それまで不思議だったけど、ヒル魔さんの事だし、なんて気にも留めずにいたけれど、やっぱり不思議な事がある。
「いやマジ尊敬してるんスよ、ヒル魔さん。部費多いわ手下多いわ、おこぼれにあずかりたいなー、オレ」
部員勧誘の為の宣伝活動としての、賊学との練習試合。試合を観戦していた生徒の反応には、それなりの手応えがあった。春大会王城戦のTV放映、そこからのアイシールドへの興味、そして試合で感じたアメフトの面白さ。これがきっかけで、部員が増えれば、試合前に助っ人を掻き集める事もなくなり、正式なチームとしての練習もできる。興味を持ったから、と言っても、日本ではまだマイナー扱いのスポーツであるアメフト。入部希望者が増えても、使えなければクリスマスボウルには遠い。とりあえず、説明会と面接をする事になって、その中に居た三宅という1年が言った言葉。
部活に必要な備品が壊れたら、『校長を騙して買わせる』と言って、本当に買わせてしまう。部室の改装を勝手にさせて、請求書を校長へ持っていく。ヒル魔が支払う所を見た事もないし、請け負った業者からの取り立てが部の方へこない所を見ると、校長が支払ったのだろうと思う。私立とはいえ、校長の好き勝手に予算が使えるわけもない。ヒル魔に聞けば、全ては校長のポケットマネーだという答えが返ってきた。
部員は少ないのに、部費だけは有り余るほどの、アメフト部。泥門生徒のほとんどは、ヒル魔に脅迫されるネタを握られていたし、教師のほとんども例外ではないようだったから、校長もそうなのだろう、というのが、大方の見方だった。校長の弱みがどんなものなのか、ヒル魔以外は誰も知らない。ヒル魔に聞いた所で、教えてくれるとは思えないし、ヒル魔に聞くどころか近づく事さえためらう、というのがほとんどの生徒の反応だろう。
ヒル魔を怖れない栗田や石丸なら、何か知っているのかもしれない、と思って聞いてみた事はあるけれど、ふたりとも『知らないけど、まあ、ヒル魔だからね』といった反応で、いまだに真相は謎のままだった。
逃げ出したいのに、動けない。そんな状況なんて、パシリ生活の中で嫌というほど味わって来たけれど、今はそれとは全く別だ、という事ぐらいは解る。
いつもより早く終わった授業。そのまま部室へ直行したセナは、部室の扉を開けようとして、漏れ聞こえた声に手を止めた。他人と身体を繋いだ経験のないセナにも、そういった行為の時に漏らされる声だ、という知識ぐらいはあった。
何故部室からそんな声が聞こえるのか、と言えば、中でそういった行為が行われているからで、泥門の生徒ほぼ全員から怖れられているヒル魔の根城ともいうべきその場所に、部員以外に近づくものなんてない。まして部室でそういう行為をしようものなら、間違いなくヒル魔の脅迫手帳に書き加えられるのは目に見えているし、だとしたら少なくとも中にいるうちのひとりはその範囲外、という事になる。まもりは委員会で遅くなると言っていたし、そうでなくてもこんな場所で、そんな行為をするとは思えない。
扉の前で固まっているセナを完全に動けなくしたのは、ささやかれる声だった。
『ヒル魔先輩』
繰り返し、名前を呼ぶ声と、返される喘ぎ。先輩、と呼ぶ声は間違いなく男子生徒のもので、返される喘ぎはとてもヒル魔の声だとは思えないほどだったけど、聞きなれた罵声が混じっていたせいで、ヒル魔のものだと解った。
このままだと、きっと気付かれる。気配に敏いヒル魔の事だから、もう、気付いているのかも、しれない。だけどそれが自分である事までは、わからないはずだ。そろ、そろ、と後ずさる。教室まで戻れば良いだけの話だ。だけど、部室のすぐ傍に隠れたのは、気になるからだ。
ヒル魔には、奇妙に人を惹きつけるところがあると思う。だから、ヒル魔の事を好きになる…それは、恋愛感情でなくても…というのは、理解できる。セナ自身、怖れながらも惹かれずにはいられなくて、それはそのままセナにとってのアメフトの世界そのものの象徴だと言っても良かった。怖れながらも惹かれ、憧れているのは自分だけではない事ぐらい、ヒル魔の周りを見ていればわかる。それが同性に対する恋愛感情に転化しても、そういう事もあるだろう、とは思う。だけど、そういうものに対してヒル魔が応えるとは、思えなかった。何事であれ、無理強いされるヒル魔、なんてものは想像できない。だとしたら、今、部室で行われている行為も合意の上、という事だ。あくまでも、想像でしかないけれども。
あからさまな嬌声を耳にしたとはいえ、ヒル魔がどんな風なのか、なんて事までは想像もできない。そういう行為の時にしか、出さない声と、見せない表情を持っている、という事は解っても、そういう経験のないセナには、そこまでだった。
気になって隠れてはみたものの、相手を知ったところで自分がどうしたいのかを考えると、わからない。本当に知りたいのかすら、あやふやだった。自分に知られたところで、この事がヒル魔にとっての弱点になるとは思えなかった。自分にヒル魔を脅迫したり、取引じみた真似ができるとは思えないし、しようとも思わないけれど。
こんな所に隠れていても、気付かれたら…それが、部屋の中のふたりとは、限らない…不審に思われるのは、自分の方だと気付いたセナは、なるべくゆっくり…と意識して、校舎に向かって歩き出した。アイシールドの正体を隠し続けているから、下手にバレるような事はするな、とヒル魔に言われているせいも、ある。
ボロを出しやすい自分の事は、それなりに自覚していて、なのに未だにバレていないのは、ヒル魔のフォローがあるからだ、という事も解っていた。無駄に強暴で凶悪なくせに、やたらと気が回るし、人を罵り尽くしておきながら、不意に欲しかった言葉をくれたりする。まだ、ヒル魔を怖れる気持ちは消しきれないけれど、垣間見る優しさ…そう言って良いのなら…は、意外性を持って印象づけられていた。その落差に戸惑いながらも、離れようとは思わない。自分の持つ感情が、恋愛ではないけれども、限りなくそれに近い気は、している。部屋の中のヒル魔の相手は、そんなヒル魔を知り尽くしているのだろうか。
教室に戻って、手持ち無沙汰でいた所に、ちょうどモン太が来て、一緒に部室へ向かう。何も知らないモン太は、躊躇なくドアを開けた。そこには、いつもと何ら変わる事のない光景があるだけで、先程まで情事が行われていた形跡など、微塵もない。ヒル魔はいつも通り、指定席になっている窓際で、データを打ち込んでいる。何もかも、いつも通り。違うのは、自分がここで行われていた行為を知っていて、それがヒル魔であった、という事だけだ。
ちら、とヒル魔に視線を向けても、試合のデータか、新たな脅迫ネタか、画面を追う視線とキーを走る指が、止まる事はない。
自分ひとりが落ち着かないまま、それでも何とか平静を装って、グラウンドへ出る。練習を始めてしまえば、そんな事を考える余裕なんてものは、すぐになくなった。
自分の見た事は、もしかしたら気のせいだったのかも、しれない。とセナが思う程、ヒル魔は何も変わらなくて、そのまま数日が過ぎた。
カジノに改装された部室には、表向きただのゲームとして置かれたものが並び、昼休みには一般生徒に解放されている。ヒル魔の根城である部室には、今まで好んで近づく者はいなかったけれど、マネージャーとして入部したまもりのファンは多く、まもりの姿目当てに訪れる生徒も増えて来ている。校内で賭博、もちろん現金を賭けている、などと知られれば、問題になるのは目に見えていて、仕切っているのがヒル魔とはいえ、風紀委員としての使命に、ヒル魔相手だと必要以上に燃えるらしいまもりに知られては、どんな騒動になるか、わからない。妙なところで鈍いまもりだけが、部室カジノの実態を知らなくて、一般生徒が遊びに来る事を素直に歓迎している。部員はその鈍さに胸を撫で下ろし、まもりのファンや友人は完璧に見えるまもりの、そういった部分に気付いていないか、気付いていても逆に親近感を覚えるかのどちらかだったし、あえて知らせるような事はしない。そうでなくても、いらない事でヒル魔の脅迫手帳に書き込まれるネタを、自ら増やそうと思うような者は、泥門には存在しなかった。
賑やかな部室も、予鈴間近には人が去る。まもりは一足さきに教室へ戻っていたから、ヒル魔は堂々と今日のアガリの確認を始めている。
「糞チビ。戻っていいぞ。あとは、俺がやる」
予鈴の音を聞いて、ヒル魔がセナへ声をかけた。栗田やモン太は、まもりと一緒に戻っていて、部室には、ふたりしか残されていなかった。
「ヒル魔さんは、戻らないんですか?」
「ああ。私用だ。許可は取ってある」
どういう許可の取り方をしたのか、追求してはいけない。ヒル魔がそう言うのだから、そうなのだ。
「じゃあ、失礼します」
「ヒル魔さん、います?」
部屋を出ようとしたセナと入れ違いに、入って来た生徒。
「何の用だ」
顔も見ずに、ヒル魔は答える。
「いや、ちょっと遊ばせてもらえないかな〜、と思って」
「店じまいだ。見りゃわかんだろ。授業始まんぞ。帰れ」
「ヒル魔さんだって、サボリでしょ?いいじゃないスか。別にカジノで遊びたいわけじゃないし。ねぇ・・先輩?」
教室へ戻ろうとしていたセナの足が、止まる。『先輩』と呼ぶ、声。数日前に聞いたものと、重なった。
「今日は駄目だ。今から私用なもんでな」
「ええ〜。今じゃないと駄目なんスか?ソレ」
ヒル魔を相手に怯える様子もなく、聞きようによっては親しい、とさえ言える口調。入部面接の時も、同じだった。口調といい、話し方といい、どことなく嫌な感じがしたのを覚えている。同じ1年の、三宅という生徒。
「今日じゃねぇと、間に合わねぇんだよ。てめぇの相手してる暇なんざ、ねぇ」
「ひどいな〜。そんな大事な用事って、なんスか?ヒル魔さんがそこまで言うの、珍しいスよね。いつもなら、断らないのに」
「てめぇには、カンケーねぇ。うぜぇ事抜かすんなら、もう来んな」
「怒らないで下さいよ、やだなあ。じゃ、また今度、って事にしましょ?良いスよね、先輩?」
「あー、解った解った、とりあえず、今日は消えろ。邪魔だ」
「はいはい。じゃ、また」
三宅はそう言って、あっさりと部室から出て行った。
「糞チビ。いつまでそこに突っ立ってんだ」
「…聞いても、良いですか?」
自分を無視して続けられた会話を聞いたセナは、数日前の部室に居たのが、このふたりだと確信していた。なんとなく、三宅の事は好きになれない。だけど、ヒル魔は好きなのかも、しれない。
「ああ、こないだここで、三宅とセックスしてた事か?」
天気の話でもするように、あまりに普通に答えられて、言葉につまる。
「ヒル魔さん、気付いて…」
「ああ、人の気配がしてたからな。カジノは昼休みだけだし、それ以外の時間に部室に来るとしたら、アメフト部の奴しか居ねぇ。てめぇ、部活ん時思いっきり、態度おかしかったしな。バレバレなんだよ」
「ヒル魔さんは、三宅…君、と付き合ってるんですか?その…恋人…とか、そういう…」
ヒル魔と視線を合わせられなくて、俯きながら聞いたセナの言葉が終わらないうちに、ヒル魔の笑い声が重なった。思わず顔を上げたセナの目に映ったのは、心底おかしい、といった表情で笑い続けるヒル魔で、それはなかなか止みそうもなかった。
「あの…僕、何かおかしい事、言いました…?」
「…っ。俺と…三宅が…っ、こい、びと…っ…だあ?!…す、げぇ…発想すんのな、糞、チビ…っ。…ハラ痛ぇ…っ」
そう言って、本気で腹を抱えている。
「だって、ヒル魔さんが…その、無理矢理あんな事されるなんて思えないし、だから、そうなのかな、って…何が、そんなにおかしいんですか」
「…ケケ…っ…。てめぇが気持ち悪ィ事言うから、だろ」
「じゃあ、どう言えば良いんですか」
たとえ恋人じゃなくても、それくらいする事もあるだろうし、それだけ、の関係がある事ぐらいは、セナも知っている。知っていても、口にするにはためらいがあった。
「してるだけ、だ。アイツとは。お互い合意の上だぜ、何も問題ねぇだろ?」
確かに、問題はない。これはあくまでヒル魔の事であって、セナはたまたま知った、というだけの話だ。
「そう、ですね…すみません、変な事聞いて」
これ以上の事を聞いても、無駄だろう。と、いうよりも、自分が聞きたくなくて、セナの方から会話を終わらせる。計ったかのように本鈴が鳴って、そのまま全力で教室まで走った。
目の前の重厚な作りの扉を蹴りつけて、足を踏み入れる。
「来たぜ」
「挨拶は、入る前にするものだよ、ヒル魔君」
「今更。この時間に呼び出したのは、てめぇだろ。って事は、俺以外に来る奴はいねぇ、って事だ。違うのか?だいたい、好き好んで校長室に来る奴のが、珍しいだろ」
どう見てもヒル魔よりかなり年上の人物を相手に、対等な口を聞く。相手も慣れたもので、それに怒りを表す事もなく、言われもしないのに、どかり、とソファへ身体を投げ出すようにして座ったヒル魔へ問いかけた。
「違いないねぇ。それで、今月分は、どういう状況かね?」
「今月末締めの請求書がこれ、領収書はこっちだ。今月は備品も増やしてもらった事だし、ロッカールーム増築分は延払い基準で利益計上してくれるよう、工務店側の了承を取ってある。工事契約時に頭金分、学校名義の小切手切ってあるから、事後処理はまかせる。こないだの短期債券、中間決算までに売却すれば良いんじゃねえか?今んとこ、安定してる。そこそこの売値がつくはずだぜ」
「君の言うとおりに、させてもらうよ。損した事など、ないからねぇ。感心しているんだよ、いつも」
その上限が謎とされている、校長のポケットマネー。学校予算はいつもきちんと処理されていて、まるで試験問題のようにきれいな財務諸表が、期末ごとに全保護者及び職員に公開されており、部活ごとにも集計したものの提出が求められている為、アメフト部だけが特別扱いではない事は、それを見れば一目瞭然だ。
ヒル魔の脅迫によって、ポケットマネーの大半を吸い取られ、実は相当な借金を背負っているらしい、と生徒間で噂される校長だが、自身の持つ資産がそれなりにあり、またそれをヒル魔の情報と分析によって順調に増やし続けているのが実情だった。自分よりも確実な目を持っている、と思ったものだから、今ではヒル魔にまかせきり、という状態で、ヒル魔が増やしたものだから、相応の取り分は当然、というのが校長の考え方だった。ヒル魔の校内での風評や、生徒間での噂を否定しないままの方が、お互いに余計な詮索をされずに済むから、ふたりして、それを利用している。
「感心な生徒に、ご褒美はねぇのかよ」
ふて腐れたような物言いには、明らかな媚が含まれていた。
困った顔で微笑んでいる校長の、スーツの袖口を掴んだヒル魔は、半ば横たわる形に身体を投げ出していたソファに、その身体を引き寄せて、ゆっくりと後ろへ倒れ込む。拒まれない事をわかっていて、仕掛けているのはヒル魔の方なのに、むしゃぶりつくような口付けには、余裕の欠片も見当たらない。それを受け止めながら、ヒル魔の背に回された腕は、なだめるような動きを繰り返す。
ヒル魔がかみつくようにして行われていた口付けは、ヒル魔の気付かないうちに少しずつゆったりとした、深いものに変えられていて、包み込むような動きに焦れ始めると不意に乱暴に、かと思えば優しくなぞる動きに変化を見せる。息苦しくなる事など全くなくて、ずっと味わっていたくて、ねだろうとすると、かわされ、逃げようとすると捕らえられ、あまりの気持ち良さに恍惚となったヒル魔は、唇を離された時も、数秒、それがわからない程だった。
キスひとつ。それだけで、腰の立たない状態になっているヒル魔とは対照的に、校長はスーツを乱す事もなく、息のあがっている様子もなく、ヒル魔を見つめたまま、相変わらず困った顔をして微笑んでいる。その先へ進もうとする様子はなく、それどころか今しがたまで、ヒル魔と口付けを交わしていた事すら、なかったかのようだ。
「…やっぱ、それで終わりかよ」
「それで良い、はずじゃなかったかね?違ったかな」
「相変わらずムカツクな、てめぇ。俺がやりてぇの知ってて、まだそういう事言うのか」
「君こそ、私の事を知っているのに、いつもそういう無理を言うじゃないか。お互い様だと、思わないかね?」
「こんなキス…すげぇ、気持ちイイ事するくせに…ほんと、それだけで、後はおあずけなんざ、ひでぇよな。先に手ぇ出してきやがったの、てめぇのくせに」
「それがあるから、ここまでは、しているんじゃないか。困った子だねぇ、ヒル魔君は」
ヒル魔の非難も穏やかな微笑みのまま受け止め、ヒル魔から身体を離す。
「…全く…あんたを入学式で見た時は、驚いたけど…こんな不毛な状態に陥るなんざ、計算外だ。ありえねぇ」
「私も、君の名前を見つけた時は、驚いたものだよ。だけど、君の姿を見た時の方が、もっと驚いたねぇ。あの、いたいけで可愛らしかった小学生のヒル魔君が、悪魔と呼ばれるまでになっているなんて、想像もしていなかったからねぇ」
「何しみじみ浸ってんだよ、エロショタオヤジっ。てめぇの他愛無いイタズラとやらのせいで、『いたいけで可愛らしかった小学生のヒル魔くん』が、んなのになったとは思わねぇのかっ」
ソファに倒れこんだまま怒鳴るヒル魔に、のんびりとした口調で答えを返す。
「思わないねぇ。幼い君は、本当に可愛らしかった。だから、イタズラはしたけど、最後まではしなかっただろう?恥ずかしそうに、気持ち良さそうにしている君が、見たかったんだよ。たまらなく、可愛らしかったねぇ…。そのイタズラだって、一度きりだ。だからって、教育者としてどうか、と自分でも思うけどねぇ」
「…人としてどうなんだ、その発言は。確かに泥門では、問題ないよな。子供好きが妙な方向に高じたあげく、ちまかった俺に欲情。手を出したのはバレずに済んだものの、これ以上小学生に囲まれていりゃ、同じ事をしそうで怖ぇから、ってんで、そのまま辞職。2年前、学校改革の一環で、請われてこの学校に就任。てめぇの謎の辞職の真相が、んな笑えるもんだとは、誰も思ってねぇだろうな」
つまり、昔小学生だったヒル魔と、幼いヒル魔にイタズラをした校長が再会したのが、数年後の泥門高校なのだった。周囲の評判も良く、子供にも慕われていた校長の、突然の辞職。汚職でもなく、病でもなく、『一身上の都合により』自ら退いた形に見える校長の、その原因がヒル魔なのだった。ヒル魔が誰にも話していないのだから、他に知る者もいない。ヒル魔の持つ校長の弱み、というのは、この事だった。
「私の性癖がそうだ、と解っていて、したがる君も、どうかと思うんだけどねぇ…何度言っても、諦めてくれないしねぇ」
「んーなテク、他の奴にねぇんだよ。がっついて来るばっかで。てめぇの好きな小学生で試すわけにいかねぇんだし、俺はしてぇ、って言ってんだし、てめぇがその気にさえなりゃ、簡単な話じゃねぇか。無駄に煽ってくれっから、代わりつかまえんのもいちいち面倒だし」
ようやく寝そべる状態から身体を起こして、こちらへ向き直るヒル魔に聞く。
「君には誰か、好きな人は、いないのかね?」
「てめぇが良い、って言ってんだ」
視線を合わせて、言い切るヒル魔に息を呑む。即答された事に多少の動揺はあるものの、重ねた年の功で、隠す事に成功したようだ。
「そう言われても、どうにもできないからねぇ。いつもの事以上はできない代わり、使えるお金は使ってくれれば良いから、それで良し、としてもらえないかね?」
のんびりとした口調を崩さずに、ヒル魔が校長室を訪れる度に繰り返している言葉を言う。
「たりめぇだ。俺はしてぇんだから、てめぇはして当たり前。だが、嗜好はどうにもならねぇようだし…諦める気もねぇけど。まあ、しねぇなら、その分他できっちり、勘定合わせてもらわねぇとな。ま、俺が増やしてんだから、全部好きにしても良さそうなもんだが」
「気持ちとしては、それでも構わないんだけどねぇ」
「気持ちなんざ、いらねぇ。面倒くせぇし。俺が欲しいのものは、はっきりしてんだろ。それ以外なら、いらねぇよ」
ソファから身を起こしたヒル魔は、意に反して乱される事のなかった服のまま、部屋を出る。キスひとつで、煽られた形になっている身体は疼きを残していて、遊びたがっていた三宅の顔を、思い出す。
「面倒くせぇ…好きとか嫌いとか愛だの恋だの…んなもんごちゃごちゃ考えて、どうにかなるもんかよ」
これは恋だ、だの、愛だ、だの。どいつもこいつも、うるせぇ。そんなに理由が必要か。理由を付けた事に安心して、身勝手な『気持ち』とやらを押し付けられるなら、そんなものは必要ない。欲しいか、欲しくないか。ヒル魔にとっては、それだけの話だ。
「言えねぇか、俺も…」
小さく息を吐いたヒル魔は、とりあえずは今、もてあましている身体をどうにかしねぇとな…と、それ以上考える事をやめた。
「形容詞30題」より『すがすがしい』です。快楽に貪欲で、それさえ満たしてくれれば誰でも良い、という受と、振り回される周り、というのが、非常に好みです。ひんしゅく買う事が多いのですが、個人の嗜好ですので、遠巻きにして哀れんでおいて下されば結構。エラそうな受がすがりつく無様さ、だとか、好きなのはただひとり、だけど、身体はそれだけでは足りない、だとか、そういうパターンも、大好きです。今回のヒル魔で、やおい場面描写をするには、力量が追い付かず。タイトルはまあ、何にせよ、金のかかる男だよねぇ・・という事で。$10では、いくら何でも、ねぇ・・。(オノレの思考回路が)イタイ方の校長×ヒル魔でも、似たような展開というか、仕上がりというかに、なるでしょう。なんだ・・校長をいいひとにしたいのか、自分。おやぢ好きだからか。星に抱かれたドリーマーでございますね、我ながら。