。
「もういいんだ…気にするな」
 二階堂には、それだけ言うのが、精一杯だった。
「はい」
 答えた豪炎寺の下に、武方達が近付いて声を掛けた。
「豪炎寺」
「正直、すまなかった」
「あなたを、誤解していました」
「去年の負けは、お前の所為じゃない。お前ひとりに頼っていた、俺達がいけなかった」
 そう言って勝が差し出した手を、豪炎寺が握り返した。
 ……豪炎寺だけじゃない。こいつらも、成長したんだな。
 武方達が、こうまで真っ直ぐに自分達の誤解を謝罪し、自分達に必要なものを認めると思っていなかった二階堂には、武方達の行動は驚きだった。
 武方達はこの1年、豪炎寺の私怨とも言う執着だけで、やって来た。だが今日、直接戦った事で、そしてあの日の事情を知った事で、見方を変える事が出来たのだろう。武方達の態度が変われば、それに引き摺られるようにしていた他の部員達の態度も、良い方向へ変わるに違いない。
 言い訳をしない事も、素直に過ちを認める事も、それぞれに素晴らしいと二階堂は思う。解ってはいても、出来ない事が多いのだ、自分のような大人であっても。
 1年前からの誤解が解けた事は、双方にとって良かったと、心から思う。
 自分には、何ひとつ出来る事は、なかったけれど。二階堂はどの子供達も、愛しいのだ。傷付く事があっても、乗り越えて欲しい。たとえひと時でも、サッカーを通じて共有して来た数々の思いが、良いものであって欲しい。
 自分の思いを余所に、自分が思う以上の速さで、子供達は成長していく。教師が与えられる影響など、殆ど無いに等しいだろう。
 それでも。微笑みたくなるような思い出の中に、少しでも自分が居る事が出来たなら。
 勝手な願いだと解ってはいても、そう願わずにはいられない。
 二階堂は目の前の光景が、自分にとってそういったものになるのだろう、と確信しながら見つめていた。

END 2010.04.29

「名詞30のお題」より『16.安堵』です。タイトルを思いつかないもので、大人視点と申しましょうか、大人も色々あるんだよ、解ってくれよ、的な何か、を書く時はもう、これでいいや…という投げ遣り感満載なままに放置でございます。投げ遣りなのはタイトルだけですので、許してやってはくれまいか。<どなたに向かって許しを乞うているのやら。二階堂×豪炎寺は大好物でございます。そりゃあもう、ヘタレ感満載な大人とお兄ちゃん体質でしっかりさんに見えて妙なところ抜けてる子供ときたら…!何でしょうか、こう、読む分にはどんと来い、な二豪はオノレが書くとなると先生、もう自制心がイッパイイッパイなんだ、これ以上はもう、勘弁してくれないか、豪炎寺…という気持ちに。二豪と呼ぶにはアレな仕上がりになっておりますが、武方3兄弟が素直だから仕方がありません。あれだけ恨んでおいて、誤解だと解った直後に、あれだけ素直に謝れる、っていうのも凄いと思います。可愛らしいお子さんやのう…と思いながら見ておりました。こんな監督やチームメイトが居たのなら、木戸川でも、修也さんが楽しくサッカー出来ていたのではないかしら…と思いながら書いてみました。