悩む円堂に、気になっているものがあるなら自分達もひとつずつ買うから、ひとくちずつ、全部食べてみれば良いんじゃないか、と提案したのは鬼道だった。
 豪炎寺も、それで良い、と頷く。
 鬼道も豪炎寺も、それぞれに妹が居る。こういった場所に連れて来るのは自分の役目で、夢中になってはしゃぐ様子に目を細めながら、ささやかな我侭を叶えてやる事が、常だった。
 円堂を見ていると、同じような気持ちになる。
 いつぞやの駄菓子屋での円堂を見て、ふたりで微笑み合った時と同じ、だった。
 鬼道が雷門へ加入してから今に至るまでの間に、チームメイトから始まったふたりの関係は、恋人、と呼ばれるそれ、になっていた。
 ふたりとも、それを周囲に知られるような事を表立ってはしていなかったから、今のところ気付かれてはいない、と思う。
   サッカーに関して、それ以外の事を持ち込む事をしないのは、ふたりに共通した事だった。一旦フィールドに立てば、それ以外の事を考える事はない。
 迷いを見せる事があっても、それは次々と現れる倒すべき敵に関係するもので、互いへの恋情によるものでは、なかった。
 何よりも、サッカーが、雷門が勝つ事が、強くなる事が、求めているものだったから、どうすればそういう状態に出来るのか、という事を考えるのが、優先される事だった。
 サッカーを公とすれば、私であるプライベートとの線引きは清々しい程に明確で、そういった部分が共通している事が、互いの居心地を良くしているのは、ふたりとも理解していた。
 人に対して直接踏み込む事を躊躇い、自分の中での解釈で完結させてしまう事が多いふたりではあったけれども、気持ちを確かめ合ってしまえば、その先、へと欲が出て来るのも当然だ。
 表立ってはしていない、というだけで、周囲から見れば単なるお出かけにしか見えないようなデートもすれば、キスもした。その先、に進むまでにかなりの時間を要したものの、行き着くところまで行きました、という状態だった。
 そして、そうなってからまだ、そう長く経っては、いない。
 学校では、クラスが別だ。部活中は一緒とはいえ、当然、他の部員が居る。何もない放課後、なんてものは滅多になくて、休日だからといって部活が休みになる事も、多くはない。完全なオフの日があっても、鬼道も豪炎寺もそれぞれに、家の事情で出かける事が多かった。ふたりきりで過ごせる時間は、そう、多くはない。
 今日のように、試合以外で雷門の皆と一緒に出かける事も滅多にない。
 雷門のサッカー部はそれぞれにとって、大切な場所だ。ふたりで過ごす時も、皆と一緒に過ごす時も、大切にしたい気持ちは同じで、そこに互いが居るのなら、それで良かった。
「はいよ、熱いから、気をつけて!」
「ありがとう」
 揚げ立ての串を、それぞれが手にして、屋台を後にする。
 ほくほくと湯気を立てるそれを、早速頬張る円堂を挟むような形で歩きながら、出口へ向かう。
「んまい!やっぱりこういうのって、出来立てが美味いよなー」
「……先にひとくち、食べるか?」
 口を付けようとしていた鬼道が、自分の持つ串を円堂に向ける。
「ん?ああ、ありがと。でも、後でいいよ。折角出来立てなんだしさ。鬼道も美味いうちに、食べろよ」
「じゃあ、そうしよう」
 鬼道が答えた時、円堂越しに見えた豪炎寺は、湯気を立てるそれに、小さく息を吹きかけていた。

 ……猫舌、だからな。

 雷門で日常を過ごすようになって、初めて豪炎寺のそういった仕草を見た時は、幼い妹と食事を採る時の癖が出ているのかと、思った。
 けれども、度々目にするものだから聞いてみれば、少し怒ったような顔で黙ってしまった。それが恥ずかしさから来る表情だと、うっすらと赤くなった耳元を見て、解った。意外さと同時に可愛い、と思った鬼道はそれを口にして、豪炎寺を怒らせた。
 豪炎寺はそれを隠していたつもりらしく、実際、その事に気付いている者は他に居ないようだった。
 その事に気付いた時、豪炎寺ばかりを目で追っていた自分と、その理由を、自覚したのだ。
 大丈夫だと判断したのだろう、食べ始めた豪炎寺を見て、鬼道も手にした串を口にした。
「でも不思議な感じだよな」
「何がだ?」
「だってさ、普通に芋だろ?でも何か、いつも食ってるのと違うような気がするんだ」
「やはり、形状の所為じゃないのか?」
「けい…ああ、形の事か。そんなもんなの?」
「ああ。切り方で、味も食感も違ってくる。特に肉や野菜は、繊維の方向が関係あるらしい」
「羊羹だって、切った時の厚みで味が違う、って言うからな。試してみた事は、ないが」
「羊羹かあ…何か甘いだけだと思ってた。今度試してみよっかな」
「試す、って…どれだけ食べる気なんだ…」
「……聞いてるだけで、胸焼けする…」
「そっか?でも腹減ってたら、そんなの忘れそうだなあ」
「……お袋さんの手伝いをすれば、羊羹じゃなくても試せるぞ」
「手伝う、って言っても、邪魔にしかならない、って言われちゃうんだよなー」
 他愛もない会話を交わしつつ、歩く。
「なんかさー、豪炎寺食ってるみたいだなー、これ」
 不意に円堂が言った言葉に、鬼道の動きが、止まった。

 ……円堂に他意はない…ない筈、だ。大方、名前がそうだから、とか、そういう類のものだろう。

「何で、俺なんだ?」
「んー?やっぱ、名前?トルネードだし」
 豪炎寺が聞くのに、自分の想像した通りの答えを返す円堂を見て、鬼道は安心した。
 目に入れても痛くないほど可愛い、というのは、妹である春奈に対して抱いている感情だ。
 同性に対して可愛い、と思う事も、ある。それは無邪気にはしゃぐ円堂だったり、そんな円堂を慕う部員達だったり、憧れの対象に緊張している姿だったり、様々だ。そういった事は、極普通にある。
 豪炎寺に対して可愛い、と思った件の事にしたって、感情の起伏が読みづらい所為か、クールと称される事が多く、同性からも異性からも格好良い、と形容される事の多い豪炎寺の意外性を、案外可愛いものだな、と思ったからだ。
 ただ、豪炎寺と恋人、という関係になって、本や映画やテレビその他で目や耳にしていた『食べちゃいたいぐらい可愛い』という感情を持つに至った自分を、鬼道は自覚した。
 それが積もりに積もったところで、身体を繋いだのだ。
 食事以外で食べる、という言葉を実感したのは、その時だった。
「……必殺技にトルネード、って付くのは、他にも居るだろう」
「でもやっぱ、トルネード、って言えば豪炎寺!って感じがするんだよなー」

 ……食えなくなるじゃないか。

 こんな事を、こんな場所で意識してしまう自分がおかしい。現に、豪炎寺の様子に変化は見られない。そう思っても、円堂の発言で情事を思い出してしまった鬼道は、固まってしまう自分をどうにも出来ない。ふたりに気付かれていないのが、幸いだった。
「ま、いいじゃん!美味いしさ!不味い物と一緒にされたら、嫌かもしんないけど」
「……そうだな」
「な、鬼道もそう思わない?」
「……何を、だ」
 笑顔で言い切る円堂に、無理矢理納得したような豪炎寺が答えた後、手にした串をかじるのを再開した円堂が聞いてきた。
 薄々解ってはいても、問い返してしまう。
「やっぱさ、トルネード、って言えば豪炎寺、ってさ!」
「……まあ、な」

 だからと言って芋と一緒にする、というのも、どうかと思うが。

 円堂には言うだけ無駄だろう、と思い、鬼道はひとり言を胸のうちに留めた。
「だよな!ほら豪炎寺、鬼道もそう思ってるって!」
「あくまで名前に関しては、だ」
 鬼道は、豪炎寺に誤解されたくなくて、慌てて言葉を足した。
「ごちそーさまっ!あ、俺、次あれやりたい!行こうぜ!」
 一足先に自分の分を食べ終えた円堂は、それで満足したらしい。ひとくち頂戴、とふたりに強請りもせずに遊戯屋台を見つけて、走って行った。
 相変わらずだな、と思ったのは自分だけでは、ないらしい。鬼道が豪炎寺を見ると、微苦笑を浮かべた顔が、そこにあった。
 自分も同じような顔をしていたのだろう。目が合った豪炎寺が、口元を緩めた。
「相変わらず、だな」
「ああ」
 先に行った円堂はそう遠くに居るわけではないだろう。このまま歩いて行けば、直ぐに追いつける筈だ。
 急ぐほどの事でも、ないだろう。
「少し、待っていてくれ」
 鬼道はそう言って、すぐ傍の屋台で飲み物を手にして戻った。豪炎寺は手近にあったゴミ箱に、食べ終えた串を捨てているところだった。
「喉、渇いてないか」
「ありがとう」
 鬼道の差し出したそれを受け取った豪炎寺が、礼を言う。
「鬼道、食べないのか?」
 受け取ったペットボトルを開けながら、未だに口を付けた様子のない串を手に持ったままの鬼道に、豪炎寺が聞いた。
「……食べられると、思うか?」
「……冷めて不味くなっているから、か?」
 少し考える様子を見せた豪炎寺が聞き返すのに、鬼道は苦笑を浮かべる。

 ……やはり解っては、いないんだな。

 円堂の何気ない一言を、そういった方向で聞いてしまったのは自分だけだ、という事を、豪炎寺の反応で思い知らされる。
 自分と同じように反応する豪炎寺が見たいわけではないが、自分だけが過剰に反応している、というのも、何か癪に障る。
 好きな相手には、いつでも笑顔でいて欲しい。
 そう思うのと同時に、泣かせてみたい、だとか、困らせてみたい、だとか、そういった感情が湧き上がる事もあるのだ、という事を鬼道が知ったのは、豪炎寺という恋人を持ってから、だった。
 今も、そんな感情が湧き上がって、どうしようも、なかった。
「円堂が、あんな言い方をしなければ、大丈夫だったんだが、な」
「……あんな言い方…?」
 不思議そうな顔で少し首を傾げて、心持ち上目遣いの豪炎寺、なんてものを見せられたら、湧き上がった感情を抑える事など、出来そうに、ない。
「豪炎寺を食ってるみたいだ、と言っていただろう?」
「名前の事だろう?それが、どうかしたのか?」

 ……言わせる気なのか。まあ、解っていないのだから、仕方がないが。

 怒らせてしまうかもしれないが、構うものか。
 自分だけがおかしくなっている、この状態に悔しさに似たものを感じた鬼道は、開き直る事にした。
「お前を食べている時の事を、思い出した」
 意図的に潜めた声を、囁くように耳元に落としてやると、豪炎寺の動きが、止まった。
「お前ここ、弱かったよな…」
 動きを止めた豪炎寺の耳元から離れ際、呟きと共に軽く耳を食んで小さく舌を滑らせると、豪炎寺の肩が、微かに震えた。
 開き直ったのだ。この程度は、してやらないと気が済まない。
「………っ、道…っ…!」
「どうした?顔が、赤いぞ」
 ようやく声を出した豪炎寺に、しらっとした顔で、からかうように返す。
 自分の言葉に、ようやく意味するところを解ったのだろう。その所為で、自分と同じように、あの時の事を思い出したのに違いない。
 真っ赤になっている豪炎寺は、余計にあの時の様子を、鬼道に思い出させる。元々、見せるつもりなど、ありはしないが、他の奴に見られなくて良かった、と思った。
「と、いうわけで、食うに食えなくてな。捨てるのも何だし、お前が食べるか?」
「……要らない」
 鬼道が差し出したそれに、少し赤みが引いた横顔を見せたまま、豪炎寺が答えた。

 ……怒らせた、か?まあ、いい。

 そんな様子ですら、可愛いなどと思ってしまうのだ。本気で怒らせるような事を、したつもりもない。だが、ここにボールがあれば、確実に打ち込まれたと思う。そうならないだけでも、良かった。
 自分の言葉に、くるくると表情を変える豪炎寺が、楽しくてたまらない。
「仕方がないな。……食べるとするか」
 そう言った鬼道は、すっかり冷め切ったそれに、かじりついた。





 ……あんな事を言われて、どうしろ、って言うんだ。

 まだ、顔が赤いままなのが、自分でも解る。
 ふたりは、ひしめき合う屋台のそこここに出来た隙間のひとつに腰を下ろしていた。豪炎寺の隣では、鬼道が冷め切った芋を食べている。
 それが自分だと思うと食べられない、等と言っていた鬼道は、そんな事がなかったかのように、黙々と口を動かしている。
 鬼道を見ているうちに、円堂の言葉や、先程の鬼道の言動を思い出す。
 その所為か、どうしても鬼道の口元に、目が行ってしまう。食べている鬼道の口元を見ているうちに、まるで自分が食べられているような感覚が、豪炎寺を襲った。
 鬼道も、こんな気分だったのだろうか。
 いたたまれない気分になり、目を逸らす。
  「どうかしたか?豪炎寺」
 気配に聡い鬼道が、自分を見つめてくるのに、体温が上がる。
「……何でも、ない」
「……本当に?」
 大抵は、そうか、とそれ以上は聞く事なく流してくれる鬼道が、踏み込んでくるような時は、碌な事がない。
 逃れられない。
 そんな気持ちに、させるのだ。
 隠しておきたかった気持ち、抑えられる筈だった感情、そんなものを、今までどれだけ、暴かれた事だろう。
 そしてそれが、嫌ではないのだ。
「……お前、が…あんな事を、言うから…」
「あんな、とは?」

 ……絶対、解ってて、言ってるだろう…っ。

 自信ありげに口の端だけを上げる、鬼道がよくやる笑い方をしているのを見て、自分の考えは間違っていない事を、豪炎寺は確信する。
 だからと言って、ここで何も言わなければ、鬼道の期待する答えを口にするまで、追い詰められるだけだ。
 いつも自分を気遣い、必要以上の言葉を口にしない鬼道だが、時折、意地悪になる。それは決まって、こういった時、だった。
 言葉に詰まる自分から、まるで楽しむような顔をしながら、言葉を引き出そうとするのだ。
 そうでもされないと、恥ずかしさが先に立ち、なかなか口にする事の出来ない、様々な言葉。悩んだ時、泣きたい時、そうされる事で初めて出せる言葉を何度、口にした事だろう。
 そうして引き出した言葉を、鬼道はいつも、受け止めてくれる。
 ふたりで抱き合っている時も、同じだった。
「……鬼道は、意地悪だ」
「それで?まだ、答えを聞いていないぞ?」
 こんな時だけ、さらりと流す鬼道を恨めしく思う。
「俺、を…食べてる時を、思い出した、なんて、言う、から…」
「ああ。言ったな」
 楽しそうな表情を変えない鬼道に、豪炎寺は半ば自棄な気分になりながら、言った。
「お前が食べてるの、見てたら…本当に、食べられてる気分になって…困っている」
 あの時を思い出させる言葉、耳元へ落とされた囁きと這わされた舌、楽しそうで意地悪な顔。鬼道が見せた言動に、中途半端に煽られたようになってしまった豪炎寺は、それ以外に言い様が、なかった。
「……困ったな。そんな風に言われたら、今すぐにでも、食べたくなる」
 全く困っていない顔でそう言った鬼道は、座り込んでいる所為で、周囲からの視線が自分達を素通りしているのを確認しながら、豪炎寺に触れるだけのキスをした。
「……後で、好きなだけ食べればいい」
 離れようとした鬼道に、同じようにキスを返しながら言う豪炎寺に、鬼道が一瞬驚いて、そんな鬼道を見た豪炎寺も同じように驚いていた。
 顔を見合わせているうちに可笑しくなって、小さく声を立てて笑い合う。
「……そろそろ、行かないとな」
「ああ。円堂を、待たせてしまったかも、しれない」
 もどかしい気持ちを抱え、それを溶かし合う時が早く来る事を願いながら、ふたりは肩を並べて、歩き出した。

鬼×豪END 2010.05.11

「動詞30題」より『29.たべる』鬼×豪エンドです。頑張れ鬼道さん!の気持ちを、目一杯込めてみました。何かこう、鬼道さんは不憫、という響きが似合うような気が致します…それを言うならヒロトとか明王もそうなのですけれども。(爆)鬼道さんは不憫と共にこう、不埒という響きもお似合いだと思います。ナチュラルにけしからん感じはキャプテンにもございますけれども、鬼道さんは真顔でけしからん事をしていそうな感じが、ひしひしと致します。修也さんは存在自体がけしからん感満載だと思います。そりゃ食いたくもなる、っちゅーねん。中途半端に放置プレイな話になってしまった感が否めませんが、その分ふたりの期待が高まって楽しめるでしょうから、良いんじゃないの?と開き直っておきます…。<最低だ。