円堂が悩みつつも楽しみながら訊ねてくる横で、鬼道は自分の分の注文を済ませたようだった。
「…お前は、何が食べたいんだ?」
「決められないんだよな〜…醤油バターと、コンソメと…かなあ。2種類、味付けして貰う、ってのは、無理そうだし…」
こんな事で、そこまで悩まなくても…と思った豪炎寺は、鬼道に声を掛けた。
「鬼道は、何にしたんだ?」
「塩胡椒だ。オーソドックスな物なら、外れはないだろうからな」
こんな事で、そこまでの物言いをしなくても…と思いつつ、豪炎寺はそれ以上は口にしなかった。元から、鬼道はこういう物の言い方なのだ。
「確かにな。…じゃあ、醤油バターとコンソメ、ひとつずつ下さい」
「何、豪炎寺?ふたつも食べんの?」
「いつもお前は、他のが気になって一口くれ、って言うだろう?だったら、両方買えば良いじゃないか。別に俺は、何でも構わない」
両方食べてみて、円堂が気に入った方を全部食べれば良い。こういう場所では、味にさほど期待するわけでもないし、要は雰囲気を楽しむ為のものだ。豪炎寺は、そう思っただけだった。
豪炎寺はそのまま会計を済ませ、円堂の分とふたつの串を手にした。自分の分を手にした鬼道と3人で、出口へ向かって歩く。
「それで?円堂、どっちから食べるんだ?」
「え?何?豪炎寺が食わせてくれるの?」
「そんな荷物を抱えたままでは、無理だろう?」
円堂の両手は、今までの屋台巡りで手にした戦利品…その殆どは食べ物だ…で塞がったままだ。だったら、手の空いている自分が食べさせてやれば良い。豪炎寺にしてみれば、妹と出掛けた時と同じような感覚だった。
鬼道にも春奈という妹がいるが、妹とひとつ違いの鬼道と、年の離れている豪炎寺とでは、感覚が違うのだろう。
……適当な場所に座るなり荷物を置くなりして、渡してやれば良いんじゃないのか?
傍らで、鬼道がそう思った事に、ふたりとも気付いては、いない。
「じゃあ、コンソメ!」
豪炎寺は元気良く答える円堂に無言で頷き、串を差し出す。
「んまい!次、そっちな!」
再び無言で頷き、串を差し出す豪炎寺の顔には、呆れた様子が浮かんでいる。だが、不愉快な様子は、どこにもない。ぱくり、と口を開けた円堂がかぶりつき、もごもごと咀嚼している様を微笑と共に見ている豪炎寺の様子は、まるで雛に餌を与える親鳥のようだ。
……そうでも思わないと、やっていられない。
鬼道の心の呟きを、ふたりが知る由もない。
春奈達、女子マネージャーの中に、自分が混ざるのもどうか、と思う。帝国で一緒だった土門は、時折自分に対して遠慮しているかのような様子を見せるから、気を遣わせてしまうかもしれない。何より、今日はリカに振り回されている、幼馴染である一之瀬と行動を共にしている事が多い。雷門メンバーの中で鬼道と親しく、よく話をするのが円堂と豪炎寺のふたりの為、何とはなく3人で行動する事が多かった。
だから、今日も何となく、3人で固まるような形になっていたのだ。
だが、これは。
「もう、いいのか?円堂。まだ、残ってるぞ」
「お前も食えよ。さっきから、俺ばっか食べちゃっててさ、豪炎寺、いっこも食べてないだろ?」
「俺は、いいから」
先程から、鬼道の存在が目に入っていないかのように、ふたりの会話が続いている。
鬼道は普段から、誰に対しても必要だと思った時以外は、強引に会話に入るような事は、なかった。饒舌な円堂に鬼道と豪炎寺のふたりが相槌を打ったり、時折意見を挟んだり、そういった役割に回る事が多かった。3人で居て、誰かひとりを故意に無視するような事も、ない。
単に食い意地の張った友達に、仕様がないから食べさせている、としか見えない状態の筈だというのに、先程から何となく入りづらいこの雰囲気は、何だろう。
鬼道は、初めてのこの状態に戸惑っていたが、ふたりはごく、自然な様子だ。
と、いう事は。
……考えすぎ、か?
何故だか自分がここに居てはいけないような、妙な気分になりながら、鬼道は自分が手にした串に口を付けようとした。
「何で食べないんだよ?…あ、もしかして共食いみたいだからとか?」
「……何で、そうなるんだ」
「だってトルネードってさ、お前の必殺技とおんなじ名前だろ?何か豪炎寺食ってるみたいだなー、って思ったからさー、俺」
円堂の発言に、食べようとしていた鬼道の手が、止まった。
鬼道が視線を向けた先では、豪炎寺が固まっている…ように、見える。
……やはり、そうなのか。
解りたくはなかったが、解ってしまう自分を、鬼道は恨めしく思った。
つまり、ふたりは所謂お付き合い、というのをしている状態なのだろう。恐らくは、恋人、として。
こういった状況では、円堂よりも豪炎寺を見ている方が、解り易いのだ。
豪炎寺自身に、その自覚はないようだったが、無意識なのか意識的なのかが掴みづらい円堂の言動よりも、それに対する豪炎寺の反応の方が、円堂の言動を読み解く鍵になる事が多い。
それは鬼道が、豪炎寺を間近で見るようになって、気付いた事だった。
「なあ、ほんとに食わないの?俺が全部もらっちゃっていい?」
「……あ、ああ。構わない」
『お前の事、全部俺がもらっちゃうけど、いい?』
そのポテトが円堂の言う通りに豪炎寺だとすれば、そう聞えない事も、ない。
円堂がいつもの調子で言うのに、豪炎寺の反応が、どこかぎこちない。
円堂の発言に含まれるものを、解っているからだとすれば、納得出来る。
……見ているこちらが、恥ずかしいんだが…わざと、なのか?円堂。
鬼道が知る円堂は、何に対しても真っ直ぐにぶつかる奴だ。何につけ、含みを持たせるような言動をする所を、見た事は、なかった。
今も、円堂は思ったままを言っただけで、特に含みがない、とすれば?
だとすれば、豪炎寺のぎこちなさは、そういった状態の自分を想像したか、思い出したか、という事だろう。鬼道が見てきた範囲では、豪炎寺はそういった事には、どちらかと言えば疎いように思える。
……思い出した、の方だろうな。その割には、豪炎寺の表情に、大きな変化は見られないが。
自分が居るから、悟られまいとしているのだろうか。
フィールド上ではともかく、普段の豪炎寺は大きく表情を変える事が、滅多にない。
今もぎこちなさを残しつつも特に表情を変える事もなく、円堂に言われるままに、手に持った串を食べさせてやっている。
ふと、鬼道に悪戯心が湧き起こった。
「円堂」
「ふぁに?どほしたんら、鬼道」
もごもごと口を動かしながら顔を向けた円堂につられるように、豪炎寺も鬼道を見た。
「これも、食べるか?」
「いいのか?」
円堂が満面の笑みを、鬼道に向ける。鬼道は、餌付けをしているような気分になった。
「……食い過ぎじゃないか、円堂。それに鬼道、折角お前が買ったのに、一口も食べてないじゃないか」
「公園へ下りてから食べ続けている円堂に、腹を壊すな、と言った俺に頷いておきながら、今も食わせ続けているのは誰かな?」
からかうように言った鬼道の言葉に、豪炎寺が睨むような目を向ける。
鬼道はそれを軽く流して、手に持っていた串を豪炎寺に差し出した。
「円堂曰く、これは豪炎寺らしいからな。俺は遠慮しておく。色んな意味で、腹一杯になってしまったから、な」
途端に、豪炎寺の顔が赤く染まった。
それはもう、見事なまでに。
「何?どういう意味だ?鬼道?…豪炎寺?」
ひとり、状況を解っていないらしい円堂が、不思議そうな顔で交互にふたりの顔を見る。
「お前があんまり美味そうに食べるから、見ているうちに満足してしまったんだ。しっかり食わせて貰えよ、円堂」
「……鬼道…っ!」
「ああ、うん!サンキュな、鬼道!…豪炎寺?どうしたんだ?」
顔を赤く染めたままの豪炎寺は、それ以上言い返す事も出来ず、円堂は嬉しそうに鬼道に礼を言った後になってやっと、豪炎寺の様子に気付いたようだった。
「俺は春奈達を探して来る。じゃあ、後でな」
これ以上、巻き込まれる前に退散する事にした鬼道は、そう言って背を向ける。
そうして歩きかけてから振り返り、言った。
「あまり遅くなるなよ。ふたりとも」
「ああ、解ってるって!じゃあ、後でな!」
円堂が答える傍らで、赤い顔のまま睨みつけてくる豪炎寺を見て、後が怖いかもしれないな、と思いながら鬼道は、その場を後にした。
「なあ、どうしたんだ?豪炎寺。顔、赤くない?大丈夫か?」
円堂の無邪気さは、性質が悪い。
豪炎寺は、そう思う。たった今も、そう思っている。
「豪炎寺ってば!なあ…どうしたんだよ。気分、悪いのか?あ、あっちに座れそうな所がある。歩けるか?」
屋台と屋台の間やごみ捨て場前の通路等、あちこちに出来た隙間に立ったまま、或いは腰を下ろして休憩したり飲食している様子が見える。
赤い顔のまま俯いて、黙ったままの豪炎寺にあれこれ声を掛ける円堂の両手は、相変わらず荷物で塞がっていた。それを無理矢理片手に抱え込んで、豪炎寺の手を引く形で歩き出した円堂に連れられるまま、空いていた僅かな隙間に移動したふたりは、腰を下ろした。
「ちょっと待ってて」
荷物を下ろした円堂は豪炎寺にそう言って、ペットボトルを手にして戻って来た。
「水なら飲めるかと思って」
「……いい」
「なあ、ほんとに平気なのか?人、多いから酔っちゃったのかなあ…熱はない、よな。でも顔、赤いし…」
心配そうに覗き込む円堂の手が、額に触れる。
誰の所為で、こんな状態になっていると思っているんだ。
円堂の一言に過剰に反応してしまった事だけでも落ち込んでいたのに、それを鬼道に気付かれた挙げ句にからかわれ、恥ずかしさに耐えられない。そんな事に気付く事もなく、心配しながら触れてくる円堂の手に、より一層、体温が上がるのが解る。
豪炎寺はそんな自分に、泣きたいような気持ちになっていた。
「……お前、が…あんな言い方を、するから…」
円堂の顔をまともに見ていられず、視線を逸らした。
「あんな、って…?」
本当に、性質が悪い。
円堂と恋人になって、抱き合うようになってから、そう、日は経っていない。抱きたい、と言われて抵抗がないわけでは、なかった。羞恥は今も、消えない。けれど、まるで自分を食らい尽くすかのように求める円堂を見て、嬉しく思うのも、事実だった。
肉食獣に食われる獲物みたいだ。
初めて抱き合った時にそう思った事を、覚えている。
『何か豪炎寺を食ってるみたいだなー』
だから、円堂が何気なく口にした言葉に、固まってしまった。
円堂が、そんな意味で言っているのではない、と思うから、余計に。
自分だけが、そんな時の事を思い出しておかしくなっている、だなんて、気付かれたくない。なのに、鬼道に気付かれてしまった。そのまま流してしまえたら良かったのに、出来なかった。
心配している円堂に、何でもない、と言ったところで、こんな状態では、納得なんてしてくれないだろう。そう思った豪炎寺が口にした精一杯の言葉の意味を、円堂は聞き返しているのだ。
自分が抱かれている時に感じた事を口にされたから、恥ずかいのだ、などと、言えるわけがない。
「……あ!俺が芋とお前を一緒みたいに言っちゃったから?ごめんな?俺、そんなつもりじゃ…」
心当たりと言えばそれしかない円堂が言うのに、自分だけがこんな風になっている事が、ばかばかしくなってくる。
俯いたままの豪炎寺をどう思ったのか、円堂が声を落として、耳元で囁くように、言った。
「ほんと、ごめんな?豪炎寺。お前がそんなの、気にするとか思わなくてさ、俺。トルネードポテトも美味かったけど、豪炎寺は、そんなの目じゃないぐらい、美味いもんな!」
予想外の言葉に、豪炎寺は絶句するしか、なかった。
納まりを見せかけていた体温が、一気に上昇するのが、解る。
「……豪炎寺?」
心底不思議そうに聞いて来るあたり、円堂は本当に、性質が悪い。
「……っ…ばか…っ!」
豪炎寺は手元にボールがない事を、心底呪った。
ボールがあれば、間違いなく鳩尾にブチ込んでやるのに。
顔の赤みを増した豪炎寺の様子に、ようやく円堂も何かに気付いたようだった。
「……何かよく解らないけど、恥ずかしかったのか?豪炎寺」
ここまで鈍いと、脱力するしか、ない。
「……もう、いい…」
「そっか!じゃあさ、豪炎寺、続き!」
脱力しきった豪炎寺をあっさり流したかのような円堂の言動に、豪炎寺が不思議そうな顔をする。
「鬼道に貰ったそれ、食べさせて?」
豪炎寺の手は、鬼道に渡されたままの串を持ったまま、だった。
力の抜けきった豪炎寺が、無言でそれを差し出すのに、かぶりついた円堂がそれを咀嚼し飲み込んだ後に、呟くように、言った。
「……ん、んまい!…けど、やっぱり豪炎寺が、いいな。帰ったら、豪炎寺が食べたいなあ、俺」
ここまで来ると多少の開き直りもあるのか、円堂の口元についている食べかすを空いた手で拭いながら、豪炎寺が口を開いた。
「……帰るまで、待てないだろう?…お前は」
豪炎寺はそう言いながら、その口元を掠めるように、自分の唇を落とした。
「動詞30題」より『29.たべる』円×豪エンドです。鬼道さんが出張っているのは仕様です。そこはかとなく漂うバカップルオーラに耐えたのですから、少しぐらい意趣返しをしても良いと思います。キャプテンの暴走は、なんとか食い止められたと思っております。いくらヤりようがあるとは言っても、そんな人混みの中の、狭い空きスペースとはいえ、どこからでも見放題な場所でやおられても、ねぇ…。せめて屋台立ち並ぶ公園から出て、すぐ傍の広場やら川辺ならまだしも。<ああ、ここならごまかしようもあるわねぇ…などと思う腐れ加減は仕様ですので答えは聞いてない。地元K川等間隔バカップルがおやりになっているのを見かけるのはデフォですけれども、(…気付きたくねぇよ、んなもん。でも解り易いまでにヤっていらっしゃるんですものー!…円豪ならガン見する自信がある。<あってどうしろと。)黒キャプテンを書こうとしたのですけれども、天然故に修也さんが可哀想なのも可愛らしいかもしれない…という誘惑に勝てず、このようなノリになってしまいました。もうさー、リカん家での夕食時に、キャプテンがリカ直伝ラブラブ焼きを修也さんに食わせてやれば良いんじゃないかなあ、これ。