「…どぉしよ…アニキぃ…」
目の前には幼児化した啓介の姿がある。幼児化と言っても身体だけで、意識なんかはもとの啓介のままだが。
昼間、実験段階の新薬で同じような状態になった俺が夜にはこうして元の姿に戻っているのだから、自分も元に考えても良さそうなものだが、啓介は現状にすっかり訳が分からない状態に陥っているらしい。『ばかな子ほどかわいい』とは、先人も上手いことを言う。だからと言って、本当に何も考えない馬鹿は大嫌いだがな。…まぁ、何にしろ俺がかわいいと思う対象なんざ啓介だけだから、『ばかでも啓介はかわいい』ってところか。今更だな。
「アニキってば!」
涙目で上目遣いに俺を見る啓介。
感情の起伏が激しく、すぐに涙なんてものを目の端に浮かべてしまうのは、21の今になっても変わらない。
少しつり上がった大きな目に子供特有の柔らかさを持つ頬、寝起きであちこちにハネている、ふわふわのネコ毛。
啓介の幼い頃、そのままだ。
幼い頃から、もちろん啓介をかわいいとは思っていたが、それは大切な弟、としてであって、今のような感情を自覚する事もなかったから、それで問題はなかった。
だが、今は違う。
啓介への思いが俗に言う恋愛感情というものだと自覚してから、長い時間をかけて、やっと手にいれた『恋人』という関係。
同性だとか兄弟だとか、そんな事は気にしてはいないが、啓介が気にするのなら言い訳が必要だろうと思っていた。少し難しい言葉を織りまぜて、優しく、だが有無を言わさない物言いで説明してやれば、啓介が難なく納得する事は分かっている。
しかし啓介は、俺も想いを受け入れることに抵抗しなかった。
身体を重ねる事にさえ。
「どうした?啓介}
「だってオレ、こんなんなっちまって…」
言いながら、ぼろぼろと泣き出している啓介の視線に合わせるように膝をつき、涙を零し続ける顔を覗き込む。
「啓介?」
「こ、こんなんじゃ、またアニキに迷惑かけちまうだろ…?アニキのプロジェクトだって…これから、なのに…。こんなんじゃ、オレ、なンもできないし…っ。いつだってアニキはオレの事、いろいろしてくれんのに、オレ…」
しゃくりあげながら、必死に俺に向かって言う啓介。
啓介の存在に俺がどれだけ救われているかを知らずに、縋り付いてくる啓介に何も言わずにいる俺は卑怯だ。
啓介を思う気持ちなら、いくらでも啓介の望む言葉を口にできる。
啓介だけに向ける本気を、啓介の望む言葉に変えて口にするのは容易い。だが、全てを伝える気はない。
全てを言葉にしたなら、啓介は『俺の望む啓介』であり続けようとするだろう。そんなものを、望んではいない。『どんなんでも、アニキはアニキだ』と啓介は言ったが、俺だって同じだ。
俺の望む啓介、が欲しいわけじゃない。
「ほら、泣くな…啓介」
「でも…っ…」
「おまえに泣かれると、俺がつらい。だから、泣くな。おまえがなりたくてそんな姿になったわけじゃない事ぐらい、わかってるから。おまえが責任を感じる事など何もないし、俺が迷惑だと思うわけもないだろう?」
「…だって……アニキの…」
なんとか涙を止めようと必死な顔をしながらも、上手くいかないらしい啓介は、途切れ途切れに言葉を繋げようとする。
「アニキの…リミットは、1年だけなんだろ…?あと1年だけなん、だろ…?だから、オレ…この1年は、アニキの…ゲームの為に全力で走りたいって…!なのに…っ…こんなじゃ…オレにできる事、ねぇし…っ…!…ご…めん…な?アニキ…」
関東最速プロジェクトと名付けたゲーム。俺の理論を啓介、そして藤原の走りでどれだけ証明できるのか。ふたりがどこまで進化するのか。それを自分の目で、確かめたい。
藤原のように、俺の知らなかった凄腕のドライバーが、どこかにいるかもしれない。データは多い方がいい。公道最速理論を完成させる為なのはもちろん、プロ志望の啓介にも後々役に立つ事もあるだろう。その為に俺に残された、自由にできる時間は1年間だ。
俺以外で啓介が認めた初めてのドライバー、藤原拓海。俺についてくる事しか考えてなかった啓介の走りが、変わるきっかけだった。今が啓介の走りを進化させる絶好のチャンスだ。身体で物事を掴む啓介の事だ。俺の理論が理解できなくても、自分なりに着実に変化はするだろう。だが、『俺の為に』という理由が何よりも啓介を熱心にさせるのは分かっている。そして自分と同じタイプの藤原の走りを、同じチームで走る事によって吸収する事も早いはずだ。
最速理論の完成を急いでいるわけではない。この1年で、啓介が俺を超えるドライバーになる事が望みだ。今、俺の目の前でべそをかいてる啓介には、まだ、言えねぇな。
「啓介、落ち着け」
「落ち着いてなんか、いられっかよ…っ」
涙を止める事を諦めた啓介は、その顔を隠しもせずに俺を見上げる。
「啓介。昼間、俺がガキになってしまっただろう?」
「…何?イキナリ…」
「その俺が、夜にはこうして元の姿に戻ってるんだ。朝には自分も元に戻れるとは思わないのか?」
啓介はきょとん、とした顔をしている。わかってねぇな。
「え…と…ああ?!」
驚いた拍子に涙が止まる。
「何だ…そっか。そーだよなー…オレ、ンな事ちっとも考えてなかった…」
安心して気が抜けたんだろう。啓介がへたり込む。
「………あ」
「どうした?」
安心したはずの啓介が、元の不安な表情に戻って俺を見る。
「でもよ…兄貴は薬飲んだから、ガキんなっちまったんだろ?俺は?俺、薬飲んでねーのに、なんで…アニキの時と違うけど、元に戻んのか?」
妙な所で頭を使う奴だな。単純に喜んでおけばいいものを。
「病気じゃねぇから、大丈夫だろう」
「でもさー…わけわかんねぇままって、気持ちワリーじゃんよ…」
心配そうな顔をしたままの啓介の前に膝を折って、視線を合わすと軽く顎を掴む。
「アニキ?」
疑問の形で俺を呼ぶ啓介の唇に自分のそれを重ねて、少しずつ口腔を辿ってやる。
「あに…」
突然の俺の行動に驚く啓介にはかまわず、ゆっくりと口づける。
焦って本気で抵抗した所で、相手はガキの身体だ。たいした力じゃない。
こくり、と音を立てて啓介の喉が上下した所で解放してやる。
「……ンだよ…これ」
「キスだろ」
平然と答えてやると、啓介は憮然となる。
「俺が聞きたいのはンな事じゃねぇよ」
「わかってるさ。何故おまえが幼児化したかだろう?今のが、その答えだ」
「今の…って…」
「体液感染と似たようなもんだろう。幼児化した俺の体液が、おまえの中に入ったからな」
「体液…」
「唾液や血液、精液なんかの事だ」
「……っ」
無言で固まった啓介の顔が、みるみるうちに赤くなる。
とっさに理解できない言葉を使われて不思議そうに首をかしげる仕草や、それを説明した時のさまざまな反応が可愛くて、わざと俺がそうしているなんて知ったら、こいつはどんな顔をするんだろうな。
「何笑ってんだよ…アニキ」
「いや、可愛いもんだな、と思ってな」
「…からかって遊んでるだろ」
もちろんその通りだが、言えるわけがない。
「本気でおまえを可愛いを思っているぞ?」
これも嘘じゃない。
啓介は言葉に詰まって俯いてしまっている。その髪をひとなでして、言葉をかける事にする。
「啓介、おまえが取り込んだ体液を吐き出しちまえば、確実に元に戻るはずだぜ?」
放っておいても元には戻るだろうが、こんな啓介に手を出すチャンスは、そうそうあるもんじゃねぇからな。逃すわけには、いかないだろう。
「え…それってやっぱ…アニキとその、するンか…?」
「そういう事だな」
吐き出すだけならひとりでも出来るが、啓介はそれに気付いていない。
「でもちょっと待ってくれよ…オレがその、吐き出しちまったら…アニキがまた、ガキになっちまわねー?」
「俺はおまえに突っ込まれるのは遠慮したいぞ、啓介」
心底嫌なのが顔に出ないように出来るだけ平然と言うと、啓介は真っ赤になって絶句している。逆転した図を想像でもしたんじゃねぇだろうな。冗談じゃねぇぜ。
「だ、だったら…アニキとしなくても、オレひとりで出しちまえば済むんじゃねぇ?」
何だってこういう事だけは、すぐに気付くんだか。
だが、伊達に兄弟やってねぇからな。逃がすつもりは毛頭ない。
「…おまえが俺の目の前で、ひとりでするのか?それは楽しみだな」
「ば…っ…何言って…!何でそーなるんだよ!」
「いいか、啓介。あの薬はもともと俺が人体実験で飲んだものだ。それが俺の体液を通しておまえの身体に取り込まれた、というのが俺の考えだ。だがこれは、あくまでも仮説だ。本当に取り込まれた体液によるものなのか、別の原因があるのかは照明されてはいない。俺にはそれを確認する義務がある。別の原因が考えられるなら、それについても調べなければいけない事が出てくるし、報告内容も変わってくるんだ。俺が直接確かめられないなら、おまえがひとりでしている所を見ているしかないだろう?」
我ながら、よくここまで出鱈目な事を言えるもんだ。俺が自分で確かめようが啓介がひとりでやろうが、どっちにしろ経過報告なんざ出来る訳がないだろう、こんなもの。
「アニキがそう言うなら…仕方ねぇかなって思うけど、さ…オレ、こんなんだし、それって犯罪にならねぇ?」
「だったら俺がガキになっちまった時の事は、どうなるんだ?」
「あ、そか…」
「啓介。おまえの姿がたとえガキでも、中身は21歳の成人したおまえなんだぜ?身長が足りねぇだけの大人と思えば、犯罪も何もねぇだろ」
「わかった、よ。アニキの言うとおりにする。オレ、このまんまはイヤだしさ、アニキに任せときゃ、安心だよな」
「できるだけ、おまえの身体に負担がかからないようにするさ」
「も、いいって。アニキがオレに悪いようにした事なんか、ねぇしさ」
少しはにかんだように笑う啓介を、ゆっくりと抱きしめる。
身長の割りには細身の身体はそれでもバランス良く筋肉が付いていて、柔らかな女の肌とは違った抱き心地を楽しむ所だが、今の啓介はガキだからいつもとは勝手が違う。柔らかさを残した体は壊れてしまいそうな錯覚を起こさせて、いつもより力を緩めていると啓介が小さな身体で力一杯しがみついて来た。
不安なのだろう。行為としてはある程度慣れたとはいえ、幼い身体の反応は俺にも啓介自身にも、わからないのだ。安心させるように、力を入れて抱きしめ返してやる。
きつく閉じられた目。額から瞼にかけてゆっくりと口づけていくと、少し力が抜けたのがわかる。
そのまま唇を塞いで、ゆっくりと舌を搦めていく。はじめてふたりで口づけを交わした時のように、どこかぎこちなく感じるのは、啓介の身体が幼いせいだけではないだろう。
「…ふ……あ…」
啓介が小さく息を吐く。いつもより高いトーンの声は、慣れない分、俺を不安にさせる。
「苦しいか?啓介。無理に我慢しなくていいぞ」
「ヘーキ…だって…。アニキが不安そうな顔してっと、オレまで不安になっちまうぜ?」
少し息の上がった赤味のさした顔をして、からかうように笑う啓介。俺が不安になるなんてのは、おまえのことだけなんだぜ?わかっているんだか、どうだか。まあ、構わねぇがな。
啓介には微笑で答えて、行為を再開させる。
耳、首筋、喉、肩先から鎖骨、胸へと口づけの後を指で辿ると、性的な刺激には全く慣れていない幼い身体が、大きな反応を返す。啓介は自分でも、その反応の大きさに驚いているらしい。抑えられない声に羞恥がつのり、喉をひきつらせている。
「啓介…何も我慢しなくていい。いつものおまえとは違うんだから、感じ方が違っても、恥ずかしい事じゃないんだぜ?」
「…で、も…っ。なンか…ヘン、なカンジ…す、る…」
「それだけ感じてんだろ」
にっこりと笑ってやると、たちまち啓介の顔が赤く染まる。
いつだって啓介は正直だ。顔や態度に出るせいで隠し事のできない性格は、自ら傷つく事がないように、また、人との関わりによる様々な煩わしさから逃れる為に、あらかじめ予防線を張る俺からしてみれば、無防備で怖いぐらいだ。
何事も正面から向き合い、ぶつかっていく強さに軽い嫉妬と憧れがないわけではない。だからと言って、今更自分を変えようなどとは思わないが。
「…にき…何、考えてんだよ…」
俺の意識が逸れかけたのを敏感に察した啓介が、軽く睨む。幼い顔に、少し媚びの含まれた表情が乗ると、こんなにも煽情的なのか。新しい発見だな。いやらしく歪みそうになる口元を啓介の好きな微笑に変えて、視線を合わせて囁いてやる。
「俺の考えてる事なんて、ひとつしかないだろう?おまえの事だ、啓介」
「ウソ、つけ…」
「嘘かどうか、確かめればいいさ」
もう一度、唇を塞いで啓介の吐息を閉じ込めながら、空いている手で髪や背中を辿っていく。
抑えきれない声を吐き出したがる唇を離してやることなく、胸や腰、腿や足をゆったりと辿って啓介の反応を見る。
目の前の幼い身体には初めての刺激でも、もとの啓介には覚えのあるものだ。無意識に返す反応が、いつもの啓介と重なってくる。
いくら反応が同じだと言っても、身体にかかる負担はいつも以上だろう。さすがに俺も幼児を相手にセックスした事はないし、する気もねぇからな。加減ってもんがわからない。啓介相手だと些細な事で臆病になっちまうが、今回のこれもどうしたもんかな。
「あに…き…オレならヘーキ、だからさ…」
唇を解放されてそれでも少し苦しげな息の下から、啓介が言う。
「おまえが平気なつもりでも、その身体では無理なんじゃないか?吐き出すだけ吐き出せば、元には戻るはずだ。イカせてやるから、おとなしくしてろ」
色気も何もあったもんじゃないが、啓介を傷付けるのは避けたい。
「ァ…ニキが…オレの事気遣ってくれンのは…わか、る…け、ど…っ…オレ、が…い、や…だ」
休む事なく動く俺の手の動きに反応を返しながら、途切れ途切れに啓介が言葉を繋ぐ。
「オレのから、だ…アニキの事…知って、るだろ…ンな、指とかだけ…足りな…んっ…!」
いつもなら耐えられただろう刺激に幼い身体は耐えられなかったらしく、啓介が果てる。くたり、と力の抜けた身体を俺にあずけた形で、それでも視線を合わせてくる。
「オレ、それだけじゃヤだ、って言った」
「仕方ないだろう。だが、これでおまえも元に戻るはずだし、そうすればまた、いつものようにできるさ」
「そうじゃなくて、オレは今、アニキの事が欲しいんだよ。この、ちまい身体でも」
「おまえが俺を欲しがってくれるのは嬉しい事なんだが、俺はおまえの幼い身体を傷付けるつもりはないぞ」
「ヘーキだって。どんな身体でだってアニキなら、俺の事傷付けないようにしてくれるだろーし。それにさ、オレ…元に戻るまで待ってらんねぇよ…」
そう言いながら、啓介から口づけてくる。
まだ火照りのおさまらない小さな身体と幼い顔で、それでも表情は無意識に見せる誘いと同じものだ。計算もなく口にする言葉が俺を誘っているのを、啓介はいつも気付かない。
「そんなふうに言われたら、俺も断る理由がないな」
啓介からの口づけを、苦笑まじりに受け止める。
待っていられない、という言葉は本当なのだろう。お腹を減らして食べ物をねだる子供の仕草で俺の口腔を辿る口づけは、たどたどしいが妙に煽られる。
俺が幼児化した時に啓介に与えた口づけも、こんなふうに稚拙なものだったのかもしれない。そう考えると少し変な気分だぜ。だから啓介の反応が、いつもと違ったのか。
しばらく啓介の好きにさせていると口づけは唇を離れ、俺の身体を辿ろうとして動きを止める。
言葉にするわずかな時間さえもどかしいのか、着衣のボタンに無言で手をかけて外していく。
それすらも全部を待てないらしい啓介は、俺のシャツのボタンを中途半端に外したままで手を差し入れ、指を、唇を、そして舌を這わせていく。
「おまえがそんなに飢えているとはな…啓介?」
少し驚いた口調で問いかける。
「分かってるくせして聞くなよ…意地悪ィって」
「今ごろ分かったか?」
「言われなくたって知ってる。アニキがオレの事何だって知ってるみたいには、アニキの事わかるわけじゃねぇけど。でも、オレだけが知ってる事だってあるぜ?」
「聞かせてもらいたいもんだな」
「じゃあ、オレに言わせてみればいいじゃん」
悪戯っ子のように笑う顔が、いつもの啓介の強気な笑顔に重なる。どんな姿でも啓介は啓介だと、なんとなく納得できた気がするな。
今日1日でいつもと違う啓介を何度も見られるとは、データミスの実験薬も悪くない。
オノレが好きで、無意識に書いてしまっているパターンが、ここにも見られます。病は深い。「欲しがる受」が、笑いながら「言わせてみれば?」と言うパターンですね。ヒル魔受書きながら、どっかで書いた気がする…と軽いデジャヴに見舞われましたが、そういや加賀でも書いてるのを思い出しました。よっぽど好きなんだな、こーゆーのが。欲しがって、気持ちよがって、それでも強気で不敵な受が好きなの…。これは兄編をUPしていただいた管理人さまに手渡ししたものの、その後の行方がわからないので個人誌に収録。多くても30人ほどしか、見てないんじゃないのかしら。見ても、読んでいるとは限らないことですし。ま、賑やかしついでに。