「ばかげている。そんな話を、信じられると思うのか」
少年サッカー協会の会長室に居た自分のもとに、突然、現れた人物(…では、ないのかもしれないが)に言葉を返しながら、豪炎寺は内心、うんざりしていた。
扉を背に仁王立ちしたままの相手は、淡々と言葉を返してくる。
「事実だ。お前達人類が、突きつけられた現実。18万8千光年先の銀河で行われるサッカー大会。グランド・セレスタ・ギャラクシーに出場してもらう」
「悪いが、冗談を聞いているほど暇ではないんだ」
そう返しながらも、どこかで冗談では済まないのだろうという事を、豪炎寺は思っていた。
聞きたくない。
簡単に言えば、そういう事だ。
(いい加減に、して欲しい)
豪炎寺の、正直な気持ちはそれのみ、だった。だから、そのままを口にした。
「いい加減にしろ」
「参加を断れば、この星は滅ぶ」
そんな豪炎寺の目の前で、わざとらしく溜め息をついてみせた相手は豪炎寺の望みも虚しく、語る事をやめない。
「どうやら君は、自分達の置かれている状況を理解していないようだな…仕方ない。ならば、教えてやる」
そんなものは却下だ、と豪炎寺が口にするよりも前に、自分の意志とは無関係に体が浮遊するのが、解った。
豪炎寺が、俄かには信じられない事態、というものに遭遇するのは、これが初めてではない。
宇宙人、と名乗る輩とサッカー対決、という冗談のような展開は、14歳の時に経験済みだ。
後にそれはエイリア石を使用した人体実験のようなものであり、宇宙人を名乗る者達も人の子である事が解ったし、宇宙人を名乗っていた者とも後にチームメイトとしての交流を持つに至り、今でもそれが続いている。が、それにしては妹である夕香の病院まで自分を脅しに来た、見分けのつかない3人の男達の事は謎のままだったし、エイリア石の研究に関わった者のうち行方不明者が居る事や、エイリア石が全て廃棄されたわけではない、という事を知ったのは聖帝なんてものに祭り上げられた時の事だ。今となっては世間から忘れ去られた事件であるが、少なくとも”終わった事になっている”というだけのものである事を、豪炎寺は知っている。
未来から来た、という円堂の孫と共に戦った事もあるし、聖帝時代に謎に包まれたままの支援者から贈られたブレスレットで200年後、などという未来のサッカーと現在のサッカーの為に、聖帝を降りフィフスセクターの解体後も”時空を超えた戦い”などという、どう考えても非常識な事に関わって来た。
やっと、普通にサッカーをする少年少女達の今後の為に動ける、と思った途端に、今回のこの事態だ。豪炎寺がうんざりするのも、当然だった。
(なんだって、いつもいつもいつもいつもいつも…日本の、しかも雷門に関わる連中にだけ、そういった事態が降りかかるんだ…?)
特撮番組やヒーロー映画ではお馴染みの設定であっても、実際に関わる身として言いたい事は「いい加減にしろ」の一言でしか、ない。
そして幸か不幸か今までの経緯もあって豪炎寺の周囲には、この手の話を信じて協力してくれそうな人物に事欠かないのだった。
「では、交渉の余地すらないと言うのだな」
信じてくれているのが有り難いとはいえ、一国の総理大臣がこんな話をそう簡単に信じて良いのだろうか。
豪炎寺が訪れているのは、総理官邸。相手は、財前総理だった。財前の娘である塔子とは、14歳の時の宇宙人騒ぎでチームメイトになって以来、現在でも交流が続いている。聖帝時代には直接、話を通す必要にも迫られたし、様々な協力を仰いできた。今回も、信じられないような事態をあっさりと信じてくれるのは、そういった経緯があるからだ。個人的な感想はともかく、普通なら酔狂で片付けられてしまうような状況で、相手に信じさせて動いて貰わなければならない場合には、こういった非常識とも言える状況を経験している財前が総理である事は好都合だった。
財前から、協力を惜しまない、という言葉を聞いた豪炎寺は頷き、退室した。
「…はい、基山…豪炎寺君?珍しいね、どうかしたの?」
帰路に着く車中で連絡を取ったのは、基山ヒロトだった。エイリア石での人体実験を受けていた、と言えば良いのか…当事者で、今は養父であった人物の財閥を引き継いでいる。エイリア石に関しては未だ謎が多く、医療関係等で活用出来る可能性も大きいが、悪用されればどのような損害・後遺症等の影響を与えるのかが不明のままだ。基山の系列企業内に研究所があり、それらの研究は基山系列に独占されているのは、一部のものしか知らない。聖帝やら、会長やら、自分が望んだものではなくとも、それなりの社会的地位を手にしてきた豪炎寺は、その関係で知る機会があった。
「異星人、ね…」
電話越しに事情を説明した豪炎寺に返されるヒロトの言葉も、どこか脱力気味だった。
「…すまない…お前達を疑っているわけでは、ない。だが、確認しておく必要が、ある」
「解ってるよ。エイリア石関連の研究には僕自身が、関わっているからね。…安心して。今のところ、豪炎寺君が心配しているような動きは、ないよ」
何かあったら、知らせるから。そう言って、通話が切れた。
次は、鬼道だ。
200年後のサッカー界の歴史介入により円堂が死んだ事になってから、天馬達が時空を旅する戦いに出る事になった時、一番に相談した相手、だった。
その時は、鬼道よりも先に、鬼道の妹である音無春奈が雷門サッカー部の顧問であった事から事態に関係していた。それを伝えて、鬼道を巻き込んだ、というのが正しい。
(あの時は、円堂を取り戻す為、だった…)
だが、今回は?
何て、説明すれば良い?
"地球の存亡を賭けて、サッカーで戦わなければいけなくなった。"
(エイプリル・フールでも、ないのに…)
少年サッカー協会の強力なスポンサーでもある鬼道財閥を現在の鬼道は率いており、サッカーの名門である帝国学園の総帥でもある。豪炎寺が黙っていたところで、政財界及びサッカー界に張り廻らされたネットワークは強大だ。どこからか、聞きつけてくるだろう。
しかし、自分が伝えなければ文句を言われるのは必至だ。
伝えなくとも解ってくれる。
そんな風に思ってしまうぐらい、鬼道はいつも適切な行動をとってくれたけれども、その後でいつも、自分の行動に関してのあれこれを聞かされる羽目になった事を思い出す。
それでも。
鬼道ならば、許してくれるのでは、ないだろうか。許してもらえなくても、こんな事ばかりを話す気力ももう、豪炎寺には、なかった。
(…だったら…円堂、か)
鬼道には話さなくても伝わるだろう、と自分勝手な判断をした豪炎寺は、もう一人の親友の顔を思い浮かべた。
だが、鬼道に対してと同じように、思う。
(…知らせない方が、良いかもな…)
知らせなくとも、何かを知れば動きたいように動くだろう、あいつは。
そしてそれが、いつだって救いになっていた。
(甘えているだけ、なのかも…しれない、な)
疲労感が増した身体を、シートに沈める。
疲れている場合では、ないと解っては、いる。
今でも半ば冗談のようにしか思えないこの話が本当だとしたら、負担を負うのは子供達だ。
管理サッカーで傷つき、サッカー禁止令で傷つき、ようやく日常が戻ったと思えば、今度は生死を賭けたサッカー大会、だ。しかも、地球上の人類の。
管理サッカーも、サッカー禁止令も、国内だけの話だった。それでも、数知れない子供達が傷ついた。その一端に自分が居た事を忘れるわけにはいかない。
自分を含む大人が僅かな協力しか出来ない状況の中、本来のサッカーを取り戻す為に、強大な組織や、未来や、色々なものと戦う事になった子供達。中でも雷門を中心とした一部の子供達に、その負荷が大きくのしかかった。
豪炎寺が聖帝だの、会長だの、自分が就くとは思わなかった地位に就かされ、それに甘んじているのは、そういった子供達に普通の、スポーツとしてのサッカーを楽しんで欲しい、それが出来る環境を提供したい、という思いがあるからだ。
だというのに、自分が選手として関わる事を辞めた途端に続く、この状況。偶然と言うのか、間が悪かったと言うのか。何ひとつ問題や課題のない組織等ないと解ってはいても、あまりに常識外の事が続きすぎる気がしてならない。
だからと言って、今更、辞めるわけにも、いかない。
自分が辞める事でこの状況が好転するなら、今すぐに社会的地位を手放す事に、躊躇する謂れはない。だが、辞めてしまえば後任に当たる人物に、今の自分の苦悩を押し付けてしまうのでは、ないだろうか。
実際、想定外の事柄が続く組織のトップであるが故に”フィフスセクターの解体と少年サッカーの未来に向けて貢献した人物”などと祭り上げられ、その地位を押し付けられたのが自分だ、という自覚ぐらい、豪炎寺には、ある。落ち着いた頃を狙って自分を引き摺り下ろし、その地位に就こうという者達が、今は豪炎寺の指揮下でしか権限を発揮出来ない地位に甘んじ、何かあれば即、自分を糾弾しようとしている事が理解出来ない程、子供ではない。都合の悪い事を全て前任者の責任として処分し、新しく組織を作り直す、というのは良くも悪くも組織運営の常套手段といってもいい。
(…疲れた)
帰宅した豪炎寺は、机の前に腰を下ろしたまま、目を閉じた。
「ごーえんじー」
インターフォンから聞き慣れた、けれども久しぶりに聞く声が自分を呼ぶのを、豪炎寺の耳が捉えた。
どうやら軽く寝入ってしまったらしく、日中から降り続く雨で薄暗かった窓の外は暗闇に包まれている。
「…円堂か。すぐに、開ける」
手元のパネルを操作しロックを解除すると、ほどなく円堂が姿を見せた。
「よっ!久しぶりだな」
「珍しいな、こんな時間に」
「迷惑だったか?」
寝起きの気だるさが抜けないまま、出迎える為に多少の身なりを整える暇もなく円堂を自室に招き入れた豪炎寺の様子をどう受け取ったのか、円堂がきまり悪そうな顔をして尋ねる。
(今更、だろう)
円堂が、約束していたわけでもなければ連絡があるわけでもなく、突然訪ねて来るのは昔からだ。最初は戸惑う事もあったが10年以上の付き合いともなるといい加減、慣れてしまっている。円堂の動物的な勘なのか何なのか、迷惑になるようなタイミングで現れる事がない、という事もある。
「いや…少し、眠ってしまっていたから…むしろ、助かった。まだ、片付けなければならない事もあったしな」
片付くのかどうか解らない事だらけであっても、出来る事から手を付けておかなければ身動きが取れない。手を付けるべきものがありすぎる状況で、円堂とゆっくり話す時間が取れるとも思えないが、少しの時間であっても気分転換ぐらいにはなるだろう。
「…悪いが、何も用意していなくてな。何か飲むなら…」
眠気覚ましにコーヒーでも入れようと立ち上がりながら口にした豪炎寺の目の前に、ビニール袋が差し出される。
「持って来た。こんな時間だしさ」
円堂が手にしたコンビニの袋から、軽くつまめる惣菜や乾きもの、茶やらコーヒーやらアルコールが次々と取り出される。
「なんか食えそうなもん、ある?流石に夏朱の手料理はキツイかなあ、と思ってコンビニ寄って来た。お前、ここんとこまともに食ってないだろ?」
健康管理には、それなりに注意しているとはいえ、選手時代ほどではない。会食の予定でもなければ移動中に軽く口にするか、抜いてしまう事も多かった。豪炎寺家ならばフクさんが食事を用意してくれるのだろうが、仕事柄、不規則になりがちな帰宅時間に付き合わせるのも、せっかくの料理を無駄にするのも、度重なるといたたまれなず、断る事が多かった。ひとりで居られる場所として借りたこの一室で、何かを作るというのも久しく、ない。
それを、しばらく会っていなかった円堂に見抜かれるとは、思わなかったが。
「…すまないが今は食べる気分では、ない」
「んじゃ、呑むか?」
アルコールの缶を手にした円堂が、にか、っと笑う。
(食べてない人間に呑め、というのもどうかと思うんだが…)
呑みがてら、何かしらつまめば全く食べないよりはマシかもしれない。そんな事を考えながら、円堂の差し出す缶を受け取った。
円堂の食べっぷりは豪快で、見ていていっそ、清々しい。
その様子に釣られるようにして、豪炎寺も食べ物に手を伸ばす。
円堂がまずは腹ごしらえ、とばかりに飲み食いに入った所為で、訪ねて来たわけを聞かないままだった。
「で、何かあったのか?」
これといった用事がなくても「顔が見たいと思ってさ」「久しぶりだし、話でもしようかな、って」等と言って現れるのが円堂だ。そうは解っていても、聞いてしまうのが豪炎寺だった。
「んー?あったのは、お前の方だろ?豪炎寺」
機嫌良く飲み食いにいそしんでいた円堂が何気ない様子で、豪炎寺を探るような事を口にした。
「……何の話だ」
異星人だ地球の存亡だといったあれこれから束の間、目を逸らして気分転換を図ろうと思っていた豪炎寺は、円堂が何をどこまで知っているのか、また別の話なのかを測りかね、当たり障りのない答えを返す。
「何か宇宙人がどうこう?俺はよく解んないんだけどさ。ヒロトがお前の事、心配してたから、ちょっと気になってさ」
何かと「円堂君、円堂君」と円堂を慕う基山に豪炎寺から連絡をしただけならばともかく、内容が内容だっただけに、エイリア石騒ぎの時に関わった人物に基山が連絡を入れたのだろう、と豪炎寺は推測した。
「…他に、誰が知っている?」
どこまで話が回っているのか解らないが、現時点で広めたい話では、ない。
「んー…解んないな。ヒロトが俺以外に話してないなら、俺とヒロトだけになるけど?俺は豪炎寺がエイリア石の事をヒロトに聞いた、って事ぐらいしか、解んないし。解んないから、豪炎寺に会えば何か解るかな、って思ってさ」
「そうか」
あからさまに安堵の表情を見せた事に、豪炎寺は気付いていなかった。
「で…何があったんだ?豪炎寺」
ふいに真顔で聞いてくる円堂を納得させる答えを持たない豪炎寺は、嘘はつかないまでも本当の事は言わないでおく為に、短く言葉を返した。
「…何も」
「嘘つけ。何かあったから、ヒロトに連絡したんだろ?」
「少し…気になる動きがあった。エイリア石が関係しているかもしれない、と思ったから、基山に確認する為に、連絡した。それだけだ。悪かったな、いらない心配を、させてしまった」
「ふーん…そっか。なら、いいけど」
「……ッ…え、ん…っ…?!」
話は終ったとばかりに安心していた豪炎寺だったが、間近に迫った円堂に急に態勢を崩され、言葉が続かなかった。
「なーんて、言うと思った?」
態勢を崩された自分を上から見る形になった円堂が、悪戯っ子のような笑みを浮かべた顔で、言った。
「…どういう、事だ…?」
わけが解らない豪炎寺は、問う事しか出来ない。
悪戯っ子のような笑みが歪んで、泣き笑いのような顔をした円堂がぼんやり見えたと思ったら、息が、塞がれた。
「……は……えん…っ…ぁ、ッ…」
抗議しようと開いた豪炎寺の口に、遠慮のない円堂の舌が這い回るせいで、名前ひとつも満足に呼べない。
豪炎寺に噛み切られないように、とでも言うように、円堂の舌は豪炎寺の口腔内を器用に動き回り、必至で逃げる豪炎寺のそれを捕らえる。
口腔内から追い出す為とはいえ動き回る円堂の舌を追いかけるのは、欲しがっているようで嫌だった。だから豪炎寺は、円堂に好いように捕らえられたままでいるしか、ない。
注がれる唾液を飲み込む事も出来ないまま口角から垂れ流すばかりの豪炎寺から、ようやく唇を離した円堂が、言った。
「お前はいつだって、そうしてひとりで、何でも飲み込もうとする。お前がそういう性格で、それが俺や皆を信じているからだ、って事は解ってるんだ。でもさ…たまんねぇよ…」
浅い呼吸を繰り返すだけの豪炎寺は、その合間に「すまない」としか、返せなかった。
「吐き出しちゃえよ、なあ」
豪炎寺の言葉に苛立ったかのように、円堂が再び、唇を塞ぐ。
(…何なんだろう…これは。…円堂は、怒っているのか…)
息苦しさでぼんやりとしたままの豪炎寺は、頭の片隅でそんな事を思いながら、速まる呼吸や鼓動を他人事のように感じていた。
呼吸が苦しくなった直後に円堂の唇が離れた事に安心していたら、それが首筋を辿り始め、円堂の手がシャツの隙間から入り込む。それに抗議しようとした口は、先ほどと同じように塞がれてしまう。それでも、豪炎寺は必死で言葉を唇に乗せた。
「円…ど、ぉッ…だ、めだ…」
「何が」
豪炎寺の言葉は聞く耳を持たない、といった調子の円堂に、一言で切り捨てられた。
苦痛を与えようとしているのか、快楽を与えようとしているのか、そのどちらもなのかも、しれない。円堂は、とどまる事なく豪炎寺の肌の上に、手を滑らせる。
豪炎寺は、力を抜いた。
抵抗すればする程、相手を煽る。
豪炎寺にそのつもりはなくても、そういった姿がいらない欲を掻き立てるのだと、教えられた。手痛い教訓として、身に刻まれている。望んで得た教訓では、なかった。それはもう、円堂は知らない、過去の話だ。
「何?豪炎寺。諦めて、言う気になった?」
豪炎寺の変化に気付いた円堂が、手を止める。
「…っ、そ、うだ…これ、以上は…っ、ごめん、だ…し、な」
「最初から言っちゃえば、こんな事にはならなかったんだけどな?」
途切れがちに言葉を返す豪炎寺に、円堂はしれ、っと答えた。
「へぇ…凄ぇな。宇宙と戦うのかあ」
豪炎寺の話を聞いた円堂の第一声は、それだった。
「……自分が行ってみたい、と思っているだろう、お前」
「あ、バレた?」
サッカー馬鹿極まれり、だ。
あれこれのしがらみやら、それらの調整やら、子供達の負担やら、国益がどうたら、そんなものを考えるより先に、サッカーが好きな奴、強い奴と会ってみたい、戦いたい、という欲望を優先させる円堂の事など、出会った時からの付き合いの中で、嫌という程思い知らされてきた筈なのに、こういった状況でまた、思い知る羽目になる。
「でも、こういう俺が、好きだろう?豪炎寺は」
「…そうだな」
悪びれた様子もなく、傲慢とも取れる言葉を口にする円堂に、苦笑と共に肯定の言葉を返す。
豪炎寺は、自分の円堂に対する感情は恋愛のそれ、ではないと思う。友情、では足りない気もする。何と名付けて良いのか、自分でも解らないままだ。
「ま、だからキスひとつで、話してくれる気になったんだし?愛されてるなあ、俺」
鳩尾にボールをぶち込みたい衝動に駆られながら、豪炎寺は言った。
「……あれ以上されていたら、話す気は失せただろうがな」
円堂に対して、自分が甘い、という自覚ぐらい、豪炎寺にもある。
あのまま円堂が事を進めても、抵抗しきれなかっただろう。
だからといって、自分がそんな扱いを受ける事を是とするには、抵抗が残る。
円堂の妻である夏朱とも、円堂とも、これまでに育んで来た友情、とは確実に言えるであろうそれを、失くしたくはなかった。だから、それ以上進まないように、祈るような気持ちで抵抗する事を止めたのだ。
「んー?でもお前、俺の事、好きだろ?あれ以上、酷い事を、したってさ…お前は俺を嫌いに、なれない」
(いつから、こんなに傲岸不遜な男になったんだ…)
豪炎寺の思いなど知らない円堂に腹立たしい思いがあっても、嫌いになれないのは事実だった。
「嫌いにはなれなくても、憎む事は、出来るな」
「忘れられるより、良いけど?」
豪炎寺の牽制は、笑顔の円堂にあっさりとかわされてしまう。
「ま、今回の事は鬼道には内緒、って事で。あ、夏朱にもな」
自分の親友ふたりが恋人同士だ、と解っていて、そしてそのふたりともが自分の事を(恋愛じみたものではないとはいえ)好きだと解った上で先ほどのような行為に及ぶ事が出来て、それが許されると確信していて、実際に許されてしまう。
酷い男だと思う。
人の好意につけ込むような事を、平気な顔をしてするような奴ではなかった。少なくとも、一緒に過ごした学生時代は、そんな事が出来る奴では、なかった。
どこで、こんな風になってしまったのだろう。
10年も経てば互いに知らない場所で、互いの知らない事を積み重ねて来ている。変わった、と感じる部分があっても不思議はない。それでも変わらない部分に惹かれているのだと、思う。
先ほどの事を鬼道に話したところで「円堂らしいな」の一言で済ませてしまいそうだと、豪炎寺には想像出来てしまう。他人には理解し難い関係かも、しれない。
けれど自分達にとっては円堂だから、としか言いようがないものだ。
しかし、鬼道が円堂を許すのと、豪炎寺を許すのは、また、別の話で。そのとばっちりを受けるのは、豪炎寺ひとり、だ。
(…理不尽極まりない)
それでも、冗談みたいな話を、わくわくした顔で受け止めて、当然のように自分もそれに関わる事を引き受けている円堂に、救われたのは、事実だった。
「呑みなおそうぜ、豪炎寺」
豪炎寺の置かれた立場も、片付けなければならない事も、なかったかのように言って新しい缶を開ける円堂を見ていると、どうにでもなれ、と半ば自棄な気分になってくる。
「どうせまた、忙しくなるんだろ?今日のうちに出来る事なんてもう、そんなになさそうじゃん、明日からでも大丈夫だって。それにさ、酔っちゃえば、なんにも考えずに眠れるぞ?今のうちに休んどけ、って」
言われて時計を見てみれば、日付が変わるまでもう、間もない。
円堂なりの、多少強引な気遣いを受ける事にした豪炎寺は「そうだな」と返して、手渡された缶を受け取った。
「形容詞30題」より『19.まぶしい』です。大人円堂のイメージが、笑顔で酷い事をできちゃう男、だったりする身も蓋もなさ加減だったり…うん…ワタクシの中の攻様イメージはそーゆーのが多いな…。お酒の名前のタイトルがいいな、と思いながら手持ちの本を流しておりましたところ、以下の記述を見つけたのでPERNOD(ペルノ)に致しました。以下、引用です。”魔酒の香りと舌ざわりの遺伝子をもちながら、明るい陽光の下で爽やかに笑っているような姿が、何となく不気味で、そこにこの酒から離れられない魅力があるのではないか。毒にも薬にもなるという酒の両義性を、ペルノほど生まれながらに持ち合わせているものはない。”(文・吉村嘉彦)…そんな円堂がまぶしい誰かさん達、というオチでございます。