『兄さんもハヤトも、昔から・・・一緒ね。言い出したら、絶対きかないし・・・私の気持ちなんて・・・全然、わかって・・・くれないんだから・・・』
その時、ずるい・・・とあすかは思った。
ずるい、みんなずるい。
「あすか」
泣き出したあすかに、ハヤトは困ったように声をかけた。
そんなハヤトを見ながら、けれど自分の意志を曲げるつもりなんて毛頭ないハヤトの顔に、どうすればいいのか分からない女の子は泣きながら、それでも涙を必死で止めようとしていた。けれど込み上げる思いは尽きることはない。
男の人なんて、みんなずるいわ。兄さんも・・・ハヤトも、みんな、みんなっ!
サイバーフォーミュラワールドグランプリ・第11戦に途中参戦したナイト・シューマッハこと、あすかの兄菅生修は、この大会に大きな波紋を広げた。
あれほどF1を走ることを望み、そして自分の世界で勝ち続けていた菅生修の、突然のCF参戦は衝撃であったし、その理由を決して妹たる自分にも語りはしなかった。
その上優勝を公言するのはまだしも、他のドライバーたちへの酷い中傷、誰の目から見ても汚い・・・走りをして、勝ちにいくだけの・・・そんな兄の戦い方を見ていたあすかは、辛くてたまらなかった。
なのに、今日・・・優しくて、誰よりも強いレーサーである兄菅生修のナイト・シューマッハとしての参戦の、本当の意味を知ったのだ。
兄はもうすぐ走れなくなる。
レーサーとしての、自分や父を捨てても、その夢を掴もうとした兄の夢が・・・こともあろうに、ハヤトの父が作ったサイバーシステムアスラーダを狙おうとした狙撃に巻き込まれ、違うっ!・・・ハヤトやアスラーダそしてそのサイバーシステムに生命を賭けた風見の叔父さまや父の夢すらも守ろうとして・・・
守ろうとして、自分は傷を負った。
そして「自分の夢」を奪われる結果となってしまったのだ。
私の大好きな修兄さん。
「どうして」
ハヤトは、兄がナイト・シューマッハとしてレーサーとしての最後の時間をすべて自分の為に・・・サイバーフォーミュラで戦うことに賭けているのなら、自分もすべてを賭けてシューマッハと戦うという。
それが修兄さんに応えることになるのだという。
「ごめん、あすか」
ずるい。ハヤト。
みんな、みんなずるいわ。神様だってずるいわっ!
私は兄さんが走る姿が好きだったのに・・・どうして、あんなにレースが好きな修兄さんから、レースを奪ってしまうのっ!
大きな瞳から涙が溢れて、頬にとめどなく伝わる。
どうして妹の私にも何も言ってくれなかったの、兄さん。私がどんな気持ちで兄さんを心配したか分かるのっ!私が今どんなに辛いか分かるのっ!
私たちは兄妹なの・・・よ。
心配なのよ、痛いぐらいなのよ、苦しくてたまらないのよ。
真実を知った衝撃で蒼白になった唇が震えている。長い髪が夜風に揺れる。
どうして、男の人は・・・夢ばかり追って・・・私の思いなんて踏みにじってっ!私ひとりをおいて、私ひとりを待たせて、私に心配させることだけしか許してくれなくて。
泣きじゃくるあすかの思いを受け止めるように、ハヤトはゆっくりとあすかを抱き締める。
「ハヤト」
抱き締められたあすかは、子供ではなくて少年から男に変わっていくハヤトの胸の中におさまってしまう。その腕の強さと温もりは、あすかの思いを全部知っていて、だからこそ力強く包み込んでいく。
その温もりにあすかはすがる。
「ずるいわ」
みんな、みんな・・・・・・ずるい。
でもそんな男の人の思いを・・・心配で胸が瞑れてしまっても、「夢」を追うことを許してしまう、私もきっとずるい。
きっと、ずるい・・・わ。
TVシリーズでは年下の幼馴染を励ます役目だったあすかの立場が逆転した場面ですね。ダブルワンの時点では、まだ、あすかは変わっていくハヤトを「見守る」という言葉で「見ているだけ」の術しか持っていません。彼女はシリーズが進むごとに強さを獲得していくのと同時に、ハヤトの持つ強さに隠れて見過ごされがちな年齢に見合った不安や焦燥、といったものに気付かなくなっていき、続くシリーズ「ZERO」ではそれがふたりのすれ違い、という形で表現されております。ハヤトが男へと変化していっていることを、僅かとはいえ実感したであろう本編でのエピソードで冒頭の台詞を言った時の、あすかの心情を少し裏側まで覗いてみた・・といった今回のお話。ダブルワンラストで腹をくくった後の彼女には、クレアと同質の強さを感じます。強い女性は、大好きです。