フットボールフロンティア全国大会1回戦。10対0の圧倒的な点差で帝国が敗れた事は、中学サッカー界に大きな衝撃をもたらした。帝国が40年間無敗と言えどもトーナメント戦である以上、そういう事態も起こりうるのが当然だ。だが誰もが、試合を観戦していた者でさえ、それを事実だと理解するまでに、時間が必要だった。
帝国学園サッカー部、というのはそういう存在であった。何より、特別招待校とはいえ無名のチームが相手だった事に加え、その試合内容が見ていたものですら信じ固いものだったのだ。
目の前で見ていた鬼道でさえ、それは同じだった。
地区予選決勝である雷門との試合で痛めた足は完治していたが、この試合では大事を取る事にした鬼道は控えに回っていた。
その目の前で、今まで見た事もない数々の技が繰り出される。それだけならば、良かった。それによってチームメイトが次々と倒れ、立ち上がる事すら出来ないような状態になっていく。自分が試合に出ようとした時には、フィールドに立っているのは相手のチームしかいなかった。試合は続行不能と判断され、終了となった。
悪夢でしか、なかった。夢ならば、醒める。だが、それは現実だった。
負傷者…この場合、鬼道を除く全員…を病院へ搬送した後、鬼道はそのまま帰宅する気にもなれず、帝国スタジアムへ向かった。
影山の支配から脱し、自分達で新しい帝国のサッカーを作っていこう。影山ではなく、自分に付いてくる事を選んでくれた仲間と共に、そう誓ったのは数日前の事だ。
ぼんやりとフィールドに佇む。動く力など、なかった。何かを考える事も。考える事が、苦痛だった。
どの程度、そうやっていたのか。
「鬼道!」
名前を呼ばれた方向に顔を向けると、雷門のキャプテンである円堂が、そこに居た。
試合の結果を聞いたのだろう。そうして、信じられずにここに来た。大方、そんなところだろうと見当を付けた。
緒戦敗退を笑いに来たのか、と言った自分に、そんなわけがない、と叫んだ円堂が鬼道に向かってボールを蹴る。
蹴り返すどころか受け止める事すらせずに、その身に衝撃を受けたまま態勢を崩してへたり込んでしまう。蹴り返せ、という円堂に向かって、立ち上がって手にしたボールを投げ返した。
「40年間無敗の帝国学園。俺達は、その伝説を終らせたんだ。ただひたすら、勝つ事だけを考えて来た。それが、ボールに触れる前に試合が終ったんだ。今までずっと。寝ても醒めても、サッカーの事しか考えてこなかった。それが…こんな形で終るなんてな…」
話しているうちに、終った事を実感する。
「俺のサッカーは、終ったんだ」
自ら作り上げてきたと思っていたものがそうではなかった。新しく作っていこうとしていた。その矢先に。
終ってしまった。
黙り込んでしまった鬼道に、円堂が否定の言葉を口にする。
「そんな事はない。お前が見捨てない限り、サッカーはお前のものだ」
そう言われたところで、直ぐに肯定出来るとは思えなかった。だが、否定するのも違う、と思った。
「鬼道っ!」
円堂が再び、鬼道に向かってボールを投げる。今度は、蹴り返した。鬼道が蹴り返したボールは正確に円堂の正面に返り、しっかりと受け止めた円堂が、鬼道に向かって笑顔を見せた。
鬼道は自分が今、どんな顔をしているのか解らないまま、笑い返したつもりだったが、無意識のうちに、俯いていた。
今まで知らずにいた敗北を、初めて自分に与えた相手。それが円堂率いる、雷門だった。
だからだろうか。聞いて欲しかったのかも、しれない。
そのまま円堂を伴って帰宅した鬼道は、円堂が古びたサッカー雑誌に気付いたのをきっかけに、自分がサッカーを始めた理由を話した。
実の両親の事、妹である春奈の事、サッカーが楽しかった頃、そのサッカーが勝たなければならないものになってしまった事、その為に影山が神様のように思えていた事、それら全てを。
「でも、お前も同じだったんだな」
円堂の言葉が、理解出来なかった。両親が健在で、伝説と呼ばれる祖父の残したノートを元に、その祖父の教え子である響木が監督を務めるチームで何不自由なくサッカーに打ち込める。そんな円堂と自分の、どこが同じだと言うのだろうか。
鬼道は疑問に思いながらも、黙って円堂の話を聞いた。
話終えた円堂が同意を求めているのか、先程と同じ言葉を口にするのに、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
それでも鬼道はあの試合も、自分の気持ちも、何ひとつまだ、整理する事が出来ずにいた。
円堂が言うように、自分がサッカーを見捨てなければ、自分のサッカーは終らないのかも、しれない。
倒れていった仲間の為、という気持ちはもちろんあったが、何ひとつ出来ずにいた自分を思うと、このまま終らせるのは嫌だった。
しかし、終らせない為の、もう一度始める為の、方法が解らない。
仲間は倒れ、帝国は試合に負けたのだ。
確かに、サッカーを続ける事で、もう一度世宇子と戦う機会を得る事が出来るかもしれない。だがそれまで、どの程度の時間が必要なのか。
仲間の回復を待ち、チームを作り直し、世宇子と戦う。フットボールフロンティアに出場しなければ、その機会を得られないのだとしたら、今回敗退した帝国はあと1年、待たなければいけない。
時間が、惜しかった。鬼道が世宇子と戦いたいのは今、なのだ。
たとえ敗北に終ったとしても、戦う事すら出来ずにいるより、ずっと良い。
40年間無敗の伝説を、こんな形で終らせてしまった事への後悔も、あった。
王者というのは、その位置を得る事よりも、維持する方が困難だ。鬼道は、影山が帝国のその座を汚い手を使って維持し続けて来たという事を知っても、フィールドに立ち戦って来た、過去の選手達の事まで否定しようとは思えなかった。自分達と同じように影山に利用されていたのだろう、と思う。それでも、選手達の培って来た力は、嘘ではない筈だからだ。
全力で戦った結果、敗者となり、無敗の伝説が終ったのだとしたら、悔しさはあっても、清々しい気持ちで挑戦者へと変わる事が出来ただろう。だが、そうではないのだ。
自分に今、出来る事は何だ?
世宇子を倒したい。それも、今。
その気持ちだけが、日毎に強くなる。冷静には、なれない。
鬼道は先の見えない気持ちを持て余していた。
鬼道は雷門に来ていた。何とはなしに、足が向くまま歩いていたら、辿り着いていたのだ。
塀の外から、電柱に身を隠すようにしてグラウンドを眺める。
全国大会1回戦の戦国伊賀島を破った雷門は、2回戦の千羽山戦に向けて練習をしている。
世宇子を倒していれば、雷門との再戦に向けて、自分達もあんな風に練習をしていた筈だ。今更仮定の話を考えても仕方がない事を理解してはいても、どうにもならなかった。
次の試合どころか、練習する仲間さえ、居ない。
昨日まで当然のようにあったものが、今の自分には、ない。どこにでもある、珍しくもない練習風景でさえ、眩しいものに見えた。
練習の手を止めた円堂の元に豪炎寺と土門、3人居るマネージャーのひとりが集まり、少しの間話をしていたかと思うと何かを思いついたのか、一斉にしゃがみ込み、額を寄せ合っている。
新しい技、それとも対・千羽山戦の作戦だろうか。
「お兄ちゃん!何よ、こそこそして!もうそんな事しなくていいじゃない!」
ぼんやりと眺めていると、背後から春奈の声がした。
春奈は雷門のマネージャーだ。鬼道が来ている事に気付き、練習を抜けて来たようだった。春奈が正門から出て行くのに、豪炎寺だけが気付いていた。
覇気のない顔で言葉を返し、そのまま歩き始めた鬼道の後に、春奈も黙ったまま付いて行く。
橋を渡り、雷門の練習場所のひとつである河川敷に来ていた。ふたりとも何となく立ち止まり、堤防に腰を下ろす。
「聞いたよ。世宇子中戦の事。残念だったね…」
春奈は何を話せば良いのか解らないまま、慰めの言葉を口にした。
「残念…?残念なんてものじゃ、ない」
「あ…」
鬼道の声音に、いつも自分に向ける穏やかさがない事に春奈は戸惑い、言葉を失った。
「俺の目の前で、仲間があんな事に…こんな悔しい事が、あるか?!」
鬼道の中に、試合に出る事もないままに、終ってしまった後悔と屈辱が蘇ってくる。感情を春奈にぶつけても、八つ当たりでしかない事は解っていたが、抑える事は適わなかった
「俺は…俺は…!」
吐き出してしまいたい感情に言葉が追い着かず、無意識のうちに拳を握り締めた。
瞬間。
自分に向かって飛んで来たボールを打ち返す。
「こんなボールが打つ事が出来る奴…豪炎寺か!」
打たれたボールの威力から思い当たる人物の名を口にし、自分が打ち返した方向に目をやる。河川敷を見下ろす橋の上に、打ち返されたボールを手にした豪炎寺が立っていた。
鬼道は豪炎寺が何故ここに居るのか疑問に思ったが、抜け出した春奈の様子を見に来てみたら自分と居るのを見た、といったところだろうと納得する。
だからと言って、自分に向かって突然、ボールを打って来た意味が解らない。
鬼道と豪炎寺とは、試合で対峙する事はあっても特に親しいというわけでは、ない。お互いの連絡先すら、知らないぐらいだ。円堂のように家に上げた事もない。それどころか、こうして直接、話をする事もなかった。
豪炎寺は何も言わず、鬼道と春奈の居る場所まで来た。
厳しい表情をした豪炎寺に、春奈が慌てたように言った。
「豪炎寺先輩。お兄ちゃんは別に、スパイをしてたわけじゃないんです!本当です!」
「お兄ちゃん、か…」
春奈の言葉に、事故に遭ったと聞く妹を思い出したのだろう。豪炎寺は小さく呟き、軽く目を閉じた。
すぐに目を開けた豪炎寺は、先程と変わらない表情で鬼道を見る。
「豪炎寺先輩!」
豪炎寺は、自分に対する誤解を解こうとしているのだろう春奈の呼びかけにも答えず、鬼道に向かって視線で河川敷を指しながら一言、口にしただけだった。
「来い」
「ああ」
事の成り行きを心配そうに見ている春奈の肩に、安心しろ、というように手を置くと、河川敷への階段を先に降り始めた豪炎寺の後に続いた。
鬼道が降りて来たのを見ても、豪炎寺は何も言わなかった。
黙ったまま、手にしていたボールを足元に置く。
……そのまま、俺に向かって蹴ってくるんだろうな。
豪炎寺は、円堂と全く同じ行動を取ろうとしているのだろう。世宇子に敗れ、以前とは違ってしまった自分に対する、驚きや苛立ち、あるいは励ましのようなものを、ボールに託して、向けてくるのだろうと思う。
言葉を連ねるよりも、この方法が自分達の間では伝わるものがある、と信じているのかもしれない。
……円堂といい豪炎寺といい…雷門の連中の、決まりなのか、これは。
そのようなわけがあるとは思わないが、そう考えると可笑しかった。
……そう言えば俺達との試合の時も、奴がこういう顔をしていた時が、あったな。
鬼道は、地区予選決勝での出来事を思い出す。
あの時豪炎寺は、目に見えて不調だった円堂の腹に向かって、自分の必殺技であるシュートを打ち込んだ。あまりに予想外の展開に、自分達はもちろん、味方である雷門イレブンですら、驚いていた。
だが、続いて発せられた豪炎寺の言葉で円堂の不調が消えた。円堂の不調の原因を推測し、絶望感に陥りかけていた自分も、それによって救われたのだ。
円堂のような明るさや饒舌さは、豪炎寺にはない。
しかし円堂とは違った精神力の強さ…ブレなさ、と言えば良いのだろうか、そういうものが豪炎寺にはあるのだと、あの時に理解した。
そして、そういう部分こそが、影山に執着を持たせたのではないか、と思ったのだ。
影山は、もう居ない。少なくとも、帝国には戻って来ては、いない。雷門の連中にも、影山の手だと思えるような変化は何も、見当たらない。
世宇子の背後に釈放された影山が居る事に、この時の鬼道はまだ、気付く余裕がなかった。
鬼道が豪炎寺に対して、データ以上の興味を持ったのは、あの試合での事だった。だが、その後は春奈や養父との事、全国大会へ向けてのチームの事、そして今回の世宇子の事が続き、新たなデータの収集すら出来ないまま、今日に至っている。
相変わらず黙ったまま目の前に居る豪炎寺は、あの時のように何かを伝えたいのだろう。今度は円堂にではなく、自分に対して。
俄然、興味が湧いた。
きっと豪炎寺は、あの時のように、真っ直ぐに言葉を向けてくるだろう。
ならば今、自分の中にある、やり切れなさや悔しさ、後悔、迷い、そういった全てを、吐き出してしまっても構わないだろうと思う。
受け止める覚悟もなく、こういう手段に出る事など、ない筈だ。
案の定、豪炎寺は鬼道に向かって、手加減なしにボールを打って来た。
「鬼道!そんなに悔しいか!」
前置きも何も、あったものではなかった。
鬼道の持つ様々な感情を大きく占めているものを、的確に突いてくる。
「世宇子中を、俺は倒したい!」
打たれたボールを蹴り返しながら、叫ぶ。何よりも今、望むのはその事だ。
「だったら、やれよ!」
「無理だ!帝国は、フットボールフロンティアから敗退した」
敗退し、仲間はまだ、病院に居る。何より望む事をする為の方法が、解らずにいるのだ。答える声が、自然と弱々しいものになる。
「自分から負けを認めるのか、鬼道!」
声を荒げた豪炎寺が放ったボールは、鬼道の顔面を掠めて背後のブロックに炸裂し、空気を失って落ちた。
自ら負けを認めるのか、と言われた鬼道は動けずにいた。
「ひとつだけ、方法がある」
豪炎寺は、自分の言った言葉を鬼道が肯定しないという事は、方法さえ解れば、すぐにでも世宇子と戦う為にそれを採るだろう、と判断したらしい。鬼道に向き合うと、落ち着いた声で言った。
「お前は円堂を正面からしか見た事がないだろう」
鬼道が試合以外で円堂と向き合ったのは、自宅へ上げた、あの一度きりだ。だが豪炎寺が言っているのは、そういう意味では、ないだろう。
「あいつに、背中を任せる気はないか?」
「……それは、雷門へ来い、という事か」
豪炎寺は、答えない。言いたい事は言った。決めるのは、鬼道だ。そうとでも言いたげな態度だった。
考えてもみなかった方法を提示された鬼道が、立ち尽くす。
「……戦う事すら出来ずに終る悔しさは、俺も、知ってる」
半ば呆然としている鬼道に視線を合わせ、豪炎寺が、言った。
「1年前のフットボールフロンティア決勝戦。あの時俺の居た木戸川清修と、帝国の、試合だ」
影山から聞いていた、豪炎寺の妹の事故。自分の力が足りずに出られなかったのとは、わけが違う。
……だから、か。
不慮の事故。こればかりは自分では、どうする事もできない。
人の命とサッカーを天秤にかけようもないが、どちらもが自分にとっては、かけがえのないものだ。どちらに対しても、自分ではどうにも出来ない感情だけは、いつまでも残る。
鬼道は1年前のあの日以降、木戸川清修から豪炎寺の存在が消えた事を、思い出した。
今の自分と同じような…或いは、それ以上かもしれない…そういったものを、豪炎寺は抱え続けていたのだろう。今も、抱え続けているのかも、しれない。
誰が許しても、自分が、自分の事を、許す事が出来ない。そういうものがある、という事を、豪炎寺は知っているのだろう。
だから今、自分の持つ感情が誰よりも理解出来るのかも、しれない。鬼道は、そう思った。
「……あれから俺は、サッカーを辞めた。お前達が…帝国が、雷門に来るまで、は」
最初の練習試合の事を、言っているのだろう。珍しく(鬼道の見てきた範囲では)饒舌な豪炎寺が話すのを、鬼道は黙って聞いていた。
「あの時。自然に身体が動いていた。この1度きりだと、自分に、言い聞かせた。でも、駄目だった」
あの試合で、豪炎寺がフィールドに出て来た時の事を、記憶から引き出す。円堂が、やっぱり来てくれたか、と言っていたのを聞いている。おそらく自分達…帝国との練習試合が決まってから、何度も豪炎寺を勧誘していたのだろう。それでもサッカーを辞めると決めた豪炎寺は、入部する事はなかったのだ。
20対0という、圧倒的な点差。倒れて動けない仲間。その中でひとり、立ち続けていた円堂。その様に恐れをなして逃げた、雷門のエースナンバー。元々11人しか居なかった雷門のメンバーがひとり、欠けた。円堂を潰そうとしたが、その度に立ち上がってくる。そんな時だった。豪炎寺が出て来たのは。
自分達が引きずり出した、とばかり思っていたが、そうではなかった、という事か。
「……俺は、もう一度サッカーを始めた事を、後悔は、していない」
豪炎寺は鬼道を、その視線で真っ直ぐに捉えたまま、言った。
やり切れなさや自責の念や、忘れられない悔しさといった、全てのものを、捨て切れたわけでは、ないのだろう。そういったものを捨てるのがそう簡単なものではない事は、地区大会決勝の影山の件以来、同じような思いを抱え続けている鬼道には、理解出来た。
それでも、サッカーを捨て切れなかった。捨てなかった。その事に、後悔はない。豪炎寺は、そう言っているのだ。
捨て切れないものならば無理に捨てずとも、抱えたままで構わないのかも、しれない。そうしながらも豪炎寺は、鬼道の目の前にこうして、存在している。
諦められないものがあり、そうせずに済む方法があるのならば、何を躊躇する事があるだろう。
だが、鬼道は直ぐには決断する事が出来なかった。
帝国の仲間を裏切る事に、なりはしないだろうか。
自分が雷門へ行く、という事は、帝国を捨てる事では決して、ない。しかし、自分がいくらそう思ったとしても、結果として残される仲間は、どう思うだろうか。
「お前の事だから、既に調べているかもしれないが…俺達の…雷門の監督は、雷雷軒っていう店の主人だ」
雷門へ行く事を決めたなら、そこへ行け、という事なのだろう。
豪炎寺はそう言って、律儀にも自分の打ったシュートの所為で使い物にならなくなったボールを拾い、鬼道の前から去って行った。ふたりの様子を堤防から見ていた春奈も、その後を追うように帰ったようだ。鬼道が気付いた時には、ふたりの姿はそこになく、あたりは暗くなっていた。
帰宅した鬼道は、養父の帰りを待っていた。
いくら鬼道が雷門へ行く、と決めたとしても、まだ未成年だ。転校の手続きひとつするにも、保護者の許可が必要になる。
病院に居る仲間に雷門へ行く事に決めた、と話した後で、保護者の許可が取れずに出来ませんでした、では話にならない。
地区予選決勝で雷門に破れ、その事によって自分が学んだ事を、それによって得られた事を、養父に報告したのはつい、先日の事だ。
影山が言っていたように、養父も鬼道家の跡を継ぐ為の教育の一部としてサッカーをやらせているのだとすれば、それだけの為に転校する事など、承知してはくれないだろう。
小細工を弄しても、見抜かれるに違いない。養父とて、伊達に系列企業を束ねる経営者では、ないのだ。自分のような子供が考えるような策など、直ぐに見破るだろう。今の自分の気持ちを伝えられる限り、正直に話す事にしよう。鬼道がそう考えながら待っていると、養父が帰宅した。
「お前の話は、解った。では、早速明日にでも、手続きを済ませよう。そうだな…午後までには、終るだろう」
鬼道の話を聞いた養父は鬼道が驚く程、すぐにそれを了承した。
「……本当に、良いんですか、父さん」
鬼道は思わず、問い返した。
「反対した方が、良かったかね?」
「いえ、そんな事は。ただ、こんな自分勝手な事には、反対はされるだろうと思っていたので…」
驚きを直ぐに隠して答えた鬼道に、悪戯っぽい笑みを浮かべた養父が言う。
「お前が私に何かを望んだのは、これが初めてだ、という事に自覚はあるかな?有人」
「え…?」
鬼道家の跡取りとして相応しくあるように、という事は、この家に引き取られてから日々、教え込まれてきたものだ。鬼道の中には自分の感情よりも、鬼道家にとって自分の言動がどういう結果をもたらすか、という考え方が染み付いている。自分を施設から引き取り、何不自由なく過ごす環境を与えてくれる養父に、これ以上のものを望むなど、考えた事もなかった。妹である、春奈の事を除いては。
「春奈の…妹の事を引き取りたい、という我侭を、望んだ事なら」
その為に自ら条件を提示した、望み。それを口にした鬼道に、養父が言う。
「それは、妹の事を考えての事だろう?お前がお前自身の為だけに、何の条件もなしに私に何かを望んだのは、これが初めてだ」
養父の様子からは、気分を害している様子は見受けられない。こんな養父の様子を初めて目にする鬼道には、驚きしか、なかった。続けられた、養父の言葉にも。
「影山さんの件は、お前には酷な事だっただろう。あの男の事は私なりに、調べてみたのだよ。今にならないと解らない事が多すぎた、というのは、言い訳にしかならない。お前の事を任せすぎた事を、私は今更ながらに後悔している。以前にも言ったとは思うが、お前は私の期待以上のものを、自らの手で学び取ったようだ。雷門への転校も、お前なりに考えた上での事だという事は、今の話を聞いてよく解った。長い間、父親として何もしてやれなかったお前に、鬼道家の人間としてではなく、父親として何かをしてやりたいという、これは、私の我侭だ。子供というものが、正直なところ私には解っていないのだと思う。だから、こんな事ぐらいしかまだ、出来ないのだが…喜んでは、くれないのかな?有人は」
「……!ありがとうございます…!父さん…その…もちろん嬉しい、です!」
それならば良かった、と微笑む養父に答える鬼道の目に、微かに涙が浮かんでいたのは、雷門への転校が叶った嬉しさだけでは、なかった。
鬼道は翌日、病院で治療中の帝国イレブンの元へ、見舞いも兼ねて事の経緯の報告をしに行った。世宇子戦のリベンジを果たす、という望みを、皆が鬼道に託してくれた。
これで、鬼道の当面の迷いと憂いは、取り除かれた。
自分を雷門へ誘う形となった豪炎寺はともかく、雷門の連中は果たして、自分を受け入れてくれるだろうか。受け入れてもらえずとも、自分の持つ力…サッカーにおける能力…が自分達にとって悪い結果をもたらすものではない、という事が解れば。例えフィールドの中でだけでも、必要としてくれるだろう。
今の鬼道にはもう、それだけで十分だった。
世宇子に対する、リベンジの機会を得る事が出来る。その為ならば、外野から何を言われようと構わない。
雷門の2回戦、対・千羽山戦の前日。鬼道は、雷雷軒に響木を訪ねた。
「名詞30題」より『24.葛藤』です。TV17話「鬼道の初恋!修也先生のどきどきサッカー教室!!」の回です。「27時ぐらいからの脳内N(anndaka)H(iwaina)K(icker)深夜大人の教育テレビ枠で放送されてた筈なのに、録画されてないんだ、どういう事かなダディ?」「それは大人の教育テレビだからさ。お前のような子供には、まだ早いって事だよ、解るかい?」青少年はそうやって大人になる事に憧れるわけですねわかります。TVの流れでいくと試合以外で直接、豪炎寺と鬼道が話すのは、この時が初めてではないのでしょうか。なのに何をあっさり通じ合っていらっしゃるのかしら、この人達。という展開で何かこう…いたたまれない気持ちになってしまう…。きっとあれだ、豪炎寺の説教シュートには魔法がかかってる。打ち込まれると即座に通じ合って、挙げ句惚れちゃう。そういう魔法。本人はそんな魔法がかかっている事を知らずに怒りゲージが振り切れる度に打つものだから、妙な方向にモテモテなのに気付かない。まさにハートキャッチ修也。心の種ならぬボールを産むがよかろう。影山に打ち込んだら大変です逃げて豪炎寺!あ、これで1本出来ましたね。<ありがちありがち(笑)