宇宙の悪に狙われ続けて幾星霜、正義の味方を信じ、助けを呼ぶ声が絶える事のない星、地球。『狙われ続けて○周年!』と銘打ち、ネットを利用して全世界規模で対宇宙の悪グッズを売れば、バカにしながらも買う人続出の気がしてならないのは、気のせいにしておく方が良いだろう。
愛する人を、愛する国を、そして愛する人を守る為、世界各国で様々な組織が、様々なヒーロー・ヒロイン達が、今日もどこかで産声を上げている。言うまでもないが、一応注意しておくと、産声を上げると言っても「おぎゃー」と言うわけでは、ない。中には無理矢理改造された挙句、やさぐれ果てて暴れた結果、ヒーロー扱いされる輩もいないではないが、それでも多くの正義の味方は人知れず、あるいは人に知らしめつつ、地球の平和の為に、戦っているのだ。
これは、そんな戦士たちの物語である。
※主題歌挿入(てめえらで歌ってろ!)
桜庭春人は、王城高校2年、アメフト部所属のジャリプロタレントにして、ヒル魔妖一率いるヒーロー戦隊の一員だ。隊の正式名称は、まだ、ないようだが、個々のレンジャーネームならば、ある。桜庭のそれは、『ヘタレンジャーピンク』だ。
ヘタレヘタレと言われ続けている桜庭ではあるが、アイドルは己の欠点すらも魅力に変えて、夢を見せる職業だ。もともとヘタレの資質を多分に持ち合わせていたとはいえ、今やその『微妙なヘタレ感』に磨きをかけ、売りにできる程度には、なっている。優しげな顔、鍛えられ、均整の取れた体格、努力を惜しまないのに、どこかでヘタレてしまう、その性格。
見守る側としては、ハラハラさせられつつも、応援せずにはいられない。いつもヘタレて困った笑顔の桜庭が、時折見せる、全開の笑顔。ヘタレて苦悩している姿は、害のない大きな動物が、肩を落としてしょぼん…としている姿とダブって見える。ドラマやアメフトの試合では、格好良い(ファンの大半は、アメフト自体はどうでも良いのだ)のに、ヘタレた時の、『情けないかもしれないけど、可愛い桜庭君』とのギャップににハマるファンは多い。
しかし、その桜庭が現在ハマっているのは、隊のリーダーであり、レンジャーネーム『デビルブラック』こと、ヒル魔妖一その人なのだった。側にいたい。その一念で、ねだり倒す形でヘタレンジャーになったのだ。
戦隊と言ったって、服を着替えて戦う真似事する程度のもんだよね、などと思った桜庭と、そういう桜庭込みで、その戦いを番組に仕立てあげようと企んだ、ジャリプロ社長ミラクル伊藤の手によって、番組宣伝のポスターが撮影されたのは、つい先日の事だった。そこで桜庭は、ヒル魔の秘密をヒル魔自身の口から聞かされる事になったのだが、それはここでは割愛する。
(詳しくは、『おおきいおともだち絵本』を読んでくれたまえ。)
普通、番組は台本が作られ、それに沿って撮影をし、放送される。しかし、ヘタレンジャーの場合は違った。
事件待ち、なのだ。
正義の味方を呼ばなければならないような事件など、いつ起きるのかなど、解らない。正義の味方の存在自体が架空のものとして扱われがちな現在、起こった所で何かの撮影、程度にしか思われないだろう、という事で、それを利用する形になっている。事件が起こればすぐに監督からカメラから記録から、一揃いのスタッフが動けるように、待機している。
どんなに中身のない戦いであっても、編集次第でどうにでもなる。博打としか言えない企画であっても、逆に新しい、と感じ、賭けてみたい、と思う若いスタッフ、実験的な事をやりたいが、予算がなくてやれない、しかしここなら…と思うマニア受けしているスタッフなどが集結し、ヘタレンジャー撮影班が結成された。
撮影予定すら立たず、放送予定が立つはずもない。ジャリプロが新しく買い取った番組枠で、編集が上がり次第、特番として緊急放映する事になっている。予告も何もなしに、だ。桜庭が何か撮影していて、どうやら特撮番組らしい、という事と、放送局は解っているものの、放映日はおろか、それが早朝なのか深夜なのか、昼夜それぞれのゴールデンタイムなのか、一切不明という状況だ。
桜庭の熱狂的なファンは、見逃さないように、記録媒体と人脈をフル稼働せざるを得なかった。記録媒体家電の売れ行きの伸びに、大きく貢献しているのは言うまでもない。
あまりにも無茶な撮影形態は、ポスター撮影のギャラ交渉に於いてヒル魔が提示した条件で、その無茶さに怒りを覚えたミラクル伊藤であったが、結局はヒル魔に勝つ事ができなかった。
ただの高校生、と踏んで、適当にあしらおうと思っていたミラクル伊藤が、逆にあしらわれた形になったのだが、とりあえず事件ひとつ、それが起こって解決するまでは『ヒル魔と一緒に居られる』という事で機嫌の良い桜庭は、殺人的スケジュールも笑顔でこなし、ミラクル伊藤の嫌味も通じない状態だ。ミラクル伊藤もヒル魔に嫌味を言う程、学習能力がない訳では、なかったようだ。
いつ、事件が起こるか解らないのだから、受けた仕事は仕事として、こなしている桜庭だが、ヒル魔とミラクル伊藤との交渉によって、以前よりは仕事を減らす事ができたのだった。
ヒル魔いわく、『ただでさえ使えねぇヘタレが、肝心な戦闘時に疲れ果ててたら、余計に使い物にならねぇだろ』という事で、効果が薄いと思われる媒体への露出を控えただけでも、今までに比べれば余裕ができた、と言える。
ヒル魔は自分の足を引っ張られるのが嫌だ、という理由で、前もってできる事をしておいただけなのだが、桜庭にとっては『ヒル魔が僕の為に』『僕の身体を心配して』『ミラクルさんと交渉してくれた』という脳内独り伝言ゲームによって変換された幸せに浸る要因でしか、ない。
そんな桜庭に気付いていないのは当のヒル魔だけで、他のメンバーは皆、気付いている。が、『どっちに不機嫌になられても、面倒だし』『だいたい、このままで自分に被害がある訳でもないし』と、『まあ、他人事だしね…』というスタンスなので、誰からもツッコミは入らないのだった。
今までは部活が終われば、その後に入っている仕事へ向かうか、そのまま家路につくかしていたが、ヘタレンジャーになってからは、なんとなくここへ足を運ぶようになっている。ひとりの家に帰るより、来れば必ずと言って良いほど誰かが居るここは、居心地が良かった。
『武蔵工務店』と看板の掲げられたそこは、何の変哲もない、ごく普通の工務店だ。秘密基地だ、と聞かされた時は、信じられなかった。秘密基地と言えば、もっとこう、仰々しいビルとか、特殊な施設だったりしないのだろうか。ああ、でも最近の戦隊モノは、普通の店が基地に改造されたり、してたっけ…などと思いながら、ヒル魔に聞いた。
「なんで、工務店…?」
「じゃあ、なんで工務店じゃ、おかしいと思うんだ?」
「おかしくは、ないけど…なんか、ほんとに普通だから。意外だな、って」
「だからバカなんだ、てめぇは。街中に、堂々と何かありそうな建物作ってみろ、ここが秘密基地です、って教えてるよーなもんじゃねぇか。戦いに巻き込まれたくない近隣住民に『不動産秘密基地使用差し止め等仮処分申し立て』とか、されちまう可能性大、だ。せっかく番組撮影、っつー大義名分で、心置きなく街中で戦える、ってぇのに、出入前のヤクザと同じ扱いで、出動前に機動隊に強行突入されてぇか?」
「…そんな物騒な物、隠してるの?」
「俺が普段、持っているよーなもんを、バリエーション豊かに取り揃えております、ってとこだな」
にやり、と笑うヒル魔に、今更の質問をせずにはいられない桜庭だった。
「ヒル魔って、いつも銃とか持ち歩いてるけど、銃刀法違反とか、そういう法律、どうやって抜けてるの?脅迫ぐらいで、すむとは思えないんだけど…」
「忘れたのか。俺が、地球人じゃねぇ、っての」
「え?魔力とか、そゆので、どうにかしちゃえるもんなの?!」
驚く桜庭に、盛大な溜息を吐いたヒル魔は、諦めた様子で説明を続けた。
「日本の法律は、『人』にしか、適応されねぇんだよ。法律の世界じゃ、『人』と『物』は厳格に、分けて考える。機械だろうが道具だろうが、人間外の動物だろうが、全部『物』として法律は捉える。それでいくと、少なくとも人間じゃねぇ俺は、『物』だ。『物』は行動を法律に規制される事はない。だから、『物』である俺は、何をしても罪には問われない。最悪、殺人したって『事故』として処理される。今の、日本の法律ん中だったら、やりたい放題だぜ?まあ、見てくれは人と変わらねぇし、面倒だから適当に処理してっけど」
そういう問題で済むのか、とは思ったものの、何か言った所でヒル魔に勝てるはずもないし…と、黙った桜庭をよそに、ヒル魔は説明を続ける。
「それにな、工務店、ってのは正義の味方の秘密基地には、ぴったりの意味合いもあるんだ。米軍の工兵隊が、何て呼ばれてるか、知ってるか?」
「考えた事も、ないなあ…」
「Corps of Engineersだ。土木技術はCivil Engineering。『市民生活の基盤を作る技術』の意味だ。語源は軍事施設の建造及び破壊のMilitary Engineering。昔は軍事技術つったら、道路作ったり橋作ったり、城郭作ったりっつー、建設及びその為の調査から測量、設計、工事ってとこだな。で、オノレの陣の為にそーゆーの作りつつ、敵のそのテの施設破壊、そのための機械器具の製作、火薬製造までやってたんだ。化学から機械、電気、もちろん土木建築の知識と技術が求められた。そーゆーのが軍用技術だけじゃなくて、民間施設の建設に使われるようになった歴史の中で、Civil Engineeringの意味も定着した、っつー経緯がある。戦隊としちゃあ、出来すぎの基地だと思わねぇか?」
「よく知ってるねえ、そんなの…。でも、そっかあ…それなら、ぴったりだね」
「だろ?」
得意げに、満足そうな笑みを浮かべるヒル魔を、可愛いなあ…と思いつつ、ここで口に出したらどうなるかは目に見えているので、言わずに同意する。ヒル魔の機嫌が良いと、嬉しい。嬉しそうな顔が見られたら、それでだけで自分まで嬉しくて、幸せになる。
(いつかは、僕の事で、そういう顔、してくれると良いのにな)
ヒル魔の嬉しそうな顔を見る度に、そんな事を願わずには、いられない桜庭だった。
今日も秘密基地に行くと、ノートP Cに向かっているヒル魔が居て、いつ来ても大抵、居るよね…と思いつつ、嬉しくて、でも邪魔するのは嫌で、適当に距離を取りつつ、しっかりヒル魔が視界に入る位置に落ち着く。
間を置かずに扉が開いて、仕事あがりらしい男が入って来た。ヒル魔が画面から顔を上げて、声をかける。桜庭は、初めて見る顔だ。
「早かったな、もう、上がりか?」
「ああ。とりあえず、この先は配管屋と塗装屋次第、ってとこか。なんせ、年々規格だの検査だのが厳しくなってやがるからな。遅れた分は、全部こっちがカブらなきゃなんねぇ、ってのがな。…すまん、愚痴だな」
渋さ全開の見てくれにふさわしい低音で、男が話す。
「ごくろーさん。おい、茶ぁぐらい淹れてやる気遣いはねぇのか」
労いの言葉をかけながら、口元に笑みを浮かべるヒル魔を見て、何となく嫌な気分になっていた桜庭に、ヒル魔が言う。
「え?僕?」
「どう見たって、一番暇そうなのはてめぇだろ、糞ジャリ」
「あ、うん。そうだね。えと、何が、いいのかな。お茶、でいいですか?えと…」
「かまわんよ。悪いな、いらん気を遣わせて。気にしなくていい。俺の家だから、俺が動いた方が早いだろ。ああ、俺は武蔵厳だ」
「桜庭春人です。いつも勝手にお邪魔しちゃってますけど…その、これからもお邪魔させて頂きますので、よろしくお願いします」
「そんな硬いしゃべり方しなくていいぞ?ついでだ、桜庭も何か飲むか?」
「あ、はい。頂きます。おまかせします」
ほどなく戻って来たムサシの手には、マグカップが3つ。コーヒーの香りが、辺りに漂う。
「インスタントしか、なくてな。まあ、我慢してくれ」
「いえ…ありがとうございます」
ムサシからカップを受け取る。カップの中は、茶褐色のままだ。
(ブラックなのかな。苦いんだよね…砂糖とクリーム、あるよね。栗田君がいる時、大量に使ってるんだし)
慣れないキッチンを漁って、荒らすのも嫌だし…と、ムサシに目当ての物の場所を聞こうとした桜庭は、目の前のやりとりに固まった。
ヒル魔は相変わらず作業に没頭していて、こちらに目を向ける事はない。飲むか、とも聞かずにムサシが差し出したカップを、見ていたかのように背を向けたまま受け取って、確かめる事もなく口へ運ぶ。ムサシは特に驚いた様子もなく、ヒル魔の動作も、ごく自然なものだった。ふたりとも、何を話すでもなく、お互いに自分の作業…P Cに向かうヒル魔と、作業報告書やら日報やらを書いているムサシ…をしていて、彼らにとってはこれが普通の状態である事が、解る。
(何、今の…。つか、何、その熟年夫婦並みの『言わなくてもわかりあっちゃっうぐらい、愛し合ってるんです俺達、感』はっ?!入れないよおっ。うわー、うーわー。何か、見てるこっちが恥ずかしいんだけどっ。何なの、ヒル魔ってば。武蔵さんはヒル魔の何よ?!ああ、でも恋人だとは限らないよね。友達、って雰囲気でもないし…親子?みたいなもんかな。武蔵さんから見たら、ヒル魔は息子さんぐらいの歳だとして…昔っから、知ってる、とか、そういうのなのかな)
ムサシは確かに名乗りはしたが、歳までは言っていない。ヒル魔も何も言わないし、他のメンバーは今、いない。そして桜庭が勘違いしても無理はない外見を、ムサシはしていた。
引っかかりを感じながらも、自分を納得させた桜庭は、ムサシに聞いて目当てのものを取りに行く。
それぞれが、何を話すでもなく、だけど気まずさなどない、心地よい沈黙。
仕事では、こうはいかない。愛想笑いもすれば社交辞令も言う。黙っていれば、怒っているのか興味がないのか、やる気がないのか、何が不満だ、と、問い詰められる事も、しばしばだ。落ち着いてなど、いられなかった。
(事件が起きてくれないと、仕事にはならないんだけど…でも、こういうの、も少しだけ、続くと良いのにな…)
ヒル魔を視界から外す事なく、それでも不自然にならないように気をつけながら眺め、甘くしたコーヒーを口にする。甘みと、微かに残るじんわりとした苦味は、桜庭の今の心境のようだった。
穏やかな時間は、基地に駆け込んで来たセナ、レンジャーネーム『ヘタレッド』によって、終わりを告げた。
「ヒル魔さん、大変です!この間の賊学の人達だと思うんですけど…桜庭さんに、仕返しする気かも…っ。このままだと、もうすぐここ、囲まれてしまいます!僕がここに来る途中で…見ただけだから、違うかも、しれないんですけど…」