「ツンドラ」

「あんた、今日この後暇?」
「…まあ、暇、っちゃー、暇…かねぇ…」
 いくら童顔とはいえ、仮にも年上の…亡き父親の友人だ…に向かって”あんた”呼ばわりする生意気な口調の割には未だ幼いままの印象が強い(実際幼いが)少年は、相沢北斗だった。
 加賀がワールドチャンプになって後、英二…北斗の父に当たり、加賀の友人である…の墓前に、英二が死んで初めて立った時に出逢った少年は、14になったらサイバーを始めてあんたを負かす、と宣言して以来、加賀を”あんた”呼ばわりしている。加賀の性分から言って、(なんたって体育会系と族や走り屋の皆様は上下関係が厳しいからして)腹立たしく思うような事柄であるのに、そういう気分にもなれなかった。吹っ切れた、とは思っていても、やはり英二の面影を残す(親子なのだから当然だ…そして、北斗はどちらかと言えば英二に似ていた)北斗に『加賀』だの『加賀さん』だのと呼ばれる方が、落ち着かないかもしれなかった。
「じゃあ、ウチ、来て。母さんが待ってる」
「美波さんが…?」
 グランプリを終えてから、アメリカに戻って生活していた加賀だったが、日本へ帰ってくる時には相沢家に顔を見せるようになっていた。加賀を倒す事を宣言した北斗だったが、別に加賀を嫌っているわけではなく、むしろ懐いていて、連絡も頻繁に入れてくるし、日本へ帰ると知ればいつ家に来るのかと煩い。行く先々でカードフォンを鳴らされるのにもうんざりした加賀は、日本へ帰るとまず、英二の墓前に向かい、そしてそこから相沢家へ出向く事にしていた。
 今回は数日前に顔を出したばかりだし、今日も今日とて北斗に付き合ってオフを過ごしているわけだが、北斗に強引に連れられて、というのならともかく、美波がわざわざ加賀を待つ、などという事など今までなかった。
 一体急に、何故。
 訝しげな加賀などお構いなしに、北斗は自宅に連絡を入れている。
(まあ…いっか…考えても、しゃあねぇし)



 そうして北斗と共に、何度目かになる相沢家訪問を果たした加賀を待っていたのは、こじんまりとしながらも、華やかなムードにしつらえられた、相沢家のダイニングだった。
「…何か、あんのか、今日」
 いつもさり気なく飾られている花がやたらと豪華だ、とか。外食ばかりしているんじゃないの、と言っては伝統的とも言える家庭料理が並ぶいつもの食卓が何かのパーティでもあるのか、というぐらいのメニューと品数とセッティングだ、とか。何か、妙だ。
「まずは、お掛けになって下さいな、城太郎くん」
 美波の口調までもが、妙に丁寧だ、とか。(もともとあまり荒い話し方では、ないが)
 違和感が、拭い去れずに落ち着かないままに用意された席に着いた加賀がふたりを見ると、神妙な顔をして俯いている。しばしの沈黙の後、美波が口を開いた。
「…城太郎くん。話が、あるの」
(だろう、な…妙に飾り立てた空間で、改まった顔をしてりゃあ…何かない方が、おかしい)
 胸のうちで呟きながら、次の言葉を加賀は待つ。
「…お別れ、しないといけないの」
「…え…?」
 まるで恋人どうしのような会話。だけど、加賀と美波はそういう関係ではなかったし、なるつもりもなかった。じゃあ、誰が、誰と別れて…?話が、見えない。
「私達…私と北斗、ね…帰る、事になったの」
「帰る、って…美波さん、実家って地元(ここ)だったよな?」
「……ううん、違うの…これはね、英二も知らない事なのよ…」
「英二も?…なんか、そーゆーの、俺が聞くのもどうかと思うんだけど、よ…」
 何か、事情があってそれを明かさないままで居たのであろう美波と、それをどうやら知っているらしい北斗。ここを去る前に、加賀に話しておこうとしているらしい事は解るが、進んで聞く気もしない。そのまま黙ってしまった美波に代わって、北斗が口を開いた。
「帰るんだ、母さんと一緒に。…星、に」
「…今なんつった?北斗」
 思わず、聞き返す。聞き間違いだろう、と思う。星、とか言わなかったか、こいつは。星が故郷って宇宙人か何かか。いや、そんなワケねぇし。我ながらばからしい、と一瞬呆けたもののすぐに元に戻った加賀に、北斗が念を押すようにもう一度、言った。
「だから。星だよ。父さんは知らなかったけど、母さんはその星から来てて…おかしいと思わなかったの、あんた。母さん、ずっと昔から変わんないの。地球の人間より、体内時間が長いんだよ。解り易く言えば年取るのが、遅いんだ」
「…ぁア?」
 言われてみれば、加賀が美波を初めて見た時から、印象が変らない。そもそも自分が童顔で、それは成人してからも変らずにいるものだから、美波も同じタイプの人間なんだろう、ぐらいにしか思っていなかった。が。しかし。
 地球人ではない、と。
 そういう事を、言っているのか、この親子は。
「…ちょっと待て北斗…誰が信じるんだ、んな事」
「信じないのはあんたの勝手だよ。信じられないのも解る。けど、こんなの嘘ついてどうするんだよ。親子揃って、バカみたいじゃないか」
 バカだろ。美波が居なければ、即座に言っていた言葉を飲み込む。いつもなら、何バカな事言ってるの、とか何とか言いながら、穏やかに笑う人が、俯いたままだったからだ。
「美波さん…今の話…」
「…本当よ…だから…今日は、その事を話して…最後に、一緒に食事でもしましょう、って…やっと、英二の前にも顔を出してくれるようになったし、もう、大丈夫でしょう?私達が、居なくなっても」
「何言って…なあ…どうかしてんじゃねぇか…?!ふたりとも、なんか変だ。なあ…ほんとの事、教えてくれよ」
 加賀と向かいあった席で、俯いたまま、美波は顔を上げない。北斗が、小さく震える南の肩を、支えている。
(…本当、なのか…)
 誰も、何も、言わない。
 急に帰る、と言われただけなら、寂しくはあっても、それぞれに事情があるのだから、と、笑い合って別れの言葉を口にしただろう。生きている限り、どこかで逢う事もあるだろうさ。とか。どうせすぐに連絡してくんだろ、とか。ふたりの帰る先が国内だろうが海外だろうが…地球に居るのなら。
「…どこに、とかって…聞いても、わかんねぇだろうけど…それ、こっから見える星なのか」
 混乱したまま、ふたりに尋ねる。せめて、その帰る先が、地上から見えるのなら。自分がそこに行く事は敵わなくても、自分が空を仰ぐように、ふたりがこの星を見る事が出来るのなら。二度と逢えない、などと思うような事は、ないような気がして。
「…見えないと、思うよ」
 北斗の答えに、目の前が霞む気がする。
「…そ、っか…」
「M78星雲。知ってる?」
(…どっかで聞いたぞ、ソレ……確か昔のやつ…)
 加賀が小骨が喉にひっかかったような顔をして、思い出そうとした瞬間、の事だった。
「今だ!」
「変身!」
「「北斗とみーなーみー」」
 ふたりが立ち上がって歌い出す。
「…んあ?」
 呆気に取られている加賀をよそに歌っているふたりを見ているうちに、思い出した。
「…ウルトラマンA(エース)…」
「ぴんぽーん!」
 そういえば、英二とリバイバルを見た覚えがある。俺のじーさんが好きだったらしい、とか何とか言いながら見せられた深夜映画は、少し酒の入ったふたりをおかしなテンションにさせ、朝方終わったその足で、レンタル屋に行きたがる英二に逆らいもせずに付いて行った記憶が。あった、ような。…まさかアイツ、恋人が美波、ってぇ名前なのをいいことに、面白がって子供に北斗、とかって名付けたりしてねぇよな…やりそうなあたりが、怖ぇえんだけどよ…って、事は、アイツがA…いや、待て待て待て違うだろ俺。
 何も今思い出さなくてもいいような記憶を辿っていた加賀の前で、フルコーラスを歌い切ったふたりは笑っている。何が何だか、加賀には訳が解らない。
「北斗?美波、さん…?何…」
「…あ、はは…ごめん、ね、城太郎くん…あは、は…」
 美波の笑いは、止まらない。
「まさかとは思うけど…あんた、信じたりした?」
「へ?…何、が…ええと…だな…その、星に帰る云々、っていうのは…」
「嘘に決まってんじゃん」
 しれ、っと言う北斗を、怒鳴る気にもなれない。まだ、混乱している。
「だって…!美波さん、あんなに…!北斗、おめぇだって…!」
「母さんは笑い上戸だからさ…噴出しかけてるの、抑えてたんだよ、俺が。あんた、寂しくて泣けちゃったりした?目、ちょっと赤いよ?」
「なっ…ん…っ」
 からかうように言う北斗と、笑い続ける美波に、普段なら一笑に付すような…そもそも相手にしない類の…事を数分でも信じてしまった上にうっすら涙まで浮かべそうになっていた自分が恥ずかしく、情けなさも手伝って言葉が詰まる。
「あは…は…ご、めん、ね…城太郎、くん…」
「…美波さん…何だって、そんな嘘…北斗に付き合って、とかにしたって…」
(騙す為にこのダイニングのセッティングは、手が込み過ぎじゃあ、ねぇの?)
「ふふ…あは…だって、今日は何の日だか知ってる?それとも、忘れちゃった?4月1日と言えば?」
「…エイプリル・フール…」
(その為だけに、ここまで…この親子は…っ。こーゆーとこだけは、ノリがアイツとそっくりで嫌になるぜ…)
 答えながら本気で脱力したらしい加賀が、テーブルに突っ伏す。
「もうひとつ、忘れてるわ。お誕生日おめでとう、城太郎くん」
 すぐ近くでクラッカーを鳴らされたのと、その言葉に驚いて顔を上げると、ふたりが騙せた事込みで満足しているらしい笑顔が、並んでいた。
「お誕生日だもの、皆でお祝いしましょうよ。せっかく今年は日本に居るんだから、私達に付き合ってね、城太郎くん」
「私達?」
「ハッピーバースデー加賀!」
「おめでとう城太郎!」
 どこに隠れていたのか、春希と由香が飛び出して来る。妙な気配も最初の違和感が大きくて気付かずに居たらしい。
「しっかし、見事な騙されっぷりだったなあ、おまえ」
 感心したように春希が言うのに、加賀は言い返す気力も失せたままらしく、小さく舌打ちをしただけだった。
 お誕生日、おめでとう。
 伝える相手が居る事に。
 あなたを産み落としてくれた全ての存在に。
 嘘つきの日の、それは、本当の気持ち。
 どうか、願わくばこれからも、この言葉をあなたに伝えられますように。
 お誕生日、おめでとう。

END 2006.04.07.

っちゅーことで3月16日嫌がらせ&4月1日お祝い不発リベンジ。…これでよろしいかのう、女王様や…。と、いうわけで、そのうち開き直ってこのままか、手を入れる気力があれば入れるかして、お題にUPしたいと思うておるのじゃがのう…。ごほごほ…。<ここまで覚書に書いていたものです。まあ、ネタが懐かしい部類だろう、という事で、安易にお題30「なつかしい」にしてみました。と、言っても、リアルでAは存じませんが。「CYBER TOB」の最上ふう様のお誕生日に何も贈らずじまいでございましたが、某オンリー会場で言葉を交わし。「ヒル加賀とかでいいですか」とか何とか、とにかく何か見当違いな事をほざいて「いきなりジャンル超えたねー」だか何だか言われたような記憶がございます。相沢だけど英二じゃなくて申し訳ない。ちったいさんが好きなのかもしれない。二次元では。英二×加賀だともっと良かったのかもしれない。けど、英二×加賀に限らず、がっつりやおいはたぶん無理。どうしたって茶化したくなるんです、よ…。この話もラスト数行はオノレ的テンプレじみておりますね。どうしたって、誰であろうと、生まれて来てくれた事に対する気持ちは同じです。それをどう違った表現に出来るか、というのが課題なんでしょう、ワタクシの。タイトルは糞寒いお笑い加減、という事で。改めまして、最上さま、お誕生日おめでとうございました。