Y談社おおきいおともだち絵本 戦隊シリーズ(2)

ラバヒル合体ヘタレンジャー
『ムサシと春人の・でりでりきっちん』

こんにちは、桜庭春人です。ヘタレンジャー『おおきいおともだち絵本』への応援、どうもありがとう!僕も作者もヘタレだから<わかる人は笑ってくれたまえ…なかなかヒル魔をモノにできないんだけど、それでも懲りずに楽しんでもらえたら、嬉しいな!

 ※しろい ところに じぶんで えをかいてね。



戦い済んで、日は暮れて。トカゲリアンとの戦いは、ヘタレンジャーが活躍する事もなく、ブルーとブラックの連携で案外あっけなく終わった。レンジャースーツのままで街中をうろつくのもどうだろう、と隊のリーダーであるブラックことヒル魔が思うかどうかは知らないが、とりあえず今は、全員私服に戻り、ムサシの運転するトラック、デビルバット号の荷台の上だ。
「敵が葉柱さんのお兄さんだ、っていうのには驚きましたけど、なんとか退いてもらえて、助かりましたね」
口を開いたのはレンジャーネーム『ヘタレッド』こと、小早川セナだ。
「正義の味方が悪者に退いてもらってどうすんだ。倒した、って言え。てめぇと進で攻撃不能にしたんだろーが。自信過剰なのもうぜぇが、度を越した謙遜やら過少評価もたいがいだ。性格もあるからしょーがねぇ部分もあるにしろ、だ。何か?自分の力を認められなくても仕方がないかわりに、責任も負いません、ってヤツか?」
たたみかけるように言葉を返したのは、ヒル魔だった。
「いえ、あの、そんなつもりじゃ…」
「アメフトにしろ、隊員にしろ、てめぇだから選んだんだ。そんだけのもんを、てめぇは持ってる。てめぇのその過少評価は行き過ぎると単なる卑屈だ。てめぇを認めてる人間に対して失礼だってんだ。だいたい、そこいらの雑魚相手に、高校最強のラインバッカーさまがライバルっつーかよ」
脚が早いだけの、ド素人だったセナを、アメフトの世界に引きずり込んだのは、ヒル魔だ。自分の才能を才能とも思わず、常に過少評価をするからこそ、才能に溺れる事なく努力を重ねる部分が大きい事を知っている。だが、あまりに自信がなさすぎる。試合になれば自信の片鱗を見せる事もあり、その度に自分の目に狂いはなかった、とほくそ笑むヒル魔だったが、セナは気付いていない。努力が確実に成果として現れる…しかも、短期間にそれ、とわかる程…というのも、才能のひとつだろう。
セナがアイシールド21だという事を知らない人間はともかく、進をはじめ桜庭も、モン太、栗田、そしてヒル魔も、セナをセナとして認めている。直接言葉にして言われる事はなくても、セナもそれに気付いていた。
「すみませんっ、あの…」
「いいんだよ〜、謝らなくても〜。セナ君がそんなつもりで言ったんじゃないのは、わかってるからね〜」
「うむ」
「そーだよ。ヒル魔の言う事も間違ってないと思うけど、セナ君は誰も怪我とかしないうちに、戦いが終わってよかったね、って事が言いたかっただけでしょ?」
慌てて謝るセナに、口々にフォローが入る。ここで桜庭の言う『誰も』は、メンバーの事であって、敵の怪我人は含まれていない事を付け加えておく。
「せっかく無事に終わったのに、機嫌悪いよね、ヒル魔。どしたの?」
「気のせいだろ?」
(気のせいじゃないと、思うんだけどね…)
誰にだって、話したくない事や、話したくない気分の時はあるだろう。言いたければ、嫌でも聞かそうとするヒル魔の性分ぐらい、桜庭とて承知している。これ以上、ここで何を聞いてもはぐらかされるだけだろう。
「まあ、それはともかくさ。進、何で平気だったの?」
「何がだ」
「トカゲリアンの送って来る、あの臭気だよ。もお、耐えらんなかったんだけど、僕。やっぱりあーゆーのも、集中力とかでカバーできちゃうもんなの?」
ヒル魔は人外であるが故、必要以上に嗅覚が効くらしいから、あっけなくヘタったのは解る。人の身の自分だって、それに気付いてからは耐えられなかった。あの中で、進ただひとりが、何のダメージも受ける事なく、立っていたのだ。人間離れしている、と常々思っていたが、進も人外なのかもしれない…と、ヒル魔の秘密を知る桜庭が思っても不思議ではない。ただ臭気を撒き散らす、というだけの技でも、それで立ちあがれない程のダメージを与えていたのだから、それなりに強力な敵だったと言えよう。
「だから、何がそんなにひどかったと言うのだ?」
心底わからない、といった表情で、進が問う。
「進さん…もしかして、気付いていなかった、とか…?」
「だろうな」
「あは。ありうる…」
「やっぱり、最強とかって言われる人は、違うんだね〜」
不安げに言うセナと、断言するヒル魔、それに納得してしまう桜庭と、素直に感心している栗田である。
「特に妙な臭気などは、感じなかったが。…何故、突然部室にいるのだろうか、とは思った」
「部室…っ?!部室って、ああ、だっけ…?!」
「うむ。いつも、あのようなものだろう?…桜庭の周囲は、そうでもないようだが。マネージャーや、高見さんも、だろうか…。だが、大抵はあのようなものだと思う」
驚愕の桜庭に、至って真面目に進が答える。
「糞ジャリにマネに糞メガネか…確かにそういうのに気を遣いそうな王城のメンツつったら、そのあたりだろうな。あの人数に3人じゃ、普通のヤツは気付かねぇワケだ…」
さわやかアイドル桜庭春人。流す汗すらも、たおやかな華の香りがしそうなムードで売っている。普段からも、体臭その他諸々、それなりに気を遣わざるを得ない。女子マネージャーである若菜は年頃の女子の身だしなみとして、華美にならない程度には気を遣っている(というか、それ以前にあまりお洒落やメイクその他の流行に興味がないように見えるが)し、この年頃の男子特有の臭いとは無縁の存在だ。潔癖な印象を受ける高見も、それなりに気を遣っている事だろうと思われる。だが、思春期の青少年の発する臭いは独特で、何事もそうであるように、その渦中にいる者がそれに気付いている可能性は、少ない。女子が集まればそれはそれで、独特の臭いが発生している。だが、男子よりはマシだというのがほとんどだ。慣れ、だと言ってしまえば、それまでだが。
レギュラーメンバーが足りない程の泥門、まして綺麗好きなまもりが、絶えず掃除をしているような部室ならばともかく、名門と言われるだけに部員も多く、決められたメニューの後一斉に汗と埃にまみれた男子が集う王城の部室では、いくら広いといえども何とも言えない臭気が残るのだろう。毎日、その臭気の中で自身もその一端を担いつつ人一倍のトレーニングに励む進(進が臭いと言っているのではない)には、耐性ができていたのだろうと思われる。桜庭は仕事もあり、その中にどっぷりと浸かっているわけではないから、それがなかったのだろう。
何だかわからないけど、とりあえず進が進だから助かった。それぞれに、そんな思いを胸に秘め、デビルバット号は秘密基地である武蔵工務店へ向かった。
基地に帰って、和やかにお茶して解散。のはずが、そのまま基地に居座るヒル魔。セナ、栗田、はそのまま帰途に着き、進はここから走る、と言うなり走って行った。一緒に帰ろうと考えていた桜庭が、声をかける。
「ヒル魔、帰らないの?」
「あー…とりあえず、敵のデータ、片付けてからな」
皆でお茶をしている間も、動かし続けていた指を止める事なく、ノートPCに何やら打ち込んでいる。
「じゃあ、待ってても良い?」
「帰れ。邪魔だ」
「邪魔しないから」
「てめぇの存在じたいが、邪魔だ」
(相変わらず、冷たいなあ…でも、邪魔じゃないように待ってれば良いんだよね?外なら良いのかな…)
「この状態のコイツに、何言ったって無駄だぞ、桜庭。待つにしたって、いつ終わるのかわからねぇ。放っておくのが、一番だな」
基地の主であるムサシが、桜庭へ声をかける。ヒル魔の事なら、何でも知ってます、と言っているように聞こえるその物言いに、桜庭は引っかかる。だが、それを口にできる状況とは、思えない。
「何なら、うちで飯食ってくか?たいしたもんは、できねぇがな。時間、平気か?芸能人なんだろ?仕事やなんやの都合が悪くなけりゃあ、って話なんだが」
「僕は、大丈夫ですけど…あの、武蔵さんは…良いんですか?」
「ヒル魔ひとりも、桜庭とふたりも、手間は変わりゃしねぇだろうしな。ついでに手伝ってくれるなら、助かるが。なんせ、俺が作らないと飯もねぇもんで、な」
「あ、はい。僕が役に立つとは思えないけど、それでも良ければ」
「じゃあ、先に台所へ行っててくれ。着替えてくる。その扉空けたら、家に続いてる。入れば、すぐにわかるから。狭いとこだしな」
「あ、はい」
作業に集中しているヒル魔には、このやりとりも聞こえていない状態らしい。桜庭が残る事に、それ以上ヒル魔からの言葉はなかった。
作業服から私服に着替えてきたムサシと共に、台所でデリデリキッチン状態な桜庭である。作者はデリデリキッチンを見た事などないので、単にノリだ。どのような状態なのか、追求してはいけない。不満ならば今日の料理でも3分間クッキングでも、どっちの料理SHOWでもチューボーですよでも、好きに変換して読む事を推奨しておく。
「何作るんですか?いつも、ムサシさんが?」
「ああ、うちは親父が入院していてな。おふくろも、そっちに通ってるから、飯は自力で作らねぇと、どうにもならない、ってワケだ。まあ、慣れるとそれなりに楽しいもんだがな」
(年老いた両親がそれ、って、辛い、よね…)
ムサシの年齢を誤解したままの桜庭は、共白髪な老夫婦を想像していた。
「ま、今日は商店街のおばちゃん…おっと、奥さん、だな。に、もらった惣菜があるから、汁もんだけ作れば間に合うだろう。そこの鰹節、かいてくれるか?」
「かく…?」
鰹節といえば、パックに入った状態のあれ、だろうか。だしの素ではない事は、解る。しかしパックの鰹節でも、入れる、であって、かく、などとは言わない。
「それ、だ、それ。水かぬるま湯で適当に洗って、尾部…皮のついた方を先に向けてカンナで削るんだ。順目つって、刃に逆らわないで削れる。逆目になると、粉くさくなりやがんだ。薄く削る必要はねえから、適当でいいぞ。盛りつけの仕上げじゃなくて、だし取るだけなら、厚くてもかまやしねえ」
それ、と言われた所には、それこそテレビで見た事がある、というぐらいの知識しかない、鰹節。カンナ、とムサシが言うのは削り器らしかった。
「…時代劇みたい…」
桜庭の、正直な感想である。だしの素どころか、ロケ弁やコンビニ弁当が主食の桜庭には、それこそ時代劇にでも…それも、かなり限定された時代の…に出ない限り、縁のないものだった。だいたい、江戸時代の劇に鰹節削り器が出てくるあたりが、怪しいのだ。
鰹節削り器の誕生は明治半ばが定説らしい。それまでは小刀などの刃物。だいたい、鰹節を使えたのは裕福な家と、料理屋であって、庶民の大半は昆布と煮干。だからして、地方ほど使用していた形跡はなく、また、庶民が鰹節を手にできるようになり、削り器が普及しても、使っていた形跡が残っていない。これは、某古道具屋の証言である。刃の調節と手入れが素人ではできない、節の扱いが今ひとつわからない、といった事から、普及しなかったのではないか、と某古道具屋兼、ペーパーナイフ作家兼、料理家が言っている。いわばレア物なそれが、何故ここにあるのか。まあ、現代では催事の金物市で売っていたりするし、エコ志向な店には普通に鰹節とて売ってはいるが。
「…ああ、悪い。うちはほら、大工だろ?今は木工建築も少なくなって来たが、それでも出来ないよりゃ出来る方が良いし、だからって良い材木、ガキの練習に使わす余裕もねえから、鰹節が練習代りだったんだ。プロじみた薄い鰹節削ってみてえなら、刃を頭にして手前に引いてみな。それなりに、なるぞ。ああ、手、気をつけてな。削り器、つったって、カンナの刃が逆になっただけのもんだから、実際」
顔も身体も大事な商品。下手に傷付ける訳にはいかない。けれど、初めて見るそれに、好奇心が勝った桜庭は、言われた通りにしゃかしゃかと削ってみた。
しゃかしゃか。しゃか…しゃかしゃか。釈迦ならばご利益がこれでもか、とありそうな程、熱中している桜庭の横で、ムサシは具材を洗い、刻んでいる。
「こんな、もんかな…?」
ひとしきり、しゃかしゃかとやっていた桜庭が、削り器の取っ手を引くと、削りたての鰹節の香りが、辺りに漂った。受け皿にあたる箱の中、薄く削れた鰹節が1/3程を占めている。
「うわ…すごい…鰹って、こんな香り、するんだ…」
「おお、大漁だな。もったいねえから、美味いうちに全部使うか」
ムサシが笑って言う。
「えと、あの…使いすぎちゃいました…?」
「気にするこた、ねえよ。料亭なら、こんぐらい普通だろう、ってとこだ。ほんのひとつまみ程度で、十分、味も香りも出るもんなんだ、使う前に削れば、な。だしの素買うより、よっぽど節約できて、美味い。なのに、削り節の値段と、ちょっとの手間を惜しんでだしの素使う奴の気が知れねえんだがな、俺は。ま、それぞれ事情もあんだろうし、言う気はねえが。…美味いぜ、うちの汁物は」
ムサシが笑いながら、桜庭の削った物を豪快に煮立った湯に入れる。一度、さらしを敷いたざるで濾して、再び沸騰させた湯に入れる。ぐらぐらと煮立たせ、さらしごと引き上げると、そのままだしがらを捨てる。
「美味しそうな香りがしてるのに、捨てちゃうんですか?」
「だしがらを味付けして、佃煮だのふりかけだの作って節約、とかって、よく言うが、だしがらにまだ味やら風味が残ってる、ってこたあ、それはだしの役目を果たしていない、って事じゃねえのか、と思うもんでな。しっかりここで、成仏してもらう事にしている」
ムサシに言われると、むしょうに説得力があるような気がする。が、これは鉄人と言われた料理人や、その料理人が認める料理研究家も言っている事なのだ。作者も、だしはだしとして、徹底的に成仏して頂く事にしている。中途半端にだしがらを調味料とガス代を使って一品作るのが、節約になるとは思えないからだ。節約と貧乏臭いのは、別物だろう。だいたい、佃煮屋の佃煮が美味いのは、美味い材料をより美味く調理しているからであって、素人が残り物で同じように作ろうとする事がどだい、無理なのだ。この上もなく、余談だが。
総菜屋の奥さんに頂いた手作り惣菜と、香り高い汁物。ほかほかご飯。質素ではあるが、貧乏くさくはない夕食が出来あがる。うきうきとヒル魔の元へ運ぼうとする桜庭を、ムサシが止めた。
「作業が終わるまでは、放っておく方が良い。食いたくなったら、来るだろうさ。嫌じゃねえなら、俺とふたりで、って事になるんだが。待つか?」
「あ、いえ。せっかく出来たてで美味しそうだし、と思っただけで。ご一緒します」
頂きます、とお行儀良く手を合わせ、食事が始まる。
「…おいし…」
「それは良かった」
嬉しそうな桜庭と、微笑むムサシ。傍から見たら、新婚さん状態である。どちらが夫で妻なのか、好きに想像して頂く事にしよう。無理に想像しなくても、問題はない。
美味いものを前にすると、人は無言になる。黙々と食べながら、桜庭は引っかかり続けている事を、ムサシに聞く事にした。
「あの…武蔵さんって、ヒル魔のどういう知り合いなんです、か…?」
「ああ、ヒル魔と栗田は中学の時からのクラスメイトだ。そん頃にデビルバッツを作って、そのまま泥門に揃って入って、相変わらず3人だけでアメフトをしてた。うちの親父が、倒れるまでは、な…」
どこか遠い目をして語るムサシをよそに、桜庭は食べていた物を喉に詰まらせそうになっていた。何とか飲み込んで、叫ぶ。
「クラス…メイト…おぉっ?!」
(えええええっ?!クラスメイトって事は、ヒル魔と同い年、って事で…じゅうななさい、だよ、ね…。あ、それともダブり、とか…?だって、だって、どう見たってヒル魔とか栗田君とか、僕とタメには、見えないよっ?!)
原作において、ほとんどの読者に大工のおっさん、としか認識されていなかったムサシだ。失礼極まりない桜庭の感想も、もっともであろう。
「ケケケ…ムサシ、てめぇやっぱ、どー見たって17歳には見えねえんだよ。何人目だ、これで」
「ヒル魔っv終わったの?」
既に、ムサシショックはどこへやら、の桜庭である。
「悪かったな、老け顔で。この顔のおかげで、車転がしてたって怪しまれねえんだ、感謝しやがれ」
「どー見たって、免許証の写真、親父さんと見分けつかねーもんな。ま、この先も頼むぜ」
「…無免許運転…?いいの、それ…」
「しゃーねえだろ。事件が起こったら、車が手っ取り早い移動手段だ。仕事でも、誰にも何も言われてねえんだ、このおっさん顔は」
「まあ、腐れ縁だしな。おまえに逆らう気もない。警察より、おまえの方が怖えからな」
「わかってんじゃねぇか。お、今日はごーせーだな」
学校の購買及びコンビニ弁当が主食のヒル魔の食環境は、桜庭とたいした違いはない。
「総菜屋の奥さんから貰った。汁物は桜庭作、だ。ありがたく食え」
「遠慮なく」
「おまえが遠慮したら、この世の終わりだな」
「るせ、糞ジジイ」
悪態をつくヒル魔に何ものをも包むような笑顔を見せて、ムサシは食べ終えた食器を下げる。手伝おうとした桜庭に、『作るの手伝わしたからな、ま、後はゆっくり茶でも飲んでてくれ。食い終わったら、流しに置いててくれればいい』と言い残し、台所へ消えた。一応ダイニング、と呼ぶのであろう空間に、桜庭とヒル魔が残される。間もなく、台所からは洗い物をしているらしい水音が聞こえて来た。
桜庭がいないかのように、黙々と食事をするヒル魔と、飽きる事なくそれを眺める桜庭。先程のムサシと桜庭が新婚さんなら、今のヒル魔と桜庭は親子、といった雰囲気だ。どちらが親で、どちらが子供なのか、以下略。
「ね、ヒル魔、美味しい?」
「不味かったら食わねえ」
途端に新婚さんムードな展開である。どちらが夫で、どちらが妻なのか、以下同文。何も妻が受だと限らない。女性も積極的なこんにちである。言葉攻めのエキスパートであるプロセックスワーカの女性は、男性を攻め倒す事を、何よりの喜びとしている事を公表している。頼もしい限りだ。
「でも、びっくりしたなあ…。ムサシさんが、17歳って。てっきり、ヒル魔のお父さんの友達、とか、そういうカンジだと思ってたよ」
「あの顔だし、ガタイもいいしな」
「僕、何にも知らないし、すごく親しそうだし、焦ったよ、もお。ヒル魔の恋人だったら、どうしよう、とかさ」
「あー…ま、それもいいかもな」
半ば冗談のつもりで言った言葉に真顔で返されて、瞬間冷凍状態に陥る桜庭である。が、瞬間解凍されたようだ。間を置かずに、叫んでいた。
「ヒル魔は、ああいう人が好みなのっ?!」
「少なくとも、てめぇよりはな」
再び瞬間冷凍な桜庭である。再冷凍は、美味しくないから止めておいた方が良いのは、食品だけなのだろうか。謎である。
「てめぇはヘタレでどーしよーもねえし、葉柱だって奴隷だから便利とは言え、奴隷だし。部員だって、似たよーなもんだしな、今のとこ。栗田とムサシは、付き合いのレベルが違う、ってのか…。まあ、とにかく、てめぇとは違う」
滑らかな動作で食事を中断する事なく、フリーズ状態の桜庭に、ヒル魔は言う。
ヒル魔の過去。自分の出会う前の。それは、桜庭にとって、とても気になる事だった。桜庭にとって、ヒル魔の事は何でも気になる。どれだけ些細な事であっても。
好きだから、知りたい。
それは、とても自然な欲求だろう。だが、同時にやみくもにそれを暴こうとされる事が、どれ程の苦痛であるかを、芸能界に身を置き、売り出し中のアイドルとして始終カメラやファンに追い掛けられている桜庭は、知っていた。
「大事、なんだね。すごく…」
詳しく話してもらえないのは、寂しい。だけど、自分にだって、話したくない事、話せない事がある。たとえそれが、後ろ暗いものではなくても。言葉にできないもの、言葉にしたくないもの。自分のそれを、大切に守りたい。だとしたら、相手がそうだと判断した場合、何も聞かずに居る方が良い。それぐらいの分別は、ある。大好きで、大切な、想い人。その人が守りたいものを、壊そうとは思わない。
何もかもを、知りたい。ひとつ残らず。そう思うのも、事実だ。だけど、全部を知る事など、ないような気もする。
桜庭にとって、大切なのはヒル魔そのものだ。一方的に想いを寄せているだけで、報われるかどうかなんて、わからない。想う分だけ報われるなんて、信じていない。そんなのは、自分勝手な言い訳で、思い込みだ。行き過ぎたファンの行動で、身にしみている。誰よりも、今、自分が大切に思い、愛しい人。ならば、自分が嫌な思いをさせたり、負担になったりは、したくなかった。
こう見えても、芸能界でそれなりに裏も見ている。人と接する機会が多い分、本音と建前も、ある程度は見抜けるようになっていた。ヒル魔が本気で嫌がるなら、ねだり倒してヘタレンジャーになんか、ならなかっただろう。
自分が進を親友だと思っていて、目標でもあり、コンプレックスでもある事は、誰にも言っていない。薄々気付いているであろう人…ショーグンや高見、あれで結構鋭いマネージャーの若菜…なんかは、それとなく元気づけるような言葉をかけてくれるけれども、場合によっては惨めでしか、ない。大切なだけに、近しい位置にいるだけに、知られたくない事は、確実にある。ヒル魔にとってのムサシが、そうなのかも、しれない。そう思うと、それ以上、何も言えなかった。
「おい、糞ジャリ…?」
いつもならば、しつこくヒル魔に絡んでくるであろう桜庭が、いやに静かなのを不審に思ったのか、ヒル魔が怪訝そうな顔をする。
「ん?どしたの?ヒル魔。も、食べ終わった?」
何事もなかったかのような、全開アイドルスマイルを返す。切り替えが早く出来なければ、芸能界は渡れない。芸能界に限らず、大抵の仕事は、そういうものだ。
「…また、くだらねぇ事でヘタレてやがんだろ、てめぇは」
「あは。そうだねー。今回、ヘタレンジャーの活躍シーン、なかったしねえ。僕は良いんだけど、ミラクルさんが怒るかなあ、とかねー」
(ま、これも嘘じゃないもんね…)
たは、と情けない笑顔を作りながら、答える。
「俺だって、フツーにドンパチやんなら文句ねえんだよ。っの、トカゲリアン…っ。臭気なんてアリかよ…二度と戦いたくねぇ。…ったく、編集、どうすっかな、今回のは…」
ヒル魔は小声でぶちぶちと文句を言っている。
「…ヒル魔、もしかして不機嫌だったのって、出番が少なかったせいだったり、する…?」
銃刀法などお構いなしなヒル魔だ、いつもの調子で火器だの何だの、問答無用に派手に戦うつもりだったのだろう。それが、相手の攻撃が臭気だった為に身動きが取れず、ろくに戦えなかったのが気に入らないらしかった。桜庭の聞き方がマズかったらしく、不機嫌オーラが増量している。
「てめぇだってヘタレたまんま、何の役にも立たなかっただろうがっ。一応は、てめぇが看板背負った番組なんだぞ!自覚を持て、自覚をっ!」
「ええ〜?だって僕、お色気担当だから、捕まって助けてもらうとか、そーゆー役回りじゃないの?だって、ピンクだよ?ブラックはさ、ほら、リーダーだもん。真打ちは最後に出てくる、って相場は決まってるじゃない。今回がブルーとレッド、次がイエローかピンクで、誰も適わない相手にブラックが対峙、っていうのが王道じゃないの?」
桜庭が、必死だと悟られないように、フォローする。納得しきれない様子のヒル魔は、それでもそれ以上、言う事はなかった。
「…何にしろ、とりあえず、妙に疲れた。…飯も食った事だし、帰るか」
言うなり、ヒル魔は立ちあがる。
「あ、ダメだよヒル魔っ。食べ終わったらごちそうさま、でしょ。で、食器運んでおかなくちゃ。ムサシさん、言ってたじゃない」
同い年とわかって、早速『武蔵(たけくら)さん』から『ムサシさん』に呼び方を変えた桜庭だった。ヒル魔の反応が気になったけれども、表だって変わった様子はない。それだけの事が、ひどく嬉しかった。
「おい、糞ジャリ」
「…何、ヒル…魔…っ?!」
桜庭の言葉を気にする様子もなく、食べ終えたままの状態で帰ろうとしたヒル魔の分まで食卓を片していた桜庭に声をかけたヒル魔の取った行動に、桜庭は驚愕した。
(…な、何、これ…えと、えと…この感触ってば、ヒル魔の、唇、だったり、しないの…かな、もしかして…?!えええええええっ?!…嘘じゃないよね夢じゃないよねヒル魔からだよねでも何で?!)
「ごちそーさま。これで、いいだろ?」
触れていただけの唇が離れた後でも、パニクったままの桜庭に、にやりと笑ってヒル魔が言う。
(嘘嘘嘘嘘ほんと嘘ーっ?!僕の名前を知ってるかい、教えてあげよか僕フクちゃーん、って、何年前の歌だよ、これ誰が知ってるっての今時ーっ。嘘だよ、これはっ。だって、こゆのって、魔界人とかゆーヒル魔の魂だとか、力だとか、吸い取っちゃうんじゃ、ないの…っ?!なん、で…)
「あ、うん。ごちそうさまには、違いないけど…僕が、になるでしょ、この場合。って、そーじゃなくて!ヒル魔、こゆのしちゃうと魂とか力とか抜けちゃうんでしょ?!やだよ?!僕は嬉しいけど、ヒル魔が弱っちゃうのは、やだからねっ?!何してんの、もおっ!!」
コンマ以下で脳内で駆け巡った懐かしの昭和メロディーと共に、(果たして何人の読者がわかるというのか、甚だ疑問だ)慌てる桜庭に、ヒル魔が言う。
「この前言わなかったか?『されると吸い取られるから、やたらとこーゆー事されんのが嫌いだ』って」
先日のポスター撮りの控え室での出来事を、思い出す。
「言ってたよ。だから、しないようにしてるんじゃない。そりゃ、できたら嬉しいけど、ヒル魔が死んじゃったりしたら、嫌だもん」
ヒル魔を想い、傍に居て、不意に欲情する事があろうとも、その事があるから仕方ないよね、とひたすら我慢の桜庭だったのだ。
「よく聞け、糞ジャリ。『されると吸い取られる』んだぜ?で、俺は今、疲れている。ここには、てめぇが居て、その上都合良く、てめぇは俺を好きらしいから、無駄に抵抗される事はないと来てる」
「え…えええええええっ?!それって、ヒル魔がされるのはダメでも、するのはだいじょぶ、って事だったりしないっ?!何、それえええええええええええっ?!」
「だから、ごちそうさま、だ。美味くもねぇが、ないよりゃマシだ。今みたいな時はな」
「嬉しいけど、嬉しくないっ。ヒル魔とキスできるのは嬉しいけど、セックスだってできるのは嬉しいけど、それって『ヒル魔から』じゃないと、ダメなんだよねっ?!僕はヒル魔に『したい』んであって、『されたい』んじゃないんだよ?いや、そりゃされたい事も色々あるけどさあっ。何、それえ…っ。何、それ?!ねえ?僕のヒル魔への愛に対する試練なの?!されるのも気持ち良さそうだとは思うけど…だってヒル魔だしっ。でも、したいんだよおっ?!ひどーいっ」
言っている事が、かなり自分勝手なのは、桜庭自身にも解っている。だが、解っているのと納得するのは、別物だった。
「どっちにしたって、俺が欲しいと思わねぇ限り、ねえよ。んなもん」
「じゃ、欲しいと思ったら僕じゃなくても良いんじゃないの、それ?!ひどーいっ。鬼ーっ。悪魔あっ。でも好きい…っ。ああ、も、わけわかんない…っ」
「帰る。ごちそーさん。じゃあな、ムサシ」
「おお。またな」
洗い物を終えたらしいムサシが、いつの間にか戻って来ていた。パニくって、気付いてなかった桜庭が、焦る。
「待ってよヒル魔あっ。あ、すみませんっ、ムサシさん。えと、ごちそうさまでした。あの、美味しかったです」
「アイツが、か?」
口の端を僅かに歪めた微笑と共に、からかう口調でムサシが言った。見る間に桜庭の顔が、赤くなる。
「見…っ?!」
「狭い家だ、あんだけ叫ばれりゃあ、見てなくてもある程度の展開は、察しがつく」
「うわ…恥ずかしー…いや、でも、僕がヒル魔を好きなのはほんとなんで、僕は恥ずかしくないんですけど、あの、事務所の事もあるし、ヒル魔がどうだかは…」
「言わねぇから安心しな。そんな事心配するより先に、あいつが待ってる間に帰った方が良いと思うぞ?」
「え?待って、って…」
ヒル魔が開けっ放しにして帰ったダイニングの引き戸からは、基地である工務店の入り口が見える。ヒル魔はまだ、そこに居た。
(待っててくれてたのかな、僕を…?)
ヒル魔としたい事は、たくさんある。したい事も、して欲しい事も。待って、と言った自分を待っててくれる事だって、そのひとつだった。
些細な事が、自分では気付かなくても相手を傷つけたり、相手を喜ばせたりする。桜庭が無理やり作った笑顔ですら、それを目にした嬉しさで涙ぐむファンだっているのだ。ヒル魔に対する自分が、それと何ら変わらない事を、桜庭は自覚している。
(それでも、いいよ。好きなんだし、どうしようもないし、止める気ないし)
ヒル魔の横に並んで歩く。待っていてくれた事が嬉しくて、嬉しい事には言葉を惜しまない桜庭に悪態をつくヒル魔の顔が、心なしか赤かったのは、鮮やかな夕日のせいにしておいた。

2004.05.04.

どうだった?じゃあ、またテレビで会おうね!ヘタレンジャーとの、やくそくだ!


※タイトルの『ヘタレンジャー』はサイト掲載にあたり湯毛ユッケさまの使用許可の許、片倉かがりが好き勝手に使わせていただいている名称です。