完璧でなくとも、サッカーは楽しい。
あの言葉がなければ、ほんとの自分を取り戻す事ができなかったと思う。
10年前、そう伝えた自分に、取り戻せたのは、自分がそうありたいと願ったからだ、と豪炎寺は言った。
だとしたら彼は、今、どうありたいと思っているのだろう。
吹雪が見つめるTVの画面には、聖帝の姿が映っていた。
現在、母校である白恋中サッカー部のコーチをしていた自分を解任した、サッカー管理組織・フィフスセクター。その組織の、最高権力者とされている人物だ。
そしてそれが豪炎寺である事を、吹雪は知っている。
あの頃のメンバーは皆、高校も当然のようにサッカーを続け、卒業後や大学進学後、そのうちの幾人かは国内外でプロとして活躍していた。吹雪自身もそうだったし、豪炎寺もそうだった。
同じチームではなかったが、代表チームで顔を合わす事も珍しくはなかったし、頻繁ではなくとも、連絡を取り合った。
10年前に雷門中のサッカーチームに自分が迎え入れられたのは、不在となったストライカーの得点力を補い、確保する為だった。吹雪の知らない、そのストライカーが、豪炎寺だった。
反発を隠さなかったのは染岡だ。雷門のエースストライカーは豪炎寺だ、と言う彼は、最後まで頑なに吹雪を認めようとしなかった。けれど、一度認めてしまえば、誰よりも吹雪を見てくれていたし、信頼してくれた。
イプシロン戦を1週間後に控えたキャラバンが稲妻町に戻ると、自分達を応援したいと御影専農の杉森を中心としたバックアップチームが結成されていた。そこで染岡と放ったワイバーンブリザードを見た杉森が言った「立派にあの豪炎寺の代わりを務めているじゃないか」という言葉に、「豪炎寺の代わりじゃない。吹雪は吹雪。豪炎寺は豪炎寺だ」と返したのが染岡だった。
豪炎寺をはっきりと意識したのは、それが最初だったように思う。
確かに雷門は欠けたストライカーの代わりを探していたのだし、そこにタイミング良く自分が居た、という事だったのかもしれない。けれども、誰かの代わりとしてしか見られないのは、気分の良いものではない。流石にチームメイトから言われる事はなかったが、外から見れば単に欠けた彼の代わりでしかないのだ、という事を付き付けられたようで不愉快だった。
「会ってみてぇよ。その豪炎寺って奴にさ」
「そのうち会えるさ」
不愉快さを包み切れずに皮肉混じりな口調で口から出た言葉に、普段と変わらない染岡の言葉が返された。
エースストライカーとしての豪炎寺の存在に拘り、その上で吹雪を認め、信頼を寄せる染岡自身も、雷門のストライカーとしてここまで戦ってきたのだ。そうなるまでに彼には彼の葛藤があっただろう事は、吹雪にも解った。
その染岡が倒れ、戦線を離脱した。仲間だからこそ、ここで外れてもらうと告げた瞳子監督の言葉に異存はなかった。「吹雪!雷門のストライカー、任せたぜ!」と言って笑う染岡の言葉に頷きながら、追い詰められていった。
ストライカーが自分ひとりとなった。自分の持つ決定力が、雷門の勝利を左右する。フォワードもディフェンダーも、完璧にしなければ。自分の中に、もうひとりの人格を潜ませて使い分けている事を、知られたくなかった。瞳子監督はそれを知っていたけれども、チームメイトに知られるのは嫌だった。
やっと自分を、吹雪士郎を、認めて貰えるようになったのに。
その自分はアツヤを潜ませたものなのに、その矛盾に気付く程の余裕は、当時の自分にはなかった。
イプシロン戦に向けての特訓、そして試合。この頃には自分で意識して使い分けが出来るような状態では、なかった。キャプテンである円堂に、それとなく自分の様子が変ではなかったかと聞いた時に返されたのは「流石、伝説のストライカーだよ」だった。期待を、裏切るような事をしてはいけない。潜ませているものを、知られてはいけない。雷門のストライカーは今、自分しか居ないのだから。
引き裂かれそうだった。
そうして実際に引き裂かれて、ジェネシス戦で倒れた。
これ以上隠していても、吹雪の為にも、チームの為にもならない、と判断したのだろう。瞳子監督が吹雪の抱える問題を、チームメイトに話したのはこの時だった。
自分に求められているのはアツヤの持つ得点力であって、士郎としての自分ではない。
チームメイトに知られた事は、より一層吹雪を追い詰めた。
入院生活で身体を休める事が出来ても、精神的に追い詰められるばかりで、それでも自分が復帰しないといけない、これ以上、皆に迷惑をかけるわけにはいかない、という義務感が募り、どうして良いのかもう、解らなかった。
染岡の離脱、動けない自分、風丸と栗松の離脱。立て続けに起こった出来事に、責任を感じてこれまでになく落ち込んでいた円堂が立ち直った頃、吹雪の退院の日を迎えた。
皆で吹雪を迎えて喜びあっている最中、前任の監督であった響木から瞳子監督へ電話が入った。曰く、沖縄に炎のストライカーと呼ばれる人が居る、と。
「炎のストライカー…まさか!豪炎寺!!」「行こう!」どうやらキーワードは”炎のストライカー”で、それはまだ吹雪が知らない、豪炎寺を象徴する呼び名のようだった。真っ先に反応した円堂に、すぐさま行こう、と応えたのは鬼道だ。直情型な円堂はともかく、どんな時でも動じない印象の鬼道の反応が、吹雪には驚きだった。
それが豪炎寺だという確証はない、という瞳子監督に、円堂は言い切った。「絶対に豪炎寺です!あいつが居るなら、たとえ地球の裏側だって行きます!」
…ああ、自分は求められていないのだ。
アツヤの力がなければ得点出来ないような自分は、そしてそれすら、出来なくなっている今の自分は。
それでも、自分はここに居なくてはいけない。
だってもしそれが、皆の期待している豪炎寺君じゃなければ、ここには今、僕以外にストライカーが居ないんだから。
今の雷門に決定力が不足している以上、吹雪に頼らざるを得ない。消せない焦り。追い詰められた吹雪を休ませたい、吹雪ひとりに負担をかけすぎてはいけない、ここで豪炎寺が帰って来たなら、それが出来る。瞳子監督をはじめ、チームメイトがそう思っているからこそ、豪炎寺かもしれない炎のストライカーの噂への期待が大きくなっている。
しかしこの時の自分には、豪炎寺を知るチームメイトが豪炎寺と一緒にサッカーをしたい、という気持ちだけしか感じる事ができず、やはり自分では駄目なのだとしか、思えなかった。
沖縄へ向かう道すがら、豪炎寺を直接知るメンバーに話を聞く者もいたし、そんな話から豪炎寺を知らないメンバーにも、まだ見ぬ豪炎寺に対する期待や興味を持つ雰囲気が漂う。
人当たりの柔らかさを自覚している吹雪は、卑屈にならないように気をつけながら、かつての豪炎寺のチームメイトだった土門に話しかけた。
「豪炎寺君だと、いいよね」(僕じゃなくて)
「ああ。俺も久しぶりに会いたいぜ」
「染岡君も、豪炎寺君のこと、好きだったね」(僕じゃなくて)
「そうだな」
…ああ、やっぱり僕は、必要とはされていない。
自分に反発しながらも、受け入れた後は誰よりも信頼を寄せてくれていた染岡の名前を出した時の、土門の言葉に、そういう思いしか、抱く事が出来なかった。
そうして迎えたイプシロン改戦。
シュートを決めてこそ、俺はここに居る価値がある!!
完璧にならなきゃ、ここに居る意味がねぇんだ…!!
俺は、完璧にならなきゃ、ならないんだ…!!
精一杯の思いで打ったシュートは、デザームに片手で止められた。
「期待していたのに、この程度とはな。お前はもう、必要ない」
必要ない…士郎としても、必要ない。アツヤとしても、必要ない。じゃあ…俺は…俺は…何なんだ…!!
そうして吹雪は、壊れた。
その、吹雪が壊れた試合で。よりにもよって、その試合で。
豪炎寺が、復活した。
「豪炎寺さんが…豪炎寺さんが…」壁山の呟きに、吹雪が顔を上げた瞬間。「帰って来たっスー!!」フィールドに立つ、彼が居た。
「監督!!」円堂の叫ぶ声に、瞳子監督が答える。「選手交代!10番、豪炎寺修也が入ります!」
…ああ、僕では、駄目なんだ…。
そう思う吹雪に駄目押しするかのように、交代で入った豪炎寺は必殺技であるファイアトルネードで、イプシロン改から、あっさりと1点を取ったのだった。
その後の展開も、吹雪を絶望させるものだった。
鬼道と豪炎寺が、アイコンタクトだけでパスルートを決定し、豪炎寺の必殺技である爆熱ストームで2点目が入る。円堂と豪炎寺が握手をする。イプシロン改が破れ、ガゼルが現れ、デザームらと共に消える。
宇宙人を名乗るチームが、あとどれぐらい居るのか。
そんな不安を語り合いながらも、待ちに待った”炎のストライカー”を、迎え入れるチームメイトの言葉。
「豪炎寺」
「円堂…」
戸惑いながら円堂へ返す呼びかけに、全開の笑顔で返された「わかってるって!」という言葉と、チームメイトの笑顔。「みんな…」と言葉が続かない豪炎寺に、「待たせやがって!」と土門が言えば、「ほんとッスよ!」と壁山が言葉を重ねる。瞳子監督に礼を述べる豪炎寺、それを補足する鬼瓦刑事と、土方。
豪炎寺には豪炎寺なりの事情があった事は、それで解った。
それでも。
絶望感は、消えなかった。
「豪炎寺君」
マネージャーである秋の、問いかけ。
「どうだった?久しぶりの、雷門は」
「ああ…最高だ…!」
笑顔で答えた豪炎寺に返される、鬼道のパス。そんな鬼道に、返されるパス。一之瀬、土門に回ったボールを綱海が待ち構え、それをスルーした土門が豪炎寺へボールを回すのを見た綱海が、「何だよ!俺とやる時も、それぐらい楽しそうな顔しろよな!」とむくれて見せ、リカを相手に容赦しない豪炎寺とのやりとりが続く。
…ああ、皆、この人を待っていたんだ…。
僕なんか、居なくても、良かった…。
絶望感だけを募らせる吹雪の足元にボールが転がった。
取りに来たのは、豪炎寺だ。
ファーストコンタクト。
「豪炎寺君…」
名前を呼ぶ事しか、出来なかった。
「ボールが、怖くなったか?」
初対面で碌な挨拶もなく掛けられた言葉は、それ、だった。
どうやら、この試合を見ていたらしい。
固まる吹雪に、豪炎寺は言葉を重ねる。
「怖くて当然だ」
「…え?」
「俺も、怖い」
返す言葉など、なかった。
「怖さを抱えて蹴る。それだけだ」
豪炎寺はそれだけを言って、フィールドへ戻って行った。
その後、立向居と豪炎寺のやりとりがあり、それを見た土門が「やっぱり、豪炎寺だよなあ」と呟き、「凄ぇ…円堂が言った通りだ」と綱海が口にする。シュートを止められなかった立向居が、「凄いですー!凄いですよ、豪炎寺さん!」と賞賛の言葉を口にする。その後で「吹雪!」と円堂に名を呼ばれ、足元に蹴られたボールが取れずに、チームの空気を、凍らせた。
「僕は…このチームのお荷物に、なっちゃったね…」
足元に転がるボール。帰って来た豪炎寺。それを歓迎するチームメイト。見ている事が出来ずに目を閉じたまま告げた言葉に、円堂が返す。「そんな事はない」
その声に目を開ける。「雷門には、お前が必要なんだ」そう言う円堂が嘘を口にするようには思えなくて安堵すると同時に、豪炎寺を迎え入れた時の顔を思い出す。
…やっぱり僕は、必要ないんじゃないのかな…。
豪炎寺が帰って来るまでの、代わり。
それだけでしか、なかったのではないか。
雷門に必要だと言ってくれるのは円堂だけで、他の皆は、そう思ってないんじゃないか。
暗い方向へしか向かわない、思考回路。
それでも、初対面の自分に掛けた豪炎寺の言葉は、忘れる事が出来なかった。
それから、だった。
豪炎寺を見るようになったのは。
焦りも、あった。
自分に信頼を寄せ、理解しようとしてくれていた染岡の離脱は、自分が思う以上にダメージを受けた。
ツートップとしての連携技、ワイバーンブリザードも、使えない。それどころか、ボールにすら、碌に触れる事が出来ない。現状では、豪炎寺とふたりで、雷門のストライカーとして動かなければいけないというのに、そうする事でしか存在価値を示す事が出来ないというのに、動く事すら出来ずにいる、自分。
真・帝国学園との試合で、鬼道の抱えているものの片鱗を知った。それでも、動く事は出来なかった。自分が知らないだけで、誰もが、何かを抱えている。それでも、ここに居て、戦っている。新たなエイリア学園チームとの試合を控え、もどかしさと苛立ちだけが、募った。
アツヤを失う事など、出来ない。
どうしたら良いのかなんて、解らない。
吹雪士郎を、見て欲しい。
認めて欲しい。
けれど、アツヤがいなければ、今の雷門に必要な力は、出せない。
豪炎寺が積極的に吹雪に話しかける事はなかった。チームに復帰したばかりで、豪炎寺が言いたい事も、皆が聞きたい事もあるだろうけれども、鬼瓦や土方の説明以上の事を豪炎寺が語ろうとはしなかったし、皆が聞こうとする事もなかった。
次々と出て来る新たなエイリア学園チームとの試合を控え、それどころではない、という事情があったにしても、その時の吹雪にはそれ以上の言葉がいらない信頼関係を見せつけられたようで、絶望感が増すだけだった。
そんな中、エイリア学園の3トップのひとり、グランこと基山ヒロトが瞳子監督の弟である事が解り、チーム内に動揺が走った。瞳子監督に問い詰めても、エイリア学園がただの宇宙人ではない、と言ってこれからの指示を出すだけで、それ以上話す事のない瞳子監督に従うかどうかで、チームが割れた。
瞳子監督を信じ、ついていく。
そう言ったメンバーの中に、豪炎寺も居た。
「僕も行くよ。行くしかないんだ。こんなところで。立ち止まりたくない」
居ても立ってもいられずそう口にした。
誰かの…豪炎寺の代わりではなく、吹雪士郎として、戦いたかった。
その方法は解らない。けれども、何もしないまま終わるのは、嫌だった。
河川敷で練習をしていたところに来たのは、豪炎寺だった。
豪炎寺は吹雪の事を、何も聞いてはこない。自分も練習しようと来てみたら、そこに吹雪が居た。それ以上は何もない、といった風情だった。「俺も…戦いたいんだ。キャプテンは待ってる、って言ってくれたんだ。だから僕は、完璧にならなきゃいけないんだ!」何も言わない豪炎寺に、何かを言わなければならないような気がして、そんな事を言った。「俺が相手になろう」豪炎寺は、そう言っただけだった。唐突とも言える言葉に、何を聞くわけでもなく、慰めるような事もなく、練習相手が居た方がいいだろう、というだけの淡々とした態度が、気遣われるよりも楽だったのを覚えている。
練習中に雨が降り始め、雷鳴が轟いた時にはもう、駄目だった。
家族を失った雪崩を思い出して取り乱す自分に、必死に言葉をかける豪炎寺に、自分の事を話してみようと思った。これまで一緒に戦って来たチームメイトではなく、日常会話以上を交わした事のない豪炎寺に対してそう思ったのは、初対面での言葉が自分の中に残っていたせいかも、しれない。
怖くて当然だ。俺も、怖い。怖さを抱えて蹴る。それだけだ。
どのポジションであっても、プレッシャーはある。ストライカーだけが、特別なわけではない。けれど、どんなに守っても、点を取らなければチームは勝てない。ストライカーは、点を取る事でしか、評価されない。他にどんなに良い動きをしたところで、ストライカーに期待されるのは、その決定力だからだ。
だから、完璧にならないといけない。
完璧じゃない自分は、必要とされない。
そんな思いで一杯のまま、今、自分が抱えている怖さや不安を言葉にした。
完璧じゃないといけない。そんな思いだけが強くて、何が自分にとっての完璧なのかなんて、考えた事もなかった。黙って聞いていた豪炎寺に問われるまでは。
「俺は。完璧じゃなくても、サッカー、楽しいぜ」
そう言って立ち上がり、歩き出す豪炎寺の名を呼ぶ。雨は勢いを弱め、雷鳴も遠ざかっていた。
「練習はひとりでやれ。完璧になりたいなら、必要なものを間違えない事だ」
ひとりは嫌だ、となりふり構わず泣き声で叫ぶ自分を振り返る事もなく、豪炎寺は去って行った。
その後のジェネシス戦で自ら望んで復帰した吹雪は、アツヤを消したり捨てたりする事なく、士郎としての自分自身を取り戻したのだ。
自分はひとりではないのだと、背中を押してくれた。それはチームメイト全員に言える事だったけれども、それでも不安が消えなかった自分に、確証をくれたように思えた。自分を過度に庇護しようとするのではないその接し方が、心地良かった。
好きだ、と思った。
友情としてではなく、恋愛と呼ぶには淡く、名付けようのない気持ちを、彼に、抱いた。
それからの10年。名付けようのなかった思いは募り、しかしそれを告げようとは、思わなかった。
その強さに魅せられたけれども、10年の間には、そんな彼が揺れ動く様を垣間見る機会もあった。自分ではない相手に、それを見せる様も見てきた。
それが自分であれば良かったのに。
そう思う事も、度々だった。
けれど考えてみれば、初対面の彼の言葉は、自分が抱えている弱さを、それを抱えたままで進もうとする強さを、計らずも見せたものだったのだと思うのだ。
それだけで、良かった。
今、見慣れない姿で画面に映る豪炎寺には、取り戻したいものがあるのだと思う。
その為に必要なものを選んだ結果が現在の立ち位置で、自分がどうありたいか、を考えての事だろう。
それが間違いかもしれなくても、その怖さも含めて、選び取ったものなのだ。
「…取り戻したいものはきっと、同じだね…」
サッカーが管理される、という風潮に、違和感を感じているのは自分だけではない。
10年も経てば、生活やその為に糧を得る手段にも違いが出て来る。動きたくても動けない事情も、子供の頃とは違う理由が付随してくる。
そんな中、豪炎寺は動いたのだ。そして、10年経った雷門にも新たな動きが出て来ている。そしてそれが、管理される事が当たり前のようになった今のサッカー界に、風を起こしつつあるのだ。豪炎寺以外にも、動き出した流れが表に表れて来た、という事だろう。
目的が同じであっても、それぞれに選ぶ方法は異なる。
かつての仲間と敵対する立場であっても賛同する立場であっても、結果に確信など持てなくても、それぞれの置かれた立場でしか、やれない事がある。
吹雪は自分が取り戻したい、と思ったものの為に、雷門へ行く事を決めた。
敵対している立場で一足飛びに直接、豪炎寺の元へ行こうとは思わない。フィフスセクターによって白恋中のコーチの任を解かれた自分が、そんな事をしても得られるものはない。今、自分に必要なものは白恋中の後輩達に、自分の思う、自由なサッカーを取り戻す事だ。それならば、雷門にそれを取り戻した彼ら…円堂や鬼道に、今の雷門の皆に、会いに行き、協力を求める方が先だ。
その先がどうなるのか、解らない。
しかし何であろうと始める事がなければ、終わりも来ないのだ。
それがどんな形で終わったとしても、そこからまた、始める事が出来るのだという事を、今の自分は知っている。
画面に写る豪炎寺の姿を見ていた吹雪は不意に、未だ名前を付ける事の出来ない感情を、伝えたいと、思った。
あれからの10年で岐路に立たされた時、思い出してきた言葉は、豪炎寺のそれ、だった。
普段は忘れていても、崩れ落ちそうな時、立ち上がろうとする時、選択を迫られた時、あの時の豪炎寺の言葉と顔が、浮かんで来る。氷塊をじわり、と溶かしていく、微かな炎のように。
きっと、これからも。
吹雪は、自分が取り戻したいのは、自由なサッカーだけではないのだと、自覚した。
「10年か…豪炎寺君の事を、からかったり出来ないな」
いつも遅いんだよ、お前は。待たせやがって。
何かにつけ、そんな言葉でかつてのチームメイトから親しみを込めたからかいを受ける事の多い豪炎寺を思い出しながら、吹雪は雷門へと向かった。
「名詞30題」より『25.長期休暇』です。吹×豪というにも、恋愛というにも遠いような感じで、10年間抱き続けた何か、というやつです。国内で同じプロリーグでプレイしているなら、聖帝が豪炎寺だという事は知っているかもしれないな、と思いまして。虎丸もフィフス入りしている事ですし。聖帝の真意を知っている人物は限られていて、その中にはかつてのチームメイトもそれなりの数、含まれるのではないか、と思います。知ろう、確かめよう、とする方法にも、色々あるでしょう。吹雪にとっての特別なら、染岡だと思います。それとはまた別の距離感を保ちながら、緩やかに思いあっていると良いな、と思うふたりだったり。あまあまラヴいちゃをオノレで書くには難しいふたりでございます…。ブレイクとはまた違って、2期ストライカートリオの組み合わせが好きです。10年かけて告げる思いが恋愛のそれじゃないとしても、そこはかとなく熟年夫婦のわかりあった感のようなものを醸し出しながら語り合っていれば良いと思います。